第64話 夜遊び
「信じられないわ!」
法暦省の職員宿舎談話室内を苛々した歩調で歩き回りながら、レイラは大いに怒りを発していた。
「何なの一体!『ガラスの
「まあレイラさん、少し落ち着いて……」
小一時間も続くレイラの
「ねえ、レイラ……。そろそろ部屋に戻って寝ようよ……」
レイラは足を止めて振り向き、ソファーに座っている篤樹とエシャーを見る。
「はぁ……。せめて同行者が『
またブツブツと呟くレイラに向かい、篤樹も呆れ声で反論し不満を訴えた。
「仕方無いでしょ! 僕らだって見学くらいしたかったですよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「私は事務所に寄ったあと、軍部の連絡所を回ったりしないといけません。みなさんは宿舎内でゆっくり休まれて下さい。明朝は8時に出発しますので……6時30分までに談話室へ集合という事で……」
「ちょ……ちょっと! ちょっと待って下さる? 私たちは少し……夜のお散歩に出かけてもよろしいかしら?」
レイラがにこやかに提案する。しかしエルグレドは微笑みながら答えた。
「残念ですが、この建物は夜9時で
「ちょ……あん……あなたはどうやって出入りされるおつもりですの?」
レイラがエルグレドに食い下がる。エルグレドはタメ息をつくと
「私は法暦省の幹部職員ですから……。では!」
エルグレドを見送るレイラの背中に燃える殺気を、エシャーと篤樹は身を寄せ合い見つめていた……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの男はきっと今頃、自分一人だけ夜の町で羽をのばしてますのよ、きっと! こんな素敵な町で、夜中までお仕事だなんて考えられないわ!」
篤樹は談話室に置いてある時計をみた。ここのは三角錐形だ。どう見れば良いのか分からない。
「レイラさん、今って何時なんですか?」
レイラの気を少しでもそらそうと篤樹が尋ねる。
「え? ああ……時計が読めないんでしたわね……。うらやましいわ! 時間に支配されないで生きていられるなんて。10時15分くらいよ」
レイラは少々
「ねえ、レイラ。せめて屋上から夜景を見てみない?」
エシャーが提案する。レイラは「ぷいっ」と顔を
「ハァ……。そうね……上がってみましょうか。せめて夜風にでも当たりたいわ……」
しばらくの間を置き
「アッキーも一緒に行くの!」
やっぱり付き合わないとダメですか?
中廊下式の宿舎
「あら……ここも施錠されてるのね。『完全施錠』とはよく言ったものだわ」
レイラは事も無げに魔法で
「ちょ……レイラさん、勝手に外しちゃマズイですよぉ……」
篤樹は
「あー……。やっぱり外の空気が良いわぁ。
レイラは大きく深呼吸をした。それにはエシャーも同意を示す。
「空気が
篤樹は「温度差」は感じても「空気の違い」ってのにはイマイチ共感出来ない。やっぱりこの2人には自然を愛する「エルフの血」が流れてるんだろうなぁ……
「わぁ! きれいだよ、アッキー! こっち見てぇ」
エシャーが屋上の端の手すりに寄って声をかける。レイラも手すりに向かいゆっくり近寄る。
「あ、ホントだ……」
篤樹はエシャーの横に並び立ち、手すりを
家々の窓から
「町の東にある『
レイラはどうやらサガドの情報を集めて楽しみにしていたようだ。心底残念そうな表情を浮かべて街を見渡すレイラに、篤樹とエシャーは顔を見合わせ苦く笑みを交わす。
「おい! お前達! そこで何をしている!」
背後から突然
「手を下ろせ!」
篤樹は一瞬「手を上げろ!」の間違いかな? と思ったが、攻撃魔法態勢を解除するように警告しているのだとすぐに理解する。
「レイラさん、エシャー! ダメだよ!」
とっさに2人の手を下げさせた。
「誰だ!……あ、あんたら……ここで何をしてる!?」
声の
「あら、ごめんなさいね。息苦しいから外の空気をいただきにちょっと……」
「そうでしたか……。でも全棟夜間完全施錠は
3人の職員が近づいて来た。まだ若い。3人とも20歳そこそこって感じだ。
「ここも施錠していたはずなんですが……」
職員の一言にレイラの「エルフ耳」がピクッと反応する。
「あら? 外れてましたわよ。ほら」
レイラは
「あれ? ちゃんと閉めたはずだけど……」
「穴がずれてたんじゃないか?……上にバレたら始末書もんだぜ」
レイラの顔に極上の笑みがこぼれ出る。
「私達は『開いてた錠』を
職員3人は顔を見合わせて
「あの……すみません。まあ、もう良いですからお部屋へ……」
「私、エルフなので外の空気が好きなの。あと一時間くらいは外の空気を吸っていたいわ。そうすれば嫌なことも、あなた方の『施錠ミス』も忘れてグッスリ休めると思いますの」
「……そうは言われましても……。規則は規則でして……」
「あら? 錠をキチンと閉めておかれるのも規則だったのではなくて? 私達の連れはビデル大臣の補佐官エルグレドですけど……規則の確認をしてみようかしら?」
職員3人は何だかマズイ
「あの……錠の
「私は外の空気を吸いたいだけですの。あと1時間だけでも……こんな屋上ではなく街中の空気を、ね?」
職員の中の1人が
「あの……どうすればこの件を黙っていていただけますか?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「やっぱり夜の輝きこそがサガドの
レイラは3人の職員達から「施設出入の魔法」がかけられてる身分証をまんまと借り受け、
「あの……レイラさん? やっぱりまずいんじゃないですか?」
篤樹はとても楽しむ気にはなれない。でもエシャーはそれはそれ、これはこれと
「ねえ、レイラ! あっちにも一杯人がいるよ、行ってみようよ!」
「んー……? あっちはダメね。大人の男性方しか楽しめないような場所よ。それよりも、もう少し向こうに
2人は大通りに並び立つ店々の店頭を見聞しながら歩み続ける。数歩遅れて後に付いて行く篤樹は時間が気になってしかたがなかった。1時間と約束して
恐らく夜の11時も過ぎてる時間にもかかわらず、まるでお祭りのように大勢の人々が行き
「ほら! あそこのお店よ」
レイラが指差したのは、いかにもお
「じゃ、アッキーは外で待っててね!」
「勝手にどこかへウロつかないのよ」
2人の言いつけをキチンと守り、篤樹は店のすぐ前にある
まったく……どうせ買いもしない服を「見て回るだけ」の何が楽しいんだろう?
篤樹はふぅとタメ息をついてゆっくりと周りを見回した。この町は確かに栄えているんだろうなぁ、と思わされる。人が集まり、集まった人を相手にする商売が
「よう、
篤樹の後ろの椅子に腰掛けていた男が急に声をかけて来た。
イヤだなぁ……
「よう! あんたの事だって! なぁ?」
知らん顔で無視しようと思っていたが、ここまで「御指名」を受けて無視するのはトラブルの
「……何ですか?
「知ってるよぉ、見てたから。あの子らが店に入るとこ。なぁ? あのエルフって母子? 姉妹? 兄ちゃんとどんな関係なの?」
声をかけて来た男は、まるで「昭和のリーゼント」のように整えられた赤髪で、芸人コメンテーターのような真っ赤な服を着ている。大柄な体型に良く似合ういかつく彫りの深い顔ながら、人懐こそうな笑みを浮かべて語りかけて来る。映画で観た「古代ローマ人風の芸能人」を思い出す。
うわっ! ウザそうで
レイラとエシャーの事をしつこく聞いてくるこの男から離れようと、篤樹は席を立った。
「ちょちょちょ……ちょっと待て! 待てって! なぁ? 頼むよ、待ってくれって。
十分に怪しいが……怪しいかどうかよりも、とにかくウザい!
「あの、僕……失礼します!」
構わずに立ち去ろうとする篤樹を追うように、男も席から立ち上がった。
なんだよこの人、背が高いし強そうじゃん……
篤樹を見下ろす男は、180cm以上の身長はありそうだ。だが、外套の下に見えるガッシリした身体のラインが「大きさ」と「強さ」を実際の身長以上に
「あっ!」
古典的とは思ったが、篤樹は道の反対側を指差し「驚いたような声」を出した。男がつられて指差した方向を見る。声が大き過ぎたのか他の通行人たちも同じ方向を向いてしまった。
スミマセン!
篤樹は一瞬の隙を突き、レイラとエシャーが居る目の前の「女性服専門店」に駆け込んだ。
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