第240話 希望をこの手に

 エルグレドが使用しているミラ従王妃宮の来賓室―――エシャーを除く探索隊4名は、ミラとチロルから語られる「計画」に黙って耳を傾けた。


「なるほど……」


 計画の全容を把握したエルグレドが口を開く。


「ゼブルン王子が存命であったというのは驚きました。…… 禅譲計画ぜんじょうけいかく……ですか……」


「なんですか?『ぜんじょう』って……」


 篤樹はエルグレドの口元に注意を向けていたが、言語適応魔法で翻訳された言葉の意味自体が分からず、隣に立つスレヤーに小声で尋ねた。スレヤーが答える前に、レイラが説明を加えてくれる。


「簡単に言えば、現王は存命中だけど別の人間に自分の王位を譲る……ってことよ。この場合、ルメロフが自分の王位をゼブルンに譲る、っていうこと」


「彼はルメロフを憎んでいるワケでは無いから……」


 ミラが補足する。


「メルサ達はルメロフとヴェディスを……国王と魔法院評議会会長というこの国の主権者達を暗殺し、混乱の中で女王制を確立して実権を握ろうとしている。でもそれでは国中が大混乱に陥ってしまうわ。私達は平和裏に……本来、王となるべき器のゼブルンを王位に就け、魔法院評議会の 傀儡くぐつでは無い王制を確立させ、 いびつな支配を終わらせたいの!」


「……大きな『変革の戦い』に、犠牲の伴わない平和な方法なんかありませんよ、ミラ従王妃」


 エルグレドは丁寧で優しい口調ながら、ミラの「宣言」に釘を刺す。ミラは一瞬、挑むような視線をエルグレドに向けたが、なお穏やかに見返す視線に反論の言葉を飲み込み、代わりにひと息を吐き出し笑みを浮かべた。


「そうね……誰一人犠牲を出すことなく、事が終わるはずは無いわね」


 スレヤーがその言葉を引き取る。


「1000年の歴史……ユーゴの遺志とエグデン王の野望を終わらせようってぇ戦いですからねぇ。魔法院評議会の連中だけじゃなく、ジン達ともやりあう事になる……犠牲者が出ねぇはずは無ぇですよ」


 篤樹はスレヤーの言葉に胸が痛んだ。


 そうだ……ユーゴの遺志……磯野と江口が、この「歪んだ国家体制」を築き上げたんだ……。不老不死だとか死者の再生だとか、馬鹿みたいな夢を描いて……この「大きな実験室」を魔法院評議会に委ねてしまったんだ……。でも、アイツらもこんなのは望んでいなかったはずだ。エルグレドさんや、ミラさんや、王族の人達が……国中が魔法院評議会の「モルモット」にされる国なんて……


『……お願い!「この世界」を終わらせて!』


 あの時、磯野は確かに俺にそう言った。江口も……戦え、と……。アイツらの散らかした「この国」の大片付けか……。友だちの頼みだ……聞いてやるよ!


「なぁに? 駆け出し剣士さんはヤル気満々なのぉ?」


 レイラの声で篤樹はハッと視線を動かす。全員の目が篤樹に向けられていた。


「えっ……いや……そんな……ヤル気だなんて……」


きつけないであげて下さいよ、レイラさん」


 返答に困る篤樹を笑顔で見つめながら、エルグレドが かばう。


「あら? だってなかなかの男前だったわよぉ。今のアッキーの表情」


「ま、俺がマンツーマンで指導してやってますからねぇ!」


 レイラの言葉になぜかスレヤーが気を良くすると、篤樹の肩に自分の腕を回して抱き寄せた。


「足腰が強ぇだけあって、剣さばきもサマになって来ましたしね! 3士級程度の剣士辺りなら圧倒出来ますよ! 実戦で経験積みゃあ、良い剣士になりますぜ!」


「スレイ……」


 エルグレドは苦笑しながら首を横に振ってスレヤーの弁を止めさせた。


「アツキくんが『この世界』でどう生きるのか……我々が決めるべきではありませんよ」


「あ……いや……。まあ……そんくらい上達してるってぇこった! な? アッキー」


 スレヤーはバツが悪そうにそう言うと、篤樹の肩から腕を解いて顔を向けた。篤樹は困ったように愛想笑いを浮かべてうなずく。タリッシュに打ち込んだ「突き」の感触が両手に甦える。模擬剣でさえ人命を奪いかかったあの一撃……江口の「記憶」の中で体験した「殺人」の感触……


「……僕も……やれるだけのことはやります。殺し合いとか……戦いとか……その場に立ってみないと何も分かりませんけど……この国……江口達が作ったこの国が……みんなを苦しめる間違いを犯し続けているのなら……何とかして止めたいです」


「アツキくんの決意はよく分かりますよ。ただ、あなたにはあなたらしく戦っていただきたいと思ってるんです」


 篤樹の言葉に、エルグレドは笑顔で応えた。


「それと、ミラ従王妃も……」


「え?」


 エルグレドに名を呼ばれ、ミラは短く驚きの声を出す。


「魔法術を得ておられるとは存じませんでしたが……御使用は充分に自重されて下さい。無力であるほうが、身の安全を守る時も有ります。特に、貴女のお立場なら」


「あ……なるほどね。あの時はアイリにかけられている罠に気付いたものでしたから、ついうっかり策を……。環境のせいかしら……学んだワケでも無いけど感知魔法は昔から身に付いてるの」


 ミラは笑みを浮かべてエルグレドを真っ直ぐ見つめた。


「フロカとチロル、それにアイリが従者に付いてくれます。それに……あなた方も。でも、私も私の成し得る限りの力を注いで、この戦いに『勝利』するつもりよ」


 一同に視線をゆっくり巡らせたミラは、一呼吸置き続ける。


「無力を装い、延命の策を練るくらいなら、初めから変革など求めないわ!」


 覚悟を決めた美しい笑顔のミラに、エルグレドはしっかりと視線を合わせうなずいた。


「出過ぎたことを申し上げました。お赦し下さい」


 ミラが笑みを返したのを確認し、エルグレドは視線を窓の外の宵闇に移す。


「明後日の晩……ですか……」


 虚文主義のまま誰かに操られる世界が終わる……皆が力を合わせて……。ケパ様……希望の世界を手に入れる力を貸して下さい。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ボルガイルさん……内調がこんな夜ふけに何の御用ですか?」


 宝物庫扉前の「事件現場」を見張っていた特別警衛隊兵士3名は、突然訪れた内調ボルガイル隊の3名を怪しみ尋ねた。


「お疲れさん……まだ警備が必要なのかね?」


 ボルガイルは笑みを浮かべ、兵士たちを労い尋ね返す。


「ただの窃盗未遂で片は付いてると聞いたが?」


 横からベガーラも口を挟んだ。兵士達は互いに顔を見合わせる。


「最終調査を明朝行うので、その間の現場保全を命じられています。現場を荒らす者は『たとえ内調と言えど』取り押さえさせていただきますよ?」


 まだ20代前半と見られる若い兵士らが、腰の剣に右手を添えて忠告する。ボルガイルとベガーラは驚いたように目を見開き、互いに顔を見合わせ小馬鹿にしたような微笑を浮かべた。


「職務妨害です! ただちに立ち去って下さい!」


 明らかに気を悪くした兵士の1人が、強めの口調で警告する。


「君らも職務とは思うがね……私らも情報収集が仕事でねぇ。被害者がエルグレド補佐官と聞いたからには、調査をせんワケにはいかんのだよ」


 ボルガイルは笑みを浮かべたまま宝物庫扉に近付く。ベガーラも兵士らに一瞥をくれると宝物庫扉前まで移動する。


「ちょ……困ります! 勝手な真似をされると本当に……」


「宝剣は無事だったのかね?」


 兵士の苦情に重ね、ボルガイルは尋ねた。兵士達は抜剣寸前の態勢のまま返答に窮してしまう。


「盗難は免れたとは聞いたが、破損などは無かったのかね?」


「……はい。そう聞いています。評議会の法術士が検証を行い……再度術を施し元の場所へ保管したと……」


「投げたのはスレヤー伍長なんだろ?」


 兵士の返答を聞き、すぐにベガーラが尋ねる。


「ヤツにはお咎めは無いのか?」


「……私たちは警衛隊です。その辺りの話は……管轄外です」


 困惑顔の兵士達は、この2人の真意を測りかねていた。2人? 一緒にいたもう1人は……


「では戻るとするか?」


 ボルガイルは兵士達の背後に向かい声をかけた。3人の兵士が振り返ると、石廊端の壁際に屈んでいるピュートの姿に気付く。


「ちょ……ちょっと、君! そこで何を……」


 ピュートは立ち上がり、兵士に目を向けた。


「めまいがしたので休んでた。もう大丈夫だ。心配ない」


 呆然と見つめる兵士らに告げると、ピュートは石廊を歩き出す。


「では諸君、朝まではまだ長い。気を抜かずにしっかり務めを果たしなさい」


 ピュートの後にボルガイルが続く。


「な……ちょっと! 待って……」


 呼び止めようとする兵士を制するように、ベガーラが面前に立ちふさがる。


「現場を荒らすなと言うから俺達は調査を諦めて帰ることにした。引きとめるのなら、調査に協力してもらうぞ?」


 法術剣士である兵士3名は、ベガーラから発せられた言葉以上に、桁違いの法力量を感じ取り口をつぐんだ。


「どっちか選べ。少々荒らしても良いんなら、今からここでの調査をさせてもらおう。一切荒らされたくないのなら、俺達はもう部屋に戻る。どうする? 2人を呼び止めるか?」


「あ……いえ……」


 最前の兵士は左右後方の兵士達に振り返り判断を仰ぐ。


「あの……では……今夜来られた件は上に報告させていただきますが……」


「ああ、そうしてくれ。でも現場保全のために追い返したと言えば、お前らの隊長も褒めてくれるだろうよ」


 ベガーラが口の端に軽く笑みを浮かべると、兵士達も愛想笑いを浮かべた。


「まあ、明朝行われる調査報告書を後から見せてもらう事にするさ。ほんじゃな!」


 兵士達は困惑しながらも、とりあえず面倒が起こらずに済んだと安堵し、背を向け立ち去るベガーラを、今度は無言で見送った。



―・―・―・―・―・―



「……どのくらい採れた?」


 ボルガイルはピュートと肩を並べ歩みながら、待ち切れないという感じに尋ねる。


「このくらい……」


 ピュートは右手を開いて見せた。手には直径5cmほどの赤い球体が握られている。


「おお! 十分だ! これだけ有れば……」


 手渡された赤い球体を大事に両手で持つボルガイルの顔に、自然と満面の笑みが浮かんで来る。


「あの侍女の法質が良かったんだろ。これだけ時間経ってんのに、結構使える部分が残ってたよ」


 ピュートの言葉に、ボルガイルはただうなずいて応えた。


「使え無ぇ部分まで入れると、やっぱ補佐官、死んでんじゃ無ぇのか?」


 2人に追いついたベガーラが、会話に加わって来る。


「命に別条の無い、中程度の傷だったそうだ。有り得んな……ピュートの『仕込み』で飛ばされた部分は、この3~4倍は有ったはずだ。常人離れした異常な治癒力……その秘密こそ、兄達が研究していた『ユーゴの遺志』完成への希望のはずだ。取り返したぞ……」


 ボルガイルは赤い球体から視線を離さずに語る。それはベガーラへの応答としてではなく、まるで独り言のような口調だった。


 気味の悪いオッサンだ……


 だらしなく笑みを浮かべるボルガイルと、対照的に全く感情の読めないピュートの横顔を見比べながらベガーラは考える。


 この「父子」とのユニットもそろそろ潮時だな……次は「まともな部隊」を自分で指揮してみたいもんだぜ……

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