第239話 情報共有

「いや、ホントに……あと30分でも蘇生すんのが遅れてたら、大将の『遺体』は魔法院に持ってかれるとこでしたからねぇ。ギリギリセーフでしたよ」


 レイラの怒りが落ち着いた様子を確認し、スレヤーが感想を述べる。


「僕も部屋の扉を開ける時、マジでドキドキしましたよ! 王宮兵団の隊長さんが一緒だったし……」


 篤樹は現場での事情聴取を衛兵から受けた後、今度は王宮兵団のマロイという人物から再聴取を受けた。その時初めて、王宮兵団には4つの「隊」がある事を知った。


 ルメロフ王の護衛に当たる「王国剣士隊」、マロイが指揮する王城警備の「特別警衛隊」、ジンが隊長を務める「ジン・サロン剣士隊」は正王妃の護衛、そして、各従王妃を警護するのが「第4護衛隊」となっている。「隊」と名は付いているが、第4護衛隊には隊長は置かれておらず、他隊・他従王妃護衛兵との連携も無い。


 マロイはスレヤーやジンよりも少し年上……30代後半くらいなのだろうと篤樹は見たが、何よりもどことなく「めんどくさい先生」の雰囲気に苦手意識を覚えた。


「あちらさんはジンのトコと違って全員が法術剣士だからなぁ……。マロイがアッキーと一緒に部屋に入って来た時ぁ、俺も相当緊張したぜ!」


 事情聴取のために、マロイは篤樹と共にこの部屋へ入って来た。ベッドに横たわるエルグレドを見ると、その左手首を握って状態確認をする。その時に見せたスレヤーの引きつった強張り笑顔を思い出し、篤樹は吹き出しそうになる。


「ま、彼の治癒魔法も助けになって『驚くべき回復』を演出出来たのですから……結果オーライ、ということで……」


 再び「事態の 矮小化わいしょうか」を誘導しようとする言葉をエルグレドが飲み込んだのは、レイラの厳しい目に気付いたからにほかならない。篤樹は慌てて話題を切り替える。


「アイリはまだ意識が戻ってないそうです。エルグレドさん……どんな『意識の奪い方』をしたんですか?」


「それは……」


「それはね」


 エルグレドの回答を遮り、レイラが説明する。


「あのボウヤが仕込んでた攻撃魔法に、彼女の全法力が使われてしまったせいよ。アイリは治癒魔法の適性法術士でしょ? それなのに無理やり『強力な攻撃魔法発動』をさせられたものだから、内留法力を一気に全放出しちゃったの。法力枯渇状態ってこと。だから、エルが放った意識遮断魔法の影響はとっくに切れてるはずよ。ねぇ?」


 確認するようにレイラがエルグレドに視線を向けた。


「ええ。ですから、アイリさんの内留法力のバランスが整えば、すぐにでも意識は回復するはずです。それにしても……よほどの量を『放出』させられたんでしょうね。可哀想に……」


「奴らの狙いは大将の命……って事ですかい?」


 スレヤーの問いにエルグレドは首を横に振った。


「分かりません。彼らから殺意を抱かれるほど憎まれる覚えはありませんので。それに、命を狙うならこんな不確実な方法はとらないでしょう。いつ、私がアイリさんと身体接触するかは分からないですし、仕込みそのものも雑なものでしたからね」


 エルグレドは、篤樹が説明に理解が追いついていない雰囲気を感じ、改めて言い直す。


「アイリさんの右手が、私の身体に触れた瞬間に発動する……そんな攻撃魔法が仕込まれていたんですよ。生死は問わずの攻撃だったというワケです。ボルガイルさんの目的は……恐らく私の『体組織』を入手すること……彼は研究者ですからね」


「研究用の体組織を手に入れることが目的だった。……ところが彼女の内留法力量が思った以上に大きかったから、発動した魔法の威力もエルを殺しちゃうほどに大きくなった……ってことね」


 レイラの表情は完全にいつもの微笑顔に戻っている。


「いずれにせよ……助かりました。心からお礼を言います。レイラさんにも、御心配をおかけしました。以後、充分に気をつけます」


 エルグレドは改めて篤樹とスレヤーに感謝を述べ、レイラに詫びた。


「ホント、大将に何かあったら、俺ら全員バラバラになっちまいますからね。しっかり頼んますぜ!」


「なかなか悪くないチームなんだから、もう少し大切にして下さいね、隊長さん」


 スレヤーとレイラが、冗談混じりにエルグレドの言葉に応えた。


「ん? どしたよ、アッキー?」


 隣で考え込む表情の篤樹に気付いたスレヤーが尋ねる。


「あ……いや……エシャーから『お城で何をされたか、後で全部教えて』って言われてたんですけど……」


 篤樹の言葉に全員がハッとする。


「……この かんの情報は……誰かエシャーさんには?」


 エルグレドがスレヤーに尋ねる。


「え? いや……俺とアッキーは島から一歩も出て無ぇんで……」


「レイラさんはエシャーさんの姿を街で見かけたんですよね?」


 エルグレドはレイラに視線を向ける。


「チラッとだけですわ! 馬車移動中に、少しだけ……」


「ルロエさんは……」


 篤樹の呟きにレイラが答える。


「ビデル大臣に同行だから……学舎には行っていないはずよ」


 4人はしばらく沈黙した。やがて、エルグレドが口を開く。


「……私としたことが……裁判後すぐに手を打つべきでした! すぐにこちらへ合流出来るよう、ビデル大臣にお願いしましょう……」


 全員がエシャーに対する「申し訳無さ」を感じる中、エルグレドはベッドから起き出そうとした。


「クッ……」


 しかし、完治までは至っていない脇腹の激痛に顔をしかめ、倒れそうになる。レイラがサッと手を貸し、再びエルグレドをベッドへ押し戻した。


「もう遅い時間よ? それに、特別な身体と言っても痛みは普通にあるんでしょ? 怪我人はおとなしく寝ていて下さいな。今無理して動かなくても、異常な回復力なのだし……ビデル大臣には明日の朝一番にでもお願いされれば同じことですわ」


「悪ぃことしちまったなぁ、エシャーには……」


 スレヤーが全員の気持ちを代弁するように呟く。


「では明朝すぐに……」


 エルグレドが口を開いたタイミングで、部屋のドアをノックする音が聞こえた。ドアに一番近いレイラがエルグレドの了解を確認し、来訪者に声をかける。


「はい。どちら様?」


「ミラです」


 レイラは振り返って3人を見る。エルグレドがうなずいた。


「どうぞ……」


 開かれたドアからエルグレドの部屋に入って来たのは、チロルを従えたミラだった。


「先ほど警衛隊から報告が来たわ。アイリを襲った者達……制限魔法で滅殺された者の『痕跡』から、グラバの従者『だった』者達と確定したそうよ」


 室内に入ると、すぐにミラは淡々と語り始める。


「従者『だった』……というのは?」


 エルグレドはミラが投げかけた言葉を、セオリー通りに回収し尋ねた。


「今朝付けで『暇を出した者達』だそうよ。抜かりは無いようね。正式な解雇通知書もあったんですって。グラバの従者としての職務を追われた2名が、目先の欲にかられ宝を盗み出そうとした……という事で決着したわ。当然、グラバに追及の手は伸びない。逃げた1名は湖で溺れていたそうよ。意識不明のまま監視されてるわ」


最初はなから意識の無い『替え玉』を用意していた可能性もありますね」


 ミラの説明を聞き、即座にスレヤーが感想を述べる。エルグレドも同見解だった。


「確かに……私が対峙した感触だと、逃げたほうの従者は法術士としてもかなり上位者でした。強い手駒を簡単に放棄はしないでしょうから、恐らく、準備されていた替え玉を捕らえさせたのでしょう。……恐らく、全く無関係の者とは思いますが……」


「宝物庫でのやり取りを目撃したアイリの……口を塞ぐために……ってことですか?」


 篤樹は事件の構造を何となく理解し、誰にともなく確認するように尋ねる。話をまとめたのはレイラだった。


「シャムル王の短剣とやらを盗み出す密談現場を目撃したあの子を、拘束魔法で拉致し口を封じようとしたけれど失敗。証人を残さないために暗殺隊を組んだってことね。そればかりか、あの子はピュートからも仕込み術を施されていた……。運の良い子ね」


 最後の評価を「運の悪い子」と聞いたが、すぐに聞き間違いに気付き、篤樹は「え?」っと声を出した。レイラは笑顔で応える。


「どちらの件でも、あの子はとっくに殺されていたかも知れないわ。でも大きな怪我も負わずに、ちゃんと今も生きている。幸運でしょ?」


 あ……そういう風に考えるんだ、レイラさんって……


「身分を偽っていても、良い友だちもおられるみたいだし……ねえ?」


 レイラはチロルに視線を向けてひと言付け加える。チロルは言葉の真意を測るように目を見開いた。ミラは疑念の籠る目をチロルに向ける。


「チロル……?」


「いえ! レイラ様にはまだ何も……」


「あら? 聞かなくても分かりましてよ? 可愛い魔法術士さん」


「あ? ど、どういう事です?」


 3人のやり取りに動揺しながらスレヤーが尋ねた。


「アイリの拘束魔法を解除したのは、そこの侍女さんってことですわ」


 全員の目がチロルに向けられる。チロルは合点がいったのか、納得の表情でうなずいた。


「さすが……森の賢者様、ということですね」


「地下倉庫に彼女を助けに行く時、あなたも含め、誰も『拘束解除魔法は使えない』って自己申告したでしょう? それなのに、倉庫で背後から法力を感じた途端に彼女の拘束が解除された……あなたと女剣士さんのどちらかがやったってのはすぐに分かったわ。あとは所作を見ていれば、どんなに隠そうとしても法力使いの呼吸は特徴的よ」


 レイラは一旦言葉を切り、周りの反応を確認するように視線を送った。


「なぜ素性を偽ってミラ従王妃の侍女となってるのか、近々調べようと思っていましたのよ。でも、必要なくなったようですわね? 話して下さるかしら?」


 ミラに視線を固定したレイラは、ハッキリとした笑顔を浮かべつつも、真偽鑑定のエルフの眼を光らせ尋ねた。


「ええ」


 ミラは「当然」とでも言うように口を開く。


「チロルは……市中情報組織の 内通者コウモリだそうです。私も……つい先ほどその事実を知らされました」


 篤樹とスレヤーは「えっ?」と声を洩らし、驚きの表情でチロルを見る。エルグレドは微笑を浮かべ尋ねた。


「あなたでしたか……ミゾベさんが言われていた『他の内通者』は」


「はい」


 チロルはあくまでも侍女の所作で答える。


「ミゾベ……これは彼が長年使って来た偽名です。本名はバスリムと申します。彼の兄……私の父オスリムが指揮する情報組織は、数百年前から国中に網を持つ最大の情報組織です」


「情報屋……か」


 スレヤーの呟きに、チロルは訂正を入れる。


「『情報組織』です、スレヤー様。私達の組織は先祖代々、使命を帯びて活動して参りました。魔法院によって歪められているこの国の体制を打ち壊し、王族方をつなぎ留める呪縛を解き放つ者……志持つ改革者に協力する……そのために全てを捧げて生きる組織にございます」


 丁寧な応答だが、その内に熱い「志」を秘めていることを篤樹は感じ取った。


 チロルさん……でも……


「……そんな大事な秘密を今、言っちゃって良いの?」


 意思を確認するように篤樹は尋ねた。


「機は熟したということよ」


 ミラが答える。


「そのことを共有したくて来たの……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る