第50話 レイラの秘密

「とにかく……もう勝手な自由行動は許しません! なんですか! レイラさんまで一緒になって!」


 エルグレドは、3人の言い訳(本人たちは報告だと言い張ったが……)を全て聞き終えると、保護者のように注意事項を伝えた。


 最初は本気で怒っていた―――3人がおしゃべりをしながら一緒に宿の扉を開いた時、すでに約束の7時も過ぎ、7時30分になろうとしていたからだ。


「どういうつもりですか!」「聞いて! 聞いて!」


 しかし、エルグレドの怒りの声とエシャーの興奮した声が重なり……エルグレドの声は呆気なく負けてしまう。


 話を聞いている内に「そういう事態になっていたのなら仕方が無い……」と同意出来る部分と「でも約束は約束だ!」という怒りの部分が葛藤かっとうし、結局は「厳重注意」として怒りを飲み込むほかなかった。

 宿の主人は話の途中で「そろそろお食事を……」と声をかけて来たが、行方不明になっていたベルクデが帰宅している、という内容を聞くと急いで宿から出て行ってしまった。


「……とにかく、食事の準備をして下さっていますから、まずはいただきましょう」


 エルグレドのうながしで全員食堂へ移動する。食事の間にそれぞれの視点からの感想が述べられたが、やはり全員が一番関心を持ったのは2人の「チガセ」にベルクデが遭遇そうぐうしたことと、その「チガセ」たちが篤樹と同じ世界から来た者……篤樹の同級生であるかも知れないという部分だった。


「にわかには信じがたいお話し……憶測おくそくですよね」


 食後のデザートの後、宿の計らいで飲み物も出してもらい、4人はそのまま食堂で話を続ける。エルグレドの見解に、みな反論出来ずにいた。


「憶測ですが……可能性はあります。何より、アツキくんも見覚えのある『ガラスだま』が証拠とも言えるでしょう。ただ……」


 エルグレドは木製のコップを両手で包み持つ。


「……ベルクデさんがうそをついている、という可能性もあります」


「そんな……でも、ベルクデさんの話はつじつまが合ってました。それに、あのキーホルダー……『ガラスの球』は間違いなく僕が『向こう』で見たものです!……少々古ぼけてはいましたけど……」


 篤樹は同級生の誰かに会いたい、という気持ちで必死にうったえた。


「いや『ガラスの球』があるのは動かぬ証拠です。ただ、ベルクデさんが本当にその『2人のチガセ』からいただいたのか、それともどこかで自分が見つけたものにそのような説明を付け加えたのか……その真偽しんぎは分からないということです」


 宿屋の主人が台所から飲み物を持って出て来る。


「村特産の飲み物です。いかがですか?」


 エルグレドは自分のコップを持ち上げ、不要の合図を送る。篤樹とエシャーは受け取ると、テーブル上の飲み掛けコップの横に置く。レイラは空のコップを御主人に渡し、新しい飲み物を受け取った。


「ベルクデじいさんはねぇ……」


 話を聞いていたのか、宿の主人がそのまま会話に入って来た。


「昔は良い人だったんですよ。旅先で仕入れた物語や経験談を村人に話してくれてねぇ。まあ……中にはかなり荒唐無稽こうとうむけいな作り話もたくさんありましたが……。笑える範囲はんいのホラ吹きなら、みんなだって許せるんです……だけど、金に目がくらみ自分の弟子をおとしめる嘘ってのはさすがに……」


 宿の主人はそう言うと、空のコップをお盆に載せ台所へ戻って行く。


「あの御老人……嘘をおっしゃってるようには見えませんでしたわ」


「私も!」


 レイラとエシャーが意見を述べる。エルグレドは小さくひと息をつき、口を開く。


「こちらでも宿の御主人とそのお話……ベルクデさんが『チガセ』からガラス練成魔法を伝授でんじゅされた、という『妄想もうそう』のお話しを聞きました」


「だから妄想もうそうなんかじゃなくって……」


 篤樹が口をはさむがエルグレドは手を上げて制止する。


「この村の人々の間では『妄想話』と受け止められているって事です。その理由の一つに、その『チガセ』と出会った洞窟どうくつと思われる場所に、何人かが確かめに行かれたそうなんです。まあ、ベルクデさんがその『妄想』を語り始めたのが10数年前という事ですから……調べに行ったのは『チガセ』と出会って25年程経っていた事にはなりますが……とにかく、その洞窟には全くなんの痕跡こんせきも無かったそうです。洞窟だけでなく『2人のチガセ』の存在を示すものは、森の中には何一つ見つからなかったそうです」


 もう……いない?


 篤樹はフッと力が抜けた。


 そうか……いつまでも……今もその「森の中」にいるものだと思って気持ちが高ぶっていたけど……35年も前の話なんだっけ……


「ベルクデさんは水晶加工法術士です。あちこちに出かけて行かれるので、色々な話や珍しいものを手に入れられることもあるでしょう。ですから、彼の話をそのまま鵜呑うのみには出来ないというのが私の判断です。おふたりが『エルフの眼』で正確に真偽を確かめられた、というなら話は別ですが……」


 エシャーとレイラは顔を見合わせると肩をすくめた。エルグレドは頷きながら篤樹に視線を向ける。


「非常に残酷ざんこくな意見を言わせていただきますが……もし仮にその話が事実で、35~36年前にお2人の『チガセ』が実在したとしましょう。森の中は人間にとって非常に危険です。野獣やサーガの餌食えじきにならず、30年以上もそこで生きていられるとは到底考えられません。いや、もし仮にお2人がそこで生きておられた、としましょう。しかしもしそうなら、今現在お2人のお年は今のアツキくんに35~36歳を足した年齢……50歳以上になっておられるという事です」


 そうだ……昨日・今日の情報を聞いてきたんじゃない、35年も前の情報なんだ……


 篤樹の中に膨らんでいた「友だちに会えるかも……」という期待は、急速にしぼんで行った。


「ただ『チュウガクセイ』が『チガセ』の語源ではないか? という仮説は非常に面白いと思います……スミマセン、面白いというのは興味深いという意味です。ビデル閣下の立てている仮説とも合致しますし、そうなると『湖神様』がアツキくんの先生である可能性も高いと考えられます……が、もしそうであるとするなら……アツキくんの『同級生』方は皆さん『こちらの世界』の歴史の中でバラバラに……別々の時間の中に現れた、という事になるわけです」


 みんなが……バラバラに?


 篤樹は小宮直子が言っていた「こっちで出会った生徒たち」の名前を思い出してみた。


 ダブルかずき……上田一樹と田中和希、大田康平、牧野豊、小平洋子、小林三月、神村勇気、川尻恵美、柴田加奈、そして卓也……相沢卓也……一体みんなは「いつ」「どこで」先生と会ったのだろう? 100年前? 1000年前? 7000年前? とにかく……もう……みんな……とっくに死んでるってことか……


「そう……ですね……もう……みんなには……会えないんですよね……」


 篤樹の落胆らくたんに、場の空気がズンと重たくなる。エルグレドは自分の発言に責任を感じたようで、少し口調を和らげた。


「すみません……ただ『可能性』は色んな仮説の中にあります。起こり得ない事が現実に起こったのですから、もっと考えられないような『真実』があるかも知れません。それが、もしかしたら時間も空間も関係なく、アツキくんとお友だち全員が再会出来る、というものかも知れません……とにかくまだ、情報が足りないんですから」


 情報? 情報なら……


「エルグレドさん……やっぱり……『タクヤの塔』を今回の探索で回る事は出来ませんか?」


「タクヤの塔に? なぜ?」


 レイラが不思議そうに口をはさむ。エルグレドは「しょうがない」という風に息を吐き出した。


「湖神様からの使命をアツキくんは受けているんですよ。ルエルフ村を出る時にね……外界に出たら『タクヤの塔』を目指せ、と。そこで『何か』の情報を得られるそうなんです。しかし……」


「あら? すごいじゃない! 湖神からの使命なら、何かの『答え』がそこにあるかもよ!」


 レイラの言葉を受け、エルグレドはエシャーを見る。エシャーは微妙びみょう面持おももちで話を聞いている。


「いいですか? 忘れないで下さい。私たちの今回の探索たんさく目的は『エルフの守りの盾』をルエルフ村から持ち帰る事です。ルロエさんが真の自由を得るためにも……その目的を3ヶ月以内に達成しなければなりません。手がかりは『結びの広場』しか無く、いま私たちが調査に行けるのは、先日お伝えしたルートが最短で最適なんです。分かっていただけますか?」


 篤樹はうつむいたまま何も言えない。


 そうだ……この探索を終えてからでも遅くはない……でも……


 エシャーは申し訳無さそうな目で篤樹を見ている。ルロエを自由の身にするため、篤樹が自分の思いを押し殺そうとしているつらさを感じていた。


「あのさぁ、隊長さん? あんたバカ?」


 レイラの突然の暴言に3人がギョッとする。レイラは満面の笑みを浮かべている。


「レ、レイラさん、今……なんて……」


 エルグレドは抗議こうぎをしようとレイラに目を向けた。


「黙れ! 能無し隊長! あんたの机上きじょう空論くうろん面倒めんどうだって言ってんの!」


 は? レイラさん……どうしたの?


 篤樹はエシャーの目を見る。エシャーも目を真ん丸に見開き「さぁ?」と首を横に振る。


「良いかい小僧? タグアの北の森でも見ただろ? 湖神の守りはけてんだよ! とっくに! 出入口はこわれたの。わかる? ボウヤぁ?……じゃ、今さら壊れた出入口を調べに行ってどうすんの? こん前みたいに『壊れてましたぁ』ってのが分かって、それでどうすんのさ! 2ヶ月も3ヶ月もかけて、そんなのを確かめて回るのが探索隊の仕事? これをバカらしいと言わずに何を『バカ』と言う!」


 話してる内容は意見としてまともだけど……話し方がいつものレイラさんじゃない! 篤樹はさっき宿屋の主人が持って来たコップを取ってにおってみた。

 

……お酒の匂いがする……時々、父さんと母さんがお酒を飲んだ時の……アルコールの匂いだ……


「エルグレドさん……これ……」


 篤樹はエルグレドにコップを渡した。エルグレドも匂いを確認する。


「なぁに人の話を無視してコップなんかのぞいてんだよバカ隊長! 良いか? よく聞け。森の賢者けんじゃエルフ族のレイラさんがそなたに知恵をさずけてしんぜよう!」


「レイラさん、あなた、さっき飲んだのお酒ですよ。あなた、っていらっしゃいます! もうやめて下さい!」


 エルグレドがあきれたようにレイラを注意する。


「だーまーれー! 人間の小童こわっぱがぁ……聞け! 賢者の言葉を! 良いかぁ? アツキは湖神からの使命を受けてんだ。タクヤの塔に行きゃ湖神との約束を守ったってことで、何かご褒美ほうびがあるかも知らんだろうが! 情報だよ情報! 次につながる情報が手に入るんだよ。湖神がらみのなぁ。でも、お前の言う『こわれた玄関巡げんかんめぐり』じゃ、何にも新しい情報なんか手に入らねぇだろが! だからバカだっつってんだよ……おわかり?」


 レイラはそこまで言うとうれしそうな笑顔を見せた。


「ご静聴せいちょう、ありがとうございました……」


 そう言うと、嬉しそうな笑みを浮かべたままテーブルの上に突っ伏し、静かに寝息を立て始める。


「レ、レイラさん?」


 篤樹は腕を伸ばしレイラの肩を軽くらすが反応が無い。台所から宿の主人がまた顔を出して来た。


「お客さん、どうしました? 何かもめ事でも?」


 エルグレドは篤樹から渡されたコップをかかげて見せた。


「ご主人、先ほどお持ち下さったこの飲み物は?」


「え? ああ、この村の伝統の飲み物ですよ。就寝前に飲むと胃腸が落ち着いてグッスリ休めるんです。この宿でも定番人気の飲み物ですよ。それが、何か?」


「お酒が入ってますよね?」


 篤樹がたずねた。主人は当然顔で答える。


「ええ。村特産の薬膳酒が小さじ2杯ほど……」


 小さじで2杯? 篤樹はエルグレドを見た。エルグレドは手にした飲み物を一口飲んでみる。


「大変美味しいですね。ありがとうございます」


「はぁ……そうでしょ? お気に召していただけましたか?」


「ええ。彼女なんか効果テキメンでしたよ」


 エルグレドがレイラに目を向ける。主人はちょっと首をかしげた。


「よほどお疲れなんでしょうなぁ……必要なら手をお貸ししますので、お部屋に戻られる際にはお声をかけて下さい」


 そう言い残し、また奥に下がって行った。


「いたって普通の飲み物です。最初の香り以外、全くお酒の影響は感じられません」


 エルグレドは残りをそのまま飲み続けた。


「200歳だろうが20歳だろうが下戸げこは下戸って事ですか……森の賢者が聞いて呆れます」


 そう言うとエルグレドは椅子から立ち上がり、自分の椅子の背にかけていた外套がいとうを持ってレイラのそばへ行く。


「あなたが覚えていようがいまいが、私は今夜の事を一生忘れませんよ」


 そう「優しく」語りかけ、外套を羽織はおらせる。レイラは嬉しそうな寝顔のまま、両手で外套を自分の肩にギュッと引き寄せ、スヤスヤ眠り続けた。


「レイラさん……酔っ払っちゃたんですか……小さじ2杯で……」


 篤樹が呆然とレイラの寝顔を見つめる。


「レイラ……お酒に弱いんだ……初めて見た。酔っ払いって……」


 エシャーも唖然あぜんとしている。エルグレドは自分の席に戻る。


「さて、217歳の酔っ払いエルフにさとされるのは非常に不愉快ですが……言葉づかいは別にして、彼女の意見は非常に参考になるものだと思います。ですから、少しルートの変更を考えてみました。どちらにせよ『タクヤの塔』は大陸の北部ですから、このまま私たちはミシュバットの遺跡いせきを目指して北上します。遺跡の『結びの広場』が『壊れた玄関』であれば……他の広場も恐らくダメになっている可能性が高いと思われます。そうなれば、いたずらに時間をかけて他の『広場』を当たるより、そのまま北上を続け『タクヤの塔』を目指したほうが、かえってルエルフ村の出入口へ近づけるのかも知れません」


 エルグレドは篤樹とエシャーを交互に見て確認する。2人は顔を見合わせてうなずいた。


「うん、いいよ! それで!」


「ありがとうございます! そのルートで行きましょう!」


 篤樹とエシャーは、エルグレドが2人の気持ちを尊重そんちょうした変更案を出してくれたことが嬉しかった。予定ルートでの探索を断行されたり、逆に、タクヤの塔への直行が提案されていたら、篤樹とエシャーの間にもわだかまりが生じたかも知れない。エルグレドも自分の打ち出したルート変更案に納得がいっているようだ。


「さて、あとは……」


 エルグレドはレイラの寝顔を見ながら嬉しそうに微笑む。


「今夜のネタを使って、いかにはずかしめてやりましょうかねぇ……レイラお姉ェ様」


 ささやくようなエルグレドのつぶやきを耳にした篤樹は、この件には今後関わるまい、と心に決めた。

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