第242話 グラディーに憧れて

 エルグレドは真剣な表情で思案していた。


「まぁた隊長さんの脳内シミュレーションが始まったわね」


 レイラは笑顔のまま大袈裟な呆れ声をかける。その声に反応し、エルグレドは表情を緩めた。


「情報整理と善後策の思案を手抜きするわけにはいきませんからね。……そうですか……ミゾベさん達とミッツバンさんがつながってる理由が……『あの黒魔龍』だったとは……」


 再び眉間にシワを寄せ始めたエルグレドの意識を引き戻すように、レイラは会話を続けた。


「黒魔龍を思念体として飛ばしてるのはアッキーのドウキュウセイ……シバタ・カナって娘ね。その本体がグラディー抑留地内の地底深く、黒水晶内に生きている……恐らく守護者の本体も、そのそばにおられるんじゃなくって?……どうするおつもり?」


「レイラさんの御配慮通り……しばらくアツキくんには……」


 エルグレドの返答に、レイラは片眉を上げて首を傾げた。


「まだアツキくんにその情報は伏せておきましょう……ということです。レイラさんがこの情報をアツキくんの前で共有されなかったのは、そういうことなのでしょう?」


「あら? バレてましたの?……そうですわね……ただでさえ王都がこれだけ不穏な状況なのに、アッキーにこの件を話せばすぐにでも気持ちがグラディーの地底に向いてしまいそうですもの。動揺させないためにも、こちらの騒動が落ち着いてから教えてさし上げるのが良いと思いますわ」


 2人は互いの共通認識を確認すると笑顔を浮かべた。


「……さて……レイラさん。ちょっとお願いがあるんですが……」


 エルグレドは軽い口調でレイラに語りかけた。


「あら? 急に改まって、何かしら?」


「内密に『お散歩』に出かけたいので、うまく誤魔化しておいていただけますか?」


 悪戯っぽくウインクをして「お願い」するエルグレドを、レイラは固まった笑顔のままでしばらく見つめた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 クソッ! 何を考えてやがんだよ、あの馬鹿王様は!


 サレンキーは小さく舌打ちをして王城地下へ向かっていた。


 昨日の今日で、なんで宝物庫への立入りを許可しちまうんだ? やっぱ、情報通り、王妃方から嫌われたくないってぇヤツかよ……


 警衛隊のみならず、王城内の誰にも気取られないよう最大注意を払いつつ、気配を消して地下の宝物庫前石廊に並び立つ柱に身を隠すと、手にしていた警衛隊のマントを羽織る。一応の「変装」だ。呼吸を整える間、柱の陰から顔を覗かせ宝物庫前の様子を確認する。

 昨夜の「国宝窃盗未遂事件」の現場検証も昼前には終わり、午後イチには地下への立入り制限も解除されていた。今、この地階には誰もいない。


 ほどなくして、地下への階段を降りて来る複数人の足音が響いてきた。グラバ達よりも先回りが成功したことで、サレンキーはホッと胸を撫で下ろす。

 階段を降り切った複数の足音が石廊を歩いて来る。サレンキーは心の中で時間を計った。


……3・2・1……


 複数の足音は、サレンキーがイメージした通りのタイミングで、宝物庫扉前に止まる。すぐに扉が開かれる音が聞こえた。そのタイミングを見計らい、サレンキーは再び柱の陰から顔を覗かせ、直接来訪者達の視認を試みる。


 グラバ従王妃と従者5人か……全員、法術使いだな……


 扉が開き切るのを待つグラバ達の姿を確認し、すぐにサレンキーは柱の陰に顔を戻す。後は目を閉じていても、動きを法術でイメージ追跡出来る。


「あ、あ、あな、あなたた、たちは……こ、ここで……」


 グラバの声……2人を残し、3人を連れて宝物庫内へ……。待機の2人は……まあ、雑魚だな……。さて、従王妃さんは何を確認に入ったんだ?……まっすぐ奥へ? ん? ほう……「奥の間」に用事が? チッ!


 イメージ追跡法術の感度が急激に下がり、サレンキーは焦る。宝物庫の「奥の間」の存在は公的には秘密とされているが、内調部隊は当然の情報として把握していた。もちろん、内部に入ったことは無い。立場上「前の間」までしか入室する機会が無かったため、空間イメージがつかめなくなってしまった。


 今さら点数稼ぎをする気も無ぇけど……これじゃガキの使い以下だぜ。何とか中に潜り込めりゃ……ん?


 一旦「奥の間」に消えた従者の気配が「前の間」に戻って来た。


「おい! お前たちも中へ来い!」


 宝物庫内からの声に応じ、扉前で待機していた2名の従者も中へ入って行く。呼びに来た従者と、中に入った2名の従者が合流し「奥の間」に気配が消えていった。


 ラッキー! よし!


 サレンキーは柱の陰から出ると、足音を殺して宝物庫扉まで一気に移動した。中を覗くと物音ひとつしないことを確認し、スッと宝物庫内へ侵入する。イメージ追跡法術は静止態勢での集中が必要なため、もう切れてしまっていた。


 奥の間だったよな……何をやってやがんだ?


 嫌っているとはいえ、この数年間、内調の仕事にドップリと浸かって来た性から、この手の探り事には自然と身体が動く。足音を消して「奥の間」入口近くまで移動し、最奥の壁にポッカリ開かれた通路を確認した。すぐに近くの財宝棚裏に身を隠す。


 連中に気付かれない内に出無ぇとな……


 グラバ達よりも先に宝物庫を出ないと閉じ込められてしまう。サレンキーは、出来る事なら「奥の間」との通路にまで入りたかったが、慎重に判断して諦め、盗聴魔法だけを通路へ這わせ始めた。


 従王妃達が企んでる「何か」ってのまでが分かれば……多少は左遷の待遇も良くなるかもなぁ……。マミヤと暮らし始める軍資金くらいのボーナスは欲しいぜ……


 サレンキーの盗聴法術は通路壁を這い「奥の間」へ届く。


「……本当に上手く……」


「シッ!」


 最初に聞こえたのはグラバの不安そうな声……それを従者の1人が制した。しばらくの沈黙―――


「……さて、グラバさま。機は熟しました。迷いは御座いませぬな?」


 グラバの返事は聞こえないが、間違いなく「同意を示すうなずき」を見せているのだろうとサレンキーはイメージした。


 機は熟した? だから、何をやる気なのかを話せっつうの!


「やれっ!」


 奥の間の従者が大声で叫ぶ。盗聴魔法を使わなくても、通路から響き聞こえるほどの声量に、サレンキーは一瞬身をすくめた。


「おいっ!」


 突然、真後ろから何者かが掴んで来た。左手首と右肩を背後から押さえられたサレンキーは、固定されるより早く身を返し、右肘で束縛者の顔面を打撃する。

 束縛者は短く呻き声を上げ後ずさった。その時にはすでに、サレンキーは逃走の足を加速している。


 やっべぇ! 何だよ!「外待ち」がいたのか? 全っ然わかんなかったぜ!……顔は見られてないな? 服も変えてるし……大丈夫だろう!


「待てっ!」


「止まれっ!」


 背後から従者達の怒声が聞こえる。サレンキーは宝物棚の隙間を縫って出入扉へと一気に駆けていく。


 よしっ! 抜けられる!


 目の前に開け放たれている宝物庫扉……暗い廊下に庫内の光が台形に広がっている。


 下手打っちまったら、せっかくの門出が台無しになるとこだったぜ! 鈍足な連中で助かったな……


 台形に照らされた廊下の石床に足を踏み出す瞬間、サレンキーは違和感を感じた。


 鈍足?……いや……足音が……俺の駆け足分だけ? 追って来て……ない?


 廊下を右手に駆けていくため、身体の向きを変える動作のついでに、サレンキーは後方の「追っ手」を確認した。かなり後方に4人の従者、そのさらに背後にグラバと1人の従者の姿が見えた。


 なんで……ヤツラ……笑ってやがんだ?


 進行方向へ顔を向け直しつつ、グラバの従者達の表情に疑問を感じる。次の瞬間、暗いはずの石廊が真っ白に輝いた。一瞬だけ、背後からの圧力をサレンキーは全身に感じたが、目の前の光に意識が吸い込まれていく。


 真っ白な光は、突然、真昼の野丘を映し出した。あまりの眩しさに目を細める。丘の上には濃青の空が広がっている。


 あれ? なんだ? これ……。ああ……グラディーの空かぁ……あれ? 俺……いつ来たんだっけ?


 丘と空の境に立つ女性の姿にサレンキーは気付いた。


 ……マミヤ……そっか……俺を……待ってるのか……?


 サレンキーはマミヤの姿を見つめ、急いで駆け寄ろうとするが足が思うように動かない。マミヤはこちらに気付いていないのか、別の方向を ねた表情で見つめている。


 行くから……今……そこに……。必ず行くから……そこで待ってろよ……


 サレンキーが見つめるグラディーの丘と青い空は、再び真っ白な光に包まれ……唐突に全てが消えた―――



―・―・―・―・―・―・―



「おっとぉ!」


「うわ……凄いな……こりゃ……」


 宝物庫扉から たれたまばゆい閃光の伴う攻撃魔法が収まると、グラバの従者達は呆気にとられて呟いた。


「内調のヤツ……完全に消されましたねぇ……。さすが、『滅消』って言うだけのことはあるなぁ……」


 従者達は引きつった笑いを浮かべ、口々に感想を述べる。


 内調からの監視が始められた事は、すぐにグラバ達の耳にも届いていた。情報通りに監視者はたったの1人……「シャムルの邪剣」を宝物庫から持ち出すための作戦が早急に立てられた。


 剣だけを出入口から石廊に向けて投げても、法術の壁に跳ね返される。しかし「誰か」が所持している状態でなら外へ持ち出せることが分かった。だが、扉に施されている法術を解除しないまま「持ち出した者」に待つのは、扉の攻撃魔法による滅消という死……。手勢はもう、1人も減らしたくは無い。そんな折に訪れた絶好の適任者……。グラバたちはサレンキーを「持ち出し役」に選んだ。


 誘い込んだ内調の男の背に「シャムルの邪剣」を貼付け、計画通り庫外へ「持ち出させる」ことに成功したグラバ達は、宝物庫前の石廊に落ちている短剣と周囲に散らばる「わずかな灰」を見下ろした。


「……よし」


 1人の従者が懐から短剣を取り出す。それは「シャムルの邪剣」そっくりに模造された剣だった。従者は剣を入れ替えると立ち上がり、本物の「シャムルの邪剣」を懐に隠す。


「警衛隊が来ます……」


 従者の言葉と同時に、地階へ駆けて来る複数の足音が石廊に響く。


「グラバ様……一旦中へ……」


 従者達に促され、グラバは宝物庫内へ戻る。廊下に残った2人の従者は、駆け寄って来た警衛隊に向かい声を上げた。


「早く来い! また賊が出たぞ! 城内警備は一体どうなってるんだ!」

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