第42話 『結びの広場』跡

「さて、ここがタグアの町の東出入口ですよ」

 

 馬車三台が横並びで通れそうな門を指差し、エルグレドは篤樹とエシャーに説明する。門と周囲の壁には、数日前にサーガの群れに おそわれ、破壊はかいされたとみられる 破損個所はそんかしょがいくつもあり、修復工事をする人々が所狭しと作業を続けていた。


「今回のサーガ 大群行だいぐんこうで扉がこわされましたので、現在、修理が進められているんです。まあ、この数十年は一度も閉じられた事の無い扉だったそうですが……今回の 襲撃しゅうげきを受け、有事のためにより強化された扉を備え付けることになったようですね」

 

「あの、門の修理は分かるんですが……それにしても、壁そのものが低く無いですか? 僕らが乗り越えられるくらいの高さじゃ……サーガとかだって簡単に乗り越えるんじゃ……」


 「壁」を見て感じた違和感を、篤樹はエルグレドに尋ねる。


「壁全体が法力増幅材で加工されてるのよ」


 レイラが「当然」のように答えた。エルグレドはそれを受け補足説明をする。


「壁を高くすると 壁際かべぎわの日当たりや、風通しとかに 支障ししょうが生じますから……出来るだけ低く設計されているんです。その代わり、有事には 防御魔法ぼうぎょまほうを操る法術士たちが、壁の要所要所で『 防壁魔法ぼうへきまほう』を施し、上方に向かって『壁を延ばす』んです。昔のように常時戦争状態とかなら堅固な とりでのように壁も作るでしょうが、サーガの群れ化や戦争などそうそう起こるわけではありませんから。ここは 穀倉地帯こくそうちたいの地方都市ですし『有事への備え』と言っても、この程度の整備で事足りるという判断です。工事予算の問題もありますからね」


 篤樹は「法力増幅」とか「予算」とかの単語が飛び出し、やっと落ち着いたエルグレドがまた不機嫌になってくるんじゃないかとハラハラする。

 装備屋を出てからしばらくの間、エルグレドはもの すご不機嫌ふきげんだったのだ。



―――・―――・―――・―――



「あの店主、私がビデル閣下の補佐官だと知っていて高値を吹っかけて来たんです! 国の予算だから自分の ふところは痛くない、なんて私は思いませんよ! まったく……信じられませんよ、クリングが11万4千ギンだなんて! 王都の良質中古品店なら1万ギンですよ? 新品でも5~6万ギンが正価のはずです! 大群行で 品薄しなうすとか、仕入れ値高騰こうとうだとか……値を吊り上げるための説明なんか信用出来ません! 危機管理室の予算は国民の血税ですよ? 皆さんから預けられた税金を用いて、国全体の利益のために配分しているのに……あんなボッタくり価格を言い付けてくるなんて、信じられません!」


 店を出て以来なぜか急に仲良く並んで歩く女性陣の前を、エルグレドが息巻く財政論を聞きながら、篤樹は並んで歩く 羽目はめになってしまった。


「結局は7万ギンまで値を下げさせましたけどね。それでも相場より1万ギンも高い! でも言い値よりは4万ギン以上無駄遣むだづかいはおさえられたって事です。それにしてもあの店主ときたら……」



―――・―――・―――・―――



 あんなに感情あらわに怒る人だとは思っていなかったな……


 そんな篤樹の不安を 他所よそに、エルグレドはいつものような「笑み」を浮かべながら語り続ける。


「門を過ぎたら、壁沿いに北に向かいます。北壁沿道を進み、アツキくんたちが出て来た森に入りましょう。穀倉地帯の広域都市外壁ですから結構歩く事になりますよ」


 4人は町囲いの壁に沿って設けられている外側道を、10数キロほど歩き続けた。


「……この辺りの『森』から出て来られたんですよね?」


 エルグレドの問いかけに、篤樹とエシャーは周囲の景色を確かめる。右手に小川が流れ、真っ直ぐの側道が続き、左手には町の壁……同じような景色をずっと見続けて来たので確証が持てない。


「そう……だったような……気がします」


「私……よく覚えてない」


 2人は 曖昧あいまいに返事をする。エルグレドもその反応は り込み済みだったようだ。


「巡監隊の記録では、ルロエさんたち3人を捕らえたのが東24条北32の倉庫裏だった、という事ですから……そこの壁の裏って事になります。ですから、小川を渡った……そこの森から出て来られたのだと思いますが?」


 エルグレドが指さす方向に篤樹とエシャーは移動し、2人で小川に寄って見る。森を出てから飛び越えた小川だ。川の流れ、石の形状、全部似たようなものでやはり確信が持てない。2人は顔を見合わせる。


「さあ?」


 2人の返答にエルグレドは苦笑した。


「森をほぼ真っ直ぐ抜けて来たのなら、この辺りから真っ直ぐ森に入って行けばよろしいんじゃなくて? どうせここで間違いないのでしょう?」


 レイラが「 退屈たいくつ」とでも言いたげな声を出す。


「昨日、ビデル閣下の手配で調査隊が『結びの広場』捜索に入ったのもこの辺りからですから……間違いは無いはずです。ただ、2人の記憶を確認して、より正確な場所を 辿たどりたかっただけです」


 エルグレドは少しムッとしたような声で答えた。


「……とは言え、先に進まないといけませんね」


 4人は小川を飛び越え、森側の岸に渡る。


「あ!」


 川岸から町の方角を見た篤樹が声を上げた。


「どうしました?」


 エルグレドが問いかけるが、篤樹は先にエシャーに語りかける。


「エシャー、あれ」


 篤樹が指差す方角……壁の上部から、町の中にある塔の屋根が顔を のぞかせていた。


「あ! あれ見たよね!」


「ね!」


 2人のやり取りを聞き、エルグレドが確認する。


「ああ、あれは町の行政所の とうですね。あの建物に見覚えが?」


「行政所かどうかは知りませんでしたけど、森の中から……結びの広場の木々の間からあの『塔の屋根』が見えたんです。僕ら、その方向に向かって真っ直ぐ森を進んできたから……」


「じゃあ、やっぱりこの道で間違いない……ということですわね?」


 レイラは特に関心も示さずそう言うと、鼻歌を鳴らし1人で森の中へさっさと入っていく。


「あっ、待ってレイラ!」


 エシャーもさっさとレイラの後を追い、森へ駆け入る。エルグレドはそんな2人の背を見つめながら、呆れ声で篤樹に語りかけた。


「彼女たちにとって、深い森のケモノ道も、普通の小道を行くようなものなのでしょう。なんと言っても『森の 賢者けんじゃ』ですからね。私たちは足元に気をつけながら進みましょう」


 2人は女性陣の後を追い、慎重に森の中へ分け入って行った。



◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇



 20分ほど森の中を歩いた頃、篤樹は段々と不安を感じ始める。


 あの時、こんなに歩いたっけ?


 「結びの広場」から見たタグアの町の行政所の塔……直線距離で考えると2kmも離れていなかったはずだ。あの時はもっと「あっという間」に森を出られた気がするが……。しばらくして、前方を歩くレイラとエシャーの声が聞こえた。


「アッキー……」


「着いたみたいよ、ここ?」


 木々の 間隔かんかくが少し広がったように感じる。あの木々の間を抜ければ……


「あれ?」


 篤樹は自分の目を疑った。そこは「広場」というには草が育ち過ぎている。 芝生しばふより少し伸びてるかな、という程度の草原だった結びの広場が……いま目の前には、篤樹の胸くらいの高さまで しげった「草の森」が出来ている。草だけでは無い。まだ若くて細い木々まであちこちに生えていた。


「ここですか?『結びの広場』は?」


 篤樹の後から「背の高い草原」に分け入って来たエルグレドが声をかける。


「場所は……この辺りのはずです……でも……でも、もっと草の 背丈せたけも低かったし、普通に歩けるくらいの『広場』だったんです! え? 木までこんなに えて来てるし……」


 肩ほどにまで伸びている 邪魔じゃまな草を両手でき分け、篤樹は広場の中央を目指し進んだ。エシャーとレイラは新しく生えてきている木々をそれぞれ 見分けんぶんしつつ歩を進める。


 広場の中央と思しき場所まで進むと、篤樹は振り返って見た。4人が出て来た森の木の上に「行政所塔の先端」があの時と同じように見える。篤樹は確信した。


「やっぱりここです! この場所です!」


 エシャーも篤樹のそばへ駆け寄り、景色を確認する。


「ここ……だよね? エシャー……」


「うん……だけど、たった3日で?」


 エシャーも篤樹と同じ疑問を感じていた。エルグレドとレイラも2人のそばへ歩み寄る。


「なるほど……では『場所』はここで間違いないけれど『状況』は大きく変わっている、という事なのですね?」


 エルグレドの確認に2人はうなずいた。


「昨日、調査隊が来た時にはすでにこの状態だったようです。腰よりも高い草が生い茂り、若く細い木々が生えている、森の中にポッカリ広がる『草原』だったと」


 説明しつつ、エルグレドは辺りをグルッと見渡した。


「時の流れが違うルエルフ村の異変が、この『結びの広場』にも何らかの影響を与えたのかも知れませんね……とにかく、入村のための手順を再現してみましょう」


「私はイヤよ」


 エルグレドの提案をレイラが即座に こばむ。


「……なぜです?」


 感情の読み取れない声の調子で、エルグレドはレイラに たずねた。


無駄むだなことはしたくありませんの」


「無駄なこと? 調査がですか?」


 エルグレドは同じ声の調子で突っかかる。ああ、ついにここで 喧嘩けんかになるのか! 篤樹はドキドキしながら2人のやり取りに目を向けた。しかしレイラは場の空気をきちんと察し、穏やかに語り続ける。


「確かめないと分からないものは確かめるべきね。でも確かめなくても分かるようなものに時間を割くのは無駄ではなくて?」


 エルグレドはフッと笑いを洩らす。


「レイラさんは、この状況から何かの仮説を思いついた、ということでしょうか?」


「仮説というより事実ね。ルエルフの村と『つなぎになる森』は 湖神こしんの力で守られていたわけでしょ? ところが、安定した法則で守られていた『結びの広場』が、今はこの状態……湖神の身に、何らかの異変が生じたため、全ての法則が くずれてしまってる証拠ですわ。ということは、湖神が結びの広場と森に与えていた『入村のための法則』も崩れてしまっている……と考えるのが当たり前じゃありませんの? 隊長さん」


 レイラの説明を聞きながら、エルグレドは おだやかな笑顔を浮かべた。


「なるほど……レイラさんと私の視点の違いが、何となく分かりましたよ。あなたは『結果が見えてるからやる必要は無い』という事なのですね? しかし私は『仮定通りの結果となるか、確認するためにやる必要がある』と考えているのです。私の仮説もあなたとほぼ同じです。湖神様の力は何らかの原因で失われている……それを確認するための作業ですよ」


 レイラは余裕の笑みを絶やさず、エルグレドに尋ねる。


「短い時間を有効に使うのが人間の かしこさなのではなくて?」


「だから私は有効に用いて検証を進めたいのです……ではこうしましょう。当初の予定通り、私とアツキくんとで『入村手順』を行ってみます。レイラさんとエシャーさんはそこで見ていて下さい。そして、もしも 私たちの仮説が間違い・・・・・・・・・・・で……私とアツキくんがルエルフ村に入村出来た場合は、おふたりもすぐに後を追って来ていただく……これでいかがですか?」


 エルグレドの提案にレイラは微笑みうなずいた。


「じゃあ、アツキくん。準備は良いですか?」


 篤樹とエルグレドは手をつなぎ、エシャーとレイラに向き合うように広場の中央に立つ。


「良いですか?『出てきた時の逆手順』ですよ。まず後ろ向きで5歩……」


 エルグレドの声に合わせ2人は後ろ向きに歩く。


「向きを変えて5歩……」


 一旦手を離し反転すると、そこから5歩進む。伸びている草が邪魔で、なんとも歩きにくい……


「次は後ろ向きで8歩……」


 草が邪魔をして、エシャーとレイラの顔も段々と見えにくくなってきた。


「最後は森に向かって5歩……」


 草の上に見え隠れする篤樹とエルグレドを見送っていたレイラとエシャーの視界から、2人の姿が 忽然こつぜんと消えた……

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