第69話 魔法の原理
「スレイは本当に色々と良く気が利く
レイラのその一言が、スレヤーの働きの原動力になっているらしい。特に力仕事ではその体格を活かして大活躍だ。
「あの……僕たち何をすれば良いんでしょうか?」
「まあ、のんびりと体力を
そうは言ってもなぁ……
明らかに年上のスレヤーに、雑用一切もやってもらっていることに篤樹は罪悪感さえ感じていた。
御者台にもスレヤーがさっさと上がってしまったため、エルグレドは今日は荷台に乗り込んだ。
「じゃ、私がスレイの横に座るね!」
エシャーが御者台の横席に腰掛ける。荷台には篤樹とエルグレドとレイラという今までに無い面子となっていた。
「今日はリュシュシュ村に入る予定です」
馬車が動き出してしばらくすると、エルグレドが説明を始めた。
「今夜リュシュシュに泊まり、明日中にミシュバの町に入ります。その後、ミシュバの町を
「リュシュシュではちゃんとしたお宿に泊まれるのかしら?」
レイラがエルグレドに「当然よね?」とでも言うように尋ねる。エルグレドは自信たっぷりに答えた。
「もちろんです! スレイのおかげで予算に余裕も出来ましたから」
「あら、本当でしたの? 軍部からの予算のお話は。それは良いことですわ!」
「さて……アツキくん。リュシュシュは1000年以上の歴史のある村なんですよ」
エルグレドが篤樹に顔を向け語りかける。
1000年以上……なんか想像もつかないなぁ……
「存命中のエルフでさえ、この村の始まりを知る者はいない……人間の村としては相当珍しいところよ」
レイラが
「何か特別な理由でもあるんですか? その『リュシュシュ村』がそんなに長い間続いてるのには?」
「リュシュシュは『現代魔法』の生みの親である魔法院初代
現代魔法?『カギジュ』ってエシャーが言ってた魔法かぁ。でも……
「1000年も前の方が生み出した魔法が『現代』って何だか変ですね」
篤樹の質問にエルグレドもレイラも「何が?」というような表情を見せた。
あ、そうか。俺が理解出来るように言葉が
「えっと……あ、『現代魔法』と『古代魔法』の違いって何なんですか?」
この質問なら通じるだろう。
「そうね……もともとこの世界にはエルフや妖精が生まれながらに自然に使う魔法があったのよ。それが分類上は『古代魔法』と言われているわ」
レイラが答えた。それを受けてエルグレドも答える。
「それに対し、人間は魔法を使えなかった……というか使い方を知らなかったんです。エルフや妖精は『使い方』を学んだり、教えたりせず、自ら自然に使えるものなので……ましてやそれを人間に教える事なんかも無かったんです」
「当たり前よ。別に意地悪して教えてあげなかったわけじゃなく、教えようが無かったんですもの。手を握ったり足を動かしたりするのと同じような感覚なんですもの」
エルフや妖精が生まれながらに使える魔法が『ルー』って言ってたっけ……
「その原理……というか『法則』を見つけ出し、実用化させたのが大賢者ユーゴなんです。彼女自身が魔法を使えるだけでなく、全ての人間にも魔法を使える力がある事を証明し、弟子を育てるために『魔法院』を設立されたんです……ですから現代魔法は別名で『ユーゴの力』とも呼ばれています」
「へぇ……すごい人だったんですねぇ。ユーゴって……」
人間にも魔法が使える事を発見して、それを実際に世界に広めたなんて……すごいなぁ……
「だからね、アツキ君」
「はい?」
エルグレドがグッと身を乗り出して篤樹に語りかける。
「君だって訓練次第で法術士になれるんですよ」
「え? ぼ、僕がですか? 魔法使いに?」
篤樹は夢にも思っていなかった一言に目を見開く。確かにタグアの町の巡監詰所でビデルにあった時、興味本位で「僕でも魔法が使えるようになりますか?」と尋ねたことはあったが……あの時は鼻で笑われ軽くあしらわれた。それっきり、自分と魔法は結びついていなかったのに、こうしてエルグレドから「可能性」を聞くと改めて興味が湧き上がってくる。
「まあ、センスの無い人間や獣人には無理でしょうけど、基本的にある程度のセンスがあれば誰でもある程度の魔法は使えるようになるわよ」
レイラも当たり前のように助言を入れる。
「ええ?! だって、魔法ですよ?……え、マジで? 本当に僕でも……ですか? その……『呪文』とかを覚えれば良いんですか?」
篤樹の驚きの声に、レイラとエルグレドは不思議そうに首をかしげた。
「『呪文』なんて要らないわよ?……というか、そんなものを唱えたって魔法は発現出来無いわ」
「たとえばね、アツキ君。僕らが着ているこの服だけど……」
エルグレドは自分の
「これはどうやって作られているか、知っていますか?」
え? 服の作り方……洋服屋さんが作ってるんじゃないの?
「『誰が』とか『どこで』ではなく『どうやって』、ですよ」
「……」
「それを知らなければ自分で服を作る事は出来ないワケです。でも作り方を知っていれば、自分でも作ることが出来ます。現代魔法も原理は同じなんですよ」
エルグレドの説明をまだ理解出来ていない篤樹に、レイラがさらに説明を加える。
「テリペでベルクデさんからガラス練成魔法を見せていただいたでしょ? あの時にケイシャとソーダ灰と石灰石を一定の割合で混ぜたものを私が加熱魔法で
「あ、はい」
「あの『ガラス』は元々はケイシャとソーダ灰と石灰石という三つの物質だったわけよ。そしてケイシャはケイ素の酸化物、ソーダ灰は水酸化ナトリウムと二酸化炭素の反応物、石灰石は水酸化カルシウムと二酸化炭素の化合物……というように元々の『材料』があるの。ベルクデさんはひと手間を省いて『原材料』を三つ
何か理科の授業みたいだ……でも、何となく分かる。
「つまり……全てのモノは元素の組み合わせで出来てる……って事ですよね?」
篤樹は何となく授業で聞いたような話を思い出して答えてみた。
「あら? 飲み込みが早いわねぇ。見込みがあるんじゃないの?」
いや、授業で聞きかじった程度だし……
「つまりね、アツキ君。物質だけでなく事象にも『原因』があるんですよ。その『原因』を知る事が現代魔法の基礎なんです。
イメージで……作り出す?
「たとえば……」
エルグレドは両手を広げた。そして、そのまま馬車の荷台全体をグルリと見渡すように手を動かした。周囲の『音』が急に聞こえなくなる。
「あっ、これって……」
タグアの町の巡監詰所の取調べ室でビデルが行った
「おや? ご存知ですか」
「ビデルさんに……タグアの巡監詰所で見せてもらいました」
「そうでしたか。説明は?」
「いや……『真空の
「……まあ、実際は真空が音を遮断するというより『音』は物質の『
「その……理論は何となく……でも、どうやってそれを『動かす』ことが?」
「だから言ってるでしょ? それが『法力』よ。集中してイメージして想像したように様々な『元子』物質を動かす力。体験したことがあるでしょ? あなたも」
レイラとエルグレドが「当然」のように篤樹に問いかける。いや……そんな超能力なんか僕には……
「あっ!」
「どうしました?」
「あの……集中と言うかイメージっていうか……えっと……例の山賊の手先にされてた村にいた時、僕……変な経験をして……」
篤樹は山の中でエシャーと
「……ほらね。やっぱりちゃんと法力が使えてるんじゃない」
「……あれが『法力』……ですか?」
「
千里眼……魔法……嘘ッ? 俺、魔法使いに昇格?
「……でもまだまだよねぇ。使いこなせるようになるだけの知識がなきゃ法術士とは呼べないわ」
篤樹の心を
「イメージする『モノ』を構成してる『原子』が何であるのか、その種類となる元素は何で、それらがどのような比率で結び合うことでその『モノ』を構成しているのか……それらを知る事で、より研ぎ澄まされたイメージが作られていきます。そして訓練により、そのイメージ操作がまるで『指を動かすように』瞬時に行えるようになれば、法術を会得したと言えるんです……とにかく、アツキ君……現代魔法の基本は知識です。100の事を知っていれば最大で100までの力が出せます。でも10までしか知らなければ10までの力しか出せないんです。たとえ1万の法力を持っていても100までの知識しか持っていなければ100で終わってしまうんです」
知識が魔法の原理……魔法使いになるためにも勉強しなきゃならないってことか……
「ちなみに私達エルフや妖精はそのような『原理』など知らなくても、元々から使える魔法が多くあるのよ」
レイラが少し上から目線の発言を入れる。
「私達は『火』なら『火』をイメージするだけでそれを生み出せるけれど、人間は『火』の原理まで考え、その材料が整っている空間の中で無ければ『火』を作り出せないんですから、まあ、大変ですわねぇ」
「はい。ま、その代わり、原理を知らないエルフや妖精よりも強力な魔法をも生み出せるのが現代魔法の強みでもあります」
エルグレドが負けじと対応する。火花を散らしながら互いを見る2人の『笑顔』が篤樹は怖かった。
「……さ! そんなわけですから、リュシュシュ村では色んな魔法を見聞きして学べると思いますよ。楽しみにしていて下さい」
エルグレドは篤樹にそう言うと遮音魔法を解いた。
「……ねえってば!! 聞こえないの?!」
突然エシャーの叫び声が三人の耳に届く。
「あ、すみません、どうしました?」
エルグレドが慌てて返答する。
「さっきからなんで聞こえないフリしてたの! ずっと呼んでたんだよ!」
「いや、ちょっと魔法についての学びを……」
「隊長さんよぉ! なんかヤバイぜ……」
御者台からスレヤーが声をかけてきた。
「どうしました?」
エルグレドは御者台のほうへ近寄って行く。
「血の匂いと火の匂い。分かるかい?」
「……いえ?」
「さっきからスレイが何か気になるって言ってるの」
エシャーが困った顔でほろの中の3人を見る。鼻の
「まっすぐこの先……リュシュシュの方角から……火の匂いと血の匂いがどんどん強くなって来てるんでさぁ……少し馬車を
エルグレドはどう対応すべきか悩みながら前方を
「ん? あれは……」
リュシュシュ村の方角にある森の上に、うっすらと煙が昇っているのが見えた。
「あっ煙だ!」
エシャーも気づく。
「大将!」
スレヤーが気をもむようにエルグレドに声をかけた。
「スレイ、引き馬に無理をさせない程度に急いで下さい!」
エルグレドの合図で、スレヤーが繰る馬車は速度を上げて走り始めた。
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