第249話 ままならない

 エシャーとコートラス、そしてベイラーの3人は、全く動く気配のないヒラーを見下ろしている。


「どうしますか? コイツと……中佐の遺体は……」


「コイツは私らが馬車で連れて行く。計画開始まで時間も無いしな……。中佐は……とりあえず隠すか……」


 コートラスの決断に従い、3人はヒラーに殺された中佐の遺体を、浅く簡単に掘った窪地に横たえ、落ち葉や枯れ枝を被せ隠した。


「……壁内に獣はいないから、ま、これで十分だろう……。計画が動き出すまでの間、発見されなければそれで良い……」


 あまりにも雑な隠し方に対し、自ら言い訳するようにコートラスは呟く。


「特剣隊と法術兵が加わらないってのは……ちょっとキツくなったな……」


「特剣隊……あ! スレイが隊長をやってたやつ?」


 コートラスの言葉に反応し、エシャーが尋ねる。その問いに、ベイラーが応えた。


「いや……スレヤー伍長が率いていた3隊連じゃないよ。あの隊は……まだ再編されてないんだ。大群行での被害が大きかったからね……。中佐が率いていたのは第5特剣隊だよ」


「あ……そうなんだ……」


 エシャーはスレヤーの寂しそうな笑顔を思い出した。みんなに慕われる隊長だったスレヤー……この草葉の下に横たわる顎髭中佐は……どんな人だったのだろうか……


「陽動作戦人員の大半を、この軍部同志達に任せる予定だったんだが……」


「軍馬車の調達台数は……2台で十分になっちゃいましたね……」


 コートラスの不満げな声にベイラーが応じる。特剣隊と法術兵を主力とする70人程の陽動部隊が「 おとり」となって、湖岸から湖水島への上陸を目指す計画だった。市中潜伏中のオスリム直属の同志達の人数では、湖水島内の兵力を引き付けるだけの囮には少な過ぎる。


「……どこまで計画はバレたんだろう?」


 エシャーの心配に、オスリムが答えた。


「軍部の3人には『この4~5日の間に決行する』としか伝わって無い……はずだよな? ベイラー大尉」


「はい。昨日、受け取った密書にはそのように。それと、今日のこの集まりについての指示だけでした。中佐や少尉とは、基地内でもお顔を知っている程度の関係でしたので……まさかこの2人も『仲間』だとは知らず……まあ、結局は『あちら側』の犬だったのですが……。という事で、私は『作戦決行のために軍馬車7台をいつでも使えるように手配』という指示までしか知りませんでしたから……この2人も同じく、詳しい作戦までは知らなかったのではないかと」


「漏洩を避けるため直前に指示を出すつもりでしたから……彼らからは大した情報は洩れていないのではないかと存じます」


 コートラスはベイラーの返答を基に、エシャーの懸念に答えた。


「ちょっと! 今さら『執事言葉』はやめてよ、コートラス!『素』のおしゃべりを聞いた後だと、何だか馬鹿にされてる感じ!」


 コートラスは楽しそうな笑みを浮かべ、エシャーを見返した。エシャーもニッコリ微笑む。


「……ですな。どうせ今夜で『ミッツバンの執事』も終わるんだし、普段言葉で行くとしようか?」


「うん! そっちのほうが良いよ。 目が嘘で濁ってないほうがカッコ良い!」


 「偽装執事」から「革命の同志」へ表情を変えたコートラスに、エシャーは素直な賛辞を送った。少し照れ笑いを浮かべながら、コートラスも応える。


「孫のような年齢の女の子からでも『カッコ良い』と言われると、この歳になっても嬉しいもんだねぇ。どうだい? おじさん独り身だし、将来、介護してみないか?」


 エシャーの笑顔が苦笑いに変わる。


「あの……コートラスさん……」


 ベイラーが場の空気を気遣いながら、おずおずと尋ねた。


「ん? どうした?」


「あ、いや……。どうしましょうか? 私の役回りとしては、軍部基地内の『同志』を速やかに移動させるために軍馬車の手配を、ということになってましたが……この状況だと、輸送・補給部隊の同志20名弱しか残っていないことに……」


「そうだな……」


 コートラスは、左手で左側頭部を撫でつける様な姿勢でしばらく考える。


「こんな直前になって50人以上減っちまうとは……計画が大幅に狂っちまったなぁ……。さて……どうしたものか……」


 ピィーーー!


 何の前触れも無く、甲高い警笛音が方々から鳴り響き始めた―――



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「……大臣のお話が本当なら……」


「事実だとも! ボルガイル君」


 ビデルは余裕の笑みを浮かべボルガイルを見る。ボルガイルは一度息を吐き出し言葉を整え直す。


「初代エグデン王と、探索隊のカガワアツキが『ドウキュウセイ』という仲間であったと? 1000年も前の話なんだぞ?」


 ボルガイルが応える前に、ヴェディスが問い詰めるように訊ねる。


「1000年どころか、あの湖神とさえも仲間……いや、創世7神ともね。それが『チガセ』という存在なのですよ、ヴェディス会長」


「それが事実なら……調べてみたいものだな……カガワアツキとやらも……」


 ビデルの証言にボルガイルが関心を示し、不敵に口角を上げる。


「私の管轄下にあるエルグレドとカガワアツキ、そして、君の『息子』……この3人を調べれば、ユーゴの遺志・初代エグデン王が魔法院に命じた『使命』も全う出来るのではないか? と私は思うのですがねぇ」


 ビデルはボルガイルに、そして言葉の後半はヴェディスに視線を向けた。ボルガイルとヴェディスは目配せを交わし、この男との共同意思を確認しうなずき合う。


「……よし。分かった。では再び、文化法歴省とも連携し……」


「そこまでだ!」


 ヴェディスがビデルに語りかけながら握手を求め右手を差し出した直後、ルロエの怒声が響いた。


「!?」


 3人は声の主に目を向ける。矢を装填した棒弓銃を、3人の誰からでも順に射れるように構えたルロエが、怒りの形相で睨みつけている。


「弓を下ろせ、ルロエ!」


 ビデルが「従者」に対する声色で指示を出し、手を差し出そうとする。ルロエは即座に照準をビデルに合わせた。


「あんた達は……あんた達は一体、何を考えてるんだ!」


 ルロエの叫びに、ビデルは驚いたような困惑の表情を浮かべる。ボルガイルも、ルロエの質問の意味が分からない様子ながら、法術反撃の準備を始めようとする。しかし、ルロエの隙の無い視線に気付き、悔しそうに右手拳を握りしめた。


「ビデル大臣……困るなぁ、こんなのは……」


 ヴェディスは呆れ声でビデルを責めた。


「ふむ……。ルロエ……くん。君は一体、何を興奮してるんだね?」


 一応の配慮を必要と感じたのか、ビデルは「従者ルロエ」ではなく「ルエルフ種のルロエ」という立場を考慮した口調に直す。


「アツキくんやエルグレドくん……それにピュートくんを……彼らの命を、あんた達は何だと思ってるんだ!」


 ルロエの言葉に3人は首を傾げ、やがて合点がいったように笑みを浮かべた。その表情は、3者でありながら1様に同種の笑みだった。


「なんだ、そういうことか……」


 ボルガイルがうなずく。ヴェディスは落ち着いた声で教え諭すように語る。


「ユーゴの遺志・初代エグデン王の願いはね、死者を再生し、生者を死さぬ者へと造り変えるという、非常に難易度の高い魔法術なのだよ。1000年かかってもまだ仮説段階でしかないその魔法術を、もしかするとこの時代に完成できるかも知れないのだよ。3体もの研究体が揃えばね」


「つまり……」


 ビデルも微笑みながらルロエに説明を続けた。


「君たちの村のように『流れる時間の調整』を施す必要無く、全ての種族、全ての命が、同じ時の中を永遠に共存する世界を創り出す事が出来る、ということなんだよ。アツキくん達の協力によってね。理解してもらえるね?」


 ルロエは3人の顔を見比べる。相変わらず、嘲笑にも似た笑みを浮かべての「高説顔」に、ルロエは首を横に振りながら溜息を吐く。


「……湖神様がルエルフ村を造られた気持ちが、何となく分かるよ……」


 3人はルロエから発せられた言葉に、同時に首を傾げた。


 この人達は……


「世の ことわりを捻じ曲げれば、大きな ひずみが生じるってことくらい分からないのか? あんた達に世界を語る資格は無いよ」


「何だと!」


 ヴェディスが表情を変え、怒りの声を発する。ボルガイルは右手に法力を溜めルロエに向け攻撃魔法姿勢をとろうと動いたが、その肩に棒弓銃の矢が突き立つ。


「グッ……」


「動くな!」


 ビデルとヴェディスが呆気にとられてその攻撃を確認する間に、ルロエは瞬時に次の矢を装填した。


「あんた達にあの子らを任せるワケにはいかない」


「……どうする気だ?」


 決意を込めたルロエの目を見ながらビデルが尋ねる。


「君の身を預かる者として、私は敬意を示してきたつもりだが……その私を殺すのかね? エルフ族協議会から、再び追われることにもなるぞ? これは、タグアの裁判所の裁定に反する犯罪行為だぞ!」


「黙れ……」


 ルロエは警戒の姿勢を緩めず静かに、そして力強く語る。


「あんた達のやってる事は命を もてあそぶ狂気だ。それだけじゃない。そのために侵して来た禁忌は、この世界に生きる全ての者に対する大罪……反逆行為だ。裁かれるべきは、あんた達だ!」


 ヴェディスが声を洩らし失笑する。ルロエは棒弓銃をヴェディスに向けた。


「くっくっく……。なんだね、君は? やはり、湖神が造った隔絶社会の田舎者だな。私達が『裁かれる』だと? 裁きの基準は『法』だ! そして、我が魔法院評議会こそがこの国の『立法者』なのだよ? 立法者を裁く法など、この国には存在しないのだ! 愚か者が!」


 ピィーーー!


 3人と対峙しているルロエの耳に、突然、何の前触れも無く甲高い警笛音が飛び込んで来た。思わず視線を音源方向へ向けた次の瞬間、右手に焼ける様な痛みを感じ、棒弓銃を落としてしまう。


「動くな!」


 視線を戻すと、ヴェディスの右腕が真っ直ぐルロエの顔面に向けられていた。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「何っ?!」


 遠くから近くから鳴り響く警笛音に驚くエシャー達3人は、辺りを見回した。


「この警笛は……」


「嘘だろ?! 早過ぎるぞ!」


 ベイラーは「信じられない」とでも言うように目を丸くし、コートラスは懐中時計を取り出して時間を見る。


「ねぇ! この音は何なの?!」


 コートラスとベイラーが、この警笛の「意味」を知って慌てていることを感じたエシャーが苛立ちの声で尋ねる。


「非常事態周知連笛だよ……」


 ベイラーは、方々で鳴りやまない警笛に顔をキョロキョロさせながら答えた。


「本当なら今夜遅くに『鳴るはず』の音さ……。俺達の計画が動き出してからな……。くそッ! 何が始まったんだぁ?」


 コートラスは雑木林の切れ目に向かい歩み出す。エシャーとベイラーもその後に続いた。しばらく進み、木々の隙間から遠方が見通せるようになった時、エシャーは空に浮かぶ何かに気付いた。


「あ……あれ……ほら! お城の上!」


 エシャーが指さす方角……湖水島の上空に黄色とピンクの2本の煙が見える。それはまるで、夕日に照らされる2本の柱のように立ち上っていた。

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