第39話 成者(しげるもの)の儀

 篤樹とエシャーは広間に戻ると、それぞれの席に座った。

 さっき2人が抱き合った姿は、角度的にエルグレドにしか見られていなかったはずだ。篤樹はエルグレドがどんな顔で自分を見ているのか気になったが、逆にあまりにもあからさまに確認するのも怖い。仕方なく目線をルロエが手に持つ雑誌に固定した。


「じゃ、2人が戻ったところでこれからのことを……」


 エルグレドは何事も無かったように話し始める。


 さすがエルグレドさん! 大人の対応してくれたぁ! 


 篤樹はホッとしながら話に耳を かたむけた。


「……閣下や大使とも確認しましたが、やはりこの後、 すみやかに行動を開始したいと思います。アツキくんとレイラさん、 旅支度たびじたくは大丈夫ですか?」


 旅支度って言われても……篤樹は足元に置いている麻布袋と、その中の学生服に目を向けた。


 所持品って……これだけなんだよなぁ……あーあ、旅行カバンがあれば着替えも一式そろってたのに……。修学旅行のために詰め込んだキャリーバッグを思い出す。バス下の荷物入れに積み込んだキャリーバッグ。おやつも入れてたんだけどなぁ……


「足りない物や必要な物があれば私に言って下さい。そろえますので」


 エルグレドが頼もしい一言で篤樹の不安を やわらげる。そもそも「探索隊」の旅支度なんて、何が必要なのか分からない。隣のテーブルに座るレイラは、自分には全く関係の無い話とでも言わんばかりに、余裕の微笑を たたえている。


「それからルロエさん……」


 エルグレドがルロエに声をかける。


「ルロエさんは裁判所からの命令に従い、この件の片がつくまでの間、便宜上べんぎじょう『閣下の従者』としてのお仕事に いていただくことになります。宜しいですね?」


「『従者』といっても、別に君を下僕げぼくとして扱うという事ではない。聞けば棒弓銃の名手だというから、ま、 護衛員ごえいいんとして随行ずいこうしてくれれば良い」


 ビデルがルロエに向き直り補足説明をする。


「この後、探索隊の出発と同じくして私は 一旦いったん王都に戻る事になっている。君ら父娘も私と一緒の馬車に乗っていただこう」


 ビデルの発言を確認し、エルグレドが続けた。


「王都に着いてからの事ですが……ルロエさん。ご説明している通りルロエさんは裁判所命令による自由拘束の身ですので、閣下の そばに常時随行する義務があります。まあ、護衛の役に就くので、それ自体はこちらでの『仕事』だとお考え下さい。もちろん、お給金も支払われます。ただ……エシャーさんの事ですが……さすがにルロエさんと一緒に行動する、というわけにはいきません。閣下も今は、特に王都を離れる職務が多い身です。そこで……」


 エルグレドが言葉を切ると、ビデルが手元の資料をめくりながら話を引き取る。


文化法暦省ぶんかほうれきしょう所轄しょかつする公営学舎に娘さんを寄宿させておくという事で考えてるんだが、どうだね? 寄宿舎住まいなら食事も生活全般の心配も無いしな」


 そのやり取りを聞いていたエシャーが、突然口を はさんだ。


「私もアッキーたちと一緒に探索に行きます!」


 え? 篤樹は目の前で元気良く発言するエシャーに目を向ける。ルロエも驚いたようにエシャーに顔を向けた。恐らく背後に座っているエルフ族の面々も、今はエシャーに注目しているだろう……と、篤樹は背後の視線を感じる。ビデルは書類をめくる手を止めた。


「何を言ってるんだね君は? 遊びに行くわけではない。危険な探索なんだぞ? 分かってるのかい?」


「分かってます! でも……父のために娘である私が出来る事は、安全な場所でただ待ってるだけでなく、一緒に『守りの盾』を探しに行くことだと思います!」


 篤樹はエシャーをたしなめようと口を開きかける。


「でしょ? アッキー。アッキーもそうすべきだって! お父さんのために一緒に頑張ろうって言ったよね!」


 篤樹は「えっ!」という目でエシャーを見た。エシャーは「話を合わせて!」とでもいうようにサッと篤樹にウインクをする。


 そりゃ、確かに裁判所ではそんな話もしたけど……今回の件でそんな話はしてないぞ……


「……まあいい、好きにすれば。問題は無かろう?」


 ビデルがエルグレドに問いかける。エルグレドはニッコリ微笑むとエシャーに答えた。


「サーガたちもまだ『群れ化』直後の興奮状態で、各地に出没している状況です。危険な旅になると思いますよ。もちろん、御同行できるなら私も嬉しく思いますが……」


 言葉の終わりはルロエに目線を移す。ルロエはテーブルに ひじをついて手の平で額を押さえて考えている様子だ。しかし、その口元は ぬくもりのある笑みにゆるんでいる。


「お父さん……」


 エシャーからはルロエの表情が読み取れないのだろう。心配そうに、でも、すがり願うように呼びかける。ルロエは顔を上げた。


「アツキくんもエシャーも、当年で『 成者しげるもの』となる歳だ。親の心配に従うよりも、自身の意志に責任を持ち歩むべきだろうね。お前がその道を願い、エルグレドさんも同行を了解して下さるのなら……私も異論は無いよ」


 ルロエはエシャーに向かいそう告げ、篤樹に視線を合わせる。


「アツキくん、すまないね。父娘で君にも世話になるが……どうかエシャーのことを頼むよ」


 そんな! 頼まれても……


 篤樹は、責任の持てないお願いに複雑な心境のまま、 曖昧あいまいに「はぁ……」と答えるのが精一杯だった。そんなやり取りを見ていたエルフ族面々席から、篤樹たちにも聞こえよがしなヒソヒソ話が聞こえてきた。


「まったく……これだから異種婚の汚れた血ってのは……」


「おぞましい……」


 その声に篤樹は振り返る。言葉の主はカミーラの従者の2人……ミシュラとカシュラだ。篤樹の怒りの 形相ぎょうそうを見ても、気にも留めずにまだ何か 嫌味いやみを2人で言い交わしている。


「ミシュラ、カシュラ、私語は ひかえよ」


 カミーラの耳にも届くヒソヒソ話に、注意の言葉が投げかけられた。しかしカミーラ自身も一言を える。


所詮しょせんは『ロ・エルフ』の血。我らエルフ族がいちいち 干渉かんしょうする必要もあるまい」


 クソッ! 何だよコイツら! 


 篤樹はエシャーに目を向けた。エシャーは怒りよりもミシュラとカシュラの言葉の意味に気付き、恥ずかしそうに顔を伏せている。エルグレドが口元の笑みを消し、カミーラに視線を合わせ口を開いた。


「大使……今回の探索は私たちにとっても大切な仕事です。絶対に成功させなければならない探索です。エシャーさんが同行する事に賛同いただけないのであれば……エルフ族からの同行も私はお断りさせていただき……」


「私は構わないわよ、隊長さん」


 レイラがニッコリ微笑みながらエルグレドに意志を伝える。


「構わない……とは?」


 エルグレドは「あなたの参加を拒んでも良いのか?」という確認のつもりで問い返した。しかし、レイラは穏やかに微笑みを浮かべ応じる。


「別にエシャーさんが一緒でも、誰が一緒でも私は構わないってことですわ。何なら他のルエルフの方や獣人、妖精、人間が何人一緒だろうとよろしくてよ?『守りの盾』を無事に発見し持ち帰る、という『仕事』に 支障ししょうは無いんでしょ? 隊長さんの判断としては?」


 エルグレドは睨むようにレイラを見つめた。感情は読み取れないが、篤樹がこれまで見たエルグレドのどの表情よりも「怖い」と感じる表情だ。しかし、それも一瞬……すぐにいつもの優しさを たたえる表情となる。


「良かった、レイラさん。あなたはみだりに他人に干渉するような物好きではなさそうで安心しました」


「ちょっと! どういう意味?」


 エルグレドの言葉にカシュラが食ってかかる。


「あなた方お2人が同行者で無くて良かった、と言われていることぐらい読み取れないのかしら?」


 レイラが余裕の笑みでカシュラとミシュラに視線を向けた。怒りに任せて何か反論を試みようとする2人に、レイラはさらに続ける。


「森の 賢者けんじゃと呼ばれるエルフの一員として、もう少し自覚をお2人もお持ちになるべきということですわ。賢者にあるまじき言動は、 愚者ぐしゃである証明以外の何ものでも無くてよ」


 ミシュラもカシュラもここで下手に口を開くのは不利と思ったのか、黙って目線をテーブルの上に戻した。


 あれ? この2人……レイラさんより有能だって……カミーラさんから評価されてるのかと思ってたけど……なんかレイラさんのほうが「格上」っぽい?


 篤樹はエルフ族の面々のやりとりを見ながら、どんな上下関係なんだろうかと不思議に感じる。


「ではよろしいですか?」


 エルグレドが場のまとめに入った。


「このまま準備を整え次第、レイラさんとアツキくん、エシャーさんと私の4名は『ルエルフ村への入村』及び『守りの盾入手』のため、探索へ出発させていただきます。要所要所にて経過と現状をカミーラ大使、ビデル閣下へ御報告をさせていただく予定です。万が一3週間以上連絡が途絶えた場合は『探索失敗』として処理していただきますよう、よろしくお願いします。では、散会しましょう!」


 エルグレドの言葉に、最初に反応して立ち上がったのはカミーラだった。


「ではビデル君。また近い内に」


「大使も道中お気を付けて」


 ビデルとカミーラの微妙な別れの挨拶が交わされる。カミーラはその後、なにも言わず広間の出口へ向かい、ミシュラとカシュラも後に続く。広間に残るレイラとのやりとりは一切無かった。


「アツキくん、エシャー」


 ルロエが2人に声をかける。


「本当に……私も自分自身の手で、あの盾を探し出してカミーラに叩き返してやりたい思いなんだが……すまないね。でも、これも『偶然』ではなく『必然』であるのだと私は信じているよ。さっきも言ったが、2人は今年『 成者しげるもの』となる歳だ。この旅が2人にとっての『成者の儀』として、意義深い旅となることを私は信じて祈りつつ、無事に帰ってくる日を楽しみに待っているよ」


 ルロエは2人に語りかけてはいるが……愛娘に対する父親としての送り出しの言葉を語っているのだと篤樹は感じた。修学旅行の朝に、出勤前の父が「楽しんで来いよ。気をつけてな!」と声をかけてくれたのを思い出す。もちろん、かなりの程度で安全が保障されてる修学旅行とは比べ物にならないほど、危険な旅に娘を送り出す父親の言葉だから重みは違うが……それでも同じような雰囲気を感じた。


 エシャーはそんなルロエの思いを受け止めしっかりと頷く。


「絶対におじいちゃんのお うちから、あの盾を持って帰って来るからね。お父さんも……お仕事頑張ってね」


 ルロエはエシャーの頭に右手をのせると、軽く「よしよし」するように で、篤樹に視線を向けた。


「アツキくん。君の話を聞いて少し考えてみたんだが……」


 え? 何の話?


「ルエルフの村で約1日、つまり外界での10日を過ごし、村を出て今日で3日目だ。という事は君の『元の世界』での日数に置き換えると、そろそろ誕生日になるんじゃないかな?」


「え? あ、誕生日ですか……そっか……そうですね。すっかり忘れていました。なんだか全然気持ちが向かなくって……」


 ルロエは優しく微笑む。


「誕生の日を祝ってあげる事が出来なくてすまないね。だが、この旅を終えて帰って来た時に、君とエシャーの『成者』のお祝いを盛大に もよおそう。だから、とにかく、元気に帰って来るんだよ……たとえ盾を持ち帰られなくても、君とエシャーが無事に帰って来る事こそが、私にとってこの旅の成功だと思っているからね」


 ルロエの言葉を聞いたビデルが口を はさむ。


「盾を持ち帰らねば成功とは言えぬ! 必ず持ち帰って来るんだ!」


 ルロエは肩をすくめた。


「じゃあ、2人が無事に帰って来る事が『成功』、盾も一緒なら『大成功』ってことだ。良いね? 無理はせずに、我が身の安全を第一に旅するんだよ」


 ルロエがテーブルの向こうから篤樹に手を差し出す。篤樹も握手に応じる。力強い、ずっしりとした重みを感じる手だった。


「ではルロエくん、行こうか?」


 ビデルがルロエの背後を通り、広間の出口へ進む。ルロエは篤樹との握手を解くとエシャーを抱きしめた。


「エシャー……無事を祈って待ってるからね」


「うん……」


 エシャーも頷き答え、ビデルとルロエがホールを出て行く背中を見送った。


「さてと……」


 2人を見送り終わると、エルグレドが仕切り直しの声をかける。


「では我々も向かいましょうか? 最初の目的地、北の森の中にある『結びの広場』へ!」

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