第65話 法暦省の秘密
篤樹達が宿舎に帰り着いたのは、職員らと約束した1時間を軽く超える午前1時前だった。
女性衣料品店内に飛び込んだ篤樹を、不審な「赤い男」は
「アツキが着ても似合いそうな服もあったわよ」
外の空気を吸って
法暦省職員宿舎の裏手にある出入口は魔法認証式の扉になっている。3人は職員から借りた身分証をそれぞれ認証させた。幸いにも、認証魔法は「個人特定型」では無いため、3人はすんなりと宿舎内に入る。
「お帰りなさい、みなさん」
しかし、薄明かりの談話室で篤樹達を出迎えたのは3人の職員と……
「あらぁ? お早いお帰りでしたのね、隊長さん」
「レイラさん!……私はあなたを
うわ……これはもう絶対にヤバイよ……
篤樹はスーッと自分の背後に移動したエシャーに気づいた。
いや、これは俺だって……
篤樹はスッと横にずれ、エシャーもエルグレドから見える位置へ変える。意図を解したエシャーは、今度はあからさまに篤樹の
高木さん……これも「守る」の
「あら? それじゃ今回は信頼を損ねてしまったかしら?」
レイラはエルグレドの言葉に軽く突っかかるように答える。
「……あなたがそこまでして
エルグレドは屋上の扉の錠をテーブルの上に投げ出した。ガンッ! という音が談話室内に響く。
「あら? バレましたの?」
レイラはさすがにバツが悪そうに答えた。しかしすぐに真剣な表情を3人の職員らに向ける。
「御三方、もうエルグレド補佐官から
あまりにも素直にレイラが自分の非を認め、すぐに
「あの……すみませんでした! 僕らも黙ってて……。その……レイラさんが錠を外したのを見てたのに、あの時何も言わなくて……」
「ごめんなさい……」
あれ? エシャー? 俺の謝罪に乗っかるだけ? 篤樹は頭を下げつつ、チラッとエシャーのほうに目を向けた。
「あ、いや……頭を上げて君たち。その……我々も確認不足のままに対応したのは職員として明らかに
職員3人も何だか謝罪モードに入ってしまっている。結局、深夜の談話室にいる7人が全員、誰かに何かを謝るという不思議な光景をしばらく繰り返し、無事に「手打ち」となり解散することになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さすがに寝不足を感じながら篤樹は朝を迎えた。しかし、法暦省の職員用宿舎とはいえ、一応キチンとしたベッドで眠ることが出来たので、身体に寝起きの痛みはない。
今何時だろう?
見ても読めない時計だらけのため無駄かも知れないが、時計を探してキョロキョロする。すぐに中通路を
「おや? アツキ君、おはようございます。早いですねぇ? 目覚ましが鳴る前にお目覚めとは」
あ、今の目覚ましの音なんだ。篤樹は少しバツが悪そうに微笑み挨拶を交わす。
「あ、おはようございます。……昨日は……その……スミマセンでした。ご心配おかけして……」
「いえ、レイラさんが一緒でしたから心配はしていませんでしたよ。彼女、お酒を飲んだワケでもないし……。少しね、腹立たしかったんです。法歴省職員である彼らは、一応私の部下ですから……そんな若い彼らに罪を着せるような
篤樹は何だか買いかぶられて
「さ、それじゃ準備をして下りましょうか?」
2人は
「おはようございます」
エルグレドが3人に
「おはようございます!
エルグレドは頭を
「ああ、おはよう……きちんと休めましたか?」
「はい! ありがとうございます、補佐官殿!」
「えっと……うん、私達はミーティングがあるので……」
「失礼しました補佐官殿! では!」
職員はエルグレドに顔も向けないように回れ右をすると、ギクシャクと立ち去っていった。
「おはようございます。『補佐官殿』」
レイラが
「やめて下さい。私だって困ってるんです。この年齢での
「へぇ。エルグレドって偉いんだねぇ……」
エシャーがマジマジとエルグレドを見る。
「偉いわけではありません。仕事上で付与されている階級が高いだけです。指揮系統を守るためのものであって『偉い』とか『優れている』なんて事は無いんですよ」
「誰も『優れている』とは言ってませんからご安心を」
レイラがクスッと笑いながら言葉尻を
「ところで、彼を
「あら? 捕まえたわけではございませんわ。あちらが挨拶をしに近づいて来られたから、挨拶をお返しするついでに質問をしただけですのよ」
あ、結局は捕まえたんだ……
「……何を聞かれたんですか? 法暦省にも
エルグレドが冗談っぽく
「この宿舎、幼い子ども達の
エルグレドが苦笑する。
「彼はどこまでお話しましたか?」
「さあ?『どこまで』と言われましても、ねえ? エシャー」
「うん。全部なのか最初の部分だけなのか分かんないから『どこまで』って言われても……」
エルグレドは少しイライラした口調で尋ね直す。
「私の聞き方が悪かったですね。すみません。改めて
レイラは楽しそうに答える。
「30年ほど前から法暦省の各施設に『何者か』が侵入を繰り返しているために警備を強化し、施設施錠も徹底して管理されるようになった……って御説明でしたわ」
エルグレドは頭を抱えた。
「ねぇ?『ガナブ』って呼ばれてる泥棒グループのせいなんでしょ?」
「は?……そこまで聞いたんですか!」
レイラとエシャーの「報告」に、エルグレドが
「聞いたっていうか……レイラがどんどん聞き出したって感じかなぁ?」
エシャーは職員の立場がまた悪くなってしまったかと思い、なんとか取り
「『ガナブ』の件は……国の重要機密事項です。……
タメ息をつきながら、エルグレドは職員の男が立ち去った方向を見る。
「それにしても、彼のような
「そんな盗賊なら、むしろ大々的にニュースにしたほうが捕まえやすいんじゃなくって?」
レイラが不思議そうな「ふり」をしてエルグレドに尋ねる。話を引き出すための話術だとは思いつつ、エルグレドも答えた。
「初めの頃はただの盗賊としてニュースにもなっていたんですよ。ただ、被害が無い……。というか、公表出来るような被害は何も無かったというべきですかね。『何か』は盗まれているはずなんですが……それはトップしか知らないんです。死人も出ていませんから、単なる『不法侵入者』としてだけの扱いになります。ですからニュースでも扱われなくなっていったんです。……ま、ニュースにならないように、法暦省が情報を押さえたんですけどね」
「盗まれた『何か』って、何なんですか?」
篤樹はエルグレドの説明に疑問を感じ尋ねた。エルグレドは首を横に振る。
「私が入省したのは5年前なので、その辺の詳しい情報はつかめていません。……ただ、ガナブによるとみられる法暦省侵入事件は数年置きに確認されています。おかげでこうして夜間の
「そうなんですか……」
「それに……」
エルグレドは頭の中で
「ガナブの侵入そのものによる人的被害は無いにしても……事件の後に職員の
4人はそれぞれの中で法暦省内の「不審」な事件に思いを向けて
「ま、それはそれとして……」
その沈黙をエルグレドが破る。
「私達の探索と直接何かの関係がある話というわけでもありませんし、この件はどうぞ忘れて下さい。もし忘れられないのでしたら……私が練習中の
エルグレドの満面の笑みでの提案を一同は速やかに辞退し、口外しないことを固く
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