第71話 レイラの災難
「……スレイ! 大丈夫ですか!」
エルグレドは森の中から、村へ続く道へ飛び出して来た。道の真ん中でスレヤーが長斧を杖のように握り、身体を支え立ち構えている。
「大将……足速ぇわりには……戻りが遅ぇですよ……」
スレヤーの周りには、サーガが身に着けていたと見られるボロ布や武器が
「えっとぉ……覚えてるだけで8体かなぁ……待ってる間に相手してやったのは……向こうにゃ、あと何体くらい残ってますかぁ?」
右腕と頭部から大量の血を流しつつ問いかけるスレヤーの声に反応し、エルグレドは止血魔法を
「……30体は残っていない、って感じですね」
「ちぇっ……あんまり減ってねぇって事ですか……」
「いや、十分でしょう。森の中にいたやつらも全て集まっている様子ですから……この群れの
エルグレドはスレヤーの
止血魔法が追いつかない……早く専門的な
「……で? あっちは?」
「レイラさんたちには計画を伝えて来ました。もうすぐ、この道を駆け抜けて行くはずです」
「引馬は……誰が
「え?」
この時になって、エルグレドは馬車メンバーの構成に気を向けた。
しまった! 御者経験があるのはレイラさんだけですね……でも彼女はサーガの壁を突破する前方攻撃の
「ウわーっ!」
坂道の後方から、悲鳴にも似た篤樹の叫び声が聞こえた。エルグレドとスレヤーは顔を見合わせ、急いで振り返る。
「
エルグレドはスレヤーを道の
御者台で恐怖に顔を引きつらせ、必死の形相で手綱を握っている篤樹が……助けを
あっという間に駆け抜けて行った馬車の荷台の後ろには、頭を下げ、両手で荷台の囲いを握り締めているエシャーの姿が確認出来た……
「アツキくん……でしたね……
エルグレドは今さらのように、先ほどのスレヤーの質問に答える。
「おおおーっと! スゲー! あいつ……やりますねぇ! 俺でもあんな馬車じゃ……恐ろしくってあれほどスピード出させやしませんよぉ!」
スレヤーは急に元気になった……が、出血は……まだ続いている。
「スレイ! 出血が……無茶をしないでください!」
「なぁに言ってるんです大将! あんな
スレヤーは制止も聞かずに走り出す。その背を呆然と見つめるエルグレドは、フッと笑みを浮かべた。
ホントに……ご主人様を追いかける犬のような人だ……あれだけの出血なのに……ま、血の気が多いって事が救いでしょうか……
エルグレドは口元に笑みを浮かべたまま、ゆっくりとスレヤーに続いて坂を下り始める。
なかなか良いチームになってきたじゃないですか!
―・―・―・―・―・―
「ワーーーっ!」
文字通り「
「いいぞー! アッキー! その調子ー!」
風を受けてたなびく
「正面のサーガは私にお任せー!」
宣言と同時にレイラの手から放たれた攻撃魔法により、馬車の正面で立ち迎えていた
群れの中に突如突っ込んできた馬車の存在に気づいた
村の囲み柵の切れ目に置かれた移動式の柵を村人が急いでずらし、馬車の入口を開いてくれたのを篤樹は確認した。
「アッキー……こ、こわい……」
荷台の
「グシュアァー!」
エシャーが
「ギュヘラハハァ……」
枠木から顔を出したサーガの頭部が
エシャーは攻撃魔法のために差し伸ばした右手を下げ、ズリズリと枠木に寄ると、痙攣しながら枠木を掴んだままのサーガの指を一本ずつ引き離す。頭部を失ったサーガの身体がドサーッ! と音を立てて道に転がり落ちた。
直後、馬車の後方を見ていたエシャーの視界に村の柵が見え、村人が見え、開かれた馬車用の入口が再び柵で閉ざされていくのが見えた。
村に……着いたんだぁ……
「アッキー!
レイラの叫び声に引っ張られるように、篤樹が両手同時に渾身の力を込めて手綱を引く。引き馬は篤樹の慣れない
「オッケー! よくやったよ、アンタ! さ、代わろう」
レイラはそう言うと、篤樹の手を手綱から引き離して手綱を
「村の責任者はいるかい! 話がある!」
突然の来訪者に驚きざわつく村内にレイラの声が響く。篤樹は放心状態のまま、自分の身体がガタガタ震えているのを感じながら、呆然と隣のレイラに目を向けた。
レイラさん……お酒飲んだ時みたいにガラが悪くなってる……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エルグレドの作戦は大成功だった。
村の法術士達にレイラが作戦を伝え終わるとほぼ同時に、
一足遅れで駆けて来たエルグレドも加わり、柵前のサーガ達は
前後から
あちこちで倒れていくサーガの死体は、次々に
―・―・―・―・―・―
「いやぁ、助かりました! 一時はどうなる事かと……」
全てのサーガを排除し終わり、村へ迎え入れたエルグレドに向け、初老の法術士が声をかけて来た。
「法暦省から連絡が来ていると思いますが……今夜こちらに泊めさせていただく予定の探索隊5名です。私は代表の法暦省大臣ビデル閣下補佐官エルグレド・レイです」
エルグレドもにこやかに
「ああ! 連絡、受けていますよ。長旅御苦労様です。村長に御紹介しましょう! どうぞこちらへ」
案内されるままに、エルグレドは初老の法術士と共に立ち去って行った。
「ありゃ? 大将行っちまったよ。俺らこの後どうすりゃ良いんだ?」
「あら、あなた! 大変! 大怪我じゃない!」
若い女性がスレヤーに駆け寄って来る。
「私、医療系法術が専門なの。手当てをするからこちらへどうぞ」
「はぁ? いいよこんなもん。なめてりゃ治るさ。あ……痛てて……」
強がりを見せたスレヤーだが、戦いが終わり安心したためか、自分の傷の痛みに気が向いてしまったようだ。
「ほら! とにかく、すぐに治療をしないと!」
「……すいません……じゃ、ちょっと治療してきます。痛てて……」
「傷は
女性法術士に連れられ、スレヤーは負傷者が集められている建物へと向かっていった。
「おい、
農夫のような
「あ、はい?」
「すげぇ馬車の
「ホントにそうよぉ! この人なんか何度馬車を横転させたことか」
「んなもんお前ぇ、ここでいう話じゃないべさ!」
「とにかくお疲れだったっしょ? ウチで冷たいもんでも飲んで、少し旅の話を聞かせてよ。あ……そっちの可愛いエルフさんも一緒に」
にこやかに語りかける女性がエシャーに顔を向ける。
「え! いいの? やったぁ!」
「あ、じゃあ……すみません、ちょっと行ってきます」
篤樹とエシャーはレイラにそう告げると、若夫婦と共に村の家々が並ぶ区画へ歩いて行った。
レイラは馬車の引き馬の手綱を握ったまま、それぞれに散っていった探索隊メンバーの背中をキョトンと見送る。
えっと……これって……どういうことかしら?
「あ、あのぉ……」
呆気にとられてメンバーを見送るレイラに向け、馬車の横から男の子が声をかけて来た。
「え? あら……何かしら、ぼうや?」
ようやく受けた「声かけ」が嬉しかったのか、レイラは満面の笑みで問いかけに応える。
「あ……あ、あのぉ……ば、馬車……馬」
「んー? なぁにぃ」
「……馬車小屋は、あっちにありますからぁー!」
少年は少し離れたところに見える馬車置き場と馬小屋を指差しそう叫ぶと、急いで立ち去って行った。
え……っとぉ……おや?……これって一体……どぉいうことなのかしらぁ…?
手綱を握り締め、ワナワナと身を震わせているレイラの姿を、村人達が遠巻きにチラチラと見ながら小声で交わし合う。
「……ありゃ軍神様だろ?」
「鬼神様じゃ!」
「闘神様じゃ……」
「やっぱ……恐ろしかぁー! 美しかけど、恐ろしかぁー」
……全部……聞こえていますわよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「クックックッ……」
それぞれに
「ちょっと! エル! 笑い事じゃございませんことよ!」
レイラはエルフの
「大体……エシャー! アッキー! あなた達はどういうつもりで私を置き去りにして、のんびりお茶を飲みに行ったりしたのかしら!?」
「あ……いやぁ……」
「お茶じゃなくって牛乳だったよ」
「飲んだものの話ではなくてよ!!」
篤樹は
「お、俺ぁ……治療だったもんで……」
スレヤーは主人に
「クックッ……」
「だからエル! あなた失礼ですわよ! 私はあなた方の身勝手な行動に怒っていますの!」
「いやぁ、すみませんでした。私も、もう少し早く話を切り上げて戻るべきでしたね」
エルグレドはまだ笑い足りない顔の
「私の
「そう! レイラさんは軍神のように村を救った女神様ですよ!」
スレヤーはここでレイラから評価を得ようと口を
「スレイ……二度と私を『軍神』などと
レイラの
「……まあまあ、レイラさん。村長はじめ村の皆さんは心から感謝していましたよ。それは事実なんですから」
エルグレドがなだめモードに入った。一通りの怒りをぶちまけたレイラも少しは収まりがついて来たのか、声のトーンを下げる。
「はぁ……220年ですよ。私……誰にも恐れられるような
「大丈夫ですよ。村人達も分かっておられますって」
「はぁ……」
篤樹はエシャーを見た。
ま、エルグレドさんのおかげで落ち着いたみたいだし、いっか……
「さて、と……」
話が出来る
「今回の『群れ』について、先ほどエシャーさんからも
「ふぅ……そうね。
「群れの『
スレヤーも村の前に来た群れの陣形を思い出して答える。
「村長にお会いしてヤツ等の出現時の話を聞きましたが……やはり
「100体のサーガの群れに
スレヤーが口を挟む。エルグレドは
「たとえ1名でも犠牲者を出したくは無いものです……軍の作戦
スレヤーは口を閉ざして
「
確かに……村を襲っていたサーガの群れの中に、それらしい特殊なサーガは見当たらなかった。それでいて、最後まで指揮系統が活きていたように感じる……
「そうした疑問についてもですが……アツキ君」
「え? あ、はい」
急な名指しに篤樹は
「村長に探索隊の話を通して、同行者の名前を知らせたんです……その時、アツキ君の紹介をしましたら『少し待て』と言われまして……その後、村の最長老の方が連れて来られまして、是非、君に会いたいと」
「え? ぼ、僕にですか?」
「はい……まあ、あなたなのか『アツキ』という名の別の者かは分かりません。とにかく『アツキ』という者が同行者にいるのなら会わせて欲しいと……何か君の身の上と関係があるのかも知れませんね」
「は……い……」
村の最長老が? 俺に? 篤樹はいったい何の話があるのだろうかと不安になってきた。
「アッキー……」
エシャーが小声で篤樹に話しかける。
「その長老さんって……もしかしてまたアッキーの『ドウキュウセイ』ってお友達なんじゃ……」
篤樹は
「……あと、今夜の宿ですが……予定していた宿が先ほどの群れに
ガン!
エルグレドの「
レイラさん……きっと今日こそは、ちゃんとした宿に泊まりたかったんだろうだなぁ……
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