第43話 エルグレドの作戦
ルエルフ村への入村手順を試していた篤樹とエルグレドの姿が
「レイラ!」
エシャーはレイラに顔を向け叫ぶ。装備屋を出て以来、2人はすっかり良好な関係を結んでいた。200歳近い年下から呼び捨てにされても、レイラも気にしていない。
「あらあら?
レイラは
「こっち!」
突然レイラはエシャーの手を
「ちょっと! なに……」
いきなり引き倒されたエシャーは、レイラに苦情を
「助けてくれー!」
森の中から誰かが飛び出して来た。その姿に反応し、エシャーが立ち上がろうとした瞬間……
「あっ!」
「ギャウフ!」
変な音を「叫んで」男の姿が消えた。エシャーがそれ以上身を起こさないようにレイラは腕を引っ張る。
「……今のは?」
「静かに! 何かいるわ……」
男が出て来た森の木々の間から、何者かの話し声が聞こえてきた。
「おい! 始末したかぁ?」
「ああ、こっちだ」
草むらの隙間から、レイラとエシャーは声が聞こえる方向をジッと見る。もう少し頭を上げれば声の主の姿まで確認出来そうだが、目が出せる高さまで顔を上げると相手にもこちらが見られてしまう。これ以上は顔を上げられない。
レイラは目の前の草を一本静かに抜いた。その草を左手で
「
必要最小限の単語で情報をエシャーに共有した。レイラはエシャーにも見えるように膜の角度を調整する。確かに、ハッキリとは見えないが
「俺たちが見つけた
「ふざけるな! ワシらが倒した。全部ワシらのもんじゃ!」
レイラは新たに聞こえた声に「おや?」っと思ったのか、もう一度「膜」の角度を調整し確認をする。
「獣人サーガ2体。あと……何かが2~3体」
エシャーに新たな情報を伝えると、レイラは相手の動向に気を配りつつ、対応策を考えた。
さて……どうしたものかしら……戦う? いいえ、まだ情報が足りないわ……10体のサーガでも、情報をしっかり認識していれば倒すのは容易い……でも、相手の情報が全然足りない中での野戦は危険すぎるわ。エシャーの戦闘能力も、まだ
このままやり過ごすまで隠れてるのも一手ね……あちらは獲物の分配でもめていそうだから、放っておけば勝手に仲間内で争ってくれるかも……サーガは目先の自己利益しか考えない連中だから……
自分1人なら、レイラは間違いなく「やり過ごし」を選択しただろう。自分の存在を草木と完全に同化することくらい、レイラにはお手の物だ。よほど法力に
しかし今はエシャーが一緒にいる……この子はまだ……というか、多分一生、私のような草木との存在同化は無理……となれば、ヤツラがうろついてる間、ずっと息を殺し、立ち去るまで待つ事になる……。この子には無理な方法ね……
レイラはエシャーを見た。緊張してエルフ耳がピクピクと
これじゃ、さっきの犠牲者をヤツラが「分配」なんかし始めたら……考えも無しに飛び出しかねないわね。逃げる? ヤツラに気付かれないように……今はそれが一番良いかもね……
「エシャー……森へ戻るわよ。ゆっくり……」
レイラは元来た森の方向、篤樹とエルグレドが入村確認で消えた森の方向を指さした。エシャーも理解して「ウン」と
2人は草むらから体が出ないよう、身を低く
「じゃあ、俺ら半分、お前ら半分、どうだ?」
「ふん。まあ良い。それで手を打とう」
今から先ほどの「獲物」が分配されるのだろう。人間は死んでも消えないから、サーガにとっては食欲を満たすご馳走だ。ヤツラが
「レイラ……さっきの人……」
エシャーがレイラの背後から小声で尋ねる。
「もう無理ね……行きましょ……」
レイラは、目の前に迫ってきた森に向かい、すぐにも駆け出したい気持ちを抑え、慎重に歩を進め続ける。
「やめろ!」
突然、結びの広場全体に響く声が響いた。篤樹の声だ!
「アッキー?」
エシャーはとっさに草むらから頭を出し、声の聞こえた方角を確認する。すぐにレイラがエシャーの頭を草むらの
「何をやってるの!」
レイラは草むらから頭を出したエシャーを注意すると同時に、突然現れて叫んだ「馬鹿な坊や」に
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――数分前―――
篤樹はエルグレドと手をつなぎ「最後の5歩」を歩き始めた。
「……4、5、あっ……」
森と広場の境目に辿り着こうとした瞬間、篤樹は草に足をとられ前のめりに倒れてしまった。思わず手を
「あいテテ……」
「すみません……足が……」
篤樹は自分のせいだけでなく、何かに足を取られた違和感を感じ自分を「倒したもの」を確かめようとした。
「大丈夫かい?……これは……」
一緒に引き倒されたエルグレドも、篤樹を心配しつつ転んだ原因を確認する。広場と森のつなぎ目辺りの草の一部に、2つに
エルグレドが確認した罠を、篤樹も手で触れて確認してみる。しっかり結び合わされた草の束……明らかに
「一体誰がこんな……」
篤樹は周りを確認しつつ立ち上がろうとした。
「アツキくん、
突然、エルグレドが篤樹の腕を握り、草むらの中へ引き戻す。
「え? 何ですか?」
「敵が来ます!」
え? 敵? 敵って……篤樹の混乱を他所に、エルグレドは地面に手を当て気配を確認する。
「間に合わない……くそッ!」
そう
「くそッ……」
エルグレドは再度
「……サーガの残党がいます。恐らく4~5体。敵を確認して来ます。ここで身を低くして待っていて下さい」
そう言い残すと、エルグレドは広場の外周……森と広場の境目を右回り方向で
敵? サーガの残党? 篤樹の頭は急な展開に現状
エルグレドからの「身を低くして」という指示を
篤樹は今、自分の目に飛び込んできた「
広場の反対側の森の前に立つ2体の姿……篤樹の胸の高さまで成長している草よりも上に腰の部分が見えた。という事は……アイツらは3m近い身長だ。そして何よりもあの上半身は……「アイツら」は明らかに人間では無かった。近所の家の庭に飼われているシベリアンハスキーのような顔……腰から上の部分全てが白と灰色の毛に
篤樹は目の前に転がっていた木の棒に手を伸ばす。小枝の少ない枯れた中枝だが、ある程度の
ほどなくエルグレドが戻ってくる姿を見つけ、篤樹は安堵の息を洩らす。
「どうでした?」
情報は、持っている者が語るより、持っていない者のほうが先に尋ねるものだ。篤樹はエルグレドからの新しい情報を
「敵は4体以上……でも6体はいないでしょう。2体は大型のワーウルフです。他の個体は小型の何か……会話をしているので動物では無いですね……全てサーガで間違いありません」
ワーウルフ? あの大きな2体の事だよな? ウルフ……
篤樹はエルグレドの説明を聞きながら「とにかくあれは狼男ってことで」と、自分の納得のいく理解に収めた。とは言え、これからどうすれば……
「エシャーさんにはレイラさんが付いてるから……大丈夫でしょう。今はヤツラも気付いていませんから、上手く隠れるか逃げるかを考えているはずです。でも、逃げても隠れても……何の解決にもなりません。時間の無駄です。私とレイラさんなら片付けられる数です……なにより……町も近くですから……」
片付けられる? え? ヤツラと戦うってことですか!
エルグレドの言葉の意味を理解し、篤樹はゴクリと
「どうやって倒すんですか?」
「ヤツラを一箇所に集めて一気に片を付けます。レイラさんの性格だと……今は『無事にこの場から離れる』事を優先しているでしょう。エシャーさんは彼女に任せます。ヤツラは……先ほど犠牲となった調査隊員を『分配するため』に集まるはずです。彼の命は助けられませんでしたが、彼の身体の尊厳だけは守り、御家族の元に帰して上げたい……。ですからヤツラが遺体を傷つける前に、何とかしたいと思います」
分配って……篤樹はおぞましい光景を想像し身震いがした。そういや俺もエシャーの家の裏で「分配」されかかったんだった……
「ただ、ワーウルフは視認出来ますが、小型のほうが草むらの中に……そこでアツキくん、君にヤツラを集める『目印』になってもらいたいんです」
「は?」
篤樹はエルグレドから、自分を平然と「おとり」に使いたいと提案された事を理解しキョトンとしてしまった。
いや……「目印」なんて言い
「ヤツラが出来るだけ
篤樹は自分が餌に使われる計画に喜んで「はい」とは言いたくない。でも今はエルグレドを信じるしかない。
「……分かりました。やってみます」
エルグレドは微笑んで頷く。
「必ず守ります。それじゃ、行きましょう……」
篤樹とエルグレドは、広場の草と森の境目を身を低くし、右回りに移動した。
「……この辺りでいいでしょう」
広場の中央よりやや北寄り、ワーウルフ2体を
「では、私があそこの木に登り終わったら合図をします。そうしたら、すぐにヤツラに何か声をかけて下さい」
篤樹が頷いたのを確認し、エルグレドは軽やかな身のこなしで、足音も草木を
よし! やるぞ! やるんだ! ヤツラの気を引いて俺の目の前にまで集めれば……あとはエルグレドさんがなんとかしてくれる!
タイミングを
「……じゃあ、俺ら半分、お前ら半分、どうだ?」
「ふん。まあ良い。それで手を打とう」
「よし。じゃあ、
ワーウルフの一体が、手に持っていた
クソッ! やめろよ……やめろよ!
篤樹は「遺体の尊厳」さえも真っ二つに切り
「やめろ!」
篤樹の怒りに満ちた声が広場全体に響き渡った。
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