第250話 乱入
――― 1時間ほど前 ―――
「エルグレドさん、やっぱり戻って来ないんですかねぇ……」
篤樹はベッドの
「少しは落ち着けや、アッキー」
部屋の中央に置かれている丸テーブル……囲むように置かれている4脚の背もたれ付き椅子の1つに腰かけるスレヤーが、のんびりとした口調で応じた。
「王様とたくさん遊んでさし上げてるんでしょう? 裁判のあとから、ずっと楽しみにお待ちになられてたそうだし。予定通りよ」
窓から外の夕日を眺めていたレイラが振り向き答える。
「そうですけど……何だかやっぱり……緊張しちゃって……」
「で? グラバ従王妃の動きはどうなんすか?」
篤樹に笑顔を向けた後、スレヤーはレイラに尋ねた。
「従者達を連れて地下に入ったっきり出て来ないわ。侍女達や使用人の動きにも特段の変化は無いわね……」
レイラは窓ガラスに軽く手を触れながら状況を説明する。
「何をやるつもりなんでしょうねぇ……」
スレヤーがポツリと呟いた。
「さあ? さすがに、地下室内にまでは遠視も盗聴も入れられないから、地上部分だけの情報しか掴めないわ。何かの儀式でもやってるのかしらね?……ん?」
レイラが窓に両手をついた気配に篤樹は気付く。
「どうかしたんですか?」
待機時間の長さにいい加減飽き飽きしていた篤樹は、レイラの変化に素早く反応して窓際に近寄りながら尋ねた。
「なんか見えるんすか?」
スレヤーも席を立ち近付く。篤樹達の目では、窓の外には湖の水面にキラキラと反射する夕日と対岸の街区の景色しか見えていない。レイラは自分の視覚に映る形で施している監視魔法の角度を調節した。窓ガラスに、どこかの景色が半透明に映る。
「お客さんのようね……」
「衛兵……ジン達だな……」
見慣れない「画面」に目を細めながら、篤樹とスレヤーも映し出された「画」を確認する。
「これ……グラバさんの宮殿前ですよねぇ?……」
「ちと、見に行きますか?」
スレヤーが提案する。
「ジン隊長の剣士隊だけじゃないわね……」
動き出そうとした篤樹とスレヤーを呼び止めるように、レイラは追加情報を発した。
「警衛隊がいるわ……あら? 内調も? エルのお友だちの女の子もいるわ……」
映し出された景色を微笑を浮かべながら解説していたレイラの顔から、サッと笑みが消える。
「マズいわね……あちらさんが先に動き出しちゃったわ……」
レイラは窓ガラスに施していた法術を解くと、篤樹達に向かって駆け出して来た。スレヤーが慌てて扉を開き、飛び出して行ったレイラの後を追う。篤樹も、もどかし気に扉の施錠を済ませ2人の後を追いかけた。
「どうしたんです!」
「強制逮捕ですってよ! グラバを捕らえるつもりね。騒ぎが起きるわ! 私がエルに伝えにいくから、あなた達は王城に行ってミラの護衛について!」
従王妃を呼び捨てにするレイラの声に、急を要する事態が起きている実感が湧く。数歩遅れで2人の背を追う篤樹の目に、廊下の奥から駆け寄って来るフロカの姿が映った。
あっ……と……
その姿に気付き足速を緩める。スレヤーとレイラはすでに扉を押し開け、外に飛び出して行ったところだった。
「何事だ!」
「あっ、フロカさん!」
フロカは篤樹の前まで来て足を止める。
「グラバさんの所に警衛隊とジンさんの剣士隊が集まって来たそうです! 強制逮捕がどうとかレイラさんが……。騒ぎが起こりそうだから、すぐにミラさん達の所に……」
篤樹が語り終わる時間も惜しむように、フロカは出口へ駆け出した。篤樹も慌ててその後を追う。視線の先に、フロカが左腰に帯剣しているのを確認した。
あ……スレヤーさんも俺も、丸腰だけど……良いのか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「緊急事態です! すぐにエルグレド補佐官に面会を!」
レイラは王城へ向かうスレヤーと別れ、ルメロフの王宮扉前に駆けつけた。従王妃宮よりも警護の兵が多く、扉前で3人の兵に足止めされる。
「下がれ! エルフ協議会の者か? 無礼だぞ!」
「特別探索隊のドュエテ・ビ・レイラ・シャルドレッドです! エルグレド補佐官に緊急の報告が御座います。速やかに面会を……」
「誰であろうが王前だぞ! このような来訪は無礼にもほどがあろう!」
「ですから、緊急の……」
「一旦退き控えよ! 王族への不敬行為は……」
シュワォーーー
レイラの両手の平に薄緑色の発光球体が広がる。
「こ……おま……何を……」
警護兵達がレイラの異変に絶句し、槍と剣を構えたまま後ずさる。レイラは、そんな彼らに引き寄せられるようにゆっくり前進していく。
「『緊急』という……言葉の意味を……お分かりではないのかしらぁ? 非常事態だから大急ぎでエルを呼べと言ってるのよ! この、無礼者がぁ!」
両手を真横に真っすぐ伸ばしたレイラは、左右の手に現した発光球体を真正面で叩き合わせるように、水平に打ちつけた。
『エルを呼べぇーーー!』
衝撃波の伴う大音量が3人の警護兵達を後方に吹き飛ばし、1人はそのまま王宮扉に叩きつけられた。その衝撃で両開きの扉が破損したのか、内側に圧された反動で、手前にゆっくりと開かれる。内側のホールには、騒ぎを聞きつけた使用人や従者、警護兵らが集まっていた。
「緊急の連絡ですの。どなたか、エルグレド補佐官を大至急お呼びいただけますか?」
レイラは小首を傾げ、極上の笑みを浮かべ用件を伝えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フロカと共に王城通用口に駆け込む寸前、篤樹の耳に王宮方向からレイラの叫び声が飛び込んで来た。
「うわっ……と……。レイラ……さん?」
思わず立ち止まり王宮方向に顔を向けるが、植え込みや木々が邪魔で様子は確認出来ない。
すっげぇデカい声……
「おいっ、アツキ! 急げ!」
フロカが振り返りもせずに叫ぶ。篤樹はハッとしてフロカの背後を追いかけた。
「ミラ様は4階の魔法院評議会フロアだ!」
階段を駆け上がりながらフロカが叫ぶ。少し上の階段を駆け上る別の足音はスレヤーのものだろうが……
「くそ……待て……」
2階へ続く踊り場に1人……階段の途中にもう1人、特別警衛隊の兵士が倒れている。危うく、踊り場の兵士の手で足を掴まれそうになったが、勢いで振り解き篤樹は階段を駆け上がった。
スレヤーさんがやっちゃったのかな……
脳裏に不安がよぎる。この状況……今、自分達は間違いなく「王城への不法侵入者」となってしまったに違いない……
3階と4階の間にある踊り場でも1人の兵士が倒れているのを横目で見ながら、篤樹は4階の廊下へ飛び出した。左右を確認すると、フロカが右手に駆けて行く背中が見える。
ピィーーー!
タグアの町で聞いた巡監隊の笛音と同じような高音の警笛が下の階から聞こえた。連鎖的に、城内のあちこちから警笛音が鳴り始める。
これって……俺らが「先に」騒ぎを起こしちゃったんじゃないの?!
頭の片隅で冷静にツッコミながら、篤樹はフロカが曲がった廊下の角を曲がる。数メートル先にスレヤーの姿を確認した。両手で持ち上げた警衛隊兵士を、床に倒れている別の兵士に叩きつける瞬間だった。
「おう、フロカ! ミラ様はこの奥の扉だ!」
倒した兵士の剣を奪うために屈みこみながらスレヤーはフロカに告げる。フロカは何も言わず指示された扉まで駆け抜けて行った。
「アッキー! とりあえずはこれを拝借すっぞ!」
駆け寄る篤樹にスレヤーは、警衛隊の剣を鞘に収めた状態で投げ渡した。
「うわっ……と……。大丈夫ですか?!」
色んな意味での心配を込めてスレヤーに尋ねる。
「ん? まあ……平時ならマズいだろうなぁ……」
スレヤーは鞘から剣を抜き、状態を確認すると再び鞘に戻す。
「んでも『非常事態』だからなぁ……。何とかなるんじゃ無ぇか?」
警笛音の数が増え、音が近づいて来るのが分かる。
「とにかく、先手必勝さね! ほら、行くぞ!」
そう促すと、スレヤーはフロカの後を追って扉に向かう。篤樹も鞘入りの剣を左手で握り、早足で扉の中へ飛び込んだ。
「見るな!」
部屋に入る早々にフロカの叫び声を浴びせられ、慌てて回れ右をする。でも……その一瞬の間に見えた光景は……
「……なぁにやってんだぁ?」
篤樹と共に扉に顔を向けて立つスレヤーが呟いた。
「あっ!……ア……ツキ……」
アイリが動揺した声で篤樹の名を呼ぶが、振り向くわけにはいかない。
「早く服を着ろ!」
怒鳴りつけてるのはフロカの声……
な……なんで「裸」の人達が……
部屋に入って一瞬だけ篤樹の視界に入って来たのは、部屋の奥に置かれているベッドと、その上に呆然と座っている見知らぬ男女……しかも2人とも服を着ていない状態で……
ベッドの奥に置かれた椅子に座っているミラと、その両脇に立つアイリとチロル(この3人は服を着ていたが……)、床の上で倒れている警護兵らしき男と、驚いた表情で目を見開いている年配の女性……
一体……この部屋は何なんだよ!
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