第245話 被害者と加害者
「えっ……あの男の人が……ですか?」
篤樹はエルグレドの言葉に驚き、尋ね返した。スレヤーは壁に背をつけて腕を組んだまま話を聞いている。ベッドのへりに腰かけているレイラは、口元に薄っすらと笑みを浮かべ、目を閉じた普段と変わらない表情のまま動かない。
「恐らく……いえ、状況的にはほぼ確実でしょう……」
いつものミーティング時と変わらない、落ち着いた声のトーンでエルグレドは続ける。
「サレンキーは……『今の私の人生』で出会った大切な友人の1人です。ですから……レイラさんにお願いしました」
落ち着いた声だが、その中に潜む言い様の無い負の感情に圧され、篤樹は息を飲んだ。
「……じゃあ、俺らが大将と一緒に晩餐会に出るって予定には、変更は無しですね?」
しばらくの間を置き、スレヤーが確認する。
「はい。……と言っても、私は少し早めにルメロフ王からの招待を受けていますから、お2人には6時頃に王の従者が迎えに来るはずです。王城の祝会場でも席は別に設けられるはずです。事が予定通りに起こった場合、私が王の護衛に付きますから、アツキくんとスレイはミラ様達に付いて下さい。レイラさんには、グラバ従王妃達とメルサ正王妃達の動向を探っていただき、計画に支障が生じそうな動きがあればすぐに知らせていただきたいんです」
篤樹とスレヤーは無言でうなずく。レイラはここで目を開き、右手の人差し指を挙げて口を開いた。
「今日の流れは了解よ。でも、動き出す前に答えていただきたいことがありますの」
「……なんですか? レイラさん」
エルグレドは少し首を傾げて聞き返す。
「あなたとルメロフ王の『本当の関係』……。それと、今現在あなたが把握しているグラバ従王妃の状況……何か得てるのでしょう? 情報を」
「ああ……」
エルグレドは笑顔を向ける。
「すみません。ルメロフ王との関係は、まだ詳しくお話していませんでしたね。彼と初めて会ったのは、彼がまだ10才前後……サラディナ様が3才位の頃です」
「「「はぁ?!」」」
思いがけない説明の始まりに、呆気にとられた3人の声が重なった。エルグレドは楽しそうに笑いながら続ける。
「今から20年ほど前です。その頃は、まだ前王が御健在でした。私はハルミラル……ハルカさんの心意を転送したハルミラルの身体を奪還した後、この国の成り立ちや制度について調べを進めていました。当然、王室の状況についても探っている中、壁外北部の森で前サルカス系従王妃サティー様と2人のお子様に出会いました。王の狩場から迷い出てしまわれていたんです」
「それって……」
篤樹が尋ねようとした声にスレヤーの声が重なる。
「ルメロフ王とサラディナ従王妃を連れた母親……サティー王妃と20年前に会ったって事っすよね?」
「はい」
「それで?」
レイラが話の続きを促す。
「本当にたまたまでした。私は、王とその一行を探っていただけでしたから。森の中でサーガに襲われていた母子らを助け、それが従王妃と王子・王女だと知った瞬間は『まさか?!』と思いましたよ。サティー様は……そんな偶然出会った不審な男を……まあ何と言いますか……『信頼』して下さり、色々なお話を聞かせて下さいました」
エルグレドの含みのある言い回しに、レイラはニヤリと笑みを浮かべて身を乗り出した。エルグレドは慌てて、話が逸れないように説明を続ける。
「その時に!……ですね……サティー様からお願いされたんです。『この子達の将来に、力を貸してあげて欲しい。助けてあげて欲しい』と」
「従王妃から『お願い』されるまでのやり取りについては、今度ゆっくりお聞かせ願いますわ。で? お願いの理由は?」
レイラの呼び水を受けエルグレドはうなずき、話を続けた。
「王室に誕生する王子・王女の中には、かなり高確率で心身に何らかの変調を持つ者が代々生まれています。魔法院評議会の研究では、その原因は『血が近い者同士』の結婚が繰り返されているからだ、と有りました。そして、評議会は……次期国王選出の際にはそのような『心身に変調が強くある者』から選んでいると……。それだけでなく、正従問わず、あえて『王との血が近い者』から優先的に王妃を選ぶ、ということも分かりました」
「近親婚の禁忌をあえて破らせ続けていたわけね……。『変調者』を産ませるために……さすが『実験室』ですわね!」
レイラが吐き捨てるように呟く。
「……サティー様は……年齢以上の幼さが残る『王子』を抱き寄せて言われました。『次の国王は、きっとこの子が選ばれる』と」
あっ……
篤樹は「年齢以上の幼さ」と表現されたルメロフの言動が頭に浮かんだ。
数百年間繰り返された「実験」の中で……あの王様は「産み出された」のか……。それなのに……「馬鹿」だなんて……
エルグレドは篤樹の表情から
「歴代のエグデン国王は皆、同じように心身に変調・不調を持つ者が選ばれてきました。王室に仕える者達にとって『尊敬に値しない王』を据えることで、評議会はこの歪な体制を保ち続けて来たのです。しかし、そのように立てられた王達の多くは、純真な心を持つ幼子のような方々であったと私は考えています。そんな彼らを利用して来た者達こそ……言葉は悪いですが『真性の馬鹿』と呼ばれるべきでしょう」
スレヤーが何かを思いついたように口を開く。
「……3年前に前王が崩御しなすって、すぐにルメロフが……と……現王が選ばれましたよねぇ? そん時にゃ、大将はもう法歴省の職員になってたんでしょ? 一体どこに接点が……」
「ええ。1職員の立場で王室主催行事の警備にあたっていた時に、サラディナ様と再会したんです。まだ従王妃となられる直前でした。驚いたことに彼女は……森の中で出会った私のことをどうやら覚えておられたんです。もちろん私は否定しましたが……彼女は確信をもっていました。『母との約束を果たして欲しい』と、何度も強く迫られ……私は『その件は存じませんが、あなたとの約束としてお受けします』と答えました。彼女自身……ルメロフ王を守り助けるために、その後、異例とも言える実妹従王妃の道を選ばれたんです」
「3つ
スレヤーは苦笑を浮かべた。
「私はサラディナ様の手引きで、ルメロフ王との個人的な接触の場を設けられまして……話し相手やゲーム相手として度々お忍びで交流する機会が与えられました。私自身、王室内の情報を得る良い機会だとも思って……利用していたんです。ルメロフ王は……サラディナ様のようには私を覚えてはおられない様子でしたが、なぜか初謁見の時から非常に親しくして下さり……あのように信頼を寄せて下さるにいたっています」
「でも、王子・王女の全部が全部『不調者』ってワケでは無いのよね?」
レイラが確認するように尋ねると、エルグレドはうなずいた。
「ゼブルン王子もフロカさんも、サラディナ様も……むしろ優れた能力を持つ王子・王女のほうが確実に多くお生まれになってます。ただ、一般的な自然の婚姻関係と比べると、高比率で『不調者』が誕生するのも事実です。調べ得る限りの情報を
「んで『まとも』な王子は排除され続けて来た……って事ですか……」
エルグレドの情報に、スレヤーが呆れた声で確認する。
「何をもって『まとも』と言えるかは別として、スレイの言う通りの選別こそが『王室男子降民制度』として守られ続けて来た忌まわしい制度、というわけです」
エルグレドは奥歯を噛みしめるように苦々しい表情を浮かべて応えた。
「グラバさんも……」
自分が発した言葉に、3人がサッ! と反応したため、思わず篤樹は言葉を切ってしまう。しかし雰囲気的に「続けて」と促されていると感じ、質問を続ける。
「あの……グラバさんも……その『不調者』……って言うんですか? その……少し『特殊』な雰囲気を感じたんですけど……」
最初の日に謁見宮で見た仕草や時々見かける様子から、篤樹はグラバに対して「少し変わった人かな?」という印象をもっていた。エルグレドはジッと篤樹を見ているが、それは篤樹に対しての仕草ではなく、自分自身の中にある情報を整理するための時間のようだった。言葉がまとまると、エルグレドは口を開く。
「確かに、生来からその気質は有ったようです。しかし……今のような状態になられたのはサラディナ様が亡くなられた後……いえ……彼女が『サラディナ様を殺害された後』からです」
思いがけない「情報」に篤樹とスレヤーは言葉を失ったが、レイラは想定内の話だったようで表情は穏やかなままだ。
「サラディナ様が亡くなられた夜……従王妃宮に詰めていた侍女や従者、衛兵達は全て中途解雇になりました。その全員が、ひと月も経たない内に不審な死を遂げています。ですから、第1次証人は生き残ってはいませんが……その日、休養日だった侍女の1人がある程度の情報を持っていたそうです。グラバ様が深夜に御忍びでサラディナ様の居所を訪れ……いさかいが起こり、階上からサラディナ様を突き落とした……と」
「感情の起伏が異常に激しいお人でしたわね、グラバ従王妃は」
エルグレドの説明を肯定するように、レイラが口を開いた。
「殿方に対する嫌悪的な恐怖心も激しい方だったとか……」
「はい……」
レイラの言葉を受け、エルグレドは続ける。
「生来の気質と、従王妃とされるための歪な教育……グラバ様の心の不調は、召宮の儀を経てさらに酷くなっていました。そんな姿を間近に見ていたサラディナ様は彼女を放ってはおけなかったのでしょう。同じ従王妃という立場に在って、親しい姉妹のように……見る者によっては『恋人同士』のように、お2人は親密な関係を築いていたそうです。でも……グラバ様の想いとサラディナ様の思いには、大きな違いが有ったようですね」
エルグレドは溜息のようなひと呼吸を置き、言葉を続けた。
「突発的な事故だった……とは思いますが……グラバ様は王室内で唯一の理解者であるサラディナ様を、自分の手で
「彼女自身も王制の被害者……。でも、加害者ともなってしまった……」
レイラが情報の結びに所感を述べると、篤樹は言い様の無い虚無感を覚る。
苦しみから逃れようともがいて……他の人を苦しめてしまったグラバさん……。でも……悪いのは……
「あのおかしな法術士共がガンですね!」
スレヤーも篤樹と同じ思いなのか、怒りの籠った声を上げた。
「全ての片がついたら……」
エルグレドは自分の内に在る、友の死に対する哀しみと怒りを抑え、静かに語る。
「グラバ様にも、あの従者達にも……受けるべき報いは受けていただきましょう。『彼ら』も、そのつもりのようですから……」
「『彼ら』?」
「情報提供者よ。ね? 隊長さん」
キョトンと聞き返した篤樹達の声にレイラが応え、エルグレドにウインクを見せた。
「はい。ミゾベさん達のグループ……ゼブルン王子を支援している情報屋組織の方々です」
「ミゾベ……って……」
篤樹とスレヤーは話の流れが掴めずに、エルグレドとレイラの顔を見比べた。
「グラバ様の情報は、昨日、ミゾベさんから入手したんですよ」
エルグレドは満面の笑みを浮かべ、困惑顔の篤樹とスレヤーに答えた。
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