第284話 パートナー

 貨車内に移動した篤樹とレイラは、バスリムに肩を貸し立たせる。


「とにかく、今の私達では何も打つ手がないわ。少しでも遠くへ移動しましょう……」


 冷静に語るレイラの口調に、篤樹は押し殺している苛立ちを感じた。エルグレドとの戦いによりガザルは法力枯渇状態となっている。今のガザルなら倒せるかも知れない。にもかかわらず、自分自身にその力が足りない事を分かっているがゆえの悔しさと苛立ち……


 3人は貨車後部から降り立つと、倒壊していない行政棟の裏林を目指し移動を始めた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「村はどうなったんだぁ?」


 ルロエに顔を向け、うすら笑いを浮かべガザルが尋ねる。


「お前の希望通り……壊滅したよ」


 法力強化棒弓銃に法力を溜めながらルロエは答えた。


「ほう、良かったじゃ無ぇか? あんな腐った監獄に死ぬまで押し込められねぇで済んだんならよ! 俺に感謝しろよ?」


「ふざけるな……」


 ルロエは棒弓銃への法力充填が済んだことを確認する。


 よし……これで3発は射てるな……


「まあ、もっとも……」


 ガザルの口元から笑みが消え、身体が揺れた。


「全員死ぬことに変わりは無ぇがな……」


 背後から耳元にささやくガザルの声にルロエは目を見開く。振り返る間もなく、右脇腹に猛烈な熱を感じた。ガザルの右腕が、背後からルロエの腹部を刺し貫く。


「グワッ!」


 しかし先に悲鳴を上げたのは、ルロエの背後に立つガザルだった。右目から後頭部に棒弓銃の矢が射し貫いている。ルロエは、ガザルの腕を引き抜くように前方に動き、自分の顔に向け構えていた棒弓銃を構え直し次矢を装填した。


 倒れ際に振り返り、ルロエはガザルに向け次矢を放つ。法力強化された矢は、真っ直ぐガザルの左胸を貫通し背後に突き抜ける。


「てぇ……めぇ……」


「さすが……バケモンだな……」


 頭部を刺し貫いている矢を握り、どう処置をしようかと動揺するガザルに向かい、ルロエは地面に座ったまま語りかけた。その間に3本目の矢を装填する。


「どうやって……オレの動きを……」


「さすがに脳ミソまで腐ってるサーガだな? ワンパターンなんだよ、初撃が。後ろをとるのが好きなんだろうと予測して構えてたら、案の定、回り込んで来た。ただそれだけのことさ」


 それにしても……


 ルロエは右脇腹の傷を確認することもせず照準をガザルに合わせていたが、想定以上の深手を負わされた事を感じていた。この短時間で、もう視界がぼやけ出している。意識を保っていられない。


 貫くだけでは効かないのか……だが……あと1本……


「……クソガキがぁ!」


 ガザルは頭部の矢を処置することを後回しに決めた。抜くにも「法術分解」するにも、少し時間がかかる。ルロエの自己治癒が進む前に滅殺することを選んだガザルは、両腕を真っ直ぐルロエに向けた。法力光がその手に宿る。


 ルロエはガザルの身体が真っ直ぐ自分に向く瞬間を狙っていた。法力を宿す強力な最後の矢は、心中を狙っている。


 サーガ化したガザルと言えども、血の循環を止めれば、そう簡単に自己治癒再生は出来ないだろう……その間に……誰か……頼む!


「消えろぉ!」


 ガザルの腕から攻撃魔法が放たれる直前、ルロエは棒弓銃の引き金を引いた。法力強化された矢は、音よりも早く射ち出されガザルの心中へ向かう。しかし、矢はガザルの身体を突き抜けるように飛び去り、直後、ガザルの身体そのものが消えた。


 なっ?!……残像……


「お前は馬鹿か? ルロエ坊や」


 ガザルがルロエの横に立ち、上から声をかける。


「弓矢ごっこに付き合ってやるつもりは無ぇと……言っただろうが!」


 上半身を起こし棒弓銃を構え持っていた腕ごと、ルロエの顔面目掛けガザルは左足で蹴りつけた。銃と腕と顔面が砕け散る。


「グワッ!」


 両足を投げ出し上半身を起こしていたルロエの身体は、引きずられるように背後へ吹き飛ばされた。


「放っておくと回復しちまうからなぁ……面倒だが……消えろや?」


 ガザルは改めて両腕をルロエに突き出す。すぐに法力が溜まり、ガザルの腕が眩しい輝きを帯びた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「……レイラさん」


 篤樹は足を止めレイラの名を呼んだ。バスリムを2人で左右から挟み、肩を貸して歩いていたレイラの足も止まる。


「あ痛ッ……」


 立ち止まった篤樹と、一歩前に進んで足を止めたレイラに身体を引っ張られ、バスリムが苦痛の声を漏らす。


「あっ……スミマセン」


 篤樹は急いで一歩前に進み、バスリムの身体に「余裕」を持たせた。


「どうしたの? アッキー。急がないと……」


「あの!……僕……」


 余裕のない口調で咎めたレイラの言葉を篤樹は遮る。


「僕……ルロエさんを置いては行けません!」


「はぁ?」


 唐突な主張に、レイラが呆れた声を漏らした。


「何を言ってるのかしら? あなた……どういうつもり?」


「ルロエさんだけ置いて、自分だけ逃げて……それで……もし、ルロエさんがガザルに殺されたりしたら……」


 バスリムは篤樹に預けていた左肩をゆっくりと解き、右肩を借りているレイラのそばに身を置き直した。レイラは冷たい視線を篤樹に向けている。


「自分だけ生き残るのは後味が悪いから一緒に死ぬ……そういうお話かしら?」


「違……」


「あなたが残っても、私達が残っても、何の役にも立たない! だから、エシャーのお父さんは逃げろと言ったのよ! 態勢を立て直す時間を稼ぐために! それをあなたの『役に立たない感情』で台無しにするおつもり!?」


 篤樹は身を縮め、レイラの激しい叱責を浴びせ受ける。


 役に立たない感情でって……そんな……


「エルの再生までだって、どれだけの時間がかかるか分からないのよ? あのクソガキも恐れをなして逃げた! ガザルが本調子に戻る前に何とかしないといけないのに……私だって!……どうすれば良いのか……」


 レイラ自身も今の状況に納得がいっているワケでは無い。その不満を抱えながらも、何とか「次善の策」として動き出していた。そこに篤樹の「感情論」で水を差された事で、怒りと悲しみが湧き上がる。


「補佐官の『再生』って、どういう意味だ?」


 篤樹とレイラたちの間に、突然、ピュートが割って入った。


「うわっ……」


「な……」


 それぞれに後ずさり、目を見開きピュートを見つめる。


「補佐官は滅消死したはずだ。エルフであっても即死からの治癒は不可能……『再生』ということは……まさか補佐官は『 不死者イモータリティー』なのか?」


「あなた……どこに居たの?」


 ずり落としそうになったバスリムを抱え直し、レイラはピュートを睨み尋ねた。


「……偏光魔法で身を隠して近くに居た。ルエルフの父親が近くに居たからな。ガザルの隙を狙って位置を移動していたら、お前達のほうから俺に近づいて来た。それで? 補佐官は『 不死者イモータリティー』なのか?」


「えっと……」


 返答に困りながらも口を開きかけた篤樹を遮り、レイラが口を開く。


「それを教えて上げるには、もう少し落ち着いた時間が必要なのよ、ボウヤ。何せ、800年分のお話があるものですから」


「800年?!」


「…………」


 会話に聞き耳を立てていたバスリムが驚き聞き返し、ピュートはジッとレイラを見ている。


「残念ねぇ……。かなり興味深いお話なんだけど……今はゆっくりしてられないから……」


 レイラは含みをもった言葉で応え、ニッコリ微笑んだ。


「……ヤツを殺れば話を聞かせてくれるんだな?」


 ピュートの問いに、レイラは首を傾げる。


「あら? 相性が悪いのではなくって?」


「……行くぞ、カガワ」


「へ?」


 レイラの問い掛けを無視するようにピュートは篤樹に同行を促し、来た道を戻り始めた。


「あの……」


 篤樹はピュートの背を見、振り返ってレイラを見る。レイラは微笑を浮かべうなずいた。


「マズい時にはお逃げなさいよ。約束できるかしら?」


「あ……はい!」


 ピュートと一緒だから同意を得られた……というのは納得いかないが、それでも篤樹はレイラに「送り出された」満足感をもってピュートの後を追う。


「……勝機が……少しは見えましたね……レイラさん」


 レイラの思いを感じ取ったバスリムが、篤樹たちの背を見送りながら語りかける。


「クソガキだけど……今、この国で『生きている中で』は最強の法術士よ。アッキーだけなら犬死しかなかったけど……あのボウヤも一緒なら……」


 満足そうにレイラは笑顔で目を閉じた。再び目を開くと、バスリムと共に身体の向きを変え歩き出す。


「……あの子たちの後には、もう、私たちしか残っていませんわ。少しでも回復に努めておきましょうね、ミゾベさん」


 言葉とは裏腹にレイラは勝利の希望を感じつつ、バスリムと共に身を隠せる場所を探し移動して行った。

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