第285話 成長した剣
「カガワ……お前は法術剣士だったな?」
先を歩くピュートに尋ねられ、篤樹は一瞬答えに迷う。
「は? えっと……別に……正式な法術剣士ってワケじゃ無いけど……。ってか、魔法はまだ全然だから、スレヤーさんから教えてもらった剣術しか……」
「それでもガザルと戦うと言った。どういうつもりだ? お前が勝てるワケもない相手なのに」
相変わらずの低評価に篤樹も良い気はしないが、それでも同年男子に馬鹿にされたくない気持ちが勝り、反論する。
「そんなの……やってみなきゃ分からないだろ! それに、ルロエさんは棒弓銃の名手なんだから、連携して上手く行けば……」
「無理だな」
即座にピュートは否定する。
「前にルエルフの父親とは会った。棒弓銃は普通のサーガには効くかも知らんが、ガザルに矢は通用しない。で? お前の剣は法術剣士用か?」
こいつ……ルロエさんのことまで……
篤樹は尊敬する恩人にダメ出しをされたことにムッとしながら答えた。
「模擬剣だよ!」
鞘から抜いて剣先をピュートに向ける。ピュートは足を止め、篤樹の返答の意味が理解出来ない様子で剣身を握った。
「……これで戦うつもりだったのか?」
「ああ、そうだよ! 全力で戦うためには、この剣が一番俺に合ってるんだ! 文句は……」
ピュートが剣身から手を離すと、まるでプラスチックが熱でとけるように剣身が真ん中からグニャリと捻じ切れ落ちる。
「な……なにするんだよ!」
「これじゃダメだ。法術剣士用の剣か、法力増幅素材の武器が良い……」
突然の暴挙に声を震わせる篤樹に、ピュートは平然と提案した。
「持ってないのか? 急がないと、ルエルフがマズいぞ?」
はぁ?
怒りと動揺で声も出なくなっていた篤樹だったが、馬車の前方で戦っているはずのルロエの姿を捜し視線を動かす。
「あっ!」
ルロエの背後にガザルが立っていた。ガザルの頭部には矢が突き刺さっているが……その腕はルロエの腹部を刺し抜いている。
「ルロエさ……」
「カガワ! 武器は無いのか?」
大声でルロエの名を呼ぼうとした篤樹を遮り、ピュートが少し強い口調で尋ねた。
「そんな……法術剣士の剣とか急に言われても……」
篤樹の視界に、馬車の荷台後部が映る。
「あ……」
そうだ!
ピュートに答えるより先に、篤樹は馬車の後部から荷台に駆け上がった。背後からピュートが声をかける。
「何か有るのか?」
「ああ……俺専用の伝説の武器……『
スレヤーから言われ、馬車の中に隠していた成者の剣を思い出し、篤樹は慌てて探し始めた。
布で包んで隠した剣……法力増幅素材どころか、伝説の剣と言われる剣が……。相手を殺すための「刃」が付いてる真剣だけど……この際仕方ない!
「有った!」
篤樹は見覚えのある布を見つけ手に取る。タフカとの戦いの中で、細身の両刃の剣に「成長」していた姿を思い出す。
これなら……ガザルだって斬れるはず……斬れる……殺すために?
「それが、伝説の剣か?」
車内に上がって来たピュートが、篤樹の抱え持つ布包みを見ながら不思議そうに尋ねた。
「……ああ……俺以外は……誰にも持てない……伝説の剣だよ……」
あっ……でも亮も持てたっけ? ま、いっか……
篤樹は布の包みを開きながら、なんとなく違和感を感じ始める。ピュートは物珍し気に、篤樹の手元をジッと見つめていた。
あれ? こんな手触りだったっけ? もう少し短かかったような……? それに……あれ?
「……カガワ。それが『成者の剣』なのか?」
今までに聞いた中では、一番感情のこもった声でピュートが尋ねる。「驚きと動揺」を含む声だ。篤樹も返答に困りながら、取り出した「武器」の柄を握り確かめる。
「う……ん。ちょっと……また……成長しちゃったみたい……だけど……」
これって……どう見ても……「
開かれた布から出て来たのは、どこから見ても剣道部が使っている竹刀そのものだった。篤樹はワケが分からず呆然と竹刀を撫でる。
「……貸してみろ」
冷静さを取り戻した声でピュートが手を差し出して来た。
「あっ、気をつけろ……よ」
篤樹の手から奪うつもりではなく、先ほどの模擬剣と同じように剣身の部分……物打ちより下の中結部分をつかむ。その手に薄っすらと法力光が灯った。
「……なるほど。伝説の武器か……これで良い」
え?
内心、「もしかしたら誰かにすり替えられたのかも……」と疑いも生じていたが、ピュートが認めると言うのなら、やはり成長した本物の「
「でも……これ……斬れないよ?」
自分で出しておきながら言うのも変な話だと思いながらも、篤樹は改めてこれが「竹刀」であることを強調しピュートに確認する。
「さっきのだって『斬れない剣』だ。しかもただのガラクタのな。これは良い。俺の法力にも耐えられる」
そう……なのか? 良いんだ……斬れなくても……
何とも腑に落ちない表情の篤樹を尻目に、ピュートは貨車前方に移動身を移す。篤樹も気を取り直し、その後に続いた。
成長する剣って言っても、別に「殺傷能力」が上がって行くってワケじゃないんだな……確かにこれなら、何の心配もしないで打ち込めるし……うん! 俺にちょうど良いかも!
「……面倒だが……消えろや?」
篤樹が御者台から顔を出すと、ちょうどガザルの声が聞こえた。数メートル先の地面に大の字で横たわるルロエと、その脇に立ち両腕をルロエに突き出しているガザルの姿が見える。ガザルの腕は眩しい法力光の輝きを帯びていた。
「ルロ……」
慌てて声を発しようとした篤樹は、まるで稲光のような真っ白な光に目を閉じる。
……エさん……
叫び残した声が、喉に引っ掛かっているように感じた。
そん……な……
「はぁあん? なんだぁ、テメェは?」
まだ閃光でかすむ視界の中、篤樹はガザルの声に首を傾げる。
「テメェ」って……誰?
「……アンタがガザルか?……どうした? 疲れてるのか?」
この声……ピュート?!
地に仰向けに倒れるルロエの身体全体は、ピュートが発現した防御魔法に包まれていた。ガザルが放った攻撃魔法は、ピュートの防御魔法に全て分解吸収されている。
「ガキが……」
ガザルは一気に距離をつめてピュートに殴りかかったが、打ち出された拳はその顔面を捕えることも出来ず空を突く。
「……やめておけ。俺とアンタは相性が悪い」
ガザルの背後に立ち、ピュートは静かに告げる。
「うるせぇ!」
振り向きざまに、ガザルは法力強化した手刀を連続で繰り出す。しかしピュートは全ての攻撃を避けて後方へ退く。篤樹はようやく回復した視力で2人の攻防を確認した。
あれ?
篤樹は2人の近接攻防を見ながら、ふと違和感を感じる。スピード感のある激しい攻防なのだが、それはまるでテレビで観る格闘技の映像程度の動きだ。いや、動きをよく見ようと集中すると、そのスピードはさらにゆっくりにさえ感じられる。
早い動きではあるのだが「見えない動き」ではない。闘剣場でタリッシュと戦った時と同じくらいの動きに感じる。
竹刀型に「成長」したの
「どうしたクソ虫! 口先だけで手足は出ねぇのかよ!」
苛立ちのこもる声で、ガザルはピュートを罵倒しながら拳脚攻撃を連続で繰り出していた。一方ピュートは、一切攻撃を繰り出さずガザルの攻撃をかわすか、払うかだけの防御に徹している。
「俺とアンタとの相性は悪い……だから、アンタの相手は俺じゃない」
ガザルの隙をうかがっていた篤樹は、唐突に語られたピュートの言葉に足を止めた。
は? なに……
「んだと……」
同じくガザルも動きを止める。
「準備は出来たか? カガワ」
「は? はぁ?」
ピュートが視線を向け声をかけた先に、ガザルも視線を移す。篤樹とガザルの目線が合う。
「言っただろ? 俺とガザルは相性が悪い。殺るのはお前だ。俺はルエルフの父親の面倒をみる」
「な……何を……」
「テメェ!」
ピュートの言葉に呆れた篤樹は真意を正そうとしたが、それよりも早くガザルがピュートに向かい回し蹴りを繰り出した。しかし、ピュートの残像を打ち消しただけで空打ちとなる。ガザルは体勢を整え直した。
「……テメェは後でバラバラにしてやるよ」
すでにルロエの横に屈みこんでいるピュートを睨みつけ、ガザルは吐き捨てるように言うと、視線を篤樹に向け直す。
「よう! チガセのカガワアツキ。ずいぶんとなめた真似をしてくれてんなぁ?」
あれ? なんか……名前までバレてるし……
篤樹は竹刀を中段に構え、ガザルの殺意に満ちた視線を真正面から受け止めた。
「そういやよ……」
ガザルは篤樹の決意に満ちた視線に気付くと、気勢を削ぐような平然とした口調で語りかける。
「な……なんだよ……」
一触即発を覚悟して向き合っていた篤樹は、不意に語りかけられた言葉に反応し答えた。
「『センセイ』に聞いたぜ? お前、走るのが速いんだってなぁ?」
は?「センセイ」って……先生?
「な……」
「湖神がよぉ……前に言ってたんだよなぁ……。なんてんだっけ?『クラス』とか言うんだろ? センセイの『子ども達』はよぉ」
唐突にガザルの口から語られた「元世界」の話に、篤樹の臨戦体勢が緩む。
「仲良しクラス……とか言ってたなぁ?」
「そ、それ……先生から?」
「ああ。湖神から聞いた話さ。で、最後にこっちに来るのはきっとお前だって言ってたなぁ。カガワアツキってのが来れば、クラス全員がそろう、ってな」
最後……って……俺で全員が……そろう?
篤樹は自然と力が抜け、成者の剣の剣先が下がった。
「だからよぉ……」
ガザルが話を続ける声に、篤樹は耳を傾ける。
「テメェが死んだら……あのクソ女がどんな顔をするのか……」
数メートルの距離を一気に移動したガザルは、篤樹の横に立ち耳元に語りかけた。
「見てみてぇなぁ……」
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