第260話 王の連行

「王様! ルメロフ陛下! 御無事ですか!」


 壁一面が抜けた王宮2階に向かい、屋外から安否を尋ねる声が聞こえる。エルグレドはルメロフとレイラに目配せで合図をすると、瓦礫を踏み分けながら前に進み出た。


「王陛下は御無事です! お怪我もありません!」


「おお! エルグレド補佐官! 王宮は1階部分も損壊激しく、階段が使えません! こちらで王陛下を降ろしていただけませんか?」


 エルグレドからの応答に歓声とどよめきが起こり、長梯子が2階にかけられた。エルグレドは梯子の先端に向かってさらに前進し、王宮前庭の様子を確認する。損壊した1階に居た者達とおぼしき侍女や従者の服を着た負傷者が、どこからか集められて来たシーツ等の上に横たえられている。中にはすでに息を引き取ったと見られる者の姿もあった。


 まさかとは思いますが……マミヤさん……。どうか御無事でいて下さい……


 直感的に、これほどの法撃を行った「犯人」として、エルグレドの脳裏にマミヤの笑顔が思い浮かぶ。その思いを振り払うように、軽く目を閉じ頭を左右に振る。


「……レイラさん。私が先に降ります。無事を確認したら陛下を降ろしていただけますか?」


「エ、エルグレド……わ、我を置いて行ってしまうのか?」


 梯子を掴んで降りる態勢になったエルグレドに向かい、ルメロフが手を伸ばして情けない声を出す。


 パシーン!


 おもむろにレイラはルメロフの後頭部をはたいた。


「ふぇ? な、なにを……」


「う・る・さ・い」


 驚きの表情で抗議の声を上げようとしたルメロフの髪を、レイラは左手で束ね掴み自分の眼前にルメロフの顔を近付けた。


「泣き言は下に降りてからで良いのよぉ? へ・い・か!」


「は、はい……」


 2人のやり取りを笑顔で見収めると、エルグレドは滑るように梯子を降りる。


「補佐官! ルメロフ王は?」


 すぐに数名の兵士や王宮従者が駆け寄って来た。エルグレドは全員をサッと見渡し、暗殺者が紛れていないかを確認する。


「よし……レイラさん! 陛下を!」


 周囲の安全を確認しつつ、エルグレドは階上に声をかけた。すぐにルメロフが梯子の先端を握り、恐る恐る顔を覗かせる。


「陛下! 下を見ないように! 1段ずつゆっくりと足を運びながら下りて来られてください」


 ルメロフは了解の意を知らせるようにうなずき梯子を降り始める。エルグレドはルメロフの動作よりも、この「絶好の的」を狙っている者がいないか、梯子に背を向け周囲警戒に意識を集中する。


 あれは……


 王宮前庭の先……法撃爆心地と見られる「元闘剣場」のクレーターの脇から、数名の人影がこちらに歩いて来た。辺りはだいぶ薄暗くなって来ているが、王宮兵団ジン・サロン剣士隊の特徴ある白銀鎧と白マントで接近する人物をすぐに特定した。


「王陛下……エルグレド補佐官も、御無事で何より」


 王の無事を喜ぶ安堵の言葉とは裏腹な種類の笑みを浮かべるジンは、3人の剣士を同伴している。その後ろには王城警衛隊隊長のマロイと、警衛兵4人が追従していた。


「これはこれはジン・サロン隊長。正王妃宮は御無事ですか?」


「ああ。御心配ありがとう、補佐官。グラバ従王妃宮の地階と1階部分に少々損壊が見られる程度で、他の宮はほぼ無事だよ」


 これだけ人目があれば、さすがに暗殺には動かないか……


 エルグレドは微笑みながらジンの話を聞く。背後から、ルメロフが梯子を降り切った雰囲気が伝わって来た。


「おお! エルグレド! 見よ! 我は降りたぞ! 1人で降りたぞ!」


 振り返ると、ルメロフが自慢げな笑みを浮かべはしゃいでいる。


「はい。さすがですね。……レイラさん!」


 エルグレドがレイラに声をかけた。


「ちょっと待て!」


 レイラが梯子の先端を握ると、ジンが大声でストップをかける。


「貴女はもうしばらくそこで待機を! 現場検証にお立会い下さい!」


 ジンが告げると同時に、剣士兵2人が梯子を上り始めた。レイラは階上で腰に手をあて、呆れ顔で剣士兵らを見下ろす。


「どういうつもりですか? 私は彼女の立ち合いに許可を出していませんよ?」


 エルグレドは丁寧に抗議をする。


 動き出しましたね……


「現在、王都は非常事態だ。王政府が何者かにより法撃を受け、壁外ではサーガ大群行が再発し、王都を目指すおびただしい数のサーガどもが迫っている。ルメロフ王の無事が確認されるまで間があったのでね、現在、メルサ正王妃が各所に対応を指示しているところだ」


「……それで?」


 ジンの言わんとするところを理解した上で、エルグレドはあえて問い直す。


「王都非常事態時には全権が王に委ねられる。これは王都内に滞在している全ての者に対してだ! よって、現在、メルサ正王妃が指揮を行われている以上、我々、王宮兵団も全てその指示に従う。そして、全ての者が私達の指示に従い、この非常事態を共に乗り越えるのだよ。現場検証への立ち合いは『私が必要と判断した』ゆえに、特別探索隊メンバーであろうと、彼女には従う義務がある。御理解いただけたかな?」


「ルメロフ王は御覧の通り御健在ですよ」


「う、うん! 我は健在だぞ、ジン隊長!」


「それを!」


 エルグレドとルメロフの言葉を遮るようにジンは強い口調で言い放つ。


「……それを、現在、全権移譲されておられるメルサ正王妃に御確認いただくため、お迎えに参りました。陛下。正式な手続きですので」


 ジンはここでようやく深々と礼を示した。


「王陛下発見と保護の後、速やかにお連れするように……との めいを受けております。さあ、参りましょう」


「え? あ……そうなのか? エルグレド?」


 ルメロフと共にエルグレドも仕方なく歩き出した。


「御多忙な補佐官にはここまでで結構!」


 ジンがルメロフとエルグレドの間に半身で割り込む。


「おい? ダメだぞ? エルグレドは我と共に……」


 ジンと剣士兵がルメロフの両側に立ち挟むと、その後ろからマロイと警衛兵4人が入れ替わるように前に進み出た。


「エルグレド補佐官。あなたは我々と御同行いただきたい」


「……王陛下の護衛を中断させるほどの事情がお有りなら……」


 マロイと向き合うエルグレドにジンは一瞥をくれると、まるで罪人を連行するようにルメロフを引っ張る。エルグレドは警衛兵の壁を押し退け、それを阻止しようとしたが、マロイの呼びかけに足を止める。


「特別探索隊メンバーのカガワ・アツキとウィルバル・スレヤー伍長の両名が、第4護衛隊兵士フロカと共謀し、ミラ従王妃他4名を拉致、何処かへ逃亡中だ! その際、王城警衛隊兵6名と魔法院評議会職員2名に重軽傷を負わせている!……あなたには我々の事情聴取に協力していただきます。王陛下の護衛はジン隊長に委ねていただけますね?」


 エルグレドの顔から余裕の笑みが消えたのを確認し、ジンは口の端に笑みを浮かべると、そのままルメロフを連れ去って行った。


 ここで暴れれば混乱に乗じて即座に王を暗殺……放っておいても、人目に付かない場で暗殺し、何らかの理由をつけるんでしょうね。恐らくは「私達」がその理由に祭り上げられる……


「王城の取調室に御同行願えますね、補佐官。内調の部屋よりはきれいにしてますから、御安心下さい」


 ジン達の背を見送るエルグレドに向かい、マロイは冷たく語りかけた。

 


◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 王の安否を確認するよりも前に全権を掌握とは……さすが正王妃もジン隊長も用意周到ね。それともお2人は「人望が厚い」ってことかしら?


 レイラは2人の剣士兵が王の居室「跡」を調べる間、下の様子を窺っていた。


「……貴女が王宮護衛兵に暴行を加えたとの話を聞いています」


 背後から1人が尋ねて来た。


「あら? こんな短時間によくお分かりになられたわね? 王の安否確認までには時間がかかったのに。優秀ですこと」


 ミラの従王妃宮が剣士達に見張られていた事も、スレヤーや篤樹達と宮を飛び出した後に付けられていたことも承知の上で、レイラは驚いた表情を見せた。


「詳しく御説明下さいますか?」


 剣士達はレイラの問い掛けに答えず、言葉とは裏腹に高圧的な態度で尋問を始めた。レイラの笑みが冷ややかな怒りの色を帯びる。


「証言を得ている、という事かしら? でしたらその証人なら御存知のはずですわ。私が一切、『手を出してなどいなかった』ことを」


 1人がチラッともう1人に視線を送る。


 なるほど……あちらが監視役さんね……


「法術を使ったという証言でしたが、間違いございませんね?」


「さあ? 私達エルフは人間種と違い、生来の法術使いですから……。感情の高ぶりに連動して発現した可能性は否定いたしませんわ。人間種の『気迫』のようなものですから」


 剣士の眼をジッと見つめながら、レイラは淡々と語る。


「とにかく……貴女が王宮護衛兵を排除し王宮に駆け込んだ後、しばらく経ってあの法撃が起こったそうですね。何らかの関係があるのではないですか?」


 レイラは剣士から視線をそらし、下の動きを確認する。エルグレドはマロイらに囲まれて王城内へ、ルメロフはジン達に連れられて正王妃宮に姿を消して行った。


「……仕方無いわね……」


「は? 何がですか?」


 的外れなレイラの答えに、剣士は怪訝な表情をみせる。


「王様と私達を引き離して時間稼ぎ……あなた方の茶番任務に付き合わされるのはウンザリってことですわ。私を馬鹿にしないで下さいます?」


 レイラはニッコリと笑みを浮かべ、小首を傾げた。


 シュワォーー……


 両脇に開いたレイラの手の平に、薄緑色の発光球体が広がる。


「え……おま……何を……」


 2人の剣士はレイラが急に法術体勢をとったことに驚き、慌てて剣を抜いた。しかし、あまりにもレイラが自然な笑みを浮かべているため、斬りかかるべきかどうかの判断に迷っている。


「や、やめろ! 法力を……収めろ!」


「あら? 私が『何をしたのか』をお教えするだけ……手は出しませんわ。御安心なさい、ボウヤ達……」


「ボ……」


 宵闇迫る中に発光する薄緑の法力球と、妖しく照らされる美しいエルフの微笑み……剣士たちは自分達がどう動くべきかの判断を完全に見失ってしまった。


「お若い人間種の愚かな剣士兵が、私を茶番に付き合わせようなんて、200年早いですわ。 馬鹿にしないでいただけるかしら?」


 真横に両手を真っすぐ伸ばしたレイラは、両手に現した発光球体を真正面で叩き合わせるように、水平に打ちつけた。


『ブヮッカにするなぁーーー!』


 目の前で弾けたレイラの「気迫の籠った叫び」により、2人の剣士は後方に吹き飛ばされ、王居室の残された壁に叩きつけられた。


 床に崩れ落ちて気を失っている剣士達にレイラは一瞥をくれると、王宮2階の奥に向かい軽やかに立ち去って行った。


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