第282話 内憂外患

 瓦礫の山となっている王城跡地を、ひと際まばゆい法術戦光が覆った。探索隊の馬車からその様子を見ていた篤樹たちは、目の前でガザルの法術光に溶けるように消えていくエルグレドとメルサの身体を目撃し言葉を失う。


 やがて、ガザルが必要以上の追撃法術まで放ち終わると、辺りはいくつかの灯りにボンヤリ照らされた元の宵闇に戻る。


「エル……グレド……さん?」


 ようやく篤樹は口を開いた。


「……正王妃への対応を間違えたな」


「結局はエルの甘さが招いた結果よ」


 ピュートの所見に被せ、レイラも緊張した声で答える。


 どうする? エルがたとえ「 不死者イモータリティー」だとしても、あれだけ完全に滅消されたからには……簡単には戻れないでしょうね。回復途上で法力も残っていない私ではガザルに敵うはずも無し……。カミーラ大使でさえ、まだ回復途上……


 レイラは視線を横に向けた。篤樹と自分の間から顔を出しているピュートをジッと見る。


「エルフ……言っただろ? 俺はアイツとはやりたくない」


 レイラの視線に気付いたピュートは、ガザルに視線を向けたまま自分の意思を主張した。


「あらボウヤ? 勘は鋭いのに案外臆病さんだったのね。やっぱりあなたでもガザルは怖いのかしら?」


「怖いというのとは違う。波長が合わない。ヤツと戦うことを、俺の精神と肉体が拒んでいる。だからやらない」


 乗って来ないわねぇ……クソガキめ……


 悔しいが、ガザルを抑えられるレベルの法術士と認めた上でピュートをたき付けようとしたレイラだったが、あっさり拒まれ笑みがヒクつく。


「あの……どうします?」


 篤樹はとにかくこの場を離れるべきだと感じていた。エルグレドが滅消され、レイラもバスリムも戦える状態に無い。ピュートは戦うつもりを毛頭持ち合わせていない様子だ。この面子では「逃げる」という選択肢しか思い浮かばなかった。


「スレヤーさんやミラさん達と合流して、今の状況を伝えて対応を考えた方が……」


 レイラもピュートも篤樹の提案に即答せず、離れ立つガザルをしばらく見つめている。ガザルは法力がかなり消耗しているのか、遠目にも肩で息をついているように見えた。


 エルとの戦い……そして、最後の「過剰法撃」で、アイツの法力は底に近い……はずよね? 殺るなら今が一番のチャンス……でも……


「……お願いよ……ピュート。今が絶好の機会……エルが命懸けで作ってくれたチャンスは今しかないの!」


 レイラはピュートに顔を向け、悔しそうに唇を噛みしめ涙を流し訴える。篤樹はレイラの涙声に驚き、顔を向けた。


 あのレイラさんが……こんなに……


 篤樹は胸が締め付けられる思いを抱え、ピュートの返答に期待する。


「なんの真似だ? 下手な演技を見せてるひまがあるなら、早く馬車を出せ」


 しかし、ピュートは全く動じる事なく冷たく言い放つ。涙目で訴えていたレイラの目は、即座に冷たい視線に変わった。


「ホントにクソガキね! 分かってても聞き従うのが、良き殿方の対応ですわよ! とにかく、今はあんたしかいないんだから、つべこべ言わずに殺って来なさいっ!」


 唐突に怒鳴ると、レイラは左手でピュートの胸ぐらをつかんだ。


「今ならアイツも法力枯渇で弱っちいわよ? あんたの方が絶対に強いから、さっさと殺って来なさいよ!」


「無茶苦茶なエルフだな……」


 ピュートはレイラにグラグラ揺らされながらも、冷たい視線でガザルを見据えたまま言い放つ。


「波長が合わない。ヤツとは相性が悪い。絶対にやらない。早く馬車を出せ」


「レ……レイラ……さん」


 篤樹の動揺した声にレイラは手を止めた。


「なに……」


 聞き返そうとしたレイラはハッとし、ガザルに視線を向ける。離れ立つガザルがこちらをジッと睨んでいた。


 しまった!


 急いでレイラは手綱を握り直し、引馬を打とうとする。


「なぁに元気になってやがんだよ? クソ虫が」


 いつの間にか引馬の背に移動して来たガザルが、御者台に座るレイラを見下ろしていた。


「は……はや……」


 思わず篤樹の口から声が洩れると、ガザルの視線が動く。


「クソ人間種か……ん? あ~ん? テメェ、顔を上げろ!」


 咄嗟に顔を下げた篤樹の正面にガザルは移動して来た。


 ヤバ……バレた! 絶対にバレたよ!


 ルエルフ村……湖神様の湖での「戦い」を思い出し、篤樹の内に恐怖が甦る。


「顔を見せろと……言ってんだろ!」


 尚も顔を下げたままの篤樹に向かい、ガザルは右足を蹴り上げた。頭部に蹴り降ろされるであろうガザルのかかとを受けるために、篤樹は慌てて両腕ガードを上げ目を閉じる。


「……テメェはなんだ?」


 なかなか訪れない衝撃と痛みを不思議に感じる中、ガザルの乾いた声が聞こえた。篤樹は恐る恐る目を開く。篤樹の頭頂部目がけて蹴り降ろそうとしたガザルの右足は、ピュートの左足で下から抑えられていた。


「……お前の判断が遅いせいだ……エルフ」


 ピュートはひと言呟き、レイラを睨んだ。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「いったい何ごとだっ!」


 突然の法撃を受け、中央軍部基地は大混乱に陥っていた。中央司令棟作戦指令室に集まっていたビデル、ヒーズイット、ヴェディスは窓に駆け寄る。ただ一人、エルフ族協議会会長ウラージだけは、椅子に腰かけ、足をテーブルに投げ出した姿勢でほくそ笑んでいた。


「市街地が……一体どこから……」


「王政府島からの攻撃だと?」


 湖水島から真っ直ぐ伸びている「破壊された街区の瓦礫の道」を確認し、ヒーズイットとビデルは愕然とする。それも1本ではく数本もの「道」が……。攻撃魔法により刻まれる法撃跡の特徴そのものだが、あまりにも規模が違い過ぎる!


「ルエルフのガザルだな……この法力波は」


 動揺するビデルらに向かい、ウラージが小馬鹿にしたように答える。


「なっ……ガザル……だと?」


 ウラージの言葉に反応し、ヴェディスは窓に駆け寄り身を乗り出す。両手で左右の目を押さえ、指の隙間をわずかに開いた。法力光がその手に灯る。


「な……城が……王城が無くなってるぞ! 瓦礫の山だ……。ん? 誰だ……あれは?」


「何が見えるんだね、ヴェディス会長!」


 様子が分からないヒーズイットが苛立ちの声を上げた。ヴェディスは姿勢を変えずに応じる。


「王城が破壊されている。その場所で……先ほど連続法撃を放った者が、誰かと戦っている……? あれは……恐らく……エルグレド補佐官か? おお! メルサ正王妃が……危ない! 一体何を……あっ! あ……ああー!! グワッ……」


 湖水島の様子を伝えきれないヴェディスに、痺れを切らしたウラージが背後から飛び蹴りを加えた。ヴェディスは床に飛ばされて転がる。


「うるさいっ! 見たモノを正しく伝えろ! 貴様のリアクションなんか要らぬわっ!」


「あ……その……申し訳ございません、長老大使……」


「謝罪も要らん! 何が有った? 何を見た!」


 攻撃魔法で放ち殺しそうな勢いで指さすウラージの気迫に、ヴェディスは完全に飲まれたまま「見た」ものを説明した。


「……まさか……あのエルグレドが……」


「メルサ様が……」


 ビデルとヒーズイットがそれぞれに呟く。ウラージは腕を組み、左手で口元を押さえて状況説明を聞き終わると、ニヤリと口元を緩ませた。


 あのグラディー戦士の話……嘘か 真実まことかを確かめる絶好の機会だな。「 不死者イモータリティー」か……


「確かに『見た』んだな? あの男だったと」


 ウラージが念を押すと、ヴェディスは怯えたように答える。


「は……はい。あれは間違いなくエルグレド補佐官でした。メルサ正王妃は見間違うはずもありません!」


「確かに死んだのだな?」


 さらに確認するウラージに、ヴェディスは泣きそうな顔でうなずく。


「では、エルグレドはガザルに敗北し、ガザルは正王妃をも抹殺した上、今もなお王政府島に居る……ということですな?」


 ビデルが落ち着きを取り戻した口調で尋ねると、我に返ったようにヒーズイットが声を上げた。


「ならば、一刻も早くガザル討伐部隊を組織せねば!」


かなうまいよ」


 ヒーズイットの言葉を、ウラージが冷ややかに否定する。


「あの男はこの大陸で『今現在』最強の法術士だったのだろう? その男を滅消した相手だぞ? あれほどの法撃を何発も放ち出し瓦礫の山を築いた最強のサーガ相手に、人間種の兵力など……毛ほどの役にも立たんわ!」


「……では、長老大使はどうすべきと思われますかな?」


 間を置いてビデルがウラージに尋ねた。


 壁の内にはガザル……外には10万体以上のサーガども……いま最も安全な場所は、あの防御魔法壁で固められてる壁の「中」か……。だが、ガザルが内から攻めれば長くは持つまい。やはりヤツを殺るしかないが……


「失礼します!」


 作戦指令室の扉が勢い良く開かれ伝令兵が駆け込んで来た。


「どうした!」


 ヒーズイットが尋ねると兵士は姿勢を正し、最敬礼しながら報告する。


「王政府島より放たれた謎の攻撃魔法術球光により、王都壁内街区に甚大な被害が生じております! 特に西部街区に大きな被害が出ているとの事ですが、南東方面に放たれた最後の1撃で、研究所が大破いたしました!」


「何っ! 研究所が、だと?!」


 ヴェディスが驚きの声を上げビデルに顔を向けた。ビデルも見る見る表情が険しくなる。


「ボルガイル……」


 色を失ったビデルが呟いた声を、ウラージは聞き逃さなかった。


「ボルガイル? あの内調の男か? ヤツが研究所に居たのか?」


「いや……その……」


 ビデルは慌てて目をそらしたが、むしろその動作でウラージは「秘密の匂い」に気付く。


「私の目を見ろ! 何を隠してる? 答えろっ!」


 ヴェディスとビデルは、目配せで対応を考えようとした。しかし、ウラージはもはやこの2人が持つ「秘密」へ執着し、一切誤魔化しが通じない状況となっている。


「そう言えば……」


 ウラージはふと思い出したように言葉をつなぐ。


「あの内調の『息子』……ピュートとか言ったな? アイツも研究所に居るのか?」

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