第281話 足手まとい

「お前さ……いいの? 俺たちと一緒に居たりして……」


 篤樹は横に並び歩くピュートに尋ねた。


 内調って……エルグレドさんを狙ってた「特殊部隊」みたいな組織だよなぁ……


「今日は『自由にしろ』と言われてる。散歩の途中で何をやろうが、別に問題は無いはずだ。……おかしなことを聞くな? カガワもルエルフも」


「ルエルフ……ああ……エシャーからも言われたのか? だって、さ……ほら……内調って……特別な部隊なんだろ? それに、 親父おやじさんが隊長だって……」


「オヤジ?」


 ピュートが不思議そうな声で訊き返す。


「えっと……ボルガイルさんが『お父さん』なんだろ? 怒られるんじゃないか?」


「父? ああ……それは……そうだな『アダ名』ってことか? 公証記録として便宜上は『親子』とされているだけだ。それに、指令に反する行動は行っていないから、問題は無い。……それと、ガザルの情報以外を伝えるつもりも無い」


 本当の親子じゃ無いってことか……「アダ名」とは違うけど……


 ピュートの説明に多少違和感を感じながらも、篤樹はとりあえず「親の許可」を得ての外出なのだと理解しうなずいた。


「まあ……それなら良いんだけど……あっ!」


 王城に続く斜面を左手に見ながら島の東側道を北進していた篤樹の目に、北端部に建つ行政棟が見えて来る。しかし、いつも見ていた2棟ではなく、左側の1棟が大きく破損している姿に気付き、驚きの声を上げた。


「さっきの法撃だろ?」


 ピュートも篤樹と同じ方向へ視線を向け口を開く。


「ガザルの法撃波だ……今やりあってるのは……補佐官か……」


 この道を通る時、いつもなら左手の「丘」には王城の上部が見えていた。しかし、今は夜空が開け、時折、乾いた法撃音と閃光が確認出来る。


 向こうでエルグレドさんがガザルと戦ってるんだ……


 篤樹はピュートの声に反応し、左手の丘に目を移した。


「……エルフがいるぞ」


 ピュートの言葉に視線を戻す。


「え?」


「探してるのはエルフの女だろ? 大使の娘のレイラとかいう……近くにいるぞ」


「分かるの?!」


 何食わぬ顔で告げて歩き続けるピュートに向かい、篤樹は思わず興奮して尋ねる。ピュートは冷えた視線を一瞬向けながらも、問いに応じた。


「カガワがエルフを捜してると言ったから、周囲検索をかけていた。ガザルにバレると面倒だから法力範囲を狭くしていたが、もう見つけた。 馬繋場ばけいじょうのそばだ」


 良かったぁ……レイラさん、合流出来るんだ!……ってか……コイツ……やっぱり何気に凄い法術士なのかぁ……


「どうした? カガワ」


 呆気に取られた顔で横から見つめる篤樹に、ピュートは静かに尋ねる。


「え? あ……いや……。何か、やっぱり魔法って便利だなぁって……」


「カガワはまだ基礎訓練中だったな。毎朝法力呼吸練習しているようだが、まだ法術発現出来ないのか?」


 篤樹の目が驚きからジト目に変わる。


「……まだ始めたばっかりなんだよ! それに……別に……魔法使いになりたいワケじゃ無いし」


「便利だと思うなら手に入れれば良い。変なヤツだな?」


 すっかり忘れていたが、篤樹は自分が「魔法を覚えたい」と願った動機を思い出した。自分と同じくらいの歳の少年……ピュートが、エルグレドにもレイラにも認められる程の法術士だと分かり「それなら自分だって……」と、どこか対抗心を燃やしたのが最初だった。


 勝手に「ライバル視」していた相手から、毎朝の法力呼吸訓練を見られていたのかという気恥ずかしさを感じ、篤樹は足を早めてピュートを置き去って歩く。


 なんか……やっぱりコイツ……つき合いにくいなぁ!


「カガワ。そんなに慌てなくても合流は出来る」


「いいんだよ! 急いでここを離れろって言われてるんだから……あ、レイラさん!」


 倒壊は免れてはいるものの、正面の壁がいたるところ破損している手前の行政棟を通り過ぎた辺りで、篤樹は馬繋場近くの路上に人影を見つけた。宵闇の遠目でも1人はレイラだと分かる。だが、様子がおかしい……


「レイラさん!」


 篤樹は、ほとんど駆け出すようにさらに足を早めた。


 間違いなくレイラさんだ! 支えてるのは……ミゾベさん……じゃなくて、えっと……王様!?……に変装してるバスリムさん?


「あら?」


 自分の名を呼び、駆けて来る篤樹に気付いたレイラは、肩に寄りかかっているバスリム越しに笑顔を見せたが、直後、真顔になる。


「アッキー! 後ろ!」


 篤樹の背後に見えたピュートの顔を確認すると、レイラはバスリムを放り出し攻撃魔法体勢を向けた。


「わ! わ! ちょ……ちょっと待って!」


 ピュートを狙うレイラの姿に気付き、篤樹は慌てて両手を振って法撃を制止させる。


「違うんです! ピュートは今は敵じゃ無くって……」


「止まりなさい!」


 篤樹の制止に応じ、いきなりの法撃こそは踏み止まったものの、レイラは尚も腕を真っ直ぐピュートに向け警告を発する。素直に足を止めたピュートの右腕にも法力光がすでに包んでいた。いつでも即応出来る状態でレイラに目を向けている。


「レイラさん! 違うんです! えっと……ピュートは今……散歩中なんです!」


 慌てて説明する篤樹の言葉を聞いたレイラは2~3度瞬きすると、ゆっくり視線を篤樹に合わせ首を傾げた。


「……お散……歩?」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 篤樹とレイラが探索隊の馬車に引馬をつなぐ間、車内に乗せたバスリムにピュートは治癒魔法を施していた。


「お散歩、ね……。それにしてもアッキー、不用意に敵を信用し過ぎよ。まあ、今回は本当に他意が無いみたいだから良かったけど……場合によっては仲間全員を危険に遭わせる『よろしく無い判断』でしてよ」


 メルサと剣士達に殺されかかっていたところをピュートに助けられたと説明し、その後の会話内容も伝えることで、レイラはようやく攻撃体勢を解きピュートの接近を了承した。


 ピュートの目は真偽鑑定が難しいと文句を言いながらも、レイラも一定の納得をすると、それならついでにバスリムの意識を回復させるように「強くお願い」をした。


「ルメロフに化けてるのか? こいつ、ミッツバンの御者だろ? 内調に潜り込んでたミゾベって男だ」


「お散歩中に見たモノは、美しい思い出として心のアルバムにしまっておきなさい、ボウヤ」


 荷台に向かってレイラは声をかける。


「とにかく……エルグレドさんからは、レイラさん達と合流したら馬車で王家の森に向かえって指示でした。ガザルは……自分が何とかするって……」


「そう……」


 篤樹からの伝令にレイラは少し不満そうに返事をしたが、決心したようにフッと息を吐く。


「仕方無いわね……。隊長さんが1人で楽しみたいって言うんなら、譲って上げましょう」


 どのみち、こんな身体の私や、戦闘向きではないアッキーが居ても役に立たないでしょうしね……


「ボウヤはどうするの?」


 御者台に座り、手綱を握ったレイラがピュートに尋ねる。


「……アイツとは戦りたくない。途中まで乗って行く。そろそろ戻らないとマズイだろうし」


 とっくにマズいんじゃないの?


 篤樹は、ピュートから聞いた経緯から「非常時に2時間以上の散歩」だと理解していたため苦笑いを浮かべた。馬車がゆっくり方向転換を始める。レイラの横に座っている篤樹の視界数百メートル先に、法術戦の光が見えた。


「また法術戦に戻ったみたいね……」


「エルグレドさん……本当に大丈夫ですか?」


 戦闘の様子が気になり、レイラは手綱を止めてエルグレド達の戦いへ目を向ける。篤樹も目を凝らした。一方が……恐らくガザルが攻撃を繰り返し、エルグレドが防戦の様相だと見える。篤樹は急に心配になって来た。


「……補佐官が負けるな」


 突然真後ろからピュートが声を発した。


「うわっ!……ちょ……ピュート近すぎ!」


 レイラと篤樹の間から、ピュートはニュッと顔を出している。


 なんだよ、こいつ! 空気読めよ……


 篤樹はイラっとしてピュートを押し戻そうとした。


「危ないわね……」


 しかし、レイラもピュートの意見に賛意を示し、緊張した声を洩らす。


「エル……まずいわよ……」



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 なぜここにメルサ正王妃が?!


 足早に歩み寄って来るメルサの気配にエルグレドの意識が向く。その動きをガザルは見逃さない。


「ほーらよっ!」


 湖上に向けていた腕をメルサに向け直し、ガザルは攻撃魔法を放ち出した。


「クッ……」


 エルグレドは即座に移動し、放たれた法撃軌道上に防御魔法を立てる。


「メルサ様! ここは危険です! 早く避難されて下さい!」


 ガザルは先ほどまでとは違い、執拗にメルサへの法撃を繰り返す。連射のためか、充填法力はそれほど大きくは無いため、エルグレドも防御魔法で難なく対処は出来る。しかし、間髪入れずの連撃のため足を止めざるを得ない。


 この程度の法撃とは言え……メルサ様に当たれば瞬殺は可能でしょうね……。動けないのは……困りましたね……


「エルグレド……」


 背後に近付くメルサを振り返る事も出来ず、エルグレドはガザルの攻撃を防ぎ続ける。


「メルサ様! 何をされてるんですか! 早く避難……を……?」


 視線をガザルの法撃に集中しつつも、メルサを背に隠すよう位置取っていたエルグレドは、左肩にメルサの手が載せられた事に気付く。それと同時に、背中を押された衝撃と、突如襲った胸の痛みに声を失う。


「何……を……」


 背後のメルサを振り返るよりも先に、違和感を感じた胸部に目を向けた。血を帯びた剣先がみぞおちから突き出ている。体内で動かされる短剣の振動を感じながら、エルグレドは予期せぬ現状を理解した。……刺され……た?


「お前のせいだ……ジンを……私のジンを奪いおって……」


 耳元で囁くように告げるメルサの声が、急激に遠のいていく。


 マ……ズい……法……力が……防御が……


 薄まっていくエルグレドの防御魔法の壁を、ガザルの攻撃魔法が突き抜ける。ガザルの連撃は無数の光の矢となりエルグレドの肉体を刺し貫き、その背後に立つメルサ共々、細切れに粉砕していった。

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