第241話 余裕

「どうすか隊長、体調は? なんつって!」


 扉を開いて元気よく部屋に入って来たスレヤー達を、窓辺に立っていたエルグレドは振り返り迎え入れた。


「おはようございます。まあ、ほぼ回復しましたよ」


「エルの傷口が開くくらいの冗談を言って欲しいものですわよ、スレイ」


 スレヤーを押し退け、レイラはエルグレドの近くまで歩み寄った。


「……まだ『いつか』ではなくって良かったですわね?」


 レイラがエルグレドに笑顔を向ける。いつまで続くのかは分からない「不死者」状態……今回はまだ「その時」では無かった事に一同は安堵の笑みを浮かべる。


「痛みはどうですか?」


 ベッドの横でスレヤーと並び立ち止まった篤樹が尋ねると、エルグレドは右手で左脇をさすりながら答えた。


「何とも言えない痛みがまだ内部に残っていますが……表面は大丈夫です。ユノンさんの止血のおかげで、再生も早く進んだようですね。ありがとうございました」


「んでも大将。マロイからも傷口見られてますから、あんまり元気な態度はとらないほうが良いですぜ? あの時点じゃ、まだ結構エグイ傷でしたからねぇ」


 スレヤーが心配そうに忠告する。


「そうですね。今日一日はまだ『傷病者』として部屋に籠っておくことにしましょう。ボルガイルさん達もお出かけされるみたいですし……」


 窓の外に視線を向けてエルグレドが答えると、レイラも外の様子を確認する。ちょうど眼下を、ベガーラが御する幌無し馬車が通過するタイミングだった。貨車に乗るボルガイルとピュートが顔を上げ、レイラと視線を合わせた。


「……いやらしい笑顔ですこと……」


「恐らく、私の体組織を入手し終わったんでしょう」


 レイラの横からエルグレドも視線をボルガイルに向ける。馬車は渡島橋に向かいゆっくりと進んで行った。


「……早速、研究所での調査研究に入る、という事でしょうね」


「あら? 中央研究所は大群行でサーガ共に破壊されたと言ってましたわよ」


 馬車を見送りながらエルグレドとレイラが推測を語り合う。


「王都壁内の研究施設を使うのではないかと。ある程度の器具も整ってますからね」


「マズくねぇですか?」


 篤樹とスレヤーも窓辺に寄って来た。


「さあ? 彼らがどんなアプローチで調べるのかにもよると思いますが……何せ、私自身も分かっていない身体の変化ですからね。どうなることでしょう?」


 エルグレドは大して気にもしない軽い口調で応えると、思い出したように篤樹に尋ねた。


「ところでアイリさんは?」


「あっ……大丈夫でした! さっきチロルさんと一緒にお見舞いに行って確認してみました。やっぱり自分に術がかけられてたことも、エルグレドさんに攻撃をしたことも、何にも気づいてなかったです。言われた通り、扉の強力な魔法の影響で、近くに居たアイリの法力が大量に奪われたみたいだって伝えときました。エルグレドさんの怪我も破片が当たったって説明で納得してましたよ。……『お大事に』だそうです」


 篤樹は苦笑いを浮かべ、アイリからの伝言をエルグレドに伝えた。


「ユノンちゃんがなぁ……」


 付け足すようにスレヤーも口を開く。


「死体状態の大将を見てましたからねぇ……。大将が本当に生きてるのかって、かなり疑ってましたよ。ま、ミラ様が『ユノンの治癒魔法のおかげね』とかって、かなり褒めちぎってくれたおかげで、一応納得はしてくれてはいますが……」


「そうですか……。まあ、彼女には申し訳ありませんが、しばらくはそのままにしておきましょう。さすがにミラ従王妃にも、まだ全てをお話するわけにもいきませんし……」


 苦笑しながらエルグレドが言うと、レイラも補足を入れる。


「その従王妃が、アイリには『事が始まる直前』に計画を伝えるそうよ。彼女は『演技』に難があるそうだから」


「そうですか。万が一の場合、彼女の高度な治癒魔法はかなり重要ですからね……。確かに、『演技力』には問題がありそうですけど」


 エルグレドとレイラはチラッと篤樹に視線を向けた。その視線の意味を理解していない篤樹は曖昧にうなずく。


「とにかく……」


 窓辺を離れて部屋中央に歩きながら、エルグレドは言葉を続けた。


「明日の夜、エシャーさんとゼブルン王子を連れた反体制組織の方々がやって来られるまで、私達はミラ様の身を安全に守る……という務めを負う事になったワケです。想定外の騒乱に巻き込まれることになりますが……とにかく、この 禅譲作戦ぜんじょうさくせんが上手くいけば、この国はようやく真の国家として歩み出せるのだと私も期待しています」


 篤樹はエルグレドの瞳に浮かぶ希望の光に胸が高鳴った。


 江口と磯野が築いたこの国の歴史の中、 翻弄ほんろうされ続けて来たエルグレドさんたち王室の人々……。作られた平和の裏で、犠牲とされ続けて来た人たちが、自分たちの手で真の平和を築こうとしている。この人たちと一緒に「戦う」なんて……何だかまだ現実感が無いなぁ……


「んじゃ、アッキー! 行くべ!」


 突然スレヤーから背中を押され、篤樹はよろめいた。


「痛ッ……ちょ……何ですか!」


「訓練に決まってんだろ? お前ぇがどう『戦う』のかはお前ぇ次第だけどよ、戦い方の選択肢を広げるにゃ、訓練、訓練、また訓練さ! みっちり叩き込んでやるから、しっかり覚えろよ!」


 スレヤーに引きずられるように部屋を出ていく篤樹を見送り、レイラは温かな笑みを浮かべた。


「赤犬が仔犬を咥えて行くようで微笑ましいですわ」


「スレイに任せておけば、アツキくんの剣術力もかなり上がるでしょうね。確かに彼の足腰の強さがあれば、剣術も体術も、すぐに習得出来るでしょう」


 エルグレドの顔からフッと笑みが消える。


「場合によっては、アツキくんには1人でタクヤの塔を目指してもらわなければなりませんからね……」


「あら? あなたにしては随分と楽観的だと思ってましたけど、それなりにリスク分析はされていたのね?」


 レイラが冗談めかして応じる。


「大胆な上に穴だらけの計画です。『平和裏』に事が運ぶ確率は全くありません。下手をすれば、関与した者全てが反逆者として捕らえられ……いえ、殺される確率のほうが圧倒的に高いでしょう。ギリギリまで見極めた後……失敗が濃厚な時には、私以外の皆さんにはこの計画から離脱していただきます」


 エルグレドの真剣な瞳を受けても尚、レイラは余裕の笑みを浮かべていた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 さてさて……


 サレンキーは王城2階の窓からグラバ従王妃宮を見下ろしていた。


 リスクレベルは低いとは言え、監視対象が従王妃様ってのはさすがに緊張するねぇ。ま、内調最後の仕事だし、しっかり役目は果たしますけどねぇ。


 グラバの「元」従者たちが起こした宝物窃盗未遂事件については、昨日の内にサレンキー達の耳にも入っていた。ただ、エルグレドの容態に関しては情報が 錯綜さくそうし、初めは「意識不明の重体」と聞いたためにマミヤと共にかなりの動揺を覚えたが、すぐに「中傷程度で意識有り」「軽傷で治療中」との情報が入り始め、結局は「中程度の傷を負ったが、治癒魔法処置も上手くいったので1日で治る」との確定情報に変わった。


 なぁにをやってんだか、あの馬鹿は。「飛散物」くらい避けられるだろうによ。ま、人質を保護する体勢だったから仕方無ぇんだろうけど……


 湖水島内施設は、一部の部屋を除き全て封魔法コーティングが施されている。侵入者対策や有事への備えとして導入されているのだが、内調や文化法歴省、魔法院評議会だけでなく、ほとんどの法術士が「解除原理」を現在は把握しており、島内は法術フリーの状態となっていた。但し、それぞれの施設の法術士が個別に施している封魔法については解除原理を「盗み取る」必要がある。


 クソッ! ミラ従王妃宮の封魔法は誰がかけやがったんだ? マミヤでも解けねぇなんてよ……


 昨夜、エルグレドの様子を確認しようと思ったが、ミラ従王妃宮には盗聴魔法を忍び込ませる事が出来なかった。


 それに引き替えグラバ宮ときたら……良いねぇ……解きやすくって……


 サレンキーはグラバ宮数ヶ所に仕込んだ盗聴魔法の音声を巧みに聞き分けながら様子を探る。マミヤには「逃亡者ミゾベ」の捜索任務が与えられたため、しばらく別行動となったが、それも数日間の期限付きだ。王都壁内での捜索を終えれば、あとはサレンキー共々に引継ぎを済ませ、グラディー抑留地制限線監視任務への「左遷」も正式に決まっている。


 ミラ従王妃の召宮の儀が終わるまで、いらん動きはせんで下さいよぉ、グラバ従王妃さんよぉ……


 王都上空の薄水色の空を見上げ、サレンキーはニヤニヤしながら盗聴魔法を続けた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 王都特別研究所は、壁内南門そばに在る中央軍部基地に隣接して建てられている。外部警備こそ軍部が担当しているが、魔法院評議会が管轄する特別施設となっており、内調隊であっても自由に出入りすることは許されていない。


「ボルガイル主任! どうされましたか?」


 研究所の入口に止まった馬車を怪しみ、研究所「内部」の警備員数名が近づいて来たが、訪れた人物を識別すると驚きの声を上げた。


「おいおい、もう『主任』はやめてくれないか?」


「あ……はい……ですが……」


 警備員たちはバツが悪そうに苦笑いを浮かべる。


「まあ、そう呼んでくれる者がまだいてくれるってのは、正直、嬉しくはあるがね」


 ボルガイルは馬車の荷台から下りると、笑顔で警備員に話しかける。その間にピュートも荷台から飛び降り、建物を見定めるようにゆっくり首を動かした。


「所長は居るかね?」


 警備兵から再度尋ねられる前に、ボルガイルは用件を伝える。すぐに1名が施設内に駆けて行った。

 残った3名の警備員は御者台に座るベガーラと、まだ建物を見上げているピュートに視線を向ける。


「……この子が?」


 警備員のリーダーらしき男がつぶやくように尋ねた。ボルガイルはその問いを聞くとニヤリと口角を上げる。


「自分の職務を超える詮索は命にかかわる場合もあるのだよ? 覚えておくと良い」


 静かに浴びせられたボルガイルの言葉に、3名の警備員はハッとしてピュートから視線をはずした。


「やあ、ボルガイル! 急にどうしたんだ? 古巣が懐かしくなったか?」


 先ほど施設に駆け込んでいった警備員を伴い、ボルガイルと同年代の男性が、真っ白なローブを着てやって来た。


「よう、しばらくだな。実は折り入っての相談があってな。ちょっと良いか?」


 ボルガイルは男を先導するようにその場から少し離れて行った。4名の警備員たちは、一応、職務に従って馬車のベガーラと、目の前に立つピュートを警戒している。


「……仕方ないな……許可しよう」


 話がまとまったのか、所長は先ほどまでの朗らかな笑顔から打って変わって険しい表情で振り返りピュートを見る。対照的にボルガイルは先ほどよりもさらに余裕の笑みを浮かべていた。


「ベガーラ! お前は一旦戻って待機だ。明後日の朝に迎えに来てくれ!」


 事前に打ち合わせが出来ていたのであろうベガーラは、ボルガイルからの指示に軽く左手を上げて了解を示し、そのまま馬車を動かして行った。


「ピュート、中に入るぞ」


 ボルガイルは所長と並び、施設入口へ歩き出しながらピュートを呼ぶ。


「……弱いな。この『家』……」


 警備員の横を通り抜けながら、ピュートはポツリと呟いた。

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