第246話 情報収集
サレンキーがいない……
マミヤは王城内の内調詰所に戻り、事態の異常性を認識し始めていた。
逃亡犯ミゾベの行方を探るため、壁内街区を可能な限り捜索して来た。日中はどこかに隠れ潜んでいる可能性もあるため、出歩く可能性が高い夜間も捜索を続けたがやはり無駄足に終わった。
定時報告のため朝になって湖水島へ戻って来たが、約束していた場所にサレンキーの姿は現れなかった。しばらく待った後、グラバ従王妃宮「監視」のために動けないのかも知れないと考え、基本監視場に決めた王城2階一画に向かったが、そこにもサレンキーの姿は無かった。
残存法力を探ったが、気配は何も残されていない。少なくとも半日以上、サレンキーはこの場には居なかったのだと分かる。
監視場所を変えた?
顔見知りの王城警衛隊や城内勤務職員らに、それとなくサレンキーの所在を尋ねたて回ったが、やはり王城2階バルコニーで「退屈そうに座っていた姿」の目撃情報までしか得ることは出来なかった。それも昨日の昼過ぎまでの情報……
午後に何か動きがあった?
自分達の「隊」にあてがわれていた薄暗い詰所の中で、マミヤは高鳴る不安を必死に抑え込みながら情報を整理する。
エルグレドなら何かを知っているかもと思いミラ従王妃宮にも足を運んだが、応対した侍女から「すでに王宮で待機中」と告げられた。さすがにルメロフと対談中のエルグレドを呼び出すわけにもいかず、王城内で単独捜索を続けたのだが……手掛かりはゼロだ。
あとは……やっぱり地下よね……
城内で、普段出入している場所は粗方捜し終えている。だが、地下に関してだけはまだ立ち入れていない。いつもなら、ほぼ誰にも会うことも無く降りることが出来たのだが、今日は全ての階段に警衛隊が複数人で張り付いていた。
ミラ従王妃の「召宮の儀」に先立つ宴が催されるため、厳重警戒を敷いているものと理解していたが、思えば兵達の表情はかなり警戒心を高めた厳しいものであった。臨戦態勢の緊張感さえ感じ取ったマミヤは、地下の捜索を1度は諦めていた。
でも……
意を決したようにうなずくと、マミヤは詰所の扉を開き廊下へ出た。王城1階3ヶ所に地下への階段は設けられている。マミヤは一番近い東側の階段に向かう。先頃と変わらず、ここには3人の警衛隊が監視の目を光らせている。
「内調のマミヤです。部隊長のサレンキーを捜しに地階に降りたいのですが……」
衛兵らは近寄るマミヤに対し、一斉に嫌疑の視線を向けた。
「昨夕から、地階への立入りは魔法院評議会から許可を得た者以外、全て禁止されている。許可証は?」
「……有りません」
「ならば許可をもらってから出直せ」
取り付く島も無い兵士らの対応に、マミヤはますます嫌な予感が働いた。
「何か有ったのですか?」
マミヤからの問いに対し、兵士らは無言で嫌疑の目を向け続ける。
「昨朝から今朝まで、調査業務で島を出ていましたので事情が分からず……」
正直に状況を説明することで、不要な嫌疑を払拭しようと試みた。事情は察してくれた様子だが、兵士らはやはり無言の圧を貫く。マミヤは仕方なく一礼すると向きを変え、その場を後にする。
かなり厳重な規制がかけられているみたいね……この1日の間に何があったのかしら?……サレンキーの行方と何か関係が? とにかく、情報を集めないと……
内ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。午後4時過ぎ―――。マミヤは王城の通用口から外へ出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王都研究所の出入口を見張っていたルロエは、建物内から魔法院評議会会長のヴェディスと内調のボルガイルが共に出て来る姿に気付いた。
「大臣!……出て来ましたよ」
草むらの陰で身を隠すように横たわり、持参していた本を開くビデルに声をかける。即座にビデルは身を起こし、ルロエの報告を自分の目で確認した。
「やはりここだったな……よし。行くぞ」
2人は立ち上がり服に付いている草葉を掃い落とすと、立ち止まって会話をしているヴェディスとボルガイルに近づいて行く。
「……予想とは少し違うが、やはり特殊な細胞のようで……」
ボルガイルの声を確認する距離まで近づいた所で、2人の気配にヴェディスが気付き振り返った。
「おやおや会長。それにボルガイル君も。奇遇だねぇ」
驚きの表情を見せるボルガイル達に、ビデルはにこやかに語りかける。
「な……ビデル……大臣……」
「つけて来たのか!」
ヴェディスの目が、驚きから怒りの色に変わる。しかしビデルは全く悪びれる様子も見せずさらに近づいて行く。
「そんな。滅相もございません。私はボルガイル君の所在が気になって捜していただけですよ。もっとも……ウラハ村の法術士視察に出られたはずの会長が、まさか壁内の研究所に立ち寄られているとは夢にも思いませんでしたが」
「見え透いた嘘を……」
ヴェディスはつなぐ言葉が見つからない。何より、ビデルの真意が分からない内は下手な騒ぎを起こすのも得策ではないと考えたのか、会話の主導権を放棄し観察に移る。
「私を捜していた? 何のために?」
ボルガイルが確認する。
「あの森の中で聞けなかった話を、ぜひ詳しく伺いたくてね。君の息子さん? あの法術士の件について、と……」
ビデルは答えながら視線をヴェディスに向ける。
「なぜ私の補佐官、エルグレドを君達が狙っていたのか? 訴状通りの『不審者拘束』だけではない雰囲気を感じたのでね……」
ヴェディスとボルガイルが視線を合わせたのを、ビデルもルロエも見逃さなかった。
「息子さんとエルグレドには何も接点は無いはずだが……それとも『ある』のかな? 大陸最強の法術士エルグレドと、異常な法力量を秘めている息子さんとの『共通点』が」
なるほど……私を同行させたのはこの「尋問」のためか……
ルロエはビデルの横に立ち、ボルガイルとヴェディスの目を交互に注意深く見つめる。「エルフの真偽鑑定眼」の実力を知っている2人は、ルロエの視線に怯えた色を見せた。
「……卑怯だぞ……『エルフの眼』で探るなんて……」
ヴェディスが唸るように抗議の声を発し、ビデルとルロエを交互に睨む。
参ったなぁ……。真偽鑑定はあまり得意では無いんだが……
ルロエは期待に応えられるかどうか心配になりつつも、とにかくこの「尋問」に付き合わざるを得ない雰囲気に従う。
「息子さんの身体の秘密については、当然、ヴェディス会長も御存じなのでしょうなぁ?」
ビデルの問いがヴェディスに向けられる。ルロエは視線をヴェディスに向けた。それだけでヴェディスは観念したように短く息を吐き出しうなずく。つい先日、エルフ族協議会会長ウラージから受けた恫喝の恐怖が脳裏に浮かんでいた。
「彼の出自について……」
ボルガイルに視線を移したビデルは、ゆっくりした口調で問いかける。
「説明してもらおうかな? ボルガイル君」
「……そんな義務は無いはずだ。私の所属は内調だから……」
「分かっているよ、そんなことは。元は法歴省と魔法院が作った組織とは言え、今は立派に独立した組織……という機構図だからね」
ビデルは意にも介さない調子で答える。
「正王妃に指揮権がある組織……という建前で、実際は魔法院評議会の指揮下に在る組織だってことは誰でも知っていることだ。王の指揮下にある我々法歴省とは、完全に流れが違うのだから、君が私に報告をする義務は当然、無い」
ボルガイルとヴェディスは、ビデルの狙いが読めないという感じに目配せを送り合う。
「だから……」
ビデルは楽しそうな笑みを浮かべ、そんな2人を交互に見比べて語る。
「職務権限として尋ねているのではないよ。私個人として、大変、興味のある情報なので、是非とも共有して欲しいとお願いをしているんだ」
その言葉を確認すると、ヴェディスの表情に余裕の笑みが浮かんだ。
「何を言ってるんだね、君は。文化法歴省大臣たる身でありながら、そんな、個人の好奇心を満たすために我々の特秘情報を知りたいなどと……」
「エルグレドの肉体は特別なものだったのでしょう? 死なない身体? いや、死して尚も再生する身体?」
ヴェディスの言葉を遮ったビデルの言葉に、ルロエを含めた3人が息を飲んだ。
「先日、エルグレドは確かに『死んでいた』そうだよ。それが数時間後には『中傷程度』と診断され、昨朝にはほぼ完治していた、と。君の息子もかなり異常な回復体だそうだが、エルグレドはさらにそれを凌駕している。君の眼から見ても、予想と違う、特殊な細胞なのだろ?」
ビデルの情報に、ボルガイルとヴェディスはどう応じるべきか悩む。
「それに……」
ビデルは「交渉成立」が間近であると察し、自分の持ち札をチラつかせるように畳みかけ、言葉をつなぐ。
「初代エグデン王が『チガセ』であったという事実を君たちは知っているかな? 私の管轄下に在るルエルフ村探索隊のメンバー『カガワアツキ』と、初代エグデン王との関係も、なかなかに興味深い情報なのだがねぇ……」
「……どういう……意味なんだね?」
真偽鑑定眼に自信の無いルロエでさえ容易に確信出来るくらい、ヴェディスはビデルの情報に食い付いている。ボルガイルも同様に、目の前の餌に食い付いた。
「……情報の出どころは?」
「
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