第252話 法撃

『無理くりセーフだったな……』


 暗闇の中でスレヤーが小声で語る。


『この後は? ずっとここに隠れてるの?』


 ミラの声を確認すると、チロルが応えた。


『評議会に残ってる法術士は一般職員だけです。このままでもやり過ごせるかと』


 沈黙が訪れる。スレヤーの「逃走計画」は一応の成功を収めていた―――


 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



 警衛隊突入直前に布ロープを作り上げ窓から垂らすと、窓枠に引っ掛かるサイズの家具に一端を結び付けた。強度を確かめる時間は無かったが、握った感じで「イケる」とスレヤーは確信する。


「よし! ミラ様。探知魔法は出来るんでしたよね?」


「何を調べるの?」


 躊躇なくミラが応じた。


「城の造りの中にある『空洞部』を探してくれ。俺ら全員が入れる位のを!」


 ミラは即座に当たりをつけ、石造りの床に手を置く。すぐに立ち上がり、部屋の左手壁に手をあて直す。その場にしゃがみ、再び床に手を置いた。


「この下から隣の部屋まで、床下に4メートル4方ほどの空間があります」


「チロルちゃん、その石を『開けて』、また『閉じれる』かい?」


 スレヤーは、ミラが手を置く1辺50センチほどの正方形の床石を見て尋ねた。チロルはミラと場所を代わり両手を床石に置く。すぐに手の平と床石の間に水色の光が灯ると、指定した石が流砂のように床下へ流れ落ちて行った。


「よし! 全員中へ!」


 バゴン!


 スレヤーの指示とほぼ同時に、扉が法撃された音が響く。


『早く!』


 法撃音に驚き、穴の途中で動きを止めたアイリを篤樹が急かす。


『……構わんっ! 何かあれば賊の責任だ! 聞こえるかスレヤー伍長! 何を企んでるのか知らんが、投降しろ! ミラ従王妃に何かあれば、貴様が……』


 破壊された扉の穴からマロイの声が室内にも聞こえて来た。その声を聞き終わる前に、チロルは頭まで穴の中に収め、目の前に在る砂山に両手をかざし再結成を施す。


『スレヤー様! 持ち上げて!』


 這って移動するのがやっとの高さしかない空洞で、スレヤーはほぼ腕の力だけで50センチ角の石をポッカリ開いている穴に持ち上げる。高さがそろった時点でチロルは再結成した床石に両手を当て縁の形を整え、しっかりと周りの床石と組み合わせた。スレヤーは支えていた手を肘から落とすように地に着け、荒い呼吸を整える。


 ズン……


 鈍い振動を感じた。どうやら扉を打ち破り警衛隊が突入したのだと悟る。7人は息を殺し、暗闇の空洞の中で作戦の無事をそれぞれの心の中で祈った―――


 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~



『5時は過ぎていたわね……』


 ミラが確認するように小声で語りかける。


『ゼブルン達も作戦を変更するかしら……』


『恐らくは……とにかくまだ静かに……』


 魔法院評議会の職員らの中に上級法術士は残っていないとはいえ、マロイが率いる警衛隊は全員が法術剣士だ。声や音が洩れて誰かに疑われれば、探知魔法で簡単に見つかってしまう。


 こんな、身動きもままなら無ぇとこで見つかっちゃあ、反撃も出来ねぇ……


 とにかく時をやり過ごすしかない。ゼブルン達がどんな計画変更をするのか、エルグレドがどんな計画を立てるのか……スレヤーの脳裏に43名の部下を失った夜の記憶がよぎる。自分を信頼し……駆けつけてくれた60名の部下達。「命令違反」を犯し、独断単身で防衛行動に赴いた村での戦闘で、その大半の部下を「死においやってしまった」記憶……


 ここで正解なのか? 身を潜めて時をやり過ごす……これで本当に良いのか?


 自分を信頼し、この「闇」に身を投げ込んで来た「今現在の仲間達」を思い、スレヤーは自問自答を繰り返していた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「何事ですか、レイラさん!」


 王宮2階と1階をつなぐ幅広の螺旋階段前に立つエルグレドは、階下で衛兵らと対峙するレイラに向かい声をかけた。少し遅れて、背後からルメロフも姿を現す。


「あら? エル。ちょうど良かったわ。なかなかあなたを呼び出してもらえなくて困っていたのよ」


 法力を高め、両腕を伸ばした攻撃魔法態勢で衛兵達を威嚇しながら、レイラが笑顔で応えた。


「扉前の衛兵3人を倒して乱入して来たのです!」


 レイラの情報を訂正するように、対峙している衛兵が叫ぶ。


「彼らは、私の『心からの訴え』に感動されて卒倒なさっただけよ」


「分かりました!」


 レイラの主張に唖然とする衛兵らが、再び反論を始める前にエルグレドは制止を促し叫ぶ。


「ああ、何だ。エルグレドのお友だちのエルフさんか」


 エルグレドの横に立ったルメロフが、階下の人々にも聞こえるように口を開いた。


「我の友の客人だ。通して差し上げよ」


「いや……しかし、陛下……」


 衛兵達は戸惑いを見せ、従者長らしき年配の男性が異論を口にしようとした。


「我が、我の客人としてそこのエルフの人を招くのだぞ? 何か問題があるのか?」


 従者長も衛兵らも、そのひと言を受けると溜息をつき、剣と槍とを収める。侍女達は壊れた扉の様子を確認しに動き出す。レイラは彼らの間を悠々と通り抜け、螺旋階段を上って来た。


「行こう、エルグレド。話があるのなら我の部屋を使え」


 ルメロフは従者を伴い居所の扉へ向かう。エルグレドはレイラが階段を上り終えるのを待ち、ルメロフの後に従う。


「……王の部屋に入ってからお話を伺います」


 すぐにでも状況報告をと願うレイラの思いを感じ取り、エルグレドはひと言告げた。周りには従者や衛兵が礼をしながら、2人の姿を見送っている。


「ルメロフ王……出来れば、お人ばらいをお願いしたいのですが……」


 王の居所に入ると、すぐにレイラがルメロフに要求した。室内に控えていた従者達が一斉にルメロフに視線を向ける。


「ん? そうなのか? よいぞ。皆、少し外して上げてくれ」


 従者達は興味深そうにレイラの姿をチラチラと見つつ、礼をして部屋から出ていく。最後の従者が退室と同時に扉を閉めた。


「よろしければ王様も出て行かれませんこと?」


 レイラは極上の笑みでルメロフに投げかけたが、ルメロフは困ったような表情で愛想笑いを浮かべ、エルグレドに判断を仰ぐ。


「別に構わないでしょう は。で、どうされましたか?」


「グラバの強制逮捕に踏み切ったわ。ジンの剣士隊と王城警衛兵が20人以上でグラバ宮に押し入ってる」


 エルグレドは内容を飲み込む間を置き、口を開く。


「……スレイとアツキくんは?」


「ミラ従王妃達の警護のために王城に入ったわ。フロカも一緒みたいね。向こうはスレイが何とか守ってくれるでしょう。ここは、あなたが?」


「そうですね……」


 エルグレドはしばらく策を考え、ルメロフに視線を向けた。ルメロフは嬉しそうに笑みを浮かべて2人のやりとりを眺めている。


「……まあ、オスリムさん達も複数のプランは考えておられるでしょうから、しばらくここで様子見としますか? レイラさんと私が付いていれば、ジンさん達もそうそう押し入っては来られないでしょうし……」


「そうね……」


 レイラはルメロフに冷たい視線を向けて微笑む。


この王様・・・・に私達の助けが必要とも思えないけど……まあいいわ。付き合って上げますわ」


 エルグレドは苦笑いを浮かべた。


「あ、そう言えば……」


 レイラは思い出したように言葉をつなぐ。


「エルのお友達も御一緒でしたわよ」


「え?」


「ほら、内調の女の方……」


「マミヤさんがっ?!」


 エルグレドが真顔で尋ね返した。


「ちょ……ええ……あの子もいましたわよ。グラバ宮前に……」


 真剣な表情で目を見開くエルグレドに向け、レイラも驚き語りかける。


「強制逮捕って言ってたから内調も加わって……」


「ジンさんと王城警衛隊なら、例の短剣の件での逮捕でしょう。再収蔵した短剣が偽物だと見抜いた……いや、初めからグラバ様達の計画を分かってた上で泳がせ、タイミングを待っての逮捕だと考えられます。そこに、内調が介入する必然性は有りません」


「どういうこと?」


 エルグレドの険しい表情に、レイラもただならぬ緊張を覚えた。


「マミヤさんは、まだサレンキーの件を知りません。監視対象であったグラバ様のところで何か情報を得られるかと、独断で動いているのだとすれば……」


「……かなりショッキングな事実を知る事になる……可哀想に……」


 レイラは「恋人の死」を知るであろうマミヤの心痛を思い、同情の言葉を口にする。しかしエルグレドは首を横に振って応えた。


「マミヤさんは学生時代に……『ショッキングな事件』に巻き込まれました。そのとき彼女は……自制を失った全法力放出を行ったんです」


「全法力放出?」


「彼女を襲った盗賊10人を……惨殺したんです。無意識の法術暴走で……」


 エルグレドが語り終える前に、レイラがハッと目を見開く。エルグレドもただならぬ気配を察知し視線を横に向けた。


「これは……」


「ちょ……っと……」


 2人はルメロフに視線を向ける。


「「伏せて!」」


 同時に叫び、ルメロフを押し倒した直後……


 キュイン……グバァーン!


 激しい衝撃音と共に、建物が揺れ動き、一部の壁が室内に向かって瓦礫の散弾となり飛び込んで来た……

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