第62話 それぞれの出口へ 【第1章最終話】
「……なあ、
篤樹は盗賊村の中庭で、亮と香織に改まって提案した。
「よせやい。しつこい奴だなぁ……言っただろ? 俺たちは今までの人生にはそれなりに満足してるし、納得もしてる。それに……あんな事故に
篤樹は苦笑した。父さんが母さんとの事をのろけてるように見えた。陽の下で見るとますます「老けた友人たち」の姿に、異世界に飛ばされた時差を感じる。
「高木さんは……」
一応香織にも確認はするが「分かってるでしょ?」とばかりに笑いながら首を振る。
「私たちは私たちで今まで歩いてきたこの『出口』に向かって進み続けるわよ……村の仲間もいるしね」
「あ、それとさ、賀川。頼みがあんだけど……」
「なんだよ。『小僧』の俺に頼みなんて」
「すまねぇって……ま、あん時ゃ知らなかったんだから許せ……いや、頼みってのは他でもねぇ、この村のことなんだけどさぁ……ほら、お前、今一緒に旅してるのが……」
ああ、エルグレドさんが「法暦省」の職員だからか……
「言わないよ、誰にも。そうだなぁ……山賊のせいにしとくか? 俺らの誘拐事件も」
亮は安心したようにうなずく。
「頼むぜ! この村の連中のことは、そっとしておいてやって欲しいんだ。俺らだけじゃなく、みんなそれぞれワケありなんだよ。あ、もちろん悪さはもうさせないから! 俺たちがいるから大丈夫! 盗賊行為はさせないし、山賊からも守る」
「……分かった。じゃ……ぼちぼち行くよ。俺の『出口』を探しに……でも、たまには連絡を取り合おうぜ! 数少ない同級生なんだから」
「分かった。いずれまたな!」
「高木さんも……」
香織は、中庭でアイたちと遊んであげているエシャーを見つめている。
「あの子のおかげで賀川くんとも会えたんだよねぇ。ありがたいわ……」
「……だね……うん……エシャー! 行くよー」
エシャーが「分かった」と手を上げた。だが、アイたちは別れを
「ほらー! あんたたちもお姉ちゃんにバイバイしな!」
香織が
「ルエルフの少女エシャー……か……いい子じゃないか。守っておやり!」
そう言うと、篤樹の肩を力強く押し出すように
「えっと、あの……お世話になりました。色々と……」
「もう!
香織が
「じゃ……行くよ」
篤樹は意を決して亮に右手を差し出す。亮はその手をガッシリと握り返した。
「死ぬなよ……小僧」
「バーカ!」
亮を殴るようなフリをして……篤樹はもう一度、しっかり友の手を握りしめた。
「じゃ、高木さんも、また……」
「うん。バイバイ……」
篤樹とエシャーは村を出ると、森の木々で亮と香織の姿が見えなくなるまで何度も振り返り手を振った。2人を見送った亮が香織に言葉をかける。
「『守っておやり』……か。どっかで聞いたセリフだな?……遠い昔にさ……」
亮の言葉を受けても、香織は2人の姿が消えた峠道を見つめ、微笑むだけだった。
「ホントに……良かったのか? 一緒に行かなくて……前に言ってただろ? 同級生で好きだったヤツの話……」
香織は目を閉じ溜息をつくと、ようやく亮に顔を向けた。
「あんたもバカだねぇ? 何十年前の話だい! ったくぅ……あんたと助け合ってここまで生きてきたあたしに、どうしてそんな事言うかねぇ」
「あ、いや。ゴメン!」
「……大丈夫だよ……ホントに……。私はずっと、牧田くんの事が……好きだよ」
「え?」
「なーんてね。たまにゃ良いかもね。中年夫婦のラブコメも!」
亮は「
「あんたこそ良かったのかい? 賀川くんたちに残ってもらわなくてさ?……戦力にはなるよ。特にエシャーは!……賀川くんはまだ『迷い』があるからあれだけど……」
「まぁ……な。でも巻き込むわけにもいかねぇしな。この村はあいつの『責任』じゃなく俺たちの『責任』なんだし……」
2人のところに、村の「お
「すみやせんでした。お2人のお知り合いとはついぞ知らず……それに留守中にこんなことになっちまって……」
「あんたらのせいじゃないさ。山賊なんて連中が居ついちまうなんて、考えもせずに旅に出たあたしらにだって責任はある」
香織はお頭の肩に手をおいた。
「あんたも辛かったねぇ……よく頑張ってみんなを守ってくれた。ありがとな!」
「ほんとに……ほんとにスミマセンでした……」
「無理もないさ。村人半分近くも目の前で無残に殺されりゃ……怒りよりも恐怖のほうが勝っちまうことだってあるさ……でも……ヤツらは許さねぇ……」
亮は見えない「敵」を
「ヤツらの手数は?」
「ドラゴンライダー10頭に
「向こうから来ますかねぇ?」
「橋を直してからだろうな。ドラゴンは3頭倒した。あと7頭……ヤツらだってこれ以上は失いたく無いはずだ。
「はいよ」
「作戦を頼む。よーし、みんな! 盗賊の
亮と香織を中心にする山間の小さな村は、自分たちの新しい未来への出口の戸を押し開くために動き始めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
篤樹とエシャーは言葉少なく山を下り、夜中に盗賊たちから連れて来られた道まで
エシャーは何だか少しよそよそしく見える。自分の知らない篤樹の姿、
篤樹は篤樹で、亮たち3人が「こちら」へ来てからの出来事を頭の中で繰り返し考えていた。言葉で聞いた以上の大変な苦労が、悲しみが、不安があったのだと容易に想像出来る。だけど生き抜いて来た……あの2人は。
でも……遥は……
遥の「死」という出来事を、篤樹はジワジワと実感し始めてきた。遥が「死んだ」という事実よりも、遥を「殺した誰かがいる」という事に対する実感だ。
法暦省の中に……もしくはその関係者の中に犯人がいるのか……クソッ! なんで遥が……
「ねえ? アッキー……」
篤樹の後ろについて歩いていたエシャーが話しかけて来た。
「……聞こえなかった?」
「え? あ……ゴメン。なにが?」
「ううん。いいの……」
「……ごめん。もう1回、言ってくれる」
エシャーは面白くなさそうに横を向いて答える。
「『疲れたから休もう』って言ったの。アッキーの……歩くスピードが速いから!」
「あ……ごめん……。ちょっと考え事してて……あ! あそこでちょっと休もうか?」
一本道の両側に、所々に生えている木の1つを指差す。
「高木さんがパンと……飲み物も持たせてくれたから……
2人は木の下に、不自然に置いてあった手頃な大きさの石を寄せて座った。この道を通る人が以前にも同じように座ったのかも知れない。
篤樹は香織が準備してくれた袋からパンの包みを取り出し、エシャーに渡す。エシャーは何も言わずにパクパクと食べ始めた。
なんか……怒ってるんだよなぁ……きっと……
エシャーから「怒り」の雰囲気を察しつつ、篤樹は「何に怒っているのか」がよく分からないままだ。どうしよう……何について謝れば良いんだろう? しばらく沈黙の食事が続いた。
「……よかったね……アッキー。お友だちに会えて……」
エシャーからポツリと語りかけてきた。急な事だったので篤樹はパンをのどに詰まらせむせってしまう。
「何やってんのぉ、大丈夫?」
エシャーが
「ああ……うん……ごめん! ありがとう……」
篤樹は
「うん! ホントに……あんな形で会えるなんて……っていうか、36年の時間差で飛ばされてきてたなんて、ビックリだったよ! すっかりオジサンとオバサンになっててさ。ま、高木さんは昔からオバサンみたいな所があってさ……俺だけじゃなくって、みんなからも頼りにされててさ。でもまさか、ホントにオバサンになった高木さんを見るとは思わなかったなぁ……それに亮のヤツが……あんなイカついオヤジになってるなんて、ビックリだよ! あいつサッカー部でさ、でもあんまり上手くないから、3年なのになかなか試合にも出してもらえないでさ、卓也ん家でよく一緒にゲームしてたんだよ。卓也ってほら、あのタクヤの塔と何か関係が……エシャー?」
エシャーの目から、突然、涙がこぼれ落ちた。篤樹はそれに気付き、話を中断する。
「ん? なぁに?」
エシャーは自分の涙に気づかないままで返事をし、篤樹の様子を見てようやく自分が涙をこぼしたことに気づいた。
「あ、え……? あ……ゴメン。ゴメンね、アッキー。お話しの途中で……ゴメンね……」
しまった……俺はエシャーの気持ちを何にも考えないでペラペラと……そりゃ、退屈だよな……自分の知らないヤツラの話なんか聞いても……
「あ、いや、俺のほうこそ……ごめんね。なんか、やっぱり久し振り……っていうかアイツらにしてみりゃ数十年ぶりの再会だったし、すっかり話し込んじゃって……退屈だったよね。ごめん、疲れたんじゃない?」
篤樹があたふたとしながら何か謝ろうとしている姿を、エシャーは初め笑みを浮かべて聞いていたが……そのまま両手で顔を
「エシャー……」
「……じゃない」
「え?」
エシャーは顔を上げると、涙目のまま一生懸命に笑顔で話そうとする。
「そうじゃない……別に……アッキーは
いや、でも泣いてるし……
篤樹は返答に困る。
「アッキーが嬉しそうだなって……良かったなぁ、お友だちに会えてって……本当に、そう思ってるんだよ、私」
「あ……うん……ありがとう……」
「うん……そう……良かったなぁって……だけど……なんだか『面白くない』って思ってる私がいて……なんか……ズルイって思ってる私が……一緒に喜んで上げられない。喜んでるアッキーを……一緒に喜んで上げられない私が悔しくって……」
エシャーはそう言うと、また顔を伏せて必死で涙を
「良かったね」と思うんなら「良かったね」で良いじゃん? なんで「良かったね」と「ズルイ」が共存してるんだ? 難しい……
篤樹はどう受け止めればいいか分からないエシャーの気持ちを、でも何とか受け止めたいと思った。しかし「答え」は思い浮かばない。ま、しょうがないや……
「エシャー……」
しばらく時間をおき、篤樹は声をかけた。エシャーも目を手の甲で
「行こっか?」
篤樹は荷物をまとめると、エシャーに手を差し出した。エシャーは応えようとした手を一瞬
立ち上がって一回手を離し、服についてる泥を払い落とすと、篤樹はもう一度エシャーに手を差し出す。
「行こっ!」
エシャーは今度はすんなりと篤樹の手を握り返してきた。2人は手をつないだまま道へ戻り歩き出した。
「俺さぁ……」
「うん?」
篤樹は何となく口を開いて話し始めた。
「女の子とこうして手をつないで歩くなんて……『向こう』じゃ、やった事ないんだ」
「へぇ。なんで?」
「恥ずかしいっていうか……なんか……ちょっとガラじゃないって言うか?」
「恥ずかしいの? 手をつないだら?」
篤樹は説明出来ないな、と苦笑し
「だからエシャーが……俺が『こっち』に来た日……俺の手を握って歩いてくれた時さ、本当は『恥ずかしいな』って思ったんだよね」
「えー? イヤだったの?」
「イヤって言うか……何だろうなぁ?……でもさ、すっごく安心して歩けた」
「でしょ? 手ぇ握って歩いたほうが安全だよ」
篤樹はやわらかな笑みを浮かべた。
「安全っていうと親子みたいだよ。俺は『安心』したんだ、エシャーが一緒に歩いてくれてることで……手を握って一緒に歩くことで」
「うーん……でも何となく分かる! だから私も手を握って歩くのが好き!」
エシャーは段々といつもの「エシャーらしく」なって来た。自然に笑顔がこぼれる。
「そうだね……案外、俺も好きなのかも。こうして歩くの……ありがとね」
エシャーは明らかに嬉しそうな声で答える。
「私もなんだか安心したなぁ!」
「ん?」
「さっきまでさ……何か……急にアッキーが遠くにいるような気分になってたんだ! 私……
「そうだったの? でも、俺……どこに行けば良いのか、右も左も分からないから……大丈夫だよ」
「そうじゃなくって!……何となくよ。何となく! でも、今はなんだか安心。手ぇ握って一緒に歩いてるからかな?」
「そうなんじゃない?」
2人は会話が止んでも、今度はなんだか楽しい気持ちのまま歩き続ける事が出来た。
『私たちは私たちでこの「出口」に向かって進み続けるわ……』
別れ際の香織の言葉を思い出す。
俺の「出口」がどこなのか……まだ分からないけど……エシャーと一緒にそこに向かって手をつないで進み続けたいな……
夕日に染まり始めた小道に伸びる2人の影を見ながら、篤樹はぼんやりと考えた。
影の伸びる道の先に、こちらに向かって進んでくる馬車の姿が見えた。
出口……か。「向こう」に帰る出口を探しながら……でも「別の出口」ってのも、もしかしたら……あるのかもな……
(第1章 旅立ちの日編 完結)
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