第49話 ガラス練成魔法発祥の村

「この村が『ガラス練成発祥れんせいはっしょうの地』なんですねぇ。素晴らしいですわ!」


 レイラは自己紹介を済ませると、さっそく本題とでもいう感じで「ベルクデ」と名乗った老男性に語りかけた。ベルクデは「フン!」と面白くも無さそうに答える。


「ああ……ワシが発明した」


「え?」


 篤樹とエシャーがビックリしてベルクデを見る。しかしレイラは大して驚きもせず、微笑を湛えたまま語り続けた。


「あら? ガラス練成は『ミッツバンさん』の考案魔法ですわよね?」


「違う! ワシじゃ! ミッツのクソガキが……ワシから研究を盗んだんじゃ!」


 ベルクデは顔を真赤にして怒鳴る。篤樹とエシャーはワケが分からず身をちぢめたが、レイラは全く気後れすることもない。


「変ねぇ……ベルクデさんのお名前は……全くこの本には出ていませんでしたわよ」


 そう言うと、服の中から一冊の本を取り出した。


盗人ぬすっとが自分で書いた本に、『私は盗人です』などと書くはずもなかろうが!」


 ベルクデはプンプン怒っている。


「まあ? 何か事情がおありのようですわね? ベルクデさんの考案魔法を盗んだミッツバンさんが、あれほどの『大成功』を収めてるのに……という事ですわよね?」


 レイラはベルクデを「ガラス練成魔法の考案者」と認めるかのような発言でベルクデの心をつかんだ。


「そうじゃ! あのバカは……ワシの発明を盗んで自分のものだと言い、皆をだまし……今じゃ大金持ちになっとるんじゃ!」


「何があったんですの?」


 レイラは上手じょうずにベルクテの口を開かせる。


「あんたら……ガラス練成魔法は学んだことあるかい?」


「いいえ。新しい練成魔法ですからまだですわ」


「これじゃ……」


 ベルクテは台所のたなからいくつかの容器を出して来た。


「これは?」


「ガラス練成魔法の……材料とでも言うものじゃよ」


 ベルクデは厚みのある「お盆」のようなものの中央付近に、それぞれの容器から粉末をすくい載せ合わせた。


「最初はこの材質を見つけ出すのに苦労した。ケイ素やナトリムやカルシウムを……炭素や二酸化炭素と合わせてなぁ。じゃが、自然に組成そせいが終わってる物を使えば、あとは簡単に練成出来ることに気付いたんじゃ。それがワシの発見じゃよ。最終的にはケイシャ・ソーダ灰・石灰石から練成可能じゃと分かったんじゃ」


 篤樹は聞き覚えのある単語が、この「あやしげな老人」の口からいくつも飛び出して来たことに驚いた。「この世界」は「元の世界」より、かなり遅れた文明・科学の力しかないものだと、どこか上から目線で考えていたからだ。ケイ素とか二酸化炭素って……篤樹の脳裏に、理科の授業でさんざん苦しんだ記憶がよみがえる。そして「あの声」も……


―――ガラスは嫌い……―――


「……さて、準備はよし。炎火法術は誰か使えるか? 加熱法術でもよいが……とにかく強烈きょうれつなやつじゃ」


 ベルクデが篤樹を見る。篤樹はハッと目をらす。いや……無理だし……。篤樹は横に座っているエシャーを見た。エシャーも困ったように尋ねる。


「……強烈なのって……どのくらい?」


「そうじゃのう……1500度くらいかのぉ。とにかくこれらを『け合わせるくらいの熱』が欲しいのぉ」


 一同の目がレイラに向けられる。レイラはソファーから立ち上がった。


「加減が必要ならおっしゃって下さいませね。私、加熱法術での『火力調整』というのは慣れていませんので」


 そう言うと、お盆の上の粉末に手を差し伸べた。エシャーも篤樹もテーブルの周りに集まる。ベルクデがグローブのような厚みのある手袋と、大きなペンチのようなものを2本持って来た。レイラの法術が始まって1分もしない内に、粉末は赤々と光り始める。


「おおっと! もう少し……こう……ゆっくりと……」


 ベルクデが驚いたように声をかけた。しばらくすると、粉末の粒粒感つぶつぶかんが見えなくなり、溶岩ようがんのようなオレンジ色のかたまり……まるで線香花火の最後の火球かきゅうのような状態のモノに変わる。


「よし! ちょい待ち!」


 ベルクデは手袋をはめ、2本のペンチでその塊をつまんだ。そして、その塊を伸ばしたり、ひねったりしながら形を整えようと手を動かす。


 水飴みたいだ……


 頬に熱を感じながら、篤樹はベルクデの手先に注目した。ベルクデは赤みが消えかかって来たその「物体」を、テーブルの下に置いてある箱の中へゆっくり下ろす。箱の中には「灰」のようなものが入っている。ベルクデは形成したばかりの塊を、箱の中の灰に埋めた。


「ちと……まだ熱いでなぁ。こうして熱を取るんじゃ。いっとき待ってな」


 そう言うと手袋を外し、近くの椅子に腰かける。


 篤樹は一連の光景を見ながら、テレビで見た場面を思い出していた。何か工場のようなところの……焼却炉しょうきゃくろみたいな中に、あのかたまりみたいなものを先端せんたんにつけた棒を入れ……そして棒の先から息を吹き入れてたよなぁ。風鈴ふうりん作りとかのニュースだったっけ?


「さっきのが『ガラス』ですの?」


「そうじゃよ。あれがめると透明とうめいのガラスになる。ま、今のはお試しじゃ。あのドロドロの状態をうすばして、板状に固め窓枠まどわくにはめたり……形を整えてランプの容器やカサにしたり、色々加工することが出来る。加工までを『練成』する法術力がある者もおれば、加工しか『練成』出来ん法術士もおるがの……」


 ベルクデは自分が考案した練成魔法を「生徒」の前で実演し、期待以上に驚かれて上機嫌になっている。それぞれの驚きは別のところにあるが……


「……という事はつまり……ベルクデさんは『ガラスの材料となる物質に気付いた』っていう事なんですか?」


 篤樹も言葉を選びながらたずねる。


「それだけじゃないぞ! それらを合わせる配合比率も、ワシが見出したんじゃ! それまでは天然てんねん水晶すいしょうけずったり、合わせたりという加工でしか作れなかったようなものが、ワシのガラス練成によってどんな大きさ、どんな形にだって……同じ形のものを大量に作れるようになったんじゃ!」


「すごい発見ですわねぇ。ご苦労なさったことでしょう?」


 レイラのねぎらいの言葉にベルクテはうれしそうに答えた。


「そりゃ苦労したわい。やっとの事で作り上げたんじゃ……それをあのミッツのクソガキが……全部盗んでいきおった! 腹立たしい! 恨んでも恨み切れん!……わしが炎火法術か加熱法術さえ使えておったなら……。ヤツはただ、わしの指示通りに加熱をしておっただけの弟子なんじゃ!」



―・―・―・―・―・―・―



 エルグレドは宿の1階ロビーに置かれた木のベンチに腰掛け、宿屋の主人と話し込んでいた。ふと時計を見ると6時30分になっている。3人が戻ってくる気配はまだ無い。


「……それで、ベルクデさんはミッツバン氏を憎んでいると?」


「いやいや……あれは逆恨さかうらみですよ。ミッツバンも可哀想かわいそうに……師匠ししょうと仰いで仕えていた法術士から、盗人扱いされたんですからねぇ……。村を出て行ってしまう気持ちも分かります」


 宿屋の主人は首を振りながらエルグレドに答えた。


「元々変わった人だったんですけどね、ベルクデさんは。でも、弟子を村から追い出すような悪口をあちらこちらで言いふらしたもんですから……すっかりみんなからの信頼も失ってしまいまして……この10年間は挨拶あいさつもそこそこですよ。いつも怒った顔でブツブツひとりごとを言いながら歩いてるもんで……子どもたちからもこわがられていましてね」


「そうですか……ミッツバン氏の評判は王都でも聞き及んでいますが、ベルクデさんという方のお弟子さん時代があったとは知りませんでした」


 宿屋の主人はうなずきながら応じる。


「自分の弟子が、自分の遠く及ばない偉大いだいな発明をしたもんだから、ベルクデさんもくやしくって逆恨みをして……とにかく、そんなこんなでベルクデじいさんも頭が少し変になってしまったんでしょうなぁ。ミッツバン氏もそんな『変人』の弟子だったと思われたくないのか、サガドの町に移られて以降、全く村に寄りつかれなくなってしまいましたよ」


「そうでしたか。まさかガラス練成魔法誕生の裏にそんな争いがあったとは……知りませんでした」


 エルグレドは「新しい情報」をメモに取る。


「ホントにねぇ……。まいにゃ、じいさんときたら『自分がチガセの夫婦からもらった知識を盗まれたんだ!』なんて妄想もうそうまで語り始めましたからねぇ。ミッツバンもあきれてましたよ」



―・―・―・―・―・―・―



「まあ『チガセ』の御夫妻から?」

 

 レイラは「冷静に」驚きながら、ベルクデの話に相槌あいづちを打つ。エシャーと篤樹はベルクデの話に本気で驚いた。


「あ、あの、すみません! もう一度……その……いつですか? 何年前の話ですか!」


 篤樹の飛びかからんばかりの剣幕けんまくに押され、ベルクデが説明を繰り返した。


「じゃ、じゃから、えっとぉ……10と20と……1・2・3……35年? 36年前? そのくらい前じゃ」


「では……」


 レイラが話をまとめるように口を開く。


「ベルクデさんが昔、森の中でサーガにおそわれてるのを助けてくれた若い御夫妻……その方々がご自分たちを『チガセ』と名乗り、あなたに『ガラス』を教えてくれた、ということなのですね? 35~36年前に」


「そ、そうじゃよ。うん。若い夫婦じゃったな。ほれ、お前さんたちくらいの。成者しげるものを過ぎたばかりって感じのな」


 ベルクデが篤樹とエシャーに視線を向ける。篤樹はドキドキしていた。小宮直子の姿をした湖神様こしんさまと会って以来……ずっと考えていた事の答えが得られるかも知れない。


「その頃はまだ『水晶加工魔法』しかなくてな。ほれ透明の石をけずったり組み合わせて加工するあれじゃよ。でも原料となる水晶は自然界にそうそう転がってはおらん。で、ワシのような『水晶加工法術士』はあちこち探しに行くんじゃ……洞窟どうくつがあれば奥まで入って行ってな。じゃから出来上がるものは数に限りがあるし、高価になるから……今のガラスのようには誰もが手に入れられはせんかった」


「水晶探しの時に……その2人と出会った、と」


 篤樹は、はやる気持ちをおさえながらたずねた。


「ああ、西の山向こうの森辺りじゃった。人里から遠く離れた森じゃ。野獣もおればサーガも巣くっておるような場所。そんな所まで足を伸ばさにゃ良い水晶と巡り会えんからな。で、水晶に出会える代わりに、サーガにも出会ってしまったんじゃ。最初はケンタウロスかと思ってな……安心してやり過ごそうとしとったら、まさかの半人半獣系サーガでな。そりゃもう恐ろしかったわい」


「そのサーガを……お2人が?」


 レイラが話を進めようとうながす。


「ああ、そうじゃ。ワシ目がけてサーガが突っ込んで来た時、丸太のくいに乗って来られてな……一撃いちげきでソイツを倒されたんじゃ。そして……そのまま姿を消された」


 は? 篤樹は話が急に終わったのかとビックリした。


「とにかく突然のことでワシもビックリじゃった。でもお2人とも、その時は一言も発せずに立ち去って行ったんじゃ。なるべくワシと……人とは関わりたくない。そんな雰囲気ふんいきじゃった」


「それで?! じゃあ、どうやって『ガラス』の事を聞けたんですか!」


 ベルクデは顔一杯にシワを作り顔をしかめる。


「せっかちな若モンじゃなぁ……話は最後まで聞け! ったく……とにかく、命拾いしたワシは手に入れた水晶を持ち、早く村に帰ろうと思ってな。山越えの道……まあ、道なんて無いんじゃが……村へ戻り始めた。しばらく行くと洞窟を見つけてな。せっかくだからここも調べようか、と中に入ったんじゃ、そしたら……」


「2人がいたんですか!」


 篤樹は黙っていられない。エシャーが肩に手を置いてシッ! と口に指を当てる。


「おったというか……ワシをおそってきた」


「まあ?」


 予想外の展開にレイラが呆れ声を上げた。襲う? 人を? 『チガセ』が?


「何やら……石をいだようなナイフを首筋くびすじき立てられてな。持ち物を全部調べられて『追っ手ではない』という事を確認かくにんして、ようやく解放かいほうしてくれたんじゃ」


「2人は誰かに追われていたんですか?」


 篤樹は尚も聞き返す。ベルクデも、もうコイツは仕方無いとあきらめたように返答する。


「誰かなのか……何かなのかは分からんが、とにかく逃げておるようじゃった。で『この世界』について色々とたずねて来た。おかしな連中じゃと思ったよ。ずっと森の中に住んでいて、世間を知らんのかとも思ったが……そういうわけでも無さそうじゃった。ワシも分かる限りは話したよ。まあ、全てを知ってるわけでもないから、質問された中の分かる範囲でな。聞いたこともない不思議な言葉をいっぱいしゃべっとったが……とにかく自分たちをナンとかカンとかの『チガセ』だと名乗ったんじゃ」


 ナンとかカンとかの『チガセ』って……


「『T県K市の南町中学校の中学生』って言ったんじゃないですか?」


 篤樹はベルクデにめ寄った。


「知らん! 知らん! とにかく『チガセ』としか聞こえんかった! 昔話の『チガセ』の話と思って聞いたんじゃから……間違いないわい! とにかく、その洞窟で2人は生活しておった」


「あら? じゃあ別に『ご夫婦』ってわけじゃないのね?」


 レイラが冷静に突っ込みを入れる。


成者しげるものの男女が一緒に住んどったら夫婦じゃ!……で、その晩はワシもその洞窟に泊まらせてもらう事になって、色んな質問をされたから答えてやって……で、ワシが水晶加工法術士じゃと話したら『ガラス』の話になってな。そんなものはこの世には無いと言ったら女の『チガセ』が小さな丸い『ガラスのたま』を見せてくれてな。ああでもない、こうでもないと話しながら『ガラス』の材料やら加工の方法をお2人が教えて下さったんじゃ。まあ、本人たちも良く分かっておらん部分もかなりあったみたいじゃがの」


 小さな丸い「ガラスの球」? 篤樹の胸が高鳴る。


「おお! 証拠を見せよう!」


 ベルクデはさっさと台所に行き、無造作むぞうさに置いてある食器を取り除くと、一番下の器の中に入っていた小さな木箱を手に戻って来た。


「これが『チガセ』のガラスの球じゃ!」


 ベルクデは木箱のフタを取り3人に見せる。篤樹の脳裏に、あの日、教室で聞いた女子たちの声が響き渡った。


―――欲しい? でも、あっげなーい!―――


 あの日、教室で見た「ガラス球付きのキーホルダー」……篤樹の目の前に置かれた古い木箱の中に、それは無造作に転がっていた。

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