第277話 遭遇

「よかった……。ここはそれほど大きな被害を受けていないようですね」


 旧サラディナ従王妃宮地下の秘密通路扉前まで来ると、エルグレドは後ろから付いて来ている篤樹に声をかけた。先ほどの激しい衝撃から、もしかすると生き埋めになってしまってるのではないか? という不安を抱えていた篤樹は、その報告にホッと胸を撫で下ろす。


「以前は厨房暖炉の煙突裏につながっていたんですが……100年ほど前の改装で暖炉はふさがれ、今は『壁』で隠されてしまっているそうです」


 法力灯を掲げながら、エルグレドは扉前に積まれているレンガを片手で取り除いていく。


「あっ……僕、やります!」


 その姿をしばらく見ていた篤樹は、ふと「自分がやるべき作業」だと思い立ち瓦礫除去を買って出た。エルグレドは笑顔で振り返ると「では、お願いします」と、すぐに位置を交代する。


 懐中電灯なら誰でも持てるが、法力灯となるとある程度の法術士でなければ「ただの棒」に過ぎない。エルグレドが片手で作業するより、篤樹が両手で作業するほうが効率的だった。


 上から瓦礫が崩れ落ちないよう慎重に作業を進めたが、それでも、ものの5分も経たずに通り穴を確保する。


「代わりましょう……」


 穴が通じると、すぐにエルグレドが声をかけた。法力灯を消し、外部の気配を探りながらエルグレドが先に穴を通り抜ける。すぐに「どうぞ……」とうながされ、篤樹も穴から無事に外へ這い出した。


「サラディナ様がお亡くなりになられて以降、閉鎖されている建物とはいえ……これだけ損壊しているのに見回り兵の1人もいないとは……」


 旧サラディナ従王妃宮は、天井は無くなっており、見上げると夜空が広がっていた。一応の「間取り」は確認出来る。上からの崩落ではなく、側面からの攻撃で外壁や屋根が吹き飛ばされたようだ。エルグレドはすぐに「受撃側」と見られる西側壁跡に移動し、外部の様子を窺う。


「……何があったんですか?」


 外を覗くと、各宮の従者・侍女達だけでなく、省職員らや兵士達までもが悲鳴をあげながら逃げまどう姿が確認出来た。大部分は王宮側から渡島橋に向かい逃げている。篤樹からの問いに、エルグレドは1点を見つめたまま返事をせずに、右手の平を向けて「静かに!」との指示を与えた。


 篤樹は口を閉ざし、エルグレドが見つめる視線の先に目を向ける。王宮前の闘剣場辺り……かがり火や法力灯で浮かび上がっている景色を目にし、篤樹は唖然とした。つい先日「剣術試合」を行った闘剣場が、まるで映画で観たことのある「爆心地のクレーター」のようになっている。さらにその先……湖岸へ下る坂地にも人影が合動いていることに気付いた。


「あっ……」


「シッ!」


 すぐにエルグレドが篤樹の声を制止する。篤樹はエルグレドの耳横まで顔を近付けると、グッと声を落とし語りかけた。


「ガザル……ですよ……あれ……」


「そのようですね……」


 予想はしていたのだろう。エルグレドは篤樹ほどの驚きは見せず、しかし、篤樹以上に緊迫した声で答えた。そのままゆっくり姿勢を変え両手を広げると、自分と篤樹の周囲に遮音壁魔法を発現させる。


「なんでガザルが?!」


 壁の発現を確認すると、すぐに篤樹は口を開いた。


「なぜかは分かりません……しかし、ヤツが現れたということは、湖神様の結界が破られたということです」


 先生……


 篤樹は心の中で、湖神となっていた直子の姿を思い出す。エルグレドはそんな篤樹に配慮を示す余裕も無い様子で言葉を続けた。


「ガザルが島の北部に向かってますね……馬車は庁舎横の 馬繋場ばけいじょうです」


 島の北側にある2棟の省庁舎横に馬車は置かれている。篤樹はエルグレドが「作戦」を語り出したことを理解し、黙ってうなずいた。


「レイラさんがバスリムさんと合流出来たのであれば、予定通り王城へ向かったはずです。しかし、下へ降りて来られていなかった。逃走路を変更したとなると……この状況を見る限り、渡島橋方向では無く島の北側……馬車に向かわれた可能性が高いと思われます」


「じゃあ……僕らも……」


 篤樹は「待ち合わせの馬車」に移動する覚悟を込め確認したが、エルグレドは首を横に振る。


「『僕ら』ではなく……アツキくん、あなた1人でお願いします」


「えっ……」


「ガザルが何を狙い北部に移動して行ったのかは分かりませんが……ヤツはあまりにも危険です。私がこちら側からガザルを追いかけ、背後から攻撃を仕掛けます。とにかくヤツを馬繋場に近付かせないようにしますので、アツキくんは東側から回り込んで馬車へ向かって下さい。そして……レイラさん達と合流出来ても出来なくても、そのまま馬車を繰って東側ルートから島脱出して下さい」


 いつものように落ち着いた口調と微笑を浮かべ語るエルグレドだったが、篤樹はいつもと違う緊張を感じ取った。


「大丈夫ですか? その……1人で……」


 エルグレドは1人でガザルと戦うつもりでいる。自分達を逃がすために……。思わず尋ねた篤樹の言葉に、エルグレドは感情の籠った温かな笑みを浮かべ応じた。


「御心配なく。ガザルはタフカとは違い、私にとって排除すべき敵以外の何者でもありません。初めから『全力』で戦えますから」



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「メルサ様、ここは危険です! ただちに避難を!」


 正王妃宮執務室に駆け込んで来たのは、ジン・サロン剣士隊のシルバ上等兵だった。


「一体何ごとだ! シルバ」


 メルサの警護に付いていた、同じく剣士隊のムンク軍曹が尋ねる。先刻来続いている外の喧騒と法撃波に関する情報が無いまま、どう動くべきかの判断に迷っていた焦りから語気は荒い。


「ジンはどこなの?」


「はっ! ミラ従王妃らを追い、部隊を連れて王城へ入ったと……」


「王城に?」


 メルサはシルバからの情報を聞き、怪訝な表情を浮かべた。慌ててシルバは口を開く。


「逃亡したルメロフ王らを捜していたところ、警衛隊の同志からミラ従王妃らの逃走ルートを掴んだとの報告がありまして……ルメロフ王もそのルートを使ったのではないかという事で……」


「それで? 隊長は!」


 ムンクからの問いにシルバは表情を曇らせ、うつむき答えた。


「……不明です。湖に突然現れたエルフ型の強力なサーガにより……王城は跡形も無く吹き飛ばされました」


「な……」


 メルサとムンクは目を見開き、声を失う。シルバはそのタイミングで顔を上げた。


「法術兵が感知したところ、敵は途方もない法力を持つ危険なサーガです。恐らく例の『ガザル』なる者では無いかと考えられます。すでに数十名の兵士や職員らがヤツに殺されました。速やかに島外への避難を!」


「ジンが……死んだ?」


 シルバの報告に呆然としていたメルサが呟く。


「メルサ様! まだ分かりません!」


 メルサの呟きに我を取り戻したムンクが声を上げる。


「ジン隊長の安否は不明なだけです! とにかく、外へ出ましょう!」


 ムンクとシルバは目配せをしてうなずくと、メルサを促し執務室を後にした。


「正面口は瓦礫で塞がれています。東口から出ましょう」


 階段を下りながら、シルバが脱出ルートを指示する。確かに正面玄関ホールは外部から押し込められたような瓦礫により潰されていた。3人は奥の間へ続く廊下へ向かう。


「全員、東口から脱出しろ!」


 宮内にはまだ数名の従者や兵士らが残っていた。その姿を確認すると、ムンクは大声で退避指示を出しながら先を進む。


「……ジンの……捜索隊を出さなきゃ……」


 メルサはまだ「心ここに在らず」といった感じで、焦点の定まらない目をしている。ムンクとシルバは、本来なら許されない行動だが、メルサの肩と腰を左右から支えるように手を添え進み続けた。


 正王妃宮東口の扉から出た3人は、すでに退避者もまばらになっている道を渡島橋方面に向かい進み出す。しかし、数歩進んだ時点でメルサの足が止まる。


「どこに……行くのです?」


「え? 島外に退避を……」


 メルサの焦点が定まり、ムンクとシルバの支えを払い除けた。


「何を言っているのです! ジンが王城の瓦礫に埋もれているのでしょう? すぐに救助に向かいなさい!」


「いや……ですが……」


 ムンクが言葉を選ぶ間に、シルバが代わりに答える。


「ガザル出現により、島内は大混乱で一切の指揮系統が寸断されています! 捜索隊を組むことは不可能です! とにかく一旦島外に避難し、指揮系統を回復させた後、捜索隊を組織するしかありません!」


 立ち止まっている3人を残し、メルサ宮から脱出した者達もほとんどが渡島橋に向かって駆け去って行く。


「いいえ! とにかくジンの無事を確認するのが先です! あなた達だけでも捜索に向かいなさい!」


「しかしメルサ様!……おいっ!」


 半ば狂気染みた声色を帯び始めているメルサに向かい、ムンクはなおも提言を試みようとした。だが、その視界の端に何かを確認すると、メルサから視線をずらして建物横の植え込みに向かって歩み出す。


「おいっ! 誰だ! そこに居るのは! 何をしている!」


 ムンクは腰から剣を抜き、植え込みを注視したまま近づいていく。シルバも剣を抜きメルサの前に立つと、ムンクの後を追ってゆっくり歩を進めた。


「すぐに身を現わせっ! 正王妃メルサ様の御前だぞ!」


 ムンクの警告に対し、植え込みからの反応は無い。シルバは日頃の訓練通り、ムンクの直線後方から進路をずらして近づいて行く。植え込みに身を潜めている者の逃走路を塞ぐ動きだ。


「そこの者。すぐに出ていらっしゃい」


 最後通告とでも言うように、王妃の威厳の籠った鋭い言葉でメルサが呼びかける。隠れている者の心情を表すように植え込みの枝葉が揺れた。ムンクがさらに植え込みに向かい踏み出すと、観念したように植え込みの裏に身を隠していた者が姿を現す。


「ん? お前は……」


「あ……貴様……」


 植え込みの裏に立つ篤樹の姿を確認し、ムンクとシルバは言葉を詰まらせた。

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