第254話 信条
グラバ従王妃宮の地階は真っ暗だったが、マミヤは高められた法力により月夜のような視覚で進む。
床も壁も天井も、全てがブロック状に切り揃えられた石で支えられている。階段を下りてすぐの場所は比較的古い石が使われていたが、数メートル進んだ辺りから、新しい石造りとなっていた。恐らく、グラバが住み始めて以降に増築された部分なのだろう。
ピシューン! ピシューン!
白みの強い緑色の攻撃魔法の光が立て続けに放たれて来た。だが、マミヤは事前にその軌道を避け、何事もなかったように歩き続ける。高まった法力による感覚に全身が包まれ、自分が攻撃を受けているという危機感さえ今は感じられない。
サレンキーは……どこに? 待ち合わせてたのに……先に行っちゃった?
「グラバ様! 敵です! 奥へ!」
グラバの従者達は、闇の中を歩み寄って来るマミヤの姿に恐怖を感じ始めていた。
「な……なんで当たらない! おい! 止まれ! クソッ!」
木製の扉を開き、半身を出しては法撃を繰り返していた従者の1人が叫ぶ。
アレは何だ? もっと引き寄せて……
マミヤの位置が扉まで2メートルを切った。従者は両腕を真っ直ぐに伸ばした攻撃魔法体勢のまま室内から廊下へ飛び出し、即座に両手で2発ずつの法撃を放つ。だが、自分が放った法撃の光に照らされた廊下には、直前まで目星をつけていた位置に「侵入者」の姿が無い事に気付く。あの侵入者は……
「ねえ……」
目の前にマミヤの顔が有った。目線は合っている。だが……上下が逆さまだ……
マミヤは天井に足をつけて「立って」いる。従者は悲鳴を上げたかった。しかし、それも叶わない。拘束魔法で固められたのかと錯覚するほど、恐怖で身体が動かなくなってしまっている。
「あの人は……どこ?」
マミヤの両手が、従者の頭部を挟む。
「え? え?」
質問の意図が分からず、従者は声にならない声で反応した。
「おいっ!」
開かれた扉の室内から別の従者の声が響く。マミヤは両手で従者の頭部を掴んだまま、天井から廊下へ降り立つ。
グキャッ……
掴まれていた従者の首は鈍い音を立て、あらぬ方向へ顔を向けた。
「クソッ! 内調の女だ!」
室内に灯るランプの光でマミヤの素性に気が付いた1人が叫ぶと、別の1人が攻撃魔法を放った。法撃は、マミヤが引きずっている従者の死体に当たる。
「コイツは
室内には5人の男がいた。みなグラバの従者服を着ている。一斉に攻撃魔法が放ち出され、盾とされていた従者の死体はみるみる弾き飛ばされた。しかし、その背後に立つマミヤには1発も届いていない。マミヤの全身は防御魔法で覆われ、薄い光が放たれていた。
「どこに……いるの? サレンキーは……」
マミヤの呟くような声に、従者達の攻撃の手が中断する。
「な……なんだって?」
「サレンキーは……内調の男は……どこ? あなたたちを監視していた……」
従者達はマミヤが「人探し」に来たのだと理解した。そう言えば、剣士隊も警衛兵も連れていない。この女1人だけ……
「あ、ああ! アイツか!」
1人が笑顔を浮かべ応えると、他の4人もつられたように笑みを浮かべうなずく。
「知ってるの?」
マミヤの目に光が戻り、焦点が合う。
「は……ハハ……な、なぁんだ! アイツを探しに来たのか?」
「そうよ……どこにいるの?」
「こっちだよ」
1人が背を向け、部屋の奥の扉を指さした。
サレンキー……え? そこに?
「いやさ、何だか監視されてるのも気分悪いだろ? で、悪いんだけどちょっと……な?」
マミヤは従者の声を遠くに感じつつ、ゆっくりと扉に近づいて行く。最悪の事態を想像していた……でも……サレンキーは……
「サレンキー! サレンキー! 大丈夫? ねえ!」
警戒を解き扉に駆け寄り、マミヤは激しく戸を叩く。
「ちょ……ほらよ」
扉横に立っていた従者が扉のノブを掴んで回すと、戸が奥に開かれる。
「サレンキ……?」
目の前に立っていたのはグラバ従王妃だった。
「え……従王……妃?」
「う、う……うる……さい! こ……この……下民が!」
急に足に力が入らなくなった。マミヤはグラバの右肩に左手で掴まろうとしたが、自重を支えきれず膝から床に崩れ落ちる。膝立ちの姿勢になった時、グラバの手に短剣が握られている事に気付いた。
「サ……レン……キー……は?」
息が苦しい……。マミヤは自分の身体に起こった変化に気付く。胸に痛みを感じ、恐る恐る右手を胸に当てた。お湯? いや……これは……
誰かに髪を掴まれ、後方に引き倒される。致死的出血のせいだけでなく、サレンキーがいないという事実にショックを覚え、目の前が暗くなっていく。
「サレンキーだがなんだか知らんが、あの内調なら宝物庫の前で灰になって消え去ったぜ!」
従者が笑いながら言い放つ。
「丁度いい。このまま儀式を進めましょう、グラバ様!」
「生贄の血を! 犠牲の命を、ここに!」
従者達がマミヤを引きずり部屋の中央に置いた。
「ここです! さあ、グラバ様! この者の命を、この場所で捧げるのです!」
「わ……わたし……私の……助けを……今……こそ……グラディーの……怨龍よ。甦りたまえー!」
両手で柄を握りしめるグラバが、叫びながらマミヤに向かい短剣を振り下ろす。
ガキーン!
しかし、グラバは剣を握ったまま後方へ弾き飛ばされ、奥の間まで転がって行った。
「くそ! 放てー!」
マミヤの身体全体を赤い光の完全防御魔法が包む。従者達の法撃はその壁に吸い込まれていく。
意識が持って行かれそうになる……。マミヤの脳は、人生最後の情報整理を始めた。導き出された事実……。サレンキーは……グラバ従王妃らの手により、王室宝物庫の扉魔法を使って灰にされた……殺された! サレンキーがっ!
「ウ……ウワァ―――――…………」
体内に満ちていた全ての法力が、希望と絶望と、怒りと悲しみと、嘆きと喜びと……マミヤの内に在る全ての思いを攻撃魔法に変え、全身から撃ち放たれていく。何色もの光の矢に貫かれ崩壊していく従者達の姿を、マミヤはもうろうとした意識の中で見つめていた。やがて、まばゆい光の束は真っ白な世界へマミヤを
「遅せぇよ!」
サレンキーの声が、マミヤを温かく包み込んだ―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「何ごとだっ!」
「王宮が!」
「王は無事かっ!」
レイラと共にルメロフを左右から押さえ込み、周囲を防御魔法で包んでいたエルグレドの耳に人々の叫び声が聞こえて来た。
「レイラさん……大丈夫ですか?」
「ええ……。今の法撃波は……どなたの……」
2人は顔を見合わせる。まさか……マミヤが……
「く、苦しい……」
レイラとエルグレドの体重が腹部に乗った状態のまま、仰向けで倒されているルメロフが呻き声を上げる。
「あら? これは失礼」
「大丈夫ですか……ルメロフ王?」
声に気付き、2人はすぐに身を起こした。エルグレドは防御魔法で落下を押さえている瓦礫に気を付けながらルメロフの身体を引き起こすと、左手で法術を解く。
「これは……凄いですね……」
立ち上がって周りを確認し、エルグレドは溜息をついた。湖岸を望む内庭に面していた壁が、屋根の端の部分ごと1階まで崩れ落ちている。ぽっかり開いた視界正面には湖と対岸とが見渡せるが……その手前、王宮前の中庭に大きなクレーターが現れていた。
「……何? 闘剣場を、どなたかが攻撃されたのかしら?」
「……分かりません……一体……何が……」
破壊の跡を呆然と見つめる2人に、ルメロフが語りかける。
「な、なあ、エルグレド補佐官……。私はまだこのまま……」
「はい! 王様」
エルグレドはハッとし、笑顔を見せて応える。
「下手に動くと危険ですから、しばらくこのまま待機となります。ほら、衛兵らもやってまいりましたし……」
あちらこちらで甲高い笛の音が響き渡っていた。
シュポーン、シュポーン……
どこかで上げられた信号煙弾の射出音が立て続けに聞こえて来る。
「非常事態……周知連笛ですね……。いよいよ来ますよ……暗殺者達が……」
途切れなく鳴り響く警笛音を聞きながら、上空に立ち上がった黄色とピンクの煙の柱を見上げて、エルグレドが呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ベイラー大尉。君は急いで帰隊したまえ」
方々から鳴り響く非常事態周知連笛の中、コートラスがベイラーに指示を出す。
「我々は……どう動けばよろしいでしょうか?」
当初の計画が完全に崩れてしまった今、軍部からの援軍となる同志は輸送・補給隊の20名弱となっている。コートラスはオスリムの思考を読むように一旦目を閉じた。
オスリムならどう動くか……この夕と夜の境目の時間での急転行動……
「……君の隊で3台は軍馬車を手配出来るんだな?」
ベイラーはうなずいて答えた。
「よし……恐らくすぐに兵員輸送になるだろうから、どの道、君も島に向かうだろう。現場で即時動けるように備えていてくれ。1台は……橋を塞ぐために用いる可能性もある。積載物に車輪妨害に仕えるガラクタでも積んでおけ。行動する時には誰かに伝えさせる」
「はい!……では、島で……『悪政を葬り、真政の夜明けを!』」
コートラスの指示を受け、ベイラーは敬礼を示し林の中へ駆け込んで行った。
「なぁに、今の? 合言葉かなんかなの?」
ベイラーの背を見送ったエシャーが尋ねる。
「合言葉? いや……我々の信条公白だよ。革命の……スローガンさ」
「ふうん……」
エシャーが曖昧にうなずいた姿を見て、コートラスは苦笑した。
「君の信条はなんだい? エシャー」
「えー? 信条?」
やっぱり分かっていないか……
「君が願っていることだよ。何のために生きているのか、どんな世界を……人生を築きたいと思い描いているのか……」
エシャーは言葉の意味を理解し、考えをまとめるように小首を傾げ、しばらく黙る。そして、パッと笑顔を見せた。
「みんなが、明るく元気に楽しく伸び伸びと暮らせる世界が良い!」
自分なりに言葉を選び満足げに答えたエシャーの笑顔を、コートラスは驚き見つめ……微笑んでうなずいた。
「私もそう願うよ。そのためにも……この歪んだ王制を打ち倒さなきゃならない、ってことさ!」
コートラスはそう言うと、馬車に戻り始めた。エシャーもその後を追う。
「まずは少尉を縛って馬車に積むぞ。オスリムがどう動くかまだ分からんが……アイツのことだ。例の森の中からの侵入作戦自体は変わらんだろう。とにかく合流を……」
馬車を停めた草地に戻ると、コートラスは足を止めた。エシャーもすぐに立ち止まる。
「湖水島に行くなら俺も乗せて行け。断るなら馬車もお前達もここで破壊する……」
ヒラーを見下ろしたまま、有無を言わせない殺意の籠った法力を放ちつつ、2人に向かってピュートが語りかけた。
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