第264話 王室森林に集う者たち

 ヒーズイットの指示を受け、ボロゾフはベイラーとスヒリトを伴い部屋を出て行った。後ろ手に縛られた女性は壁際の床に転がされている。


 魔法院・軍部・文化法歴省の最高責任者3名と、エルフ族協議会会長というエグデン王国の「実権者」らは、女性を囲むようにして立っていた。


「ユフの民……ですな?」


 ビデルが仕切り直して口を開く。


「ほう! まとい物だけで判断がついたか? さすが情報好きの大臣だな」


 ウラージが答える。


「いかにも、こやつはユフの民だ。先の地揺れに関し、何かを知っておるようなのでな……捕らえた」


 保護協定対象外の民とは言え、同じ「人間種」をぞんざいに扱うウラージに対し、ヒーズイットはやはり嫌悪感をあらわにする。しかし、ビデルとヴェディスはウラージと同じく「調査対象生物」を見る視線を女性に向けていた。


「ミシュバ近郊のマキネで発見された12人『分』の惨殺死体。こやつを含め、ユフの人間13人がこちらへ渡って来ておったらしい」


「ほう……。エルフ族も情報集めがお好きなのですな」


 ビデルの軽口にウラージが厳しい視線を向ける。だがビデルは微笑を浮かべたまま、さらなる情報を求めた。


「何ゆえ、ユフの民がエグラシスへ?」


「知らん! こいつらの言語は特殊だ。会話にならず抵抗して来たから捕らえた。貴様の部下が面白い術を使えると聞いたからな」


「部下?」


 ビデルは怪訝そうに眉をひそめる。


「エルグレド補佐官か?」


 ヒーズイットからの問いに、ビデルはゆっくりと首を横に振った。


「ヤツも面白いがな……」


 ウラージが答える。


「あれもユフの言葉は知らんだろう。ヤツではなく、ヤツが預かってる部下がおるだろうが?」


 ビデルとヴェディスが同時に「あっ」と思いつき、顔を向け合う。


「カガワ……アツキか……」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「あの光は……」


「何事でしょうか?」


 王宮森林内の湖岸近く―――ミシュラとカシュラは木々の合間から王都上空に飛散する真っ白な法力光を見上げ声を洩らした。


「あれは……」


 上半身裸のカミーラもその光を見つめ、分散して長城壁へ吸い込まれていく様を見届けると、理解したようにうなずく。


「人間共が『壁』を守る策を講じたのだろう」


「長城壁を……ですか?」


 カミーラは枝にかけていた上着を手に取り、裸体にまといながらミシュラの問いに答える。


「長城壁を法術で強化する魔法加工が施されているらしい。『外敵』からの最終防衛のためにな」


「外敵?」


 カシュラがカミーラに外套を手渡す。


「ああ……」


 外套に腕を通すと、カミーラは全身の動きを確認するように手足を動かす。


「グラディーの怨龍だとか、サーガの大群行だとか……我らエルフ族だとかへの防備としてな」


 カミーラの言葉の意味を理解し、ミシュラもカシュラも嘲笑を浮かべた。


「怨龍でも私達でもないのであれば、サーガ対策ということですね」


「大群行が再発の気配を見せているとの話だったからな……壁の向こうに群れが迫って来た、ということだろう……」


 カミーラがしばらく言葉を切る間に、ミシュラが口を開いた。


「先刻来の『島』での騒動にも何か関係が……」


 木々の間から、湖をはさんで見える湖水島に3人は目を向けた。


「強力な法力の波動の後、さらに大きな波動がジワジワと流れ出ています」


「ふん……」


 カミーラはジッと島を見つめる。


「愚かな短命種共が自ら招いた災厄なのだろう。本来、我らには関係無き火の粉なのだがな……しかたあるまい……」


 湖岸に向かってカミーラは歩き出し、その背後にミシュラとカシュラも付き従う。湖岸に一艘の小舟が係留されていた。


「淀み切った人間共の巣穴の中でも、やはりこの森だけは特別な力があるな……」


 舟に乗り込み座すと、カミーラは満足そうに森の木々を見渡し評する。ロープを解いたカシュラが乗り込むと、先にオールを持って待機していたミシュラが舟を漕ぎ湖岸を離れる。


「……このような巣穴の中にあっても、御身体に合う木々と出会えたのは幸いですが……やはり早く我らの森へ戻られるべきかと……」


 意を決したようにカシュラがカミーラに語りかけた。一瞬、カミーラは表情を強張らせたが、すぐに目を閉じ微笑を浮かべる。


「心配は要らん。お前達も良くやってくれているしな……」


「しかし……」


 オールを動かす手を止めてミシュラも口を開こうとしたが、カミーラは今度は明らかに拒絶の表情を向ける。


「従者たる者は私の身ではなく、私の働きを案じろ。良いな?」


「……はい」


 西日の残光を僅かに含む薄闇の空の下、小舟は滑るように湖上を進んだ。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「おじょう……エシャー! もう少しゆっくり頼む!」


 コートラスは王宮森林の中を駆け抜けるエシャーの背に向け声をかけた。10mほど先の木の枝に跳び乗ったタイミングで、エシャーは動きを止める。


「あ……ゴメンね。つい……」


 振り返って返事をし、ついでに周囲を確認する。森林警備兵らの気配は無い。湖水島方面からも壁内街区方面からも、相変わらず警笛音が騒がしく鳴り響いているため、少々の物音を出しても警備兵らに聞こえることは無いだろうと判断する。


「よっ……と」


 エシャーは地面に降り立ち、コートラスの到着を待つ。


「すまんな……森の中だと君1人のほうが早く進めるのに……足手まといで」


「ううん。ちょっと急いじゃった。ゴメンね」


 子ども達が「秘密の通路」にしている湖岸の獣道付近には、多くの人だかりと警備のための兵士らがごった返していた。コートラスは馬車を王宮森林の北側に隠し、そこから森の中を2人で移動して来た。


「もうすぐだから……」


「やれやれ……君がいてくれて助かったよ。私だけだったら夜の森の中で迷子になるところだった」


「『階段のおうち』には行ったことがあったから、ちょうど良かった!」


 エシャーは笑顔でコートラスに答える。


 当初は、午後9時にオスリム達と地下通路で合流する計画となっていた。しかし、予定が大きく変わってしまっている。無事に合流出来るかどうかは分からないが、コートラスは、自分の分析力に賭け、待機場所のミッツバン邸ではなく合流地点に向かうことを選んだ。


「あの人、大丈夫かなぁ……」


 コートラスの歩調に合わせて歩き出したエシャーが心配そうに後ろを振り返る。


「あと2~3時間寝ててくれればいいさ」


 馬車の車内ベンチ下に隠し連れて来たヒラーの身をエシャーは案じていた。しかし、コートラスは笑って応じる。


「たとえ誰かに発見されたとしても、この混乱の中じゃ、こっちの動きを邪魔することももう出来やしないさ……っと!」


 コートラスは、尚も心配そうな顔で後ろを振り返るエシャーの腕を掴み、歩みを引き止めた。


「痛っ! ちょっと! なに……」


 エシャーの抗議に、コートラスは足元を指さす。肉眼では視認するのが難しいくらいに細い、糸のような薄い光が、進路上の地面に何本か縦横に張られている。法術士でも、よほど訓練された者が注意して見ないと分からないほどの「罠」だ。


「よし!」


 コートラスが嬉しそうに声を上げた。


「これって……」


「オスリムの警戒包囲魔法だよ。作戦地点の周囲に、アイツはいつもこれを張る。1秒でも先に敵の存在に気付いたほうが有利にことを運べるからな。これが有るってことは、ヤツはこの囲いの内側に居るってことだ」


「あっ……そういうことか……」


 エシャーはサレマラと共に地下道へ下りた日のことを思い出した。突然の来訪だった自分達を、ゼブルンと前後で「挟み撃ち」に出来る態勢で迎えられたのは、この魔法にサレマラか自分が引っ掛かったからだろう。


「あいつは大胆な作戦を立てるが、成功率を高めるための細やかな仕掛けも忘れない……一流の情報屋なのさ」


 コートラスは右手を地面に向けてかざし、霧のように広がる薄明りの魔法を発現させオスリムの仕掛けを照らした。


「これで大丈夫だ。さ、進もう」


 エシャーの腕を離し、コートラスが先導を促す。


「今のは?」


「私の法力波を当てて向こうに知らせたんだ。間違って同士討ちとかになっちゃ洒落になんねぇからな……」


 さらに数十mを進むと、森の木々が僅かに開けた場所に出た。地下へ下りる階段を囲う壁が、黒い大きな岩のように眼前に現れた。ここまで来るとコートラスはエシャーの前に出る。


 ピー……


 コートラスは高音で短く「歯笛」を鳴らした。


 ピュイッ……


 階段の近くから、コートラスの歯笛よりもやや低い音での反応が返って来る。


「同志だ……」


 コートラスはエシャーに告げると、通常の歩調で前進しながら声をかけた。


「オスリムは?」


「コートラスさん! 下です。その子が……」


 建物の陰から出て来た、まだ若い男の声がエシャーに向けられる。


「ああ……例の『ルエルフ』の子だ。作戦はどうなってる?」


「昨夜から分散集合していた15名は下に……ただ、直前集合予定だった残りの連中はまだ誰も……」


 2人の会話を聞きながら、エシャーは木々の隙間からチラチラと見える湖水島に目を向けた。落ち着いた灯火ではなく、慌ただしく小さな光が動き回っているのが見える。


 アッキー……


 島にいるはずの「探索隊メンバー」の無事を願いながら、エシャーの脳裏に真っ先に浮かんだのは篤樹の名前だった。


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