第61話 友だち

 篤樹とエシャー、亮と香織はそれぞれ向かい合い、座卓を囲んだまま沈黙した。亮と香織の手作り畳から飛び出す「草」が、チクチクとお尻に刺さるのが気にはなるが、それ以上に、今、自分たちが置かれている状況を改めて確認したことで、何とも言えない重たい空気に包まれている。


 篤樹は薄々自分の中でも気づいていた……みんな「飛ばされた時間」が違うのではないかと。でもその時間のズレを、実際にこうして「50歳を超えている同級生」を目の前にし、実感するのはやはりショックだった。

 そればかりか……少なくともクラスメイトの内6人は「数年・数十年前」どころか、7千年以上も昔に飛ばされ……神話の登場人物として生き、この世界で「伝説」にまでなってるという事実―――それはすなわち、アイツらはもう、この世に生きてはいない、という事実だ。

 

 『みんなで一緒に帰りましょう』


 そう語った湖神様……小宮直子のはげましは何だったのか? かなわない希望……すでに終わってしまっている「可能性」を信じてここまで来たのか……? 篤樹は空しさを覚える。


「……分かったろ? 俺たちだけじゃなく、この世界の、何千年もの歴史のはざまに……バラバラに飛ばされて来た全員が思ってたはずださ。『みんなに会いたい! 家に帰りたい……』ってよ。でも……無理なんだよ。どう考えたって……帰る道なんかもう……無いんだ」


 亮は自嘲気味じちょうぎみな笑みを浮かべた。香織も続けて口を開く。


「だからさ……『ここ』でどうやって生きてくか? って事に頭を切り替えたほうが良いよ、賀川くんも。私たちはその時間を……無駄にしちゃったから」


 亮と香織さんの言ってる意味はよく分かる。2人にしてみれば「あの日」から35年も生きて……考えて……体験して……その結果として「判断」してるんだから、きっとそれは正解なんだと思う。でも……


「ゴメン……俺……だけど……自分で納得できないままで受け入れたつもりになるなんて……出来ないや」


 しばらくの間を置き、亮は「ふぅ」とタメ息をついた。


親父おやじとおふくろの気持ちが分かるよ……このとしになってお前と話してると」


「……どういう意味だよ?」


「火は危ないって経験した者だからこそ『火には近づくな』って教えたいんだよ、俺たちは。でも火が危ないって経験を未だしてないヤツは、そんな大事な注意を自分の『知恵』として受け取ってくれない……結局、自分自身が経験して『ホントに火は危ない』と知る事にならない限り、いつまでも火に近づいて行こうとする」


「……? なんだよ……それ……」


「要は『子どもには言っても無駄むだなんだな』ってあきれてるの。オジサンとオバサンはね……続けりゃいいよ、出口探し!……どこに出るかは分かんないけど……賀川くんが納得出来る出口を見つけなさい!」


 香織は「あの頃」と変わらず、頼れる親戚しんせきのオバちゃんのように篤樹をはげました。


 にしても……一緒に暮らすと似てくるもんなんかなぁ? あの亮まで変な言い回しを使いやがって!


 2人の友人の気持ちを、篤樹はうれしく思う。きっと、2人も希望を持ったり裏切られたり、色んな苦労、色んな「戦い」をこっちで繰り返して来たからこその言葉なんだろうとは理解した。……理解した上で、それでも篤樹は「自分で」道を見つけ出したいと決意する。


「ところでさ? 遥……高山はどうしたんだよ? どっか別の場所に住んでんのか?」


 お茶を飲もうとしていた亮の手が止まった。香織が亮を見る。亮が頷くと香織が深いため息をつき、篤樹に向き直った。


「遥はねぇ……こっちに来てすぐに……殺されたんだよ」


 は? 殺……って……篤樹は言葉が出ない。どういうこと?「死んだ」ではなく「殺された」って……


「私たち3人は『あの事故』の時……折り重なるように座席の間にはさまれてたの。そして……気づいたら、3人一緒に『こっち』に飛ばされてたんだ」



◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



ドン!


ッ!」


 亮は初め、前の座席の背もたれに身体をぶつけたのだと思った。しかし転がって目を開くとそこは「車外」だった。


 車外に投げ出されたのか?


 亮はしばらくの間、ぶつかったと思われる右半身の痛みに息も出来ず、苦痛にうめいていた。呼吸が落ち着きようやく目を開く。見上げた空には木の枝が重なり、チラチラと陽の光が射し込んでいる。みんなは……? 亮はゆっくりと上半身を起こした。すぐ近くに女子生徒が2人倒れている。


「おい……大丈夫か!?」


 亮はうように近づき、手前の女子の肩付近をたたいて声をかけた。誰だ? これ……


「う、うーん……」


「あ、高木さん。大丈夫?」


 手前の女子は高木香織だ。気がついたようだ。香織はガバッと上半身を起こすと、隣に倒れている女子に気づき、すりながら声をかける。


はるか…遥っ!」


 遥? 高山か……


「ん……あ、香織ぃ……大丈夫?……お? 牧田も……大丈夫かぁ?」


 遥は横になったまま目を開くと声を出した。


 良かった……とりあえず俺たちは生きてる。他のヤツらは……? 亮は辺りを見回した。



―・―・―・―・―・―



「結局周りに誰もいないこと……バスも無い、事故の形跡けいせきもない、そもそも『事故現場』とは違う場所にいるって事が分かってパニックさ」


「でも3人でパニクっててもラチがあかないってことになって……とにかく『誰か』を見つけようって歩き出したんだ」



―・―・―・―・―・―



「誰かいませんかー?」


「おーい! 誰かー!」


「助けて下さーい!」


 3人は森の中の、なるべくひらけた場所を選びながら救助を求め、進みつつ叫んだ。しかし1時間以上歩き回っても誰からも応答はなく「文明を感じられるモノ」にも出会わなかった。


「やっぱり……絶対に何かおかしいよ!」


 香織が亮と遥にうったえる。3人は足を止めて手近てぢか倒木とうぼくに腰を下ろした。


「道路にでも出られれば……少しは安心なんだけどなぁ」


「有り得んなぁ……こんだけ歩いちょって誰にも会えず、何にも見つけられんってのは……」


 亮と遥も、香織と同じく状況の異常さに気づいている。


「とにかくじゃ……」


 遥が提案する。


「暗くなってしもうてからじゃ、身動き取れんくなってしまう。このまま歩き続けるか、夜に備えるか、どっちか決めんと」


「夜に? 何だよ、野宿ってこと?」


 亮が驚きの声を出す。確かに辺りは急速に暗くなって来た。


「右も左も分からん所で夜通し歩き回っても、体力を消耗しょうもうするだけじゃ。暗くなる前に少し見通しのええ場所見つけて寝床ねどこを作らんと……」


 香織と亮も結局、遥の提案にのることにした。



―・―・―・―・―・―・―



「結局さ、大した食べ物も無い山の中で2晩さまよって……川の水飲んだりしながらふもとを目指した。で、民家を見つけた。中に入ったけど誰もいなくって……でも『誰かが住んでる』って気配はあって。そのまま3人で誰かが来るのを待ってたんだけど、誰も来なくって……」


「その内に遥が『ちと様子を見て来る』って外に出て行って……私たちも疲れてたし、一緒に行く元気もないから……その家の外で人が来るのを待ったまま眠ってしまったの」



―・―・―・―・―・―・―



「誰だ!」


 亮と香織は突然の怒鳴り声にビクッと目を覚ました。辺りはまだ明るいが、だいぶ陽がかたむいている。遥はどこ? 香織は辺りを見回したが亮と2人だけ……いや、目の前に何かが立っている。子ども?


「うわっ! なんだ!」


 亮がその「人物」を見て驚きの声を上げる。目の前に立っているのは普通の人間ではないと一目で分かる。大きな斧を肩に担いだ小柄な……いや、「小人」の老人。しわくちゃの顔に、真っ白な長い髪とひげ。白雪姫の絵本に出て来るような、身長1m足らずのその老人は、眼光鋭がんこうするどく2人をにらみつけている。大きな斧に見えるが……多分、持つ人が違えば「普通の斧サイズ」なのかも知れない。


「あ、あの、私たち、事故で迷子になって……」


「知らん! 出てけ! 人間のガキが……」


 亮と香織は顔を見合わせ「どうする?」と目配せで相談した。


「すみません! でも、どこに行けば良いのか、ここがどこかも分からないんです!」


「お願いです! せめて電話だけでも貸してもらえませんか?」


「知らん! 出てけ!……『デンワ』? 何を言っとる?」


 小人の老人は香織の言葉に関心を示した。


「あの……私たち、出発前にスマホは先生に預けちゃったんで、持って来てないんです。親に連絡したいので、お電話をお借り出来ませんか?」


 もう一度香織が尋ねると、老人は斧を下ろし家の外壁がいへきにそれを立てかける。


「……入れ。話を聞こう」


 そう言うと、亮と香織を家の中に招き入れた。



―・―・―・―・―・―・―



「俺たちは結局、その小人……『ボンさん』に、そのあと色々と助けられたんだ。戦い方の基本もボンさんに教わった」


「ちょっと! あんた話が飛び過ぎだよ!……そうなる前の話を今はしてるんでしょ?……でね、賀川くん……ボンさんの家に入って、私たち事情を説明したの。会話の中で色々と単語が違うから、最初は『方言なのかな?』って思ってたのよ。でも、その内に私たちは気が付いたの。ここが『違う世界』なんだって……」


「ボンさんは遥の事を心配してくれて……とにかく、自分が探しに行くからって、俺たちを残して外に出て行った。家の中の物は好きに使って良いから、なんか食って休んでろって」



―・―・―・―・―・―・―



 結局その夜、小人のボンは帰って来なかった。亮と香織はボンの室内に有った食べられそうな物を見つけ出して食べ、空腹が満たされると、積んであったワラの束の上で転がりそのまま眠りについた。ボンが帰宅したのは翌朝のことだった。


「もう1人の子は、どうやら連れ去られたらしい……」


 ボンの報告は衝撃的だった。亮と香織は絶句する。


「1つ山を越えたところに、ワシの知り合いの人間がおってな。そやつが現場を目撃したそうだ。見慣れない不思議な服を着た女の子が、法暦省ほうれきしょうのやつ等に連れ去られるのを見たってな」


「法暦省? なんですかそれ」


「国のお役所さ。何かと悪い噂も聞く……身寄りのない人間を『実験』に使うためにさらって殺してる……とかな」


「な! 実験って……」


「遥を助けなきゃ!」


 亮と香織はボンの家から飛び出す勢いだったが、扉の前で立ち止まり振り返る。


「あの……一緒に探してもらえませんか?」


 ボンは切り株のような椅子に座ったまま、2人をジッと見つめている。


「……連れ去られたのはミシュバの町だろう。近くにミシュバット遺跡があるんで法暦省が管轄かんかつをしてる町だ。東の山2つ越えて平野を数kmほど行ったとこに在る。お前らの足なら3日もあれば着ける。あっちはもう今頃町に入ってはおるだろうがな」


 付いて来てはくれないんだ……2人は急に不安になったが、とにかく遥を助けに、との思いで扉を開く。


「待て!」


 ボンの声に2人は振り返る。ボンは椅子から立ち上がると、奥へと歩きながらブツブツ語り続けた。


「……何の準備も無く出て行くとは、馬鹿な子どもたちだ……ったく。その格好もいかん! 丸腰の他所者よそものがキョロキョロしながら歩いとったら、法暦省だけでなく、盗賊やら人さらいやらの目にすぐに留まってしまうぞ! えっと……うん、これに着替えろ!」


 ボンは家の奥に積んであった木箱の中から、麻袋あさぶくろのような物を2つ取り出した。


「売りもんだが、お前らにやる。女モノと男モノだ。適当に合わせろ」


 亮と香織は渡された袋の中から服を取り出した。演劇の小道具で使う中世ヨーロッパの民衆のような服だった。


「あと『旅人』だから……これもな」


 別の箱からフードの付いた外套も渡される。


「それと……あれも……」


 ボンは段々と「着せ替え人形」を楽しむように、2人に次々と旅人変装道具一式を渡してくれた。



―・―・―・―・―・―・―



「で、俺らは結局4日かかってミシュバの町に入り、情報収集をしたんだ」


「ボンさんから『あまり人と話すな。怪しまれるぞ』って言われてたから、こっそり盗み聞きとかでね。町について3日目に遥の情報が入ったわ……」


「あいつ……町の中を流れる川で死体で見つかったんだ……頭を切り落とされた首無し死体だったと話題になってた。着ていた服が……一度脱がされてまた着せられたんだろうって巡監隊は言ってた。体中に切りきざまれたあとがあるとかって……その首から上が無い身体に着せられてたのが、女子の制服だったんだよ……俺たちの学校の……遥の名前が刺繍ししゅうされてた……」


 亮が悔しそうに眼を伏せながら語る。香織もその現場を思い出したのか、つらそうに顔をゆがめながら口を開く。


「お墓をね……掘り返したの。無縁墓地むえんぼちってやつ? 殺されたのは遥じゃない!……って事を確認しようと思って……でも……ひどい状態だったけど……あの子の手だった……握ったの……私……その死体の手を……」


「その時さ、たぶん法暦省のヤツらだったんだろうが……墓に現れやがって、俺たちも捕まりそうになった。だから遥を……そのまま置いて俺たちは逃げた。必死に……それ以来おたずね者になっちまったんだ……『墓荒らし』にしちゃ珍しく全国規模での手配書が回ってたらしい」


「結局、あっちこっち逃げて……隠れて……山に戻ってボンさんのお世話になることになって……」


 亮と香織はそこまで話すと言葉を切り、篤樹の様子を伺う。篤樹は遥の死を……それも36年前の死を知って胸が痛んだが……それを超える疑問が浮かぶ。


「俺……今、その『法暦省』の人と一緒に行動してるんだけど……」


 今度は亮と香織が「え?」と驚く。しかし、表情はすぐに和んだ。


「……ん、まあ36年前の話だからな……大臣もあのあと2度も変わってるし……組織としてのやり方とかも変わってはいるんじゃないか?」


「大体、今、賀川くんは無事に保護されてるワケだし……もう大丈夫なのよ、あそこも」


 本当にそうだろうか? エルグレドさんは優しいし、有能で力強い助けにはなってるけど……法暦省トップのビデルさんは信用出来ない。それこそあの人は「研究目的」で人体実験でも平気でやりそうな気がする。


「ま、もし万が一……いまだに俺らの手配書とかがあったら、上手うま処分しょぶんしといてくれよ」


「何をあんた……そんなもん今頃有ったって役にも立たないよ! あの頃の顔の手配書だよ……むしろ戻りたいねぇ」


 笑顔で話す亮と香織が、篤樹の心配を払拭ふっしょくしてくれようとしているのを感じる。見た目の年齢差は開いても、やっぱりこいつらは「友だち思い」な2人のままだ。篤樹は知らずにまた涙を流していた。


 遥ぁ……会いたかったなぁ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る