第60話 帰れない理由

「高……木……さん?」


 篤樹は、自分の首に抱きつき号泣ごうきゅうする「中年女性」の姿に動揺どうようを隠せない。


 え? なんで? どういうこと……


「賀……川? お前……賀川?……マジかよ……」


 男は目を見開き篤樹を見ている。その表情……その声……


「俺……分かるか?」


 篤樹は答えるのが恐ろしく、口を開けない。ただ目を見開き、首を横に振る。


 そんな……まさか……


りょうだよ……牧田まきた……」


 やっぱり……そうなのか……篤樹は呆然と牧田亮を見つめ、今度はゆっくり頷いた。


「なんだよ……賀川……お前……全然……変わってねぇなぁ……」


「……亮? お前……なのか……? なんだよ……どこの……どこのおじさんかと……」


 篤樹の目からも涙があふれ出す。声が続かない。


 なんだ……どうして……


 亮の目にも涙が溜まっている。3人の様子がおかしい事に気付いたエシャーとアイは、数歩離れた場所に2人で黙って立ちつくす。


 香織かおりの泣き声と谷川の濁流だくりゅうの音が響く中、3人のクラスメイトは「ここ」で、こんな形での再会に溢れ出す思いを強く抱き合い、共有した。



◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 山賊ドラゴン隊を倒し、奇跡的きせきてきな再会を果たした篤樹たち3人は、エシャーとアイと共に「盗賊村」に戻って来た。

 アイは「母ちゃん」と呼んだ高木香織のそばでなく、村の「お母さん」の家に行っている。

 亮と香織に招かれて入った家は、まるで日本の古民家のような作りになっていた。村の中でもこの1軒だけが「くついで上がる部屋」になっている。


「家っつっても、3年前に出たっきり戻ってなかったから……今じゃすっかり村の集会所になってたみたいだけどな」


「私たちでリフォームしたのよ。ほら『こっち』は何か全体的に西洋風でしょ? このほうがやっぱり落ち着くのよね」


 香織はまだまだ手を入れたい場所の説明を加えながら、ざっと家の中を案内する。そのままに上がり、お互いが持つ「この世界」に来てからの情報を交換した。エシャーは3人の話を興味深そうに聞いていたが、内容が3人だけの「身内話」になる度、さびしそうに肩をすぼめる。


「……じゃあさ、その『タクヤの塔』って所に行けば、何か分かるかも知れねぇって事なんだな?」


「あ……うん。これ」


 篤樹は首からぶら下げている「渡橋の証し」を出した。


「う……わ……マジで学ランのボタンじゃん? 懐かしぃ!……骨董品こっとうひんっぽいけど……」


 亮は篤樹がかかげる渡橋の証しを、何とも言えない表情で凝視ぎょうしする。


「……だろ? 最初気付いた時は頭が混乱したよ、俺も。でもって、先生が『自分の持っている情報』ってのをこの中に入れたんだ……信じられるか? あの先生が『神様』だったんだぜ……」


 篤樹は小宮直子が湖神様としてあがめられているという現実に、今も気持ちがついて行けない。


「賀川くんはまだ『こっち』に来て10日も経って無いんでしょ? そりゃ、色々『信じられない』ってのも当然だわ」


 香織が、お茶を湯呑ゆのみぎ足しながら共感する。


「あのさぁ、香織さん? 何か、賀川と会って以来、話し方が変わっていませんかぁ?」


 亮がニヤニヤしながら突っ込みを入れた。


「そりゃ、だって……何十年ぶり……私たちにとってはホントに何十年ぶりのクラスメイトとの再会だし……話し方だって『あの頃』に戻るわよ。ね? 賀川くん」


 篤樹は困った感じで「はぁ……」と曖昧に答える。見た目「友だちの両親」のように変わっている2人に、篤樹の「タメ口」もどこか不自然だ。


「いいなぁ賀川くん。若いまんまで!……私たちなんか、すっかりオバサンとオジサンよ!」


 香織はそう言ってケタケタ笑う。うーん、高木さんではあるんだけど……ますます「親戚のおばちゃん化」してるよなぁ……篤樹は複雑な気持ちだった。


「あのさ、亮……? お前らってその……結婚……したの?」


 篤樹はなかなか言い出せなかった質問を切り出した。亮と香織は顔を見合わせてブッと吹きだす。


「賀川ぁ、やめてくれよ! なんか、この歳になってそんなこと改めて聞かれると、結構ハズいんだけど!」


「こっちに来て35~36年だからねぇ。あっちの人生の倍以上を一緒に過ごしてるから……。『結婚』かぁ……考えてもみなかったわ」


 自分の的外れな質問に、篤樹はなんだか恥ずかしくなりうつむいた。


「俺たちはさぁ、なんて言うか、もう『一緒にいるのが当たり前』って言うか、お互いにいなくちゃならない存在って感じなんだよなぁ……」


「ずっと逃げ隠れしながら2人で生きて来たから、改めて『結婚』とか『夫婦』って言われても、してんだかしてないんだか……」


「え? おい、そりゃないだろ? あん時一応さ……」


 亮がマジメな声で反応する。


「あんな山ん中のプロポーズで『結婚式』の代わりに、って言われてもピンと来ないって言ってんの!……あーあ、私もウエディングドレスとか着たかったよ。ホント……」


「えっと……でも……あの子、ほら……アイちゃんは?」


 篤樹は香織を「母ちゃん」と呼んだ女の子の事が気になっていたのだ。親子ならなんで一緒に暮らさないんだ?


「ん? アイかい?……私たちはあの子の『拾いの親』ってことだよ」


「拾いの親?」


 香織からの予想外の返答に、篤樹は首をかしげる。


「ほら、こんな世界だろ? 俺たちの世界みたいに平和じゃないし、あちこちで戦いやら略奪りゃくだつやらが起こってるんだよ。ひでぇもんさ……」


「あの子は南のほうの山の村で見つけた子さ。小さな村が盗賊に襲われた後だったんだ。ひどいあり様さ……あの子はまだ赤ん坊でね。殺された母親の下で泣いてたんだよ。で、あたしとこの人で育てながら……って感じでね」


「そんなんでよ……10年前くらいにこの村に流れ着いて……ここも町から外れたかくれ里みたいなとこだったから、逃亡者の俺たちには居心地いごこちが良かったんだ。アイもいるから落ち着ける場所が欲しくってな。で、狩りやらを手伝ったり、それこそ『本物の盗賊』どもから守ってやったり、戦い方を教えたりしながら暮らし始めて……」


「あたしらが村から出る時にはスージーがアイの面倒を見てくれてね。ま、子どもは村の宝だからみんな親代わりさ。でもスージーんとこがアイを『娘』として受け入れてくれたんで、あたしらも安心してね……それで3年前にちょいと長めの旅に出ちまったってこと」


 亮はくやしそうに首を振る。


「あのまま村に残ってりゃ……山賊どもの好きになんかさせなかったのによぉ……クソッ!」


 篤樹は目の前にいる亮と香織がすっかり「こっちの世界」の人間になってるんだと感じ……嬉しさと共に寂しさを覚えた。こっちで生きて、生活し、戦い、人間関係を築いて……見た目も中身も「10日前までのクラスメイト」では無くなっているのだと改めて知る。それでも……


「……お前らさ……いいの?……このままで……」


「あ? 何が?」


 意を決したように篤樹は2人に目を向けた。


「帰ろうよ! 一緒に! 家に!『あっち』にさあ!」


 亮と香織は顔を見合わせる。


「お前さぁ……帰るって、意味分かってんのか? それがどんなに現実離れした『夢』だってことが」


「私たちだって帰りたかったよ。ずっと……でも、何にも手がかりが無かった……それどころか命まで狙われて……逃げ延びて、生きていくので精一杯で……帰ることなんか出来ないのよ、もう……」


 香織は涙を流しうったえる。亮の表情にも悔しさがにじんでいた。


「ずっと……36年間探し続けたさ。元の世界に帰る方法を……でも、少しずつ分かって来たんだ。とっくに手遅れなんだってな。今回の旅でそれを確認してきたんだ……俺たちは」


「帰れない……? どうやって『確認』したんだよ……諦めるなよ!」


 篤樹はムキになって2人に怒鳴った。


 だって、そんな……帰れないなんて……無理だなんて……イヤだ!


「……俺たちは……きっとクラスのみんなが『こっちの世界』に飛ばされたんだって考えてたんだ」


 亮が説明を始める。「帰れない理由」とやらを聞かせてもらおうか、といどむように篤樹はその話に向き合う。


「この世界のどこかにみんながいる……そう思ってみんなを探そうとした。俺たち3人で……」


「3人? アイちゃんと?」


「違うわよぉ。こっちに来てすぐ……あの事故の後……亮と私とはるかの3人は一緒に『こっち』に飛ばされてきたの」


「遥……? 高山遥!?」


 篤樹は思いがけない名前が出てきて、驚きと喜びで変な表情になる。


 そっか……遥も……あいつも『こっち』にいるんだ! やっぱり!


「……お前、覚えてないか? バスの中で?」


 亮に尋ねられ、篤樹は何のことかと首をかしげた。


「ほら、やっぱり気付いて無かったんだよ、賀川くんは……」


 香織が亮のひざに手を置き語りかけた。


 えっと……なにが?


「お前さ……あん時、バスの後ろの窓から外に出ようとしてたろ? ほら……落ちる時……」


 バスから……あっ!


「何……で……?」


 篤樹の心の中の疑問のつぶやきが口かられ出る。


「見てたんだよ……俺たちの場所から。事故った時の衝撃しょうげきで……俺……1つ前の席に飛び込んだみたいでさ、香織さんと高山と俺の3人がかさなってたんだよ……気がついて目を開けたら、お前がバスの一番後ろの席を乗り越えてるのが見えて……呼んだんだけどな……やっぱ気づいてなかったんだな」


「……あの時……悪ぃ……俺も何が何だか分かんなくて……色んな……何人かのうめき声は聞いた気がする……あの時……俺……磯野いそのを見てた! 磯野真由子が……外れた椅子が上を向いてて、あいつ座ったまま……あの時……お前ら……近くにいたんだ……」


 頭の中に「たら、れば」の思いが駆け巡る。自分が亮たちの声に気づいていれば、少なくとも「4人で一緒に」こっちに来れていたのかも知れない。ひとりぼっちじゃなかった。あの時……磯野も助けていれば……バスの中から自分だけ出ようとしなければ……


「賀川さぁ、こっちに来て聞いたかよ?『創世7神』って神話」


 創世そうせい7神? 先生……湖神様と関係がある神話の……


 篤樹はコクンと頷いた。


「7000年以上も昔の『神話時代』の英雄伝説えいゆうでんせつ。ま、俺たちの世界にも神話や伝説ってのはあったけどさ……何にせよ作り話だよ、あんなの。……とは言え、何のモデルも無いような作り話じゃ後世には伝わらない。モデルとなるような『事実』が神話や伝説の中には隠されてる……って香織さんが……」


「急に振らないでよ! もう……。いい? 私たちは逃亡の身だったから、最初の内はほとんど人に会わないように、森や荒野で生活してたの。でも、たまに誰かには出くわすのよ。その時々に少しずつ『この世界』の情報を手に入れたわ。神話や伝説、昔話なんかもね」


 神話……伝説……俺も聞いたよ、それ……


「『チガセ』ってやつか?」


 亮と香織は顔を見合わせた。


「なんだよ賀川、お前、もうそこまで辿り着いたのか? まだ10日だろ?」


「私たちが『チガセ伝説』に気がつくまで、20年以上かかったわよ」


「……そりゃ……俺だって……色々あったし……」


「『チガセ』の話なら私も聞いたよ!」


 ずっと黙っていて退屈たいくつだったのか、エシャーは自分も参加出来る話題だと気づき、会話に飛び込んでくる。


「ねえ? おじさんとおばさんなの? テリペ村のベルクデって人に『ガラス練成魔法』を教えたのって? 洞窟に住んでた『チガセの夫婦』って、おじさんとおばさんでしょ?」


 お、おじ……エシャー! 俺の友だちになんて口の……篤樹は呆気にとられたが2人は「おじさん・おばさん」と呼ばれ慣れているのか、気にもしない様子で応じた。


「まあ……教えたっていうか……逆にこっちが聞いたんだけどね。ビックリしたよ。ガラスが無い世界なんてさ。ちょうど見本を香織さんが持ってたから……」


「あのキーホルダーねぇ……失敗したわ。あまりの押しの強さと、あの顔にビビッてついつい上げちゃったからねぇ……ま、おかげで今じゃこの世界にもガラスが広まってるみたいだから『文明の前進』に協力したってことかな? 私ら」


「……その時さ、お前ら、ベルクデさんに自己紹介したんだろ?」


「ああ……多分……こっちに来てまだ1年くらいの時だったから……普通に素性すじょうを話したと思うぞ」


「なんか色々話を聞いたし……こっちもしたから。内容は覚えてないわよ。詳しくは……大体、最近物忘れも激しくなってきてるしね」


 香織はまたおばさん笑いだ。でも篤樹は構わずに続ける。


「そん時にさ、自分たちを『中学生だ』って言わなかったか?」


「中学生? さあ、覚えてないけど……そりゃま、言っただろうなぁ……話の流れから」


「チガーセー?」


 エシャーがタイミングよく口をはさんで来た。


「ほら! こっちの人たちの発音とか、聞こえ方だと『チュウガクセイ』が『チガセ』になるんだよ!」


 篤樹は自分の「発見」を、亮と香織に自慢げに笑顔で紹介する。亮と香織はニヤッと笑みを交わし合った。


「だから、それは俺たちも15年前に気づいたって言ったろ? 知ってるよ。興奮こうふんすんなって『小僧』!」


「あ、なんかムカつくなぁ!」


 2人にはとっくに周知の事実だった事を理解し、篤樹は自分が興奮して語った事が恥ずかしくなる。


 でも……なんか嬉しい! 見た目は……かなりけてるけど「アイツら」と話が出来てるんだ!


「まあまあ……でな、お前も『先生』に会ったり結構色んな情報を早い段階で聞いてて気がついたんだろ? 俺たちはみんな『こっち』に飛ばされた……でもみんな『バラバラの時代に飛ばされた』って」


 亮の顔が段々真剣な表情に変わる。


「俺たちも薄々うすうすそう感じ始めた……何年も生き延びながらな。でも確証が無かった。そんな時……4年近く前に旅人からの情報で『創世7神』の神殿が遺跡として見つかったって話を聞いた。今まで発見されて来た『創世7神』の遺跡としては最古のもので、しかも最大のものらしいってな。だから……行ってみたんだよ。2人で……ちぃと遠いけどな」


 篤樹は亮が語ろうとしている内容を薄々感じ取る。


 誰だった? その7人は……


「発掘された神殿の7体の神像の顔……よく出来てたぜ。サッカー部のダブルかずきだったけ? 上田と田中の『かずかずコンビ』。PC野郎の康平、小平さんと小林さん……で豊な。牧野豊。7体の像の内、こいつ等6人の像は3Dプリントかってくらいのクオリティでってあったな……。神話だぜ? 神様だぜ? あいつらが……」


 亮は話しながら、段々と冗談でも言うような笑みを浮かべた。そして、天井を見上げる。


「……とっくの昔に死んでしまったヤツラもいる。神話だとか伝説だとか……とにかく、この世界に飛ばされて、この世界で生きて……最後は……みんな、この世界で死んでったんだよ。3年2組の他のみんなはさ……俺も香織さんも、もうこの歳だ。今さら戻ったって親より年上だぜ?……帰れないんだよ……もう。俺たち……みんな……」

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