第286話 法術剣士 篤樹

 ガザルは法力移動を使い、篤樹の真横に超高速移動した。初撃から中距離の攻撃魔法で倒すのも有りと考えていたが、小宮直子が「大切な子ども達」と語っていた男を法撃1発で瞬殺するのはもったいないと思ったからだ。


 即死しないように全身を引きちぎり、死を願いながら苦しみ悶える姿を見て楽しみたい……それは同時に、どこかでそれを「見ている」であろう小宮直子をも苦しめられる……ガザルは己の内に沸いた欲望に興奮を覚えながら、最初の一撃を加えるべく、篤樹の背中の肉を右手で引きちぎろうとした。だが……


「うわっ! 何すんだよっ!」


 左後方に立ったガザルから、篤樹は身体をねじるようにいとも簡単に距離を取り、成者の剣を構え向ける。剣先をガザルの目に向け「正眼の構え」で間合いを測る篤樹の姿に、ガザルは目を見開いた。


「な! 貴様……なんで……」


「はぁ?」


 驚くガザルの表情に、篤樹も驚いた声で返す。


 なんでって……そりゃ……近付いて来たから、なんか話があるのかと思って待ってたら、急に攻撃して来たから……あれ?


 ガザルが怒りの形相で近づいて来る。篤樹が後ずさりながら距離をとると、ガザルはさらに目を見開き足を止めた。


「……見えてるのか?」


 えっ? 何が……


 ガザルからの問いに篤樹は答えようがない。苛立った声で、ガザルが再び質す。


「俺の動きが、テメェに見えてんのかって聞いてんだよ!」


「は? ま……あ……そりゃ……見えてるよ?」


 質問の意図が汲み取れないまま、篤樹はとにかく「事実」だけを答えた。


「クソッ……」


 篤樹の返答にガザルは悪態をつくと、右腕を真っ直ぐ向け攻撃魔法を放って来た。充分に法力を充たしていない「軽い法撃」は、威力こそ弱いが速射性に優れている。しかし、その法撃に篤樹は違和感を感じた。


 あれ? なんでこんな攻撃を……


 これまで「こちらの世界」で見て来た攻撃魔法は篤樹の目で追えるようなスピードではなかった。それこそ瞬きをする間もなく飛び交う「光線銃」みたいだと思っていた……しかし今、ガザルから放たれた法撃は「ゆっくり」とは言わないまでも、篤樹の動体視力で充分に避けられる程度のスピードだ。


 ドッヂボールよりも遅く感じる攻撃魔法を簡単に避け、篤樹は正眼の構えを維持した攻撃体勢でガザルに向き合う。ガザルの表情が見る見る怒りに歪んでいく。


「……ただの人間種のガキと思ってたが……テメェ……法術剣士かよ!」


「はぁ?」


 ガザルからの思いがけない「評価」に、篤樹は困惑する。


「そんな……違……」


「どうやら『チガセ』ってのは、他の人間種とは違うみてぇだな……面白ぇ!」


 篤樹の反論も聞かずにガザルが駆け込んで来た。両手両足がボンヤリと法力光を帯びている。会話の終了と戦闘の開始を理解した篤樹は、スレヤーとの訓練で身に付けた体さばきで攻防に臨む。


 タリッシュより動きは速いが、スレヤーの「本気」ほどの速さではない。これなら……勝てるかも知れない!


「クソがぁ!」


 ガザルが足払いを仕掛けて来た。篤樹は後方に退いてもかわせないと判断し、両足で跳び上がる。だが、ガザルはその動きを狙っていたように、仕掛けた右足のはらいを遠心力にし、今度は宙に浮いている篤樹に向かい左足での蹴りを狙って来た。


 直撃はかわせたものの篤樹はガザルの左足に下半身をはらわれ、横向きの姿勢で左腕から地面に叩き落される。すぐに体勢を戻したガザルが、追撃の蹴りをはなって来るのを見、篤樹は夢中で剣を振るう。


「グワッ!」


 振り払った剣が、タイミングよくガザルの右ふくらはぎに当たる。片手で振った剣にそれほどの力はこめられなかったが、ガザルは苦痛に顔を歪め膝をついた。立ち上がった篤樹は、剣を構え直してガザルを正面に捉える。


 イメージした通りに身体が動く……


 篤樹は今までに感じたことが無いほど、自分の身体が「意思に従っている感覚」を覚えた。それと同時に、自分の動きの変化にも気が付き始める。


 ガザルに剣先を向けている成者の剣は、薄っすら光を帯びていた。今まで何度も見て来た「法力充填光」だ。それが今、自分の握る剣に灯っている事から、篤樹は先ほど来の「違和感」の原因を考える。


「テメェ!」


 叫び声と同時に、ガザルが拳大の石を投げつけて来た。……と同時に立ち上がり、駆け込んで来る。石は空中で止まったままだ。しかしガザルの動きは止まる事無く向かって来る。篤樹はガザルの突進をかわし、剣を左右に振るって応戦した。しかしガザルもその剣先を逃れ再び距離をとった。


 カラン!


 ひと呼吸をつくと、空中で止まっていた石が勢いよく動き、篤樹の目の前を通過し地面に転がり落ちて行く。


 ガザルの動きが鈍いんじゃない……俺の動きが……動体視力も身体の動きも……早くなってる? 


 篤樹は自身の内に起こっている変化に驚きを隠せず、唖然とした表情でガザルに顔を向けた。一方ガザルは、湖神の結界の中で対峙した「ただのガキ」に翻弄される戦いに苛立ちを隠せず、奥歯をギリと噛みしめ睨みつけている。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「君……も……居たの……か……」


 ルロエは急速に進む身体回復を感じ目を開く。視界に治癒魔法を施している人物が映り、やがて、それがピュートである事を認め声をかけた。


「……やはり亜種とは言え、エルフの一族だな。回復が早い」


 ピュートは表情を変えること無く治癒魔法を続ける。


「どう……なってるんだ? ヤツは……ガザルは?」


「まだ戦闘中だ。今はカガワアツキが相手をしている」


 ピュートの返答を受け、ルロエは首を動かしガザルの法力波を捜す。


 あれは……法術戦? いや……法力強化での……


「ア……アツキくんが……?」


 肉眼では追いきれない「法力移動」を繰り返している篤樹とガザルの戦闘を見て、ルロエは目を見開き驚いている。


「ウィルバル・スレヤー伍長の剣術訓練と、補佐官の法力指導が良かったからな。それに、何よりもあの武器が良い。カガワ専用でないなら俺が欲しい武器だ」


 ルロエの外傷部分を回復させたピュートは、身体全体の状態確認に移りながら応えた。


「君が……アツキくんに何か……」


「カガワにではなく、あの剣に法力を分けた。いくらでも入りそうな剣だが、カガワの法力充填じゃほとんどゼロだったからな。法力呼吸はカガワも身につけてるから、あとは集中とイメージ具現化で法力移動は可能になる……よし」


 ルロエの身体状態確認を終え、ピュートは立ち上がる。


「あとは自己治癒が終わるのを待つだけだ。もう歩けるだろ?」


 ピュートの言葉を受け、ルロエは自身の状態を注意深く確認するように四肢を動かし、起き上がった。


「……ありがとう。助かったよ」


 ルロエからの礼に、ピュートは軽く首を傾げる。


「娘はあんたと似てるな」


「娘? エシャーかい?」


 ピュートはルロエの問いに答えず、視線を篤樹達の戦いに向け直す。ルロエはピュートの横に立ち、同じ方向を見る。


「……君には彼らの動きが見えるのかい?」


「あんたには見えないのか?」


 ルロエはピュートの物言いに苦笑した。


「残念ながらね。法力波は感じ取れるが……。しかし、君は凄いな……法術士としては全くダメな私でも何となく分かるよ。君の持つ法力量の底知れなさが」


 ピュートはルロエの言葉に関心を示さず、篤樹とガザルの動きを目で追う。


「ボルガイルから聞いたよ。君がどのようにして『生まれて』来たのかを」


「そうか。で?」


 尚も視線を向けないピュートの横顔をジッと見つめ、ルロエは続けた。


「君は……彼の元から離れて生きるべきだと思う。彼は君の父親ではない。生み出した者としての責任意識ではなく、君をただの実験体としか考えていない。君は実験体ではなく、生きている1人の人間だ。自分の人生を築くべきだと思うよ」


 ピュートは感情の読めない視線をルロエに向ける。その視線をルロエはしっかりと受け止めた。


「君は君だ。ボルガイルの実験体ではない」


「実験体の中で人間として適応したのは俺だけだ。だが完全ではない。さらなる完成体を作り出すために、俺のデータは父にとって重要なものだ。別に不満はない」


 ピュートはルロエの言葉に淡々と返す。しかし、少し間を置き改めて口を開く。


「……やはり娘とあんたは似てるな」


「そうかい?」


 ピュートはルロエに顔を向けた。


「ペラペラとよく喋るところがそっくりだ」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 篤樹とガザルは、互いに攻め手を欠く連続近接戦の間を置くように、一旦それぞれが後方に跳び退いた。篤樹は呼吸を整える。慣れない「戦闘」の緊張と興奮で、法力呼吸が乱れ始めている。しかし、それを「整えなきゃ……」という意識が働くくらい、判断力と集中力は高まっていた。


 対するガザルは運動量こそ篤樹以上に消費しているはずだが息一つ乱さず、ただ、突然現れた「面倒な敵」をどう調理しようかと思案する。


『……スレヤー伍長の剣術訓練と、補佐官の法力指導が良かったからな。それに、何よりもあの武器が良い。カガワ専用でないなら俺が欲しい武器だ』

 

 状況精査のために全神経を法力で高めていたガザルの耳に、ルロエの治癒処置をしているピュートの声が飛び込んで来た。


 あの武器? このガキの持つ「珍妙な模擬剣」のことか?


『あの剣に法力を分けた。いくらでも入りそうな剣だが、カガワの法力充填じゃほとんどゼロだったからな。法力呼吸はカガワも身につけてるから、あとは集中とイメージ具現化で法力移動が可能になった……』


 あっちのガキの法力を「あの剣」が帯びている?……なるほどな……そういうカラクリってわけか、このガキの動きの秘密は……


 ガザルは表情を崩し、勝利を確信する不敵な笑みを浮かべた。

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