第263話 長城壁の魔法

「根拠なきカルト……しかし、場所が場所なだけに何かが起きる可能性もある。だから闘剣場地点での『犠牲』には特に注意をはらい阻止せよ……。これが兄……組織からの指令に含まれていました」


 王城東面の壁に身体を添わせ進みながら、バスリムはレイラと情報を共有する。


「湖神が創った『結びの広場』に、こちら側からは何の影響も与えることは出来ないはず……でも……アッキーとエシャーの話だと、ルエルフ村も湖神の結界も今は『普通』では無くなってる……」


「そういう事です」


 声に出して情報整理をするレイラに、バスリムが応じた。


「ガザル……ですか? サーガの統率者をカガワアツキが湖神の結界に封じたことで、大群行は収束したかに見えました。しかし、それは完全ではなく、ほころびの有る封印だったのでしょう。そのほころびから、中に封じられているガザルに向かい『力』が注がれ続けた……」


「グラバ達の儀式……」


 バスリムの仮説に、レイラは合点がいったようにうなずいた。


「なるほど……ね。せっかくガザルを抑えつけていた湖神に向かい『背後から攻撃』していたお馬鹿さん達がホントにいたってことね」


「え?」


 レイラの見解の意図が分からず、バスリムは聞き返すように声を洩らす。しかし、レイラは構わずに状況整理を続けた。


「大群行が再発してるってことは……すでにガザルの力も完全に復活してるってことね……。それにしても、本人が姿を現さないのは……まだ湖神が持ち堪えてるってことかしら」


「いずれにせよ……」


 バスリムは前後を確認しながら話をまとめる。


「サーガの群れが長城壁の内にまで押し寄せてくる頃には、ガザル本体も完全復活してしまうことでしょう。何とかしなければ、革命どころか……この国そのものが滅ぼされてしまいます」


「そうね……」


 王城奉公人用の小さな通用口まで辿り着くと、レイラは足を止めてバスリムに顔を向けた。


「新しい時代に入り、ミゾベさんが良き女性と出会えるためにも、大群行を止めないとなりませんわね?」


「な……レイラさん!」


 優しく微笑んだレイラに向かい、呆気にとられたバスリムは声を上ずらせて答えた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「輸送隊ベイラーだ! ヒーズイット大将をお連れしている! 通るぞ!」


 ベイラーは王都軍部基地検問所を最低限の減速にとどめ通過する。御者台に座っているヒーズイットの姿も視認出来るため、検問所兵も停止を求めず最敬礼で見送った。


「このまま中央司令棟までお連れしてよろしいのでしょうか?」


 構内制限を超える速度で馬車を繰りながら、ベイラーはヒーズイットに確認する。


「そうしてくれ、大尉。……軍曹、君は馬車を操れるかね?」


 後方でユフの女性を抱え身を縮めているスヒリトに声がかけられた。


「は? いえ……馬車繰りは経験が無く……」


「自分が繰れます!」


 スヒリトの後方に座っている騎兵服を着た兵士が即座に答えた。


「負傷は右足だけですから……大丈夫です」


 続けて自分の傷具合も報告する。


「そうか……ではスマンが、私の下車後、大尉に代わって繰ってくれ。大尉、しばらく私と一緒に動いてもらうぞ」


 ベイラーは黙ってうなずいた。大将護衛は佐官級以上の法術兵か法術剣士という慣例を破棄するほど、現状は危機的な事態となっていることを肌身に感じる。


「貴様も手が空いてるなら、そいつを運べ!」


 御者役を免れたスヒリトに、ウラージからの指示が出された。


「はっ? 自分が……ですか?」


「スヒリト軍曹!」


 戸惑いの返答をしたスヒリトの名をベイラーが戒めるように呼ぶ。慌ててスヒリトも発言訂正をする。


「はっ! 了解しました! スヒリト軍曹はこの者を連れて、ウラージ長老大使に同行いたします!」


 エルフ族協議会は、言わば「同盟国政府」のような存在……指揮系統は違うが、その最高責任者からの指示に対し、一介の曹級兵士が口答えることは軍規に反する。迷惑な白羽の矢を立てられたスヒリトは、内心、ヒーズイットから免除の弁をもらいたかったが、その配慮は得られなかった。


 ほどなくして、松明や法力灯で照らされている構内最奥の建物前に馬車は停車した。


「降りるぞ……」


 完全停車の前に、御者台のヒーズイットに気付いた警備兵らが馬車に駆け寄り降車補助につく。


「要らん!」


 ウラージは、降車補助のために差し出した警備兵の手を足で払いのけ、御者台から跳び下りる。その後ろからベイラーも降り立ち、御者台へ振り返る。


「大丈夫か? 軍曹」


「はあ……まあ……よっと!」


 未だ意識を失ったままの小柄な女性を引きずるように移動させながら、スヒリトは御者台から降り立つ。そのまま、後ろ手に縛られている女性を肩に担いだ。同じタイミングで、反対側から下りたヒーズイットが引馬の前方を回って現れる。


「ヒーズイット大将! 御無事でしたか!」


 建物正面口から人影が駆け寄って来た。


「おお! ボロゾフ准将! すまなかったね、非常事体制の指揮を感謝する!」


 迎えに出て来たボロゾフに向かいヒーズイットが敬礼を示す。ボロゾフは立ち止まっての返礼も忘れるほどに慌てて近寄って来た。


「文化法歴省のビデル大臣と、魔法院評議会のヴェディス会長が少し前からお出でになられています!」


「なんだとっ?!」


「たった今、指令室にお通ししたばかりです。私が対応しようかと……。でも閣下がお戻りになられたのなら……」


「魔法院が居るなら丁度良い!」


 2人のやりとりを聞いていたウラージが話に割り込んだ。


「どこだ? 案内しろ!」


 ボロゾフは一瞬不快な表情を浮かべたが、横柄な態度の老人がエルフである事に気付くと、困惑の表情をヒーズイットに向けた。


「案内してくれ。エルフ族協議会のウラージ長老大使だ。後ろの者達も同行する」


 さっさと歩き出しているウラージの後を追うように、ヒーズイットも進み出す。ボロゾフはヒーズイットが指示した「後ろの者」に一瞥をくれて動き出そうとしたが……


「お、おい! スヒリトくん! どうして……」


「あ……」


 2度見でスヒリトに気付いたボロゾフが目を見開き尋ねる。スヒリトは、肩に担いだ女性を落とさないように注意しつつ、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ちょっと……現場の指揮の難しさを学んでまいりました……」



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「お2人お揃いで、とは珍しい……」


 ヒーズイットは作戦指令室に入ると、着座せずに話をしていたビデルとヴェディスに声をかけた。


「おお! 無事だったかね……そちらは……」


 応じた2人の顔から、すぐに笑みが消える。視線はヒーズイットの背後から入室して来たウラージに移っていた。


「ウラージ……長老……大使?」


 ビデルが名前を呼ぶと、ウラージは口の端を軽く上げた。


「情報集めが趣味の大臣か……おい! 魔法院の!」


 ウラージは視線をヴェディスに移す。


「あ……これは長……」


「早いところ 壁の魔法・・・・を発動しろ! もう一刻の猶予もないぞ!」


 挨拶を交わそうとしたヴェディスを制し、ウラージが怒鳴りながら前進する。


「な……なんですか? ウラージ長老……」


 ヒーズイットがその背に向かって尋ねるが、その問いかけを無視してウラージはヴェディスに畳みかけるように怒鳴りつけた。


「サーガの群れは数万数十万だ! 四方から迫っておる! 人間共の兵は持ち堪えきれずに下がって来とるぞ! 今すぐ、お前らが仕込んでる壁の魔法を発動しろ! サーガに飲み込まれるぞ!」


 ウラージの気迫に押され、ヴェディスは数歩後ずさる。


「防衛線は……」


 その様子を横目に、ビデルはヒーズイットに状況を確認する。


「長老大使の言われる通り、各方面、あと1時間ももたんだろう。早ければ15分……ヴェディス会長? 何ですかな、その……大使が言われておられる魔法とは?」


「秘密のつもりだったか? ユーゴの者よ。時間が無い! 早く指示を出せ!」


 目の前まで迫ったウラージから逃げるように、ヴェディスは窓に向かって駆け寄り開くと、両手を外に出し上空へ向けた。数秒後、ヴェディスの全身が薄い法力光に包まれ、その光が両腕に流れるように移動し、乾いた放出音を伴う真っ白な光となって上空へ放たれる。


 光は王都上空数百メートルに達すると、噴水のように四方八方に分かれ、ゆっくりと地上に向かって尾を引きながら降りて来た。分散した光の球は、王都を囲む四方の長城壁に吸い込まれていく。


「今のは何だね? ヴェディス会長!」


 突然、見たことも無い法術を放ったヴェディスに向かいヒーズイットが叫ぶ。


「王都防衛の最終手段……長城壁全体を防御壁魔法で強化し、王都上空までを覆っていかなるモノの侵入をも阻む『壁』……各都市に整備されている防壁魔法の強化魔法だ」


 ヴェディスが観念したように説明する。


「グラディー包囲壁崩壊後、怨龍からの災厄に備えて秘密裏に開発を進め、100年ほど前に完成した最終防衛魔法だ。なぜウラージ長老大使がこれを……」


「ふん」


 別の窓から王都上空を確認したウラージは鼻で笑う。


「怨龍からの災厄のみならず、我らエルフ族との有事の際にも……などと考え、コソコソ進めたりするから完成までに長きを要したのだろう? 我らを舐め過ぎなんだよ、短命種が!」


 ウラージの一喝に、ヴェディスは身を縮めた。


「……まあ良い。この騒ぎが収まった後に貴様らとの関係は見直す事にする。で?『壁』はどの程度もつんだ?」


 冷淡な笑みを浮かべてウラージが尋ねる。ビデルがヴェディスの肩に手を置き、緊張を解すように聞き直す。


「防壁魔法と原理が同じという事は、法力の注入が必要なのでしょう? 先ほどのあなたの術だけで足りるのですかな?」


「あれは……」


 ヴェディスが口を開いた。


「……今のは法術発現のために封を解いただけで……あとは、法術士らが各壁面に法力を注力することで効果が出る仕組みだ。今頃、訓練を受けているユーゴの法術士達が、それぞれの 要場かなめばに向かっているはずだ……」


「数は足りるのですか?」


 歯切れの悪いヴェディスの返答に、ビデルは確認するように強く尋ねる。


「今は……王都内の評議会法術士も……平時の半数以下しか駐留していないから……」


 ひと月前のサーガ大群行後、王都駐留の軍兵や評議会法術士らが多数、各地の復旧のために派遣されて行った。ビデルの懸念通り「壁の魔法」は不完全な発現しか出来ないことをヴェディスも認める。


「完全な形で発現出来れば、壁はもつのですね?」


 ビデルが再度促すと、ヴェディスは顔を上げて答えた。


「ああ! 理論上はグラディーを封じた以上に強力な防御壁が発現されるはずだ」


「ならば法術士を搔き集めろ!」


 ウラージが怒鳴る。


「ボロゾフ准尉!」


 ヒーズイットがボロゾフを指名する。


「は……はい!」


「大尉と軍曹を連れ、急いで法術兵を集め各所に送り込め! 軍兵だけでなく、市中の全ての法術士にも召集をかけるんだ! それと、可能な限り壁外からの避難者を誘導するように指示!……全員は無理だろう。判断は現場に任せる! 責任は私が取る!……ヴェディス会長、彼らに壁の要場とやらを教えてやってくれ!」

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