第51話 不測の質問
「みなさーん! いつまで
扉を
「……まったく……まだ6時半にもなっていないじゃないですか……」
「ほらぁ、起きてくださいな。ミーティングを始めましょう!」
エルグレドは不機嫌な表情でベッドを下り、部屋の扉を開く。
「目覚ましはセットしています。6時半にね! 7時から朝食ですから下で後ほど会いましょう!」
「あら? 隊長さんは低血圧? 朝は
「後ほど下で!」
エルグレドは扉をバンッ! と閉め、そのままベッドに倒れ込む。再び扉が叩かれた。
「あっ、僕出ます!」
扉ごと攻撃魔法でレイラを吹き飛ばしかねない怒りの
「……アッキー……ふぁ……おはよー。散歩に行こぉ……」
まだ眠そうな目をこすりながらエシャーが立っていた。
「あ、おはよう。ちょっと待ってて」
篤樹は部屋に戻ると、急いで服を整え外套を羽織る。
「ちょっと行ってきます。7時に食堂で……」
ベッドで再び横になっているエルグレドに声をかけた。エルグレドは向こう側を向いたまま手を上げ「バイバイ」をする。篤樹はそっと扉を閉めて部屋を出た。
「早いねぇ、エシャー」
「レイラが一時間前から……ふわぁっ……ずっと起こして来たの」
「で、その迷惑姉ェさんは?」
「もう外に出て行ったー」
2人は宿の扉を開く。宿の中では感じなかったが外気は冷たい。寝起きの身体との温度差で篤樹は
「アッキー、寒いの?」
エシャーは腕が出ている薄手の服で、外套も羽織っていないのに平気そうだ。
「うん。平気なの?」
「う……う~んッと! 平気! スッキリする!」
「7時に食堂でって事だから……あんまり遠くまで行かないでこの辺を散歩しよっか?」
篤樹はエルグレドのこめかみに浮かぶ血管を想像しエシャーに提案する。
「じゃあ、今日はこっちに行こっ!」
エシャーは宿前の道に立ち、右のほうを指差した。「囲い柵」が4ブロックほど先まで見える。1kmも無いな……でも向こうまで行くとさすがに遠いか……篤樹はゆっくり道に出る。
「じゃ、今日は競争無しで、ね」
2人は辺りの村の景色を楽しみながらのんびりと歩き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「
食堂のテーブルについたレイラは、食事を運んで来てくれた宿の
「焼きたてのパンですよ。しっかりお食べくださいな」
カゴに入った、まだ湯気の立つパンの山を運び終えると、女将は台所へ下がった。
「まあ、素敵な朝食ですこと! すっかりお腹も空きましたわ。さ、いただきましょう!」
レイラは上機嫌で食事を始める。
「あら? 隊長さん。いかがなされたの? ご気分が悪そうですわ?」
エルグレドはテーブルに
「具合は悪くはありません……ご心配なく……」
明らかに不機嫌な声で答える。朝の散歩から戻り、頭も身体もスッキリしている篤樹とエシャーは顔を見合わせた。
「ね? レイラさぁ……昨日の夜のこと……覚えてる?」
「え? 昨夜? 何か特別なことがあったかしら?」
食事を取り分け終えて着座したレイラは、エシャーの質問を気にもかけずにさっさとサラダを口に運ぶ。
「まあ! シャキシャキ!」
「あ、あのぉ……レイラさん? レイラさんってお酒って飲まれますか?」
レイラはパンに手を伸ばしながら横目で篤樹を見る。
「お酒? 好きよ。あまり飲む機会はないけれどね。なぜ?」
篤樹はエシャーと目配せした。エルグレドは口元に笑みを浮かべながらも、明らかに
「昨夜のレイラさんの提案を受け、
「提案?」
レイラはパンをスープに
「ええ。『タクヤの塔』へ向かうのも一案ではなくて? と御提案したことなら……結局、どうなさる事に決まったのでしたっけ?」
「ミシュバット遺跡の『結びの広場』を調べた後、そのまま北上して『タクヤの塔』へ行くルートに変更しましたよ。覚えておられませんか?」
エルグレドが引きつった笑顔で
「まあ、いつの間に……でも
レイラは
「ええ……。『壊れた玄関』を馬鹿みたいに何箇所見て回っても同じですからね」
レイラがキョトンとした目でエルグレドを見る。
「何をおっしゃってるのか分かりませんが、早くいただかないと出発が遅れますわよ、隊長さん」
篤樹とエシャーはエルグレドの顔色を
朝食を
「あら? 村の特製ドリンクですって。一杯お願いしようかしら? 皆さんもいかが?」
エルグレドの表情に気付いた篤樹とエシャーは、必死でレイラの提案を
―・―・―・―・―・―・―
「無自覚とは驚きました!『森の賢者』が、自分の言動にあれほど無責任だったとは! 私は改めて失望しましたよ!」
エルグレドは馬車の
「先人方の
昨夜の
しかしそんな心配を他所に、ほろの中ではレイラとエシャーが何やら楽しそうに話をしている。2人の様子を
「あなたもこちらにいらっしゃる? 少しお話ししましょうよ」
え? レイラさんから誘ってくれるなんて……
篤樹はエルグレドを見た。エルグレドは前を向いたまま口を開く。
「『しらふのエルフ』からであれば『
エルグレドさん、根に持ってるなぁ……
「じゃあ……」と小さく答え、篤樹はほろの中に移動した。レイラとエシャーが、それぞれ荷台の左右に分かれて向き合う形で座っている。篤樹はどこに座ろうかと一瞬考えた。
「アッキー、ここ!」
エシャーが自分の横の袋をポンポンと叩く。着替えが入れてある袋なのでクッションにもなる。篤樹は袋の上に腰を下ろした。
「レイラさん……あの……エルグレドさん、怒ってますよ?」
篤樹は余計な事かと思いつつ、恐る恐るレイラに声をかける。
「エシャーに聞いたわ。私、隊長さんにヒドイ物言いだったらしいわね」
レイラは楽しそうに微笑みながら答えた。
「ヒドイ物言いっていうか……」
「レイラすごかったよぉ! とってもガラが悪かった! おじい様からお話で聞いた
「まあ、ドワーフとは失礼ね!……そんなにヒドかったのかしら?」
レイラの問いかけのような
「僕の世界だと『
「220年も生きてると色々と
え? 嬉しいんだ、それ。篤樹はレイラの感性に驚いた。
「エルフもね、200歳になる頃にはみんな色んな『
レイラは「悟り切ったような笑み」を浮かべながら語る。
「それに私、別にお酒に弱いわけではなくてよ? お酒が入ってると『知らずに』飲んだせいね。意識の準備不足が招いた失態……ということですわ」
悪びれるでもなく「当然の結果」であったようにサラッとレイラは言ってのけた。篤樹はついでに、疑問に思っていたことをレイラに尋ねてみる。
「あの……レイラさんはカミーラ大使の『子ども』だって言われてましたけど……」
「そうよ。ま、エルフの『家族構成』は人間のそれとは違うから……理解は難しいでしょうけどね。私の母のお相手が大使……関係を結んだ頃は、まだ前大使の
「家族で一緒に暮らしたりしないの?」
エシャーが
「エシャーたちルエルフは寿命が人間と同じだから『家族形成』ってものがあるんでしょうけど、エルフは1000年の寿命だからね……成長進度も少し違うのよ。最初の頃の成長は早いわ。人間と同じくらい。自分で狩りが出来るようになるまで10年ほどね。その後、段々成長期間が長くなるのよ。100歳頃に今のあなたたちくらいまで成長し、後はゆっくり……。私が生まれた時の父は300歳くらいね。母はその頃130歳よ。そんな男女が何十年も何百年も一緒にいたいなんて思わないわ。生まれた子どもは一族全体で
生きてる期間の長さの違いで、生き方や家族に対する気持ちが全然違うんだなぁ……篤樹は改めて「違う種族」としてレイラを見た。
「そんなんだから、
篤樹は「お
「そういえば、私の村の子どもも少なかった! 周りはみんな年上か年下だったもん」
エシャーは特に気にせずに
「だから……アッキーが来た時、
そう言うと篤樹の右手を
「な、なんか飲み物無かったけ?……
「あ、そこの箱に水筒入ってるよ」
エシャーがレイラの横の箱を指差す。篤樹は指された箱から水筒を取り出し、急いで一口飲んでむせる。
「なあにアッキー!
エシャーが笑いながら
「ねえ、エシャー? あなたたちは結婚するの?」
「え? 誰と?」
エシャーがキョトンとした顔でレイラに聞き返す。篤樹は馬車の
「あなたとアツキよ。仲良いんでしょ?」
な、なんだ? 急に何を言い出すんだこの人は!
篤樹は言葉を失った。恐る恐るエシャーに視線を向けると、エシャーは大きな目をさらに大きく見開いてジッと篤樹を見ている。ほら! ヤバイって!
「うーん、分かんない……『結婚』とか。でも、お母さんとお父さんは『結婚』してたし、楽しそうだったから……私も『結婚』はしたいなぁ。でもまだよく分かんないよ。ね? アッキー」
エシャーはまるで「どこに遊びに行くの?」と親から
篤樹も、ここは何か言わないと! と口を開いた。
「そ、そうですよ! 分かりません! 何にも! ぼ、僕は今……まだこの世界の事も何にも分からないし……『向こう』に帰れるのか帰れないのかとか……そ、それに『守りの盾』の事とかもあるし!……大体、まだ1週間しか経って無いんですよ。僕とエシャーが出会って!」
そうだ。まだ1週間……たった1週間しか経ってないんだ。あの事故で「こっちの世界」に来て、エシャーと出会って……村が襲われて……
レイラはいつになく「温かい目」を篤樹に向け微笑んだ。
「そうね。『まだ』分からないわよねぇ……」
意味深な強調をつけるレイラを、篤樹はジト目で睨む。
「でも仲良しだよ、ね?」
エシャーは2人とは少しズレた感覚で篤樹との「仲良し」をアピールする。
そりゃ……命の恩人だし、同じ年の友だちだし、嫌いなワケ無いし……
篤樹はウンウンと同意の
「レイラさん! ちょっと良いですか!」
「あら?」
エルグレドが理由を述べる前に、レイラは
「かなり……強いのが来そうですわね?」
前方の空に真っ黒な
「今日はもう少し進みたかったんですが……馬の
レイラがほろの中に戻ると、篤樹が尋ねた。
「何でした?」
「ちょっと
篤樹とエシャーはほろの前方の開きへ顔を向ける。真っ黒な雲が前方の空一面に広がり、
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