第262話 灯台もと暗し
「おい……どういうことだ……ルメロフが……法術使いだと?」
全く情報に無かった「ルメロフによる法術発動」を目の当たりにし、離れて立つ赤服の男が唖然とした表情で呟いた。
「ひぃ!」
ルメロフが悲鳴を上げて左手をはらうと、剣使い2人は後方へ押し戻される。
「ま……さか。おい! 聞いてないぞ?! ルメロフが魔法術を……」
「んなワケ無いでしょ? お馬鹿さん」
薄闇になっている窓の外から女の声が答えた。
「お……お……エルフの……」
その声に反応し、ルメロフは頭をのけ反らせ、窓の外に顔を向ける。
「ふふ……茶番は嫌いよ。へ・い・か」
レイラの左右の手から攻撃魔法の光が室内に向けて放たれた。攻撃体勢に移ろうと構え始めていた侵入者2人が弾き飛ばされる。
「なん……だぁ、貴様は!」
赤服の男と2人の侵入者は、剣を振り構えて駆け寄った。レイラは右側から迫る剣使い達に向かい、再び左右の手から攻撃魔法を連射する。
「ぐあっ!」
「くっ……」
手前の1人は弾き飛ばしたが、もう1人は剣で法撃を受け止めた。
「あら? 法術剣士さんでしたの?」
レイラは驚いたように声をかける。
「早くそいつを殺ってしまえ!」
レイラと向き合う法術剣士が叫んだ。赤服の男は大きく剣を振りかぶり、ルメロフに斬りかかる。
「死ぃねやぁ!」
座り込んでいるルメロフの頭部を狙い、剣はまっすぐ振り下ろされた。しかし、その手応えを全く感じないまま剣先が床まで到達する。勝利を確信していた赤服の男の笑みが困惑の表情に変わる。
「ダメだぞ。王様に剣を向けちゃ……」
右横からルメロフの声が聞こえた直後、右半身が激しい法撃波に襲われた。赤服の男はその衝撃で部屋の壁まで吹き飛ばされ、床に叩きつけられて意識を失う。
「なっ……」
法術剣士は、目の前を横切り飛ばされた赤服の男に視線を向け、驚きの声を洩らした。
「お馬鹿さん……」
一瞬の隙に、目の前に美しいエルフ女性の顔が現れたのを確認し……直後、法術剣士の意識は失われた。
レイラは最後の侵入者の腹部に当てていた右手を離し、男が床に崩れ落ちて倒れるのを確認するとルメロフに顔を向ける。
「さ、お城へ移動するわよ」
「し、城へ? 我も……」
レイラの右手人差し指がルメロフに向けられる。
「茶番は嫌いだって言ってるでしょ? さっさと行くわよ! 『ミゾベ』さん!」
ルメロフは驚きの表情を見せ、すぐに笑顔を見せた。レイラはさっさと窓の外に降り立ち周囲を確認する。
「さすがレイラさんですね……バレてましたか。それともエルグレド補佐官から?」
「あの独りよがりが、最初から種明かしなんかするワケないでしょ? どうせ後からドヤ顔で驚かせたかったんでしょうけど。ホント、面倒な男ね」
ルメロフ姿のままのバスリムも窓の外に降り立つ。
「結構上手く変えてたつもりなんですけどねぇ……」
バスリムは両手で顔を覆うように触りながら語りかける。
「ええ、とても上手ですわよ。ですから、まだ解除はしないで下さいます? 何かあれば『王様の護衛』という立場で動きたいですから」
背後からの声にレイラは事務的に応えた。
「それと、ミゾベさん。私と2人の時に演技は無しでお願いしますわね。嫌いですの。あの話し方」
「きら……はいはい、分かりましたよ。では私の事も本名で呼んで下さいな」
レイラはピタリと足を止めて振り返る。
「バスリムよりもミゾベのほうが素敵ですわよ?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「1階奥の間に侵入者です!」
メルサ正王妃宮2階執務室に衛兵が飛び込んで来た。非常事態対応指示を受けに集まっていた行政職員達がざわつく。
メルサの横に立ち控えていたジンはメルサと視線を交わしうなずいた。
「先ほどの音か?! それで王は? 御無事か?」
真剣な顔で驚きを表し、伝令者に歩み寄りながらジンが尋ねる。
「分かりません! 部屋を脱した王政省職員の証言では、現在逃亡中のスレヤー伍長とその一味が窓から侵入して来たと……」
「何! スレイが?!」
ジンは目を見開き叫ぶ。
ふっ……上手くいったようだな……
「何をしているのですジン! すぐに王のもとへ!」
メルサが席を立って叫んだ。
「はっ!」
弾かれたようにジンが動き出すと、すぐに扉から別の衛兵が駆け込んで来た。
「賊を5人捕らえました! 室内にいた職員ら3名が殺害されています」
「な……捕まえ……た?」
思いがけない報告にジンの足が止まった。衛兵が報告を続ける。
「どうやら侵入者の仲間がルメロフ王を連れ去ったもようです!」
「え?」
メルサも立ったまま絶句した。
計画と……違う……
ジンとメルサは互いに一瞬視線を合わせ、予期せぬ現状に動揺する。
「負傷した職員の話では、侵入者の内1名はスレヤー伍長と呼ばれていたそうですが……その……捕縛した者達を確認しましたところ、スレヤー伍長の格好を真似した者が1人紛れておりました。もしかすると、何者かが伍長の仕業に見せかけて王を狙ったのではないかと!」
「どういうことだ……」
「話が見えんぞ……」
衛兵の報告に、室内に集まっていた職員達がますますざわつき始める。
「そ……な……」
ジンは振り返ってメルサに困惑した顔を見せた。メルサは動揺を押し隠し、ジンと視線を合わせると、ゆっくり右手の親指を自分の喉元に当てて横に引いて見せた。
ルメロフ暗殺計画を知る者達だ……失敗した上、捕まってしまうような者達を残しておくことは革命の邪魔になる……ジンはうなずくと、衛兵に顔を向け直した。
「侵入者達はまだ現場か?」
「はっ! 気を失っていますが捕えてあります!」
意を決したように力強く大股で進み出したジンは、後から来た衛兵の返答を聞きながらメルサの執務室から出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
レイラとバスリムは身を隠しながら王城を目指し歩を進めていた。
「今の話は……」
「王室書庫の閉架室内で記録を見つけました」
道々情報交換をする中、バスリムからの情報にレイラは関心を示している。
「古文書に記された『ルエルフが消えた島』……それがこの湖水島ですのね?」
「初代エグデン王の若き日の側近ミシャロ……彼に関する資料はわずかですが、当時のエルフ族が人間と共闘していた可能性は極めて低い。王室記録ではミシャロを『エルフ』として記されていますが、恐らくは『ルエルフ』だったのではないかと……」
2人が身を隠し進んでいた植え込みに、3人の兵士が近付いて来た。レイラはバスリムを抱きしめるように引き寄せ、即座に偏光魔法で自分達の周りを覆い隠す。
「くそ……どこかに隠れてるのか、もう近くにゃいないのか、それだけでも分かれば捜索のやる気も湧くのによ……」
「全くだ。……ったく……サーガの群れが迫って来てるってのによ!」
「よし。向こうも調べるぞ」
法術兵らしき3人はそれぞれが手にする照光棒を植え込みから引き抜くと、別の植え込みも同じように調べながら離れて行った。
「……それで?」
「は……はひ?」
レイラの問い掛けにバスリムが素っ頓狂な声で返事をする。慌ててレイラはバスリムの口を押えた。
「声を落として下さいな! 姿は隠せても音は聞こえますのよ!」
「す、すみま……せん」
バスリムの態度の変化に、レイラは呆れてタメ息をつく。
「あなた……女性が苦手?」
「そ……そんなこと!……ありません……よ」
否定はしたものの、目の前で不敵な笑みを浮かべるエルフの眼が妖しく光るのを見て観念する。
「じょ……女性との身体的接触機会が……これまで、あまり無い人生でしたから……」
「あら?」
レイラは嬉しそうに微笑んだ。
「優秀な情報屋さんなのに、男女の大切な情報には新人さんでいらしたのね」
「……得て不得手の分野というのは……誰にでも有るものです!」
恥を隠すように語気を強めてバスリムが反論する。
「ご自分で『変身』されて慣れておかれたらよろしいのではなくて?」
「身体変化魔法はっ!……目で見て、手で触れて、理解度を高めることで初めて変えることが出来るんです」
バスリムは抗議の声量を抑えながら説明する。
「……服を……脱がれてる女性には……触れるどころか、見た事さえありませんから……変えることは出来ないんです」
「ふうん……おもしろい方ね、ミゾベさんって」
レイラは微笑みそう告げると、まだ何か言いたそうなバスリムから視線を外して周囲を確認した。
「行けそうね……それで?」
再び移動を始めたレイラがバスリムに尋ねる。
「え?」
「エグデン王の側近ミシャロが『消えた』のがこの島で……闘剣場の辺りだったって話の続き」
「あ……ああ……」
レイラとの先ほどまでの会話を思い出し、バスリムが続ける。
「記録と言っても正式なものではなかったので、我々も単なる蓄積情報としてたんですが……例のグラバ従王妃とグラディー系貴族らの動きを探る中で、彼らも同じ情報を持ってる事が分かったんです。もちろん、彼らは妄信的なカルト思想にその情報を置き換えてましたがね……」
植え込みの切れ目でレイラはバスリムの言葉を制すると、周囲を確認し、次の植え込みへ素早く移動する。バスリムも見た目とは全く違う速度で切れ目を渡った。
「連中はミシャロが消えた『不思議な場所』に法力を蓄え、そこに犠牲の血を注ぐことで、あのグラディーの怨龍が復活する……と信じてるんです。そこで、グラバ宮の地下を拡張し闘剣場下まで伸ばして儀式の部屋を造り、この数ヶ月間、怪しげな儀式を繰り返して来た……というワケです」
「でも、どうせ彼らの思い込みが作り出した『効果無き偽りの儀式』なんでしょう? 放っておいても大丈夫ではなくって?」
前を行くレイラの感想に対し、バスリムは背後でうなずき答える。
「そりゃね……何の根拠も無きゃそう思いますよ。でも、ミシャロがエルフではなくルエルフだった……この仮説から考えると、彼が消えたという『不思議な場所』に意味が生じて来るんです。そこは恐らく……」
「結びの広場……」
身を屈めて進んでいたレイラが急に足を止めた。ぶつかりそうになったバスリムは前のめりに倒れそうになり、思わず両手でレイラの臀部を支えにして踏み止まる。だが、すぐに慌てて手を離し体勢を整えた。
「あっ……いや……すみません! 急に立ち止まられたものだから……」
「灯台もと暗しだったってことですわね……まさか王都の中心にも在っただなんて……」
レイラはバスリムの行為にも謝罪にも全く関心を持たず、突然現れた「探索隊の目的地」の情報に満足げな笑みを浮かべた。
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