第38話 仲直り

 ビデルとカミーラは、旅準備のための打ち合わせをエルグレドと始める。篤樹や他のメンバーが加わるような内容では無いらしい。エシャーはルロエに何かを耳打ちすると席を立った。その背中を見送り、篤樹はそっとルロエに声をかける。


「ルロエさん……」


「ん? どうかしたかい?」


 テーブルの上に置いてある雑誌を手にしたルロエが、視線を篤樹に向けた。


「あの…… 宵暁しょうきょう裁判のあと……スミマセンでした。僕、すごく自分勝手な……失礼な事を言っちゃって……反省してます」


 篤樹は素直に自分の 不甲斐無ふがいなさをルロエにびる。見ず知らずの あやしい中学生を家に招き、もてなし、支えてくれた恩人の危機を助けるための働きを「そんなこと」呼ばわりした身勝手さを、篤樹はずっと気に病んでいた。


「ああ、いや、そんな。大丈夫だよ。当たり前じゃないか。こんな 事態じたいに巻き込まれてしまって……君がどれだけ迷惑に感じているかくらい分かってるよ。こちらこそ本当にすまない。本当なら私が自分自身で村に戻って『盾』を持ち帰って来るべきなのに……」


「いえ! それこそ出された判決だから仕方無いです。なのに、そんな事情だって分かってるはずなのに僕……不安というか……色々整理も出来ない内に色んな事が次々に起こって……パニクっちゃったみたいで……」


 篤樹はどう 謝罪しゃざいをすればいいか分からないが、とにかく、自分が感じている非を謝る気持ちだけはしっかり伝えようと努力する。その思いを汲み、ルロエは微笑みながら受け応えてくれた。


「本当に、私は何も気にしていないよ。それよりも……その……エシャーがすまなかったね。あんな事をして」


 ルロエは篤樹の顔を心配そうに見つめ、裁判所での娘の 蛮行ばんこうを謝罪する。


「いえ! とんでもないです。エシャーが怒るのは当然です……。あの……エシャー……何か言ってませんでしたか? 僕のこと……」


 ルロエは困った顔をして首を横に振る。


「いや、大丈夫だよ。ただ……アツキくん、娘を嫌わないでやってくれるかい?」


「そんな、当たり前ですよ! 僕が悪かったんですから。僕、エシャーにも謝らないと……エシャーは?」


 篤樹はルロエにお詫びをしたい気持ちは本当にあった。でも今はまず、エシャーに謝りたいと思っている。なのでエシャーが今、どこに行ったのかを聞くのが本命の会話だった。


「ああ、お手……ちょっと席を外すと……」


 ルロエが「お手洗いに」と言いかけたのを篤樹は察し、「変な質問しちゃったかも……」と焦り顔になる。


「あ……そうですか……あの、僕、ちょっとホールを見て来ます。何かあったら呼んで下さい」


 そう伝え、篤樹は席を立った。ルロエは微笑みながら頷く。


「ああ、行っといで。必要なら声をかけるから。エシャーをよろしく頼むよ」



―――・―――・―――・―――



 広間を出て、篤樹はエシャーの姿を探した。


 トイレは左のほうだったよなぁ……


 広間の出入口から左に延びる廊下を見る。奥のほうにトイレの扉が見えるが、さすがにその前に立って女の子を待つのは恥ずかし過ぎる。とりあえずホールの壁に掛かっている数点の絵画を見ているふりをしながら、エシャーが出てくるのを待つことにした。


 不思議な絵だ……「見るふり」だけのつもりだったが、つい見入ってしまう。見た感じは美術室にある油絵のような質感なのに、まるで液晶展示画のように絵が「変わる」。篤樹は自分の家の近くの本屋でみた「広告液晶」を思い出していた。

 もちろん液晶画のように、画面の中の画像がコンピューター処理で変わっていくのとは違い、油絵の具がまるでマスゲームのように移動しながら別の絵に変わっていくのだ。固定された一つの絵ではなく、連続の絵、4コマ漫画のように変わっていく絵にいつの間にか篤樹は集中していた。

 

 種が成長して花となり、 花瓶かびんに生けられ窓辺に置かれる「絵」。港の船が大海原に出航し嵐に襲われ 座礁ざしょうする「絵」。少女が成長し 綺麗きれいな衣装をまとい素敵な笑顔で赤ん坊を見つめる「絵」。

 

 ついつい物珍しさに夢中になり、次の「絵」に移動しようと動き出した篤樹の目の前に、エシャーがうつむいて立っていた。


「あっ! エシャー……」


 篤樹は突然目の前に現れたエシャーに気付き、思わず あわてふためく。シミュレーションしていた「エシャーを呼び止める第一声」のセリフが急にボツになり、篤樹の頭の中は真っ白になった。


「あ……えっと……」


 何か言わなきゃ、という思いだけが先行して言葉が続かない!


「……めんね」


 慌てていた篤樹は、エシャーがボソッと発した一言を聞き逃した。


「え?」


「ごめんね……アッキー」


 え? え? 何だろう? エシャーはなんて言ってるんだ? 


 篤樹は状況を必死に頭の中で整理しようとする。


 エシャーに謝らなきゃと思って俺はここにいる……だから「ゴメンね」って言葉は俺が言うセリフだし……なんでエシャーの口から?


「もういい……」


 返答にまごつく篤樹に背を向け、エシャーは立ち去ろうとした。


 マズイ! なんだ? とにかくちゃんと話がしたい!


 広間に戻ろうとしたエシャーの左腕を、篤樹は思わず後ろから つかみ引き止める。


「ちょ……ちょっと待ってエシャー。あの、俺……ゴメン!」


 今度はエシャーがキョトンとした目で篤樹を見つめる。


 やった! 目を合わせられた! よし、今だ!


「俺……あの時またパニックになっちゃって……君のお父さんを助けに行くことを『そんな事』なんて軽く言って嫌がっちゃって……ホントにゴメン! 身勝手な言い方だったって、ホント反省してる! さっきお父さんにも謝ったんだけど、エシャーにもちゃんと謝らなきゃって……」


 突然、エシャーが篤樹の胸に飛び込んできた。


 え? あれ? どうしよう……


 篤樹は一瞬戸惑ったが、これが和解の しるしになると思い、エシャーをぎゅっと抱きしめる。


 許してくれてるんだよなぁ? 大丈夫だよなぁ……


 エシャーの細い肩を抱きしめながら「ゴメンね」を篤樹は繰り返した。言葉で繰り返しながらも頭の中は真っ白になっている。しばらくすると、エシャーが距離を取ろうとする気配を感じ、篤樹はすぐに手を ほどいた。涙を篤樹の服で ぬぐったらしい顔で、エシャーがジッと篤樹を見つめる。


 大丈夫! 笑顔だ! いつものエシャーの顔だ!


「アッキー、怒ってないの?」


 エシャーが篤樹に たずねる。


 え? 怒る? 何を……あっ!


「いや、ほら、あれはさ……俺が馬鹿なことを言ったせいだし……」


 そっか! エシャーは俺を馬鹿呼ばわりして たたいた事を気にしてたんだ! 俺に対して怒ってたわけじゃなかったんだ! 


 篤樹は急に気持ちが軽くなった。


「ゴメンね。痛かったでしょ……」


 エシャーはやはり叩いたことを篤樹に謝っている。


 そうか、そうだったんだ!


「いや、ホントに俺は大丈夫だし。あのおかげで俺も目が覚めたし……ホント、俺って自分勝手でお子ちゃまな大馬鹿野郎だったって思うよ。うん、エシャーが怒って当然だったし、エシャーのおかげで俺……大丈夫だから!」


 篤樹も笑顔でエシャーに答える。エシャーは本当に心からホッとしたような表情を見せた。


「俺、馬鹿な事言ってエシャーを怒らせて、もう 愛想尽あいそつかされたかと思ってさ……だから謝らなきゃって……」


「ううん!」


 エシャーは首を大きく横に振る。


「アッキーは悪くない!……そりゃ、あの時は私、お父さんの事しか考えてなかったから……アッキーのことヒドイって思っちゃったけど……でもそれは私のワガママ。アッキーの気持ちも考えないで……ゴメンなさい」


 エシャーがピョコンと頭を下げた。篤樹は心底安堵の息を洩らす。


 ああ、良かった! ちゃんと謝って! ちゃんと仲直りできた! よし! 上等だ!


「俺さ……ホント、この世界の事まだ何にも分かってないしさ……不安な中で、こっちに来て初めて出来た大事な友だちを無くしちゃったかもって……ホントに心配になっててさ……良かったぁ。仲直りできて!」


 篤樹は自分の気持ちを素直にエシャーに伝えた。エシャーも笑顔で答える。


「私だって!……アッキーは生まれて初めて出来た人間のお友だちだし……ううん、村には友だちって呼べるような歳の近い子もいなかったから、アッキーは私の初めての友だちだから……良かったぁ!」


「アツキくんちょっと! エシャーも戻っておいで!」


 広間からのルロエの声がホールにまで ひびく。2人はハッとして広間の入口に目を向けた。


 奥のほうに立つエルグレドが、 極上ごくじょう微笑ほほえみで2人を見ている事に気付く。


 あっ、エルグレドさん……さっきエシャーを抱きしめてたの……見られてた? 


 篤樹は急に恥ずかしくなった。とっさの事だったし何もいやらしい気持ちなんて全く無かったけど、でも……やっぱり「見られてた」ってのは恥ずかしい! 変な誤解をされたかも!


『誰かに見られてまいな?  みょううわさが立つと 一蓮托生いちれんたくしょうでまずい事になるぞ』


 頭の中で、 高山遥たかやまはるかの「あの日の言葉」がよみがえる。これかぁ……


 エルグレドから何か言われるのではないか? とドキドキしつつ、篤樹はエシャーと手を繋ぎ、一緒に広間へ戻って行った。

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