第261話 暗殺者達

「あら……? スレイ?」


 強大な法撃の影響により損壊した王宮2階西側の居室「跡」を出たレイラは、被害を受けていない東側へ移動し窓から外を確認した。その時、建物を囲むように植えられている木々の隙間から「真っ赤な外套」を着た人物が駆け抜けていく姿に気付いた。


 3人……? もう少しいたかしら?


 眼下の集団が駆け込んでいった植え込みをジッと見つめる。その先には、少し距離をおいて建てられている正王妃メルサの宮の外壁が見えた。


 アッキーと一緒に……ミラ従王妃達を城外へ避難させた? それにしては……目立ち過ぎでしょ?


 しばらく思案したレイラの口端に笑みが浮かぶ。窓を開き顔を外に出し、下の植え込みや木々をサッと確認する。自身の落下重に耐えられる枝を確認すると、レイラは流れるように軽やかな動作で窓から飛び出し、枝々を踏み台にして地面に降り立った。


 突然の法撃による被害で大騒ぎとなっている西側とは違い、こちらには人影も見えない。太陽が完全に長城壁に沈み、濃い茜色の空が残光で辺りを薄っすら照らしている。建物を挟んで聞こえる喧騒が遠くに聞こえた。


「さて……捕まり過ぎの隊長さんの代わりに、助けに行ってさし上げるしかないですわね……へ・い・か」


 着地を手伝ってくれた木々を労うように、レイラは軽く木々の幹に手を触れると、静かにメルサ宮へ歩み出した。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ルメロフ王は御無事だったぞ! メルサ正王妃に御報告を!」


 ジンはルメロフの背を後ろから押すように手を添え、歩を進めて来た。メルサ宮前にはジンの剣士隊数十人の他、軍部や省庁の職員らが集まっている。誰もが、突然起こった複数の非常事態に対し「上からの指示」を求めていた。


 ヴェディスが留守ってのも幸いしたな……。魔法院よりも先に主導権を握れたのは大きいぞ!


 メルサからの指示を受け、各所へ対応に駆け出して行く兵士や職員らの姿を見ながら、ジンは心の中で革命の先勝を悦んだ。


「王陛下!」


 ジンの声に反応した数人の軍幹部や省庁職員が、一様に安堵の表情を浮かべ迎える。


「ルメロフ王! サーガの大群行が再発し、四方からサーガの群れが押し迫っております! 王都防衛のために、軍部への全権移譲を!」


 軍部の高位者らしき人物がにこやかに駆け寄って来た。


「ん? ん? そうなのか? 守ってくれるなら……痛いっ!」


「現在、全権はメルサ正王妃に在る! 陛下への全権返還の儀が終わるまで待て!」


 ルメロフが無思慮な発言をする前に、ジンは大声でそれを制した。背に触れる手には怒りがこもり、突き飛ばすようにルメロフを正王妃宮正面扉へ押し進める。


「そんな押し方は痛いぞ、ジン隊長……」


「早くお入り下さい!」


 衛兵が扉を開き、2人は立ち止まる事無く宮内に入った。


「そちらではございません!」


 勝手に2階への階段に向かい始めたルメロフに対し、ジンからの怒声が響く。


「ん? だがメルサ正王妃は上におるのでは……」


「こちらへお願いいたします、陛下。メルサ様はすぐにお出でになられますので!」


 ジンは有無を言わせぬ口調でルメロフを1階奥に招く。困ったような愛想笑いを浮かべるルメロフに向かい、ジンはさらに促した。


「さあ!」


「わ、わかった。我は1階の奥で正王妃を待てば良いのだな……。うん……わかった」


 キョロキョロと周りの様子を見ながら、ルメロフは指示に従いジンが招く廊下へと進む。


「奥の間に文化法歴省と魔法院、軍部職員と王政省職員が待機しております」


 ジンは廊下を進みながらルメロフに説明する。


「緊急時でしたが、承認資格のある参与官補級以上の者達を集めました。主権確認書面への御印をいただき次第、手続きは完了いたしますので御安心下さい」


「そう……なのか? で? 我は何をすれば良いのだ?」


 ジンは奥の間の扉の前で立ち止まると、ルメロフに笑みを見せた。しかし、その目には侮蔑の色が浮かんでいる。


「陛下は我々から言われた通りのことをやって下されば良いのです。後のことはどうぞ御心配なく」


 ジンが扉を開くと、中に居た4人の男がソファーから立ち上がった。4人とも戸惑いの表情を見せている。


「さあ、王陛下を無事に発見してお連れいたしました。全権回復の儀を始めて下さい」


「あの……」


 ジンの言葉に、一番若く見える40歳前後の男が口を開く。


「どうしました?」


「いや……あの……ジン・サロン大佐。このような特別な書面は、私のような末席資格者では無く……」


「いいえ、大丈夫です。王政省立法審議参与官補は、国が認める王国公儀文書執行資格者です。席次は関係ない! それにこの緊急の非常時、他の資格者を立てるだけの時間も惜しい……と説明済みのはずですが?」


 室内の4人は顔を見合わせ、諦めたように頷く。軍部の制服を着た男が机上に置かれていた紙を持ち上げた。


「文書は出来ております。我々の署名も終えました。あとはルメロフ王とメルサ正王妃の御印をいただけば、発効となります」


「そうですか。それは良かった……では、陛下……」


 ジンはルメロフを室内へ押し入れる。


「私がメルサ様を御案内してまいりますので、どうぞ、その間に御印をお願いいたします」


 ルメロフからの返事も待たず、ジンは部屋を出ると扉を閉める。その口元には満足げな笑みを浮かべていた。



~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



「さあ、陛下。こちらへ……」


 王政省職員がルメロフに声をかけた。他の3人もこの「突然の大役」を早く終えたい様子で、席を立ったまま調印の場を整える。


「ん? そうか? まあ……そう言うのなら……」


 ルメロフは促されるままにソファーに腰かけると、卓上に置かれている羽ペンを手に取った。


「我が名前を書けば良いのだな? どこに……」


 ふと書面に目を落とすと、そこにはすでに王の名が記されている。ルメロフは顔を上げて4人を見た。一様に驚いたような、呆れたような、変な表情を浮かべている。


「オホン!……陛下……」


 軍服の男が代表して声をかける。


「お名前の記入までは我々が終えておりますので……その横に御印をいただければ……」


「ん?」


 ルメロフがキョトンとした目で返事をしたのを見て、王政省職員が苦笑いを浮かべ説明を引き取る。


「王の『印』をですね、こちらのお名前の横に、この法刻蝋を使って押していただく、ということです」


 職員は卓上に置いてあるロウソクと、その横の赤い蝋棒を指さした。


「特殊な法力を注いである調印用の蝋です。いつもとは少々勝手が違うかもしれませんが、正式な手続きとなりますので今回はこちらを御利用下さい」


 ルメロフは尚も困ったように4人の顔を見回す。耐えかねた文化法歴省の男が語気を強めて口を開いた。


「王の指輪の印です! やったことあるでしょう? その指輪を使って……」


 男の発言の途中で、ルメロフは両手の指を4人に見せるように開いて見せる。


「ん? どの指輪を使えば良いのだ?」


 右手指に2つ、左手指に3つの指輪がはめられている。しかし……


「……陛下……。その……右手の薬指の指輪は……どちらに?」


 ルメロフはようやく状況を理解したように苦笑いを浮かべた。


「まさか……御印の指輪を……」


「どうしようか? どこに落としたのか、我は知らぬが……」


 その言葉に、各担当の4人は顔を見合わせる。


「……なんて……馬鹿な……」


「有り得ない失態を……まさか……」


「どうする? ジン大佐が発狂するぞ?」


「とりあえず別の指輪で代用とか……」


 動揺する4人を尻目に、ルメロフは視線を奥の窓に向けた。室内の灯りに照らされ、外に立つ5つの人間の顔が見えた。


「ヒッ……な、な、何者だ!」


 ガシャーン!


 ルメロフの悲鳴と同時に窓ガラスが破られ、外から5人の男が飛び込んで来た。


「うわっ!」


「なんだっ?!」


 破壊音に驚いた職員達も顔を向ける。しかし、想定外の侵入者達に対し、応戦の態勢を選択する前に侵入者達からの攻撃に次々に倒され、室内の灯りも消えた。


「うわわ……な、なんだ! お前たちは!」


 ルメロフはソファーの裏に転がり落ち、一撃目の法撃を免れていた。


「『スレヤー伍長』! ルメロフはまだ生きてます!」


 侵入者の1人が大きな声を上げた。ソファーの裏から床を転がるように逃げたルメロフは壁を背にし侵入者達と向き合う。剣を構える3人と、腕を真っ直ぐに伸ばした法撃姿勢の2人に向かい、ルメロフは恐怖に震える声で語りかけた。


「お、お、お前達……わ、我は、我はルメロフ……王様だぞ! ダメだぞ! 王様に、こ、こんなことをしては……」


 ニヤニヤと笑う侵入者達は、全員が口元を黒い布で隠している。だが、1人だけ、一番大柄な男だけは、口元を隠していても特徴的な姿だ。他の兵士とは全く異なる真っ赤な外套を着た赤髪の男……侵入者の1人から「スレヤー伍長」と呼ばれたその男は、右手に握る剣の先をルメロフに向けた。


「今までさんざん王様ごっこは楽しまれたのでしょう? もうゲームの時間は終わりなんですよ、オ・ウ・サ・マ」


「な……なんと?」


 侵入者達がルメロフに対峙している隙を見て、軽傷で済んでいた王政省職員の男が扉に近付く。ルメロフはその姿を視界にとらえたが、すぐに視線を赤服の男に戻した。


「こんな……こんなことをしたら……お前達……死刑になるぞ? 殺されちゃうんだぞ?」


「はぁ? 心配してくれんのか? 馬鹿王様が」


 男達が呆れたように笑い声を上げる。その時、王政省の職員は一気に扉を開くと部屋の外へ飛び出した。


「侵入者だー! 衛兵! すぐに来い! 侵入者だー!」


「ほ、ほら! すぐに衛兵が来るぞ! お前達も……逃げたらどうだ?」


 ルメロフが勝ち誇ったように言い放つ。


「よし……行ったな?」


 しかし、侵入者達は余裕の表情で赤服の男の言葉に頷くと、1人が扉を締めに向かう。


「く……スレヤー……伍長?」


 床に倒れていた軍部の男が、身を引きずりながら声をかけた。


「ありゃ? 仕留めそこないだぜ?」


 侵入者2人が床を這う男に近寄っていく。


「誰……だ……貴様ら……スレヤーの……真似なんかを……何のつもり……」


「黙ぁって逝って……ちょうだいなっ!」


 傍へ寄った男の剣が、床を這う軍幹部の心臓目がけ真っ直ぐ突き下ろされた。


「目撃者は1人いりゃ十分なんだよ」


 バシュー! バシュー!


 もう1人は、倒れている魔法院職員と法歴省職員に向けて止めの法撃を放った。


「さて……と……」


 赤服の男が剣を構えルメロフに近付いて来る。


「んじゃ、王様。あの世ってのがあるんなら、そっちで続きは楽しんで……ちょうだいや!」


 ルメロフの頭部に向け、一直線に剣が振り降ろされた。


「ひゃあ!」


 壁にべったりと背をつけていたルメロフは、その一撃のタイミングに合わせて壁を転がるように右に身を避ける。


「ああ? 何やってんだ……よっ!」


 赤服の男が、打ち下ろした剣を左横一閃に払って追撃するが、それも王服の端をわずかに切り裂いただけだった。ルメロフはそのまま、男達が侵入して来た窓際まで逃げる。


「待てやコラァ!」


 慌てた法術使いの侵入者が、左右の手から連続で法撃を繰り出した。しかし、ルメロフは何かにつまずくように床に転がり、背後からの法撃もかわす。


「馬鹿っ! 剣で仕留めるようにと言われてるだろ!」


 赤服が怒鳴る。


「じゃあ、さっさと殺れよ!」


 侵入者達が動揺している間に、破れた窓の外に向かってルメロフが叫んだ。


「ひぃ……ひぃ……だ……誰か、誰かおらぬかぁ!」


「くそっ! 黙れ!」


 剣使い2人がルメロフを背後から斬りつける。しかし……


「なん……だ? こりゃ……」


「う……そ……だろ?」


 窓枠下の壁に背を預けへたり込んでいるルメロフの目の前で、2人が打ち下ろした剣は止まっている。ルメロフが伸ばした左手からその剣先を包むように、うす緑色の防御魔法の膜が光っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る