第258話 迫り来る影
王都南門から続く夕闇迫る街道を、兵員輸送馬車が最大速度で駆けている。ベイラーは御者横席に座り周囲を警戒しつつ、進行方向を見つめていた。その視界前方数十メートルに人影を認めると、手綱を握っている御者兵に徐行を指示する。
「ドウ! ドウ! ドウッ!」
馬車は速度を落とし、両手を上げて振る人影のそばへゆっくり近づいて行く。
「おおい! 止まれ! 乗せてくれ!」
「所属と名前は!」
「わ、私は……自分はスヒリト軍曹であります!」
スヒリトは御者台で剣を握っているベイラーの姿を確認し、見覚えのある上位階級者だと分かると低姿勢で応答した。
「何をやってるんだ軍曹? 1人で……歩きで出撃か?」
ベイラーは馬車を徐行させたままにするよう御者兵に指示し、御者台から手を伸ばしてスヒリトを引き上げた。
「あ……ありがとうございます。実は……法力弓術隊の指揮をボロゾフ准将から任されて出撃したのですが……何と言うか……慣れない馬車から転落してしまいまして……」
スヒリトは所属を証明するように、手に握る棒弓銃を持ち上げて見せる。マルイから蹴り落とされる雰囲気を早い段階で察知したため、防御魔法で全身を包んで落下したおかげで大きな怪我もせずに済んでいた。
すぐに彼らの軍規違反を憲兵に報告しようかとも思ったが、人が来るまでの間よくよく考えると、事情説明するのもあまりにも情けなくなってきた。そんな所にベイラー達の馬車がやって来たのだった。
だが、ベイラーはスヒリトが抱える事情よりも「身に覚えのある話」に緊張を覚える。
「法力弓術隊? ヒラー少尉の部隊か?」
「え? あ、はい! 隊長のヒラー少尉が出撃準備の際に所在不明だったそうで……ボロゾフ准将から急きょ、隊の指揮を任されまして……」
所在不明?……そりゃ、コートラスさん達が拉致ってったからなぁ……
「あ、でも……」
スヒリトはベイラーの表情を勘違いしたのか、慌てて言葉を続ける。
「隊長に何かあれば、副隊長が指揮を執るはずですので、自分は別に原隊復帰せずとも……」
「ああ、そうしてくれ。ヒラー隊を探して送り届けてやるなんて余裕、今は無いんでな。後ろの連中を降ろしたら、すぐに次の隊を迎えに戻らねばならん。悪いが俺達の任務に付き合ってもらうぞ」
「はい!」
サーガの群れが迫る荒野に1人残されていた不安から解放されたスヒリトは、満面の笑みでベイラーの指示に応える。
「大尉! あれを!」
御者兵が叫んだ。ベイラーとスヒリトは御者が示す右手方向に顔を向ける。辺りはかなり暗くなっていたが、数百メートル離れた場所で、法術戦の光と叫び声、多数の影がうごめいているのが見えた。
「……足の速い奴らとの戦闘が始まってるのか……よし! 応援に向かうぞっ!」
ベイラーの指示で馬車は進路を変える。
「現場に突入する! 即応態勢!」
ほろ付きの荷台に向かいベイラーが声をかけると、荷台に乗っている兵士達が降車準備を始める音が聞こえて来た。
「ん? あちゃ……ヤベェな……」
戦闘現場の様子が明らかになって来ると、ベイラーの声に焦りが籠る。スヒリトもその意味を理解した。
「騎兵隊?……あっ! あの馬車! ヒーズイット大将?」
先駆けて来たと思われる大小のサーガ数十体の群れと、騎兵、法術兵、剣術兵が入り乱れて戦っている。その中央付近に横転している馬車と、動きがとれずにいななく引馬2頭の姿が見えた。
「ゲェシャー!」
突然、御者台に黒い影が飛び上がって来た。
「うわぁ!」
スヒリトは、真正面から自分の身体に抱きつくように掴みかかって来た影に驚き、情けない声を上げる。正体確認が出来ない敵からの攻撃を必死で防ぎながら、スヒリトはベイラーに助けを求めるように右側を向いた。
「ぐわッ!」
しかしその目に映った光景は、今まさに御者兵が小型のサーガに組みつかれ御者台から落ちていく姿と、別の小型サーガに剣を突き立てているベイラーの姿だった。サーガを突き落とし、ベイラーは落下した御者に代わって手綱を握る。
「軍曹! 早くソイツを何とかしろ!」
ベイラーはチラチラと横目で見ながら怒鳴る。馬車を御するのに手一杯で、とてもスヒリトにしがみつくサーガをどうにか出来る状態では無い。
「うわっ……うわっ!」
異形な顔のサーガが、大きく口を開き噛み付こうと歯を立てて来る。スヒリトは顔を背けながら、敵を押し離そうと両腕に力を込め抵抗した。
「早く
新たに飛び掛かって来る小型サーガを、右腕1本で握る剣で斬りはらってベイラーが叫ぶ。スヒリトは気持ちが乱れて上手く法力呼吸が整わず、なかなか法術を発現出来ずにいたが、何とか1発分の力を溜めると右手を小型サーガの顎下に当て直した。
「ハッ!」
魔法術に掛け声は不要だが、自身を鼓舞するためにもひと声を発し、スヒリトは右手から法撃を放つ。目の前の小型サーガの頭部が半分ほど消し飛び、ようやく押し退けることが出来た。
「軍曹! ボーっとしないで力を溜めておけ! 次々来るぞ!」
初めての実戦を経験したスヒリトは、まばたきも忘れ中空を見つめていたが、ベイラーの一喝で気を取り直す。
や……やっぱり……やっぱり俺は……「実戦経験が足りないだけ」だったんだ!
スヒリトは右手をジッと見つめながら頬が緩む。訓練で「的撃ち」をしていた時とは全く違う「緊張感」に高揚し始めて来る。
「軍曹! そっち行ったぞ!」
ベイラーの声に反応し、正面から飛び掛かって来た小型サーガに向け即座に攻撃魔法を放つ。先ほどよりも強力な光の尾をひく法術が発現し、サーガの上半身を消し飛ばした。
「は……ハハ……ハッハハァー!」
「いいぞ! 軍曹。その調子で蹴散らせッ!」
攻撃魔法が自分のイメージした通りに発現出来る喜びを感じ、スヒリトは笑みを漏らしながら左右の手から次々に法撃を繰り出していく。ベイラーの賛辞も後押しとなり、スヒリトはこれまで「学科」で学び蓄えて来た法術イメージを「実戦」の中で発現出来る自分に酔いしれていた。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
「総員降車ッ!」
横転しているヒーズイットの馬車を中心に、敵味方入り乱れての戦闘が行われている。その外縁にベイラーは馬車を停めた。荷台後部から20人ほどの兵士が一斉に飛び出し、周りに迫って来たサーガ達へ即座に斬りかかり法撃を繰り出して行く。
ヒヒーン!!
大柄な獣人系サーガによる投石がスヒリトたちの馬車を襲い、2頭の引き馬に命中した。1頭は頭部を失い、1頭は胸部を貫かれその場にガクンと膝をつく。
「くそっ! 馬が……。軍曹! お前はここで馬車を守れ!」
ベイラーは手綱を置き、御者台から跳び降りた。
「へ? あの……」
両手で法術を繰り出しながら、スヒリトはベイラーの意図を確認する。ベイラーは倒れた引馬の連結帯を手早く外して回った。
「向こうの引馬が使えるか見て来る! 守り切れよ!」
スヒリトが是も否も答える間も待たず、ベイラーは横転しているヒーズイットの馬車に向かって駆け出して行く。
宵闇が濃くなって来た荒野の戦場では、大小様々なサーガと軍部兵士達がそこかしこで近接戦を繰り広げている。
上級士官馬車ってことは法力馬だよな……1頭でも使えれば……
とびかかって来る小型サーガを剣で斬り倒しながら、ベイラーは馬車のそばまで駆け寄った。幸いにも、2頭の引馬はどちらも生きている。だが、横転した馬車との連結帯が邪魔をして自由に動けない上、周りの戦闘に怯えて興奮している様子だ。
「よし、よし! 大丈夫! 大丈夫だから暴れるなって!」
ベイラーは馬たちに蹴られないよう注意しながら、手前の馬に語りかける。
「連結帯を外すから、おとなしくしててくれよ! な? ほら……」
普通の馬以上に人語を解する能力が高いと言われる法力馬は、ベイラーが「自分を助けてくれる」と理解したのか、落ち着きを見せ始めた。
「よーし、よし。今、連結帯を外すからな……」
手早く1頭目の連結帯を外し終えると、馬はすぐに逃げ出そうと態勢を変えた。
「ちょ……ちょっと待て! お友達も助けてやんないとだろ?!」
ベイラーの言葉に、法力馬は「仕方ない……」とでも言うようにブルル……と息を吐いて待機姿勢をとる。手綱を放しても大丈夫だと判断し、ベイラーはもう1頭の連結帯も外しにかかった。
「こっちの車はもうダメだからよぉ……あっちを手伝って欲しいんだわ!」
ベイラーが2頭に交渉するように語りかけると、馬たちは相談するように互いの鼻を突き合わせた後、「それなら早くしてよ!」とでも言うように身を震わせ、スヒリトが守る輸送車へ足を踏み出した。
「悪ぃな! 帰ったら上物の草をタップリやるからよ!」
2頭の手綱を握ったベイラーは、サーガとの戦闘が比較的少ないルートを見極める。
「おい! お前!」
突然、明らかに自分に向かって投げかけられた声に、ベイラーは周りを見回す。しかし、左右に立つ法力馬が壁になり声の主の所在が分からない。
「輸送隊の兵か!」
身を屈めて法力馬の足の間から覗き込むと、横転している車の御者台仕切り窓から誰かが呼びかけているのが分かった。
アレに乗っててあの声ってことは……上の人だな……
「はいっ! 第2輸送隊隊長のベイラー大尉であります!」
2頭の手綱を引いたまま、ベイラーは車の窓に近づく。途中で、暗がりの中でもその人物が誰であるかを認識した。
「ヒーズイット大将! 大丈夫ですか?」
ベイラーは法力馬に顔を向ける。「お友達も助けてやんないとだろ?」……法力馬の眼がそう語っているように感じた。
「……待っててくれよ。助けに行くからさ……ヒーズイット大将! 動けますか? 同乗者は?」
ベイラーは手綱を手放し、仕切り窓に顔を近付け声をかける。法力馬達は辺りの喧騒を警戒しながらも、ベイラーがヒーズイットを救助する間その場に踏み止まっていた。
「……私は動ける。他は……もう死んでいるよ」
「そうですか……。すぐに救助します!」
馬車の後部窓と板を壊し、ベイラーはヒーズイットを救助する。辺りの戦闘はほぼ終結したようで、兵士達も負傷者の救助を始めていた。
「行きましょう、大将!」
ベイラーは2頭の法力馬の手綱を引き、ヒーズイットを先導し輸送車まで戻る。
「大尉! あっ……ヒーズイット大将!」
スヒリトは御者台に立ち上がって最敬礼で2人を出迎えた。ベイラーはすぐに2頭の法力馬を馬車の連結帯につなぎ始める。
「君は……御者兵か?」
軽く礼を返したヒーズイットがスヒリトに尋ねた。
「あ……いえ……自分は……」
「スヒリト軍曹は前衛の法術兵です! 私が御者を務めます!……兵員輸送仕様で申し訳ございませんが、大将は荷台へ!」
連結帯の最後の留め具を締めたベイラーが代わりに答え、ヒーズイットに乗車を促す。続けて、周辺の兵に聞こえるように呼びかけた。
「負傷兵を乗せろー! 馬車を出すぞー!」
ヒーズイットが荷台後方に回ると、すでに何人かの負傷兵が乗車していた。さらに数人の負傷兵が、他の兵に支えられながら馬車に寄って来る。
「早く乗せろ! 私は前に乗る!」
大将を目の前にしての乗車を躊躇する兵士らにヒーズイットは声をかけ、御者台側に戻った。
「大将! 早く御乗車を……」
「私も御者台に乗るよ。法術兵上がりだしな……前衛は左右にいたほうが良いだろ? 少しは皆の役に立ちたい」
ベイラーは黙って御者台中央に身をずらし、ヒーズイットを右横に迎える。
「なんだ……あれは……」
御者台に乗ったヒーズイットが、押し下げられてくる前線を見つめ声を洩らした。ベイラー達もその視線の先に目を向ける。1キロも離れていない前線では兵らの防戦が続いているようだったが、その1ヶ所に、明らかに他とは違う大きさの影が動いている。しかもその影は段々大きくなって……いや! こちらに向かって「走って」来ている!
「嘘だろ……」
スヒリトは月明かりと法撃の光に照らされた大きな影の姿を視認すると、呆気に取られ呟く。こちらに向かい駆け寄って来ているのは、身の丈15メートルはあろうかという巨大なサーガだった。
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