第70話 初心者運転
「……ありゃあ、ただ事じゃねぇぜ大将!」
スレヤーが馬車を急がせながら叫ぶ。篤樹達の目にもリュシュシュ村方向で立ち上る煙は「日常の光景」ではない、とすぐに分かるくらい異常なものだ。大きな煙の柱が2本、その間に細い煙が数箇所立ち上っている。サーガに襲われたルエルフ村の光景を篤樹とエシャーは思い出した。
「あの丘を
エルグレドが森の間を
「ドウドウドウ!」
坂の頂上を目指し駆けていた馬車を、スレヤーは何かに気付き急停止させた。
「なんだ、こいつらは……」
2つの大きな影が森から出て道を
「……大将、どうするよ!」
スレヤーがエルグレドに問いかける。
「……馬車に何かあるとマズイですから……降りて
エルグレドはそう言うとエシャーの横を抜け、ストンと馬車の前方に降り立つ。
「じゃあ、スレイ。私があの2体に道を開けさせます。あなたは速度を落とさずに、開けた道を抜けて行って下さい。私は後ろから馬車に戻りますからお気になさらず駆けて行って下さい……」
篤樹は馬車の前方に注目した。トロルと腐れトロルまで50mも無いくらいだろうか。馬車の前に立つエルグレドがゆっくりとした助走から一気にトロル達へ向かって駆け出した。
「よし! 行くぞ」
スレヤーはタイミングを
目的を失ったそれぞれのトロルの武器が地に落ちる間を、エルグレドは勢いを落とさず走り抜け、背後から追い抜いた馬車の後方から荷台につかみ上ってきた。
あまりに一瞬の攻防……いや攻撃に篤樹は
「すっごーい! エルってホントに強い法術士なんだぁ!」
御者台から振り返りエシャーが
「はっはっはー! こいつぁあ頼もしい大将だ! 嬉しいですねぇ!」
「一体何のパフォーマンスかと思いましてよ。た・い・しょう!」
レイラがふざけた感じで出迎える。エルグレドはそれぞれの賛辞には特に応じることもせず、荷台前方へ移動する。
「村がサーガに襲われてるって事でしょうか?……急ぎましょう!」
「おっとぉ……大将、あんまり近づかねぇほうが
エルグレドの指示に反し、スレヤーは馬車の速度を落とすと、細い横道に馬車を進ませて止まった。
「群れでいやがります……」
「なんか一杯いた……」
御者台から前方の様子を見ていたスレヤーとエシャーが、荷台の3人に報告する。
「……私とスレイでここから歩いて村へと入りましょう。3人は馬車を守っていて下さい」
エルグレドの指示に誰も異論は無いようだ。というよりも状況がよく分からないのだから異を
「ざっと見て……100はいないだろう、って感じですかねぇ……剣だけじゃしんどいや」
独り言のように
「あ……それってワーウルフの……」
篤樹はタグアの北の森で見たワーウルフの姿を思い出した。あの長くて重たい武器をスレヤーはいとも簡単に操る。
「おう、アッキー。知ってんのか、これ?」
「
レイラからお
「では、スレイ。全排除で行きますから気を抜かずに……」
エルグレドは何も武器を持たずそう言い残すと、森の中を村の方向へ向かい駆け出していった。
「なんだい……ウチラの大将もエルフですかい? あんなに速く森の中を走るなんて……普通じゃなさ過ぎでしょ……」
スレヤーはブツブツ言いながらも、エルグレドが駆けて行った後を追い森の中へ入って行った。
「さ、血の気の多い殿方がおられなくなりましたから、こちらはしばらく様子見といきましょうか?」
レイラはニッコリ微笑むと左手を森の方角へ伸ばした。
バシュ!
レイラが伸ばした手の先の森の中で、何かが
あの姿(首から下だけだったけど……)、見覚えがある。ゴブリンだ……
「チョロチョロとすばしっこいサーガは、考える前に倒すのが鉄則ですわよ。下手に向き合うと面倒な動きをしますから」
レイラは静かにエシャーと篤樹に手本を示した。
エルグレドさんにせよレイラさんにせよ……あの攻撃魔法をほんの一瞬で頭で理解し、イメージして、具現化させて撃ち出してるのか……
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エルグレドは森の中を、スレヤーは途中から森を出て、村へ続く道を走り抜け、目の前に現れるサーガを次々と倒していった。
「群れ」とは言っても、100体弱で
村を囲う柵には村人達が数十m
しかし、さすがは現代魔法の生みの親、大賢者ユーゴ出身の村にして
「……村の人々は私達の存在をまだ知りません。これ以上近づくと、サーガに間違われて村の法術士に狙われる危険性があります。特に……」
エルグレドはマジマジとスレヤーを見る。真赤な外套に大きなワーウルフの斧、茶色の髪と眉毛に、彫りの深い顔立ち……こんな状況で、何の前情報も無しに近付けば、村人からサーガに間違われても仕方ない……
「じゃあ、どうするよ大将! あと20~30体はいるみたいだぜ?……こっちからと村からで、ちょうど
「そうですね……ここ、抑えておかれて下さい。馬車で突入してもらって、村の人々に作戦を伝えてもらいましょう!」
エルグレドはそう言うと、馬車に戻るため森の中を駆け抜けていった。
「抑えてろって……んとに……見た目以上に厳しい大将だ……」
スレヤーは苦笑いでその背を見送り前方に向き直ると、近づいて来る2体のトロル系サーガと半獣人系サーガ3体を見ながら斧を握り直した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あれから襲って来ませんねぇ……」
篤樹はカッターナイフ型の『
「さっきのトロルとゴブリンが後部警戒要員だったのかなぁ……」
「だとしたらそれも問題ね」
レイラは荷台の後部から辺りを警戒している。
「サーガは基本単体行動よ。一時的に10体以下が協力して『
指揮系統下に在るサーガの群れ……
「え? それじゃ、まさかまた『
篤樹の問いにレイラは少し考え込む。
「……だとしたら……小
1つの指揮系統下で行動する軍隊化されたサーガの群れ……その『大群行』を動かしていた1つの指揮系統があの『ガザル』という話だった。ガザルはまだ『湖神様』の領域に
ガサガサ……
考え込んでいたせいで、篤樹は自分が警戒していた森の中から飛び出して来た『影』に対する反応が少し遅れてしまう。気づいた時には、森から飛び出して来たエルグレドが御者台のすぐ真下に立っていた。
「アツキ君、油断大敵ですよ。今のがゴブリン系サーガだったらやられていましたよ」
「あ……え……すみません……考え事をしていて……」
「あら、お帰りなさい。あちらはいかが?」
レイラもエルグレドに気づいて声をかける。
「ねぇ。スレイは?」
エシャーは周りを見ながらスレヤーの姿が見えない事に気づいて尋ねる。
「あちらは村の
エルグレドは早口に状況報告と作戦を3人に告げた。
「じゃあ、私はあちらに戻ります。急いで動き出して下さい!」
そう言い残し、エルグレドは再び森の中へ駆け込んで行った。
「まぁ……落ち着きの無い大将ですこと……」
レイラが
あんなに走ってるのに息一つ切らす事無く、あんなに明確な情報伝達と指示を出せるなんて……
「ねぇ? エルは何て言ってたの? すごく早口で私よく分かんなかった!」
エシャーにはうまく伝わらなかったようだ。篤樹が改めてエシャーに状況を説明する。
「うーん……」
「どうしたの? エシャー」
篤樹からの再説明を聞き終わると、何やら考え込んだエシャーにレイラが問いかける。
「……引き馬は絶対に守らないとダメでしょ?」
「そうね」
「荷物も守らないとだめでしょ?」
「そうよ」
「馬を
「当たり前だろ?……何の確認なんだよ?」
エシャーはジッと篤樹を見る。な、なんだよ、急に……ふと横を見るとレイラも「困ったわねぇ……」という表情で篤樹を見ている。な、なんで?
「アッキーさぁ……」
「な、なに?」
「馬車って操った経験……ある?」
え?……あ! そういうことか……
この状況の問題点に篤樹が気付くと、レイラも口を開いた。
「引き馬と御者を守るための
「僕……あの……出来……」
篤樹は「出来ません! 無理です!」と、この計画を
レイラさんが片手で馬車を操りながら、前方のサーガも倒しつつ道を突っ切る? それはさすがに無理だろう……エシャーが馬車を操れば?……でも後ろから迫ってくるサーガの相手って……俺に出来るか? カッターナイフ程度の長さの武器しか持って無いのに……それこそ無理だ!
エルグレドさんもスレヤーさんもレイラさんも『大人』の知識と経験と実力で今の状況に立ち向かっている。エシャーも、俺には扱えない攻撃魔法で、距離をおいてサーガと戦える力がある……。俺には法力や魔法の「基礎の基礎」さえ身に付いていない……剣術なんかほとんど分からない……
『敵』を目の前にしても……戦う自信もなければ勝てる気もしない。だから「出来ない」と言って「やらない」という
篤樹は意を決して言葉を繋ぐ。
「あの!……僕、やった事無いから……とりあえず走らせ方と止まらせ方だけでも簡単に教えて下さい! やってみます!」
いつもは「大人」しか座らない御者台に、篤樹は急いで腰を下ろした。レイラもエシャーと場所を交代し、御者台の横席に座る。
「じゃあ、急いで覚えなさいね。走らせる時はこの手綱を鞭のように波打たせて引き馬の
静かにうなずいた篤樹は、握る
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます