第279話 強者の戦い
グッ!
篤樹は受け身の体勢も取れないまま、芝生の地面にうつ伏せに倒れた。シルバの顔面を模擬剣で振り抜いた右腕が、胸と地面に挟まる体勢で地面に強打したため、一瞬、息が止まるような苦痛を覚える。
早く振り返って体勢を整えなきゃ……
臨戦意識とは裏腹に、身体がすぐに反応出来ないもどかしさを感じ呻く中、空気を裂く乾いた法撃音が立て続けに聞こえた。
ドサッ……
すぐ背後で何かが地面とぶつかる音と振動を感じ、恐る恐る振り返る。位置的に背後で攻撃体勢をとっていたはずのムンクの姿を確認出来ない。目線を下げると、自分の足先の地面に倒れているムンクに気付いた。
「カガワアツキ……」
唐突に名前を呼ばれ、篤樹は声の主を探すために急いで身を起こし辺りを見回す。
「お前ひとりか? 他は?」
数メートル先に立つ人影が目についた篤樹は、その人物を凝視し確認する。
「なぜ正王妃と戦ってたんだ?」
「あ……っと……こんばんは……」
ピュートからの問い掛けに、篤樹は即座に状況がつかめず、反射的に挨拶をしてしまう。この「返答」にピュートは首を傾げた。
「あ……ゴメン……えっと……」
篤樹は立ち上がると、改めて周りを見ながら状況説明を求めるようにピュートに答える。前後にはムンクとシルバが倒れ、少し離れてメルサも倒れていた。
「答えろ。他のヤツラは一緒じゃないのか? なぜ正王妃と戦ってたんだ?」
「君が……助けてくれたの?」
ピュートは諦めたように目を閉じ、ひと息をつき、改めて篤樹に視線を合わせる。
「お前に聞きたい事が有ったが、殺されては話が聞けない。だからこいつらを先に倒した。さあ、答えろ。他の……」
「殺したのか……メルサさん達を……」
話を断ち切って口を開いた篤樹に向かい、ピュートは無表情のままズカズカと近づき、胸倉をつかむ。
「任務外での殺しは禁じられている。正王妃も兵士達も殺してはいない。分かったか カガワアツキ? 質問に答えろ。お前はなぜひとりでここにいる?」
「ちょ……離せよ!」
篤樹はピュートの手を払い除ける。
「レイラさん達を捜してるんだ! そうしてたらこの人達に見つかって……それで襲われてたんだよ!」
「レイラ?……エルフか……」
ピュートは視線を下に向け何かを考えているようだ。
「そう! あと、レイラさんと一緒にいるはずの人も……。合流して島から逃げるようにって言われてるんだ」
篤樹は服についた草葉を払い落としながら答えると、地面に落ちていた模擬剣を拾い上げ鞘に収める。
「ガザルが現れて、もう、ここは危険だから避難しろって……エルグレドさんから指示されてるんだ。……えっと……ありがとな。助けてくれて……」
ピュートと争う気は毛頭無い篤樹は、何となく気恥ずかしさを感じつつ助力への礼をこの段階で述べた。ピュートの視線が篤樹に向けられる。
「助ける、というつもりは無かった。結果的にお前がそう感じるのは勝手だけどな……」
「あ……そ……。まあ……とにかくありがとな。それじゃ……」
ピュートとの短い会話で、何となく「間が読めない相手」と感じた篤樹は、この場を早く切り上げる行動に転じることにした。
「どこに行くんだ?」
軽く笑みを浮かべて挨拶をし、背を向け立ち去ろうとした篤樹に向け、ピュートが声を掛ける。
ゲッ……なんか……ウザイなぁ……
「言っただろ? 俺はレイラさん達を捜してるだけだって。じゃ……」
再び背を向け歩き出した篤樹の背後から、ピュートの足音が聞こえた。
「見当はついてるのか?」
歩きながら横に並び、ピュートが問いかけてくる。篤樹は立ち止まるとピュートに顔を向けた。
「あのさ……俺達のチームの作戦なんだよね、これ。なんで君が付いて来んのさ?」
「……ダメか? 付いて行っては」
ピュートが驚いた表情を見せたため、篤樹はつい言葉に詰まる。
「えっ……とぉ……。ダメって言うか……お前だって何か用事があるんだろ?」
「用は済んだ。あの法力源がガザルだと分かって納得した。だから後の用は無い」
「用が無いなら……帰れば?」
ピュートの返答に、篤樹は苦笑いを浮かべ答える。しかしピュートは少し首を傾げ、言葉を考える仕草をとった。
「……前言撤回だ。お前がエルフと合流出来るか見届ける」
「は?」
「俺の新しい『用』だ。だから付いて行く」
ピュートの意図がつかめず、篤樹の口がポカンと開く。
「分かってる。ルエルフと同じ心配をしてるんだろ? これは俺の任務じゃない。ただの散歩ついでだ。だからお前たちの事は誰にも報告しない。だからついて行く。これでいいな?」
「え……あ……は?」
言葉の理解が追いつかず、とりあえずの「返事」をしながら間をつないだ篤樹は、ようやく頭が回り出すと質問に転じる。
「ルエルフって、エシャーのこと?!」
歩き始めたピュートにつられ、篤樹も島北部方向へ歩を進めながら尋ねた。
「ああ……。基地の近くの森で会った」
「へ……え……」
ピュートからの情報を聞き取りながら、篤樹は自然に、馬車へ向かう道を歩み出していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
法力の波動質は同じですが……ベルブ以上の法力量ですね……
エルグレドは避難者たちの姿もほとんど消えた王宮前庭を、静かに移動しながらガザルの様子を窺っていた。
ヤツの狙いは……
湖岸から右手方向……島の北側に歩いて行くガザルの姿を追いながら、エルグレドは攻撃の機会を窺う。しかし、自分の気配を悟られないように放出法力を抑えながらの移動では、そのタイミングを計るのも難しい。
ガザルの姿が不意に視界から消えた。
法力高速移動? 何かを見つけたような……
エルグレドは可能な限りの早さで王宮前庭を駆け抜け、瓦礫の山となっている「王城跡地」に辿り着いた。大きな石材の陰に身を隠し、微小な法力を使い様子を確認する。
あれは……カミーラ大使?
空気中の水分を利用し、潜望鏡のように状況確認をしていたエルグレドの目に、ガザルとカミーラの姿が映る。カミーラの後方には……エルフ? レイラさん!
ガザルの法力量がみるみる増大しているのを感知したエルグレドは、瓦礫の陰から飛び出した。これほどの法力量が伴う攻撃魔法なら、カミーラだけでなく、その後方数百メートルまでが瞬時に蒸発してしまう……。エルグレドは急速に自身の法力量を高めた。
「……膜を引っぺがして、全細胞を粉砕……ま、これだけあれば充分だろ?」
格下の相手を嘲笑い、ガザルはカミーラにしっかり視線を合わせた。
「……消えろ……クソエルフ」
ガザルの腕に現れた大きく濃い赤色の攻撃魔法球光が、その手からカミーラに向け放ち出されようとした刹那、エルグレドは高速の攻撃魔法をガザルの膝裏を狙って放った。
背後から下半身のバランスを崩されたガザルの攻撃魔法球は上向きに軌道を変え、カミーラの頭上をかすめ飛んで行くと、北部長城壁上空に張られた防御魔法に衝突し飛散する。
だが、エルグレドはその様子を確認する間も無く、即座に防御魔法を自身の前面に立てた。ガザルからの反撃の攻撃が、すでに目の前に迫っていた。
さすが……早い……
「誰だぁ!」
自身の攻撃が相手に届かなかったことを察知しているガザルは、振り返って「攻撃手」を睨みつける。
「初めまして。エルグレドと申します、ガザルさん」
眼前で飛び散ったガザルの法撃光に照らされながら、エルグレドは微笑を浮かべ自己紹介をした。
「知るかっ!」
その間にもガザルは法撃を繰り返すが、エルグレドもまた、初めから余裕の戦いを演じるつもりもない。すでに身を隠す必要も無く、全法力を充たし高速移動でガザルに迫って行く。
「よく抜け出せましたね! 湖神結界を!」
「あんなの、紙紐程度の意味も無かったぜ!」
互いの法力感知で、中・長距離での法撃戦では致命傷を与えられない事を即座に理解した両者は、近接戦による攻防を選んだ。法力強化した四肢を用いて、音の速度をはるかに超える攻撃が繰り返される。
「なん……だ? アイツは……」
ガザルの攻撃魔法球光の衝撃で吹き飛ばされていたカミーラは、エルグレドとガザルの近接攻防を見つめ呆れたように呟く。
大陸最強の法術士とは聞いていたが……あれは……人間種の動きではない!
カミーラは、法力強化した視力でも追いきれないエルグレドの動きに唖然とする。ガザルから受けた傷を抑え立ち上がると、ゆっくりその場から退いて行く。
ガザルと互角か……いや、それ以上か?
一瞬、カミーラは自分もエルグレドの攻撃に加わる事で、戦闘を有利に進められはしないかと考えた。しかし、ガザルとエルグレドから発せられる異常なほどの法力量と法術のレベルから、かえって「足手まとい」になると判断する。
ふん……まずはバケモノ同士でやり合わせるとしよう……
「ミシュラ! カシュラ!」
カミーラは後方まで退くと、レイラとバスリムの治癒を行っていたミシュラとカシュラを呼ぶ。
「どうだ?」
「はい……レイラはほぼ完治かと……」
ミシュラはレイラに当てていた手を離し、立ち上がって答えた。
「こいつもとりあえずは大丈夫でしょう」
カシュラは立ち上がり、オマケのように治癒魔法光をバスリムに当てた。
「一旦退くぞ。私の治癒を頼む」
「どちらへ?」
ミシュラとカシュラを従え立ち去ろうとするカミーラに、レイラが声をかける。
「バケモノどもの戦いに巻き込まれないように一旦退く。お前も、その人間を連れて身を隠しておけ。ガザルが弱ったところで……一気に叩く!」
立ち去って行くカミーラたちを見送った視線を、そのままレイラはエルグレドとガザルに向けた。
「本当に……困った隊長さんね……。楽しそうですこと……」
ヨロヨロ立ち上がったレイラは微笑を浮かべ、まだ意識の戻っていないバスリムの元へ歩き出した。
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