第253話 闇の沼底
グラバ宮を急襲した警衛隊とジン・サロン剣士隊に混ざり、マミヤは妃宮の玄関ホールに入っていた。サレンキー失踪直前の監視任務対象者であったグラバのもとに行けば、彼の所在が分かるかもと期待しての大胆な潜入だ。
「グラバ様は体調を崩してお休み中だと、何度言えば分かる!」
「逮捕状が出ている! 速やかにグラバ従王妃と関係従者全員を引き渡せ!」
20人ほどの兵と対峙しているのは、10数人の従者や使用人達だ。押し問答が続く中、マミヤは後方の警衛隊兵士に語りかけた。
「内調のマミヤだ。グラバ従王妃からの聴取に派遣されてきたが、事情が分からん。どうなってるんだ?」
マミヤは外套裏に付けている軍階級置換章をサッと見せる。
「は? あ……中佐殿!」
警衛兵は上位階級のマミヤに身を正し、先ずは敬礼をした。マミヤも軽く返礼する。
「で?」
「はっ!……あの、我々も詳しい内容は……。とにかく、昨日の宝物窃盗事件首謀者がグラバ従王妃と5名の従者であるということで、直ちに強制逮捕だと……」
「昨日?」
エルさんが怪我を負わされた窃盗未遂事件? 確か、グラバ様の元従者2名が逮捕されたと……
「一昨日の件ね?」
マミヤが尋ね返すと、警衛兵は小首を傾げる。
「……いえ、一昨日の事件のほうではなく、昨日の事件のほうです」
「昨日って……え? ちょっと待って……宝物庫の襲撃で法歴省のエルグレド補佐官が負傷したわよね?」
警衛兵はマミヤからのその問いで、話の食い違いに気付いた。合点のいった表情を見せる。
「中佐殿にはまだ報告が上がっていませんでしたか? 昨日、グラバ従王妃らが宝物庫に入った際、何者かが侵入し歴代王の宝を盗み出そうとした事件です。犯人は扉によって滅消され、宝は取り戻されたのですが……」
「……2日続けて……賊が入ったのね? 宝物庫に」
警衛兵がうなずいた。でも……
「それがどうしてグラバ従王妃の緊急逮捕に……」
「いい加減にしろっ!」
押し問答を続けていた前方の兵士から怒声が上がった。声の主は警衛隊ではなく、ジン・サロン剣士隊の上位階級兵のようだが……
「偽装工作の証拠を押さえたんだ! 言い逃れは出来んぞ! すぐにグラバ従王妃、および昨日宝物庫入りした5名の従者を出せ! 強制逮捕状の意味は分かるな!?」
宣告し終わるや否や、剣士隊のリーダーらしき兵が剣を抜いて構えた。他の剣士隊兵らも倣って剣を抜き構える。警衛隊兵も慌てたように剣を抜き構え、あるいは攻撃魔法態勢をとった。
「魔法院評議会、及び、メルサ正王妃による正式な逮捕状だ! 抵抗する者は全て死をもって責任を負ってもらうぞ! 抵抗の意思の無い者はその場に伏せ、両手を頭の上に組め!」
交渉の余地の無い鬼気迫る指示に、侍女達と従者数名がすぐに床に伏せた。だが、尚、4人の従者が立ったまま睨み続けている。玄関ホール内の空気がピンと張りつめた。「死」を予感させる空気だ―――
「いやぁー!」
その空気を敏感に感じ取ってしまったのか、床に伏せていた侍女の1人が急に叫びながら立ち上がり、剣士隊に向かって―――いや、その先に開かれている出口を目指し駆け出した。しかし、この緊張下で既に即応体勢をとっていた剣士隊兵に、冷静な判断は出来ない……
「うわぁー!」
目の前に、恐怖に歪んだ表情で駆け込んで来た「襲撃者」を、彼は即座に剣でなぎ払った……つもりだった。しかし、鎧を着ていない侍女の肉体は、訓練された剣士の剣速を受け止めることは叶わず、彼女の身体を瞬時に2つに切り離す。
誰もが感じていた「死」が、突如玄関ホールに訪れた。
「やれぇー!」
「うおー!」
悲鳴と怒号が交錯する中、極限まで膨らんだ風船が破裂したかのように乱激戦が始まった。
伏せることを拒んだグラバの従者達4人は法術士だった。即座に攻撃魔法が剣士隊と警衛隊に向け放たれ、前方の2人の兵士を放ち抜く。兵達もその攻撃とほぼ同時に攻撃を仕掛けた従者達へ向かい駆け出していた。
剣技だけの剣士隊は、法術士のレベルによっては攻撃スピードに負けてしまう。グラバ従者の法術士達は「高レベル法術士」だった。剣の間合いまで詰め寄る前に、強力な攻撃魔法を連射され、2人、3人と打ち倒されていく。
一方の警衛隊は、相手の法術レベルが高い事を即座に感知し、先ずは前衛に防御魔法を施した。
「グラバ様に!」
4人の従者の後方にいた1人が、使命を受けて廊下の奥へ駆け出して行く。残った3人の従者は、1人が両手で防御魔法を作り2人が左右に向け攻撃魔法を繰り出す。
迎撃体制としてはグラバの従者達のほうが備えていたようだ。ジンの部隊は警衛隊との連携を備えていなかったため、いたずらに斬り込んでいく。そのため、警衛隊法術剣士たちは背後からの同士討ちを避けるため攻撃魔法を放ち出せない。
マミヤは警衛隊の防御魔法の壁を身を屈めて移動し、右側を攻撃しているグラバ従者に狙いを定めると、床を転がり移動しながら攻撃魔法を放った。
「ぐあっ!」
マミヤの法術が、狙った従者の左ひざを放ち抜く。右側を狙う攻撃魔法に間が空いたのを確認した法術剣士兵らは、その一角に向け一斉法撃を加える。膝を放ち抜かれた従者は体勢を崩し、前衛者の防御魔法壁から半身が出てしまっていたために、数十撃もの法術をモロに受け、見る間に上半身が失われていった。
右側の攻撃を失った従者達はジリジリと後退を始める。しかし、警衛隊の攻撃魔法が右側面に集中するため、廊下を真っ直ぐ後ろに退くことが出来ない。グラバのもとへと先の従者が駆けて行った廊下に隙間が広がって行く。
マミヤは警衛隊と共にゆっくり前進しながら、奥へ駆け込むタイミングを計る。
「く……そ……」
従者の攻撃魔法に放ち倒されていた剣士隊兵士達も起き上がり始めた。封魔法コーティングをされている武具は、衝撃こそ受けたものの、放ち抜かれるほどの威力では無かったようだ。
「でやっ!」
立ち上がり様に、剣士の1人が剣を投げた。狙っていたのだろうか、その剣は、防御魔法を張っている従者の左ふくらはぎの肉を割いて床に落ちた。
今だ!
負傷した従者と、両手での攻撃魔法に切り替えた従者に向かい、ジンの剣士隊と警衛隊の大部分が押し寄せて行くタイミングで、マミヤと数名の警衛隊兵士は奥へ続く廊下に駆け出した。
廊下の奥は、2階への階段と、右への廊下、左への廊下の3方に分かれている。
従王妃の居室は2階のはずだけど……
「右! 上! 1人はこっち!」
一緒に駆けて来た兵士らを自分よりも下位兵だと見たマミヤは、彼らが考えるよりも先に指示を出す。幸い、先ほど声をかけた若い兵士も一緒にいたおかげで、即座に指示に従い1人を伴い右手に走って行く。その姿に倣い、残りの3人は階段を上って行った。
1人の兵がマミヤに付いた。
「あなたは?」
廊下の途中、左右に有る扉を確認しながらマミヤが兵に尋ねる。
「警衛隊のフラノ大尉です! えっと……」
「内調のマミヤよ。置換階級は中佐」
マミヤは面倒臭そうに外套をめくって、階級章を見せる。軍階級や上下関係に興味は無いが、こういう時には「力任せ」で押し切れるので助かる。
「内調の?」
ところが大尉はマミヤの所属を認識した途端、足を止めた。気配を察知し、マミヤが振り向くと……
「動かないで下さい!」
え?
フラノが慌てた様子で攻撃魔法体勢をとっている。左手で右ひじを支え、右腕は真っ直ぐマミヤに向けられていた。
「ちょ……ちょっと……」
「止まって下さい!」
向けられた右腕を下ろさせようと、右手を差し出そうとしたマミヤに、フラノは怯えた声で指示を出した。
「なんなの……一体……」
暴発でもされたらかなわない。マミヤは仕方なく指示に従い、引きつったように微笑んだ。
「あ、あなたは、誰の隊ですか?」
「私? 私は……」
一瞬、今までの調子で「サレンキー部隊」を名乗ろうとしたが、何かに押さえられたように、返答を考え直した。
そうだ……サレンキーの言葉……もう「サレンキー隊」は無いのよね……
「魔法院評議会直属のフリーランスよ。所属部隊は無いわ」
正解を引いたらしい。フラノの目に安堵の色が広がり、攻撃魔法体勢が緩む。
「評議会直属法術士でしたか、失礼しました!」
言い終る頃には体勢を戻し、笑みさえ浮かべていた。
「どうしたの? 説明しなさい」
思わぬ攻撃を回避したマミヤは平静を装うと、再び廊下奥へ慎重に進みつつフラノを問い質す。
「は! その……評議会からの説明は……」
「昨日から外勤務だったの! さっき戻って、すぐにグラバ従王妃逮捕の任を受けたのよ! 宝物庫からの窃盗未遂事件首謀者として取り調べるようにとね。詳しくはこちらの部隊長に聞くようにって言われてたけど……まさかこんな急に……」
先ほど仕入れた情報を使い、自分の立場を偽造していく。フラノは「ああ……」と納得したように呟いた。
「例の窃盗犯の身元が判明したんです。近々内調を首になる予定の男だったそうで……」
え?
マミヤは背後から聞こえる説明の言葉の意味を正しく認知出来ないまま、先へと進み続ける。
「どうやらグラバ従王妃の手の者だったらしく、歴代王の短剣を宝物庫から持ち出そうとして失敗し、扉の攻撃魔法で滅消したようです。ただ、短剣は外ですり替えられてしまったらしく、宝物庫内に戻されたのは良く出来た偽物でした」
扉の……滅消?
「すり替える機会があったのはグラバ従王妃と従者達のみ。そこで今回の強制逮捕の命令が……」
廊下の半ほどを過ぎた右手の扉をマミヤは開いた。扉のすぐ先が地下へ下る階段になっている。数年間の内調業務で身に付いた「任務遂行」の慣性での動きだ。頭の中は完全に混乱を始めている。
グラバ従王妃の強制逮捕……それはなぜ? 宝物庫から国宝を盗み出したから……。どうやって?「内調を近々クビになる男」に庫外へ運び出させた……男は……滅消……。国宝をすり替えて盗んだ罪……そんなの……どうでもいい……
「中佐! 応援が来るまで……」
無造作に地下への階段を下り始めたマミヤに驚き、フラノが数段追いかけ声をかけた。
ピュシューン!
目の前に突如現れた発光体を、マミヤは半身をずらし避ける。そのまま即座に右腕を伸ばし反撃の法術を放った。
「グァッ!」
闇の沼のような地階の底から、攻撃者の苦痛の声が響く。さらなる反撃は無い。
ドシャッ!
背後で何かが倒れた。マミヤは焦点の定まらない視線で振り向く。すぐ真後ろの階段にうつ伏せで倒れているフラノの背中が目に入る。顔面に先ほどの攻撃魔法を受けてしまったのか、貫いた法撃はフラノの後頭部を弾き飛ばしていた。
誰? これは……。サレンキー……じゃ……ない……
マミヤはゆっくりと、闇の沼底へ続くかのような階段を下りて行った。
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