第37話 探索隊発足

「遅いぞ、エルグレド。ホールで何を話していた?」


 広間……と言っても、ホテルの食堂に10人程が座れる大きな長テーブルが2列置いてある場を借り、ミーティングが行われていた。1列の奥にはビデルとルロイ、エシャーが座り、もう1列にカミーラと従者らしき女性のエルフが3人座っている。従者の内2人は裁判所で見覚えのあるエルフだが、あと1人は初対面だ。黒く長いストレートの髪が独特の輝きを放つ端整な顔立ちのエルフ女性は、遅れて入って来た篤樹たちには見向きもしない。


「もうしわけございません、閣下。では早速始めましょう」


 篤樹もエルグレドの後に続き、中通路を通り抜け奥へ進むと、適当な椅子に腰掛けた。右列のテーブルにエルフ族協議会関係者が固まっているので、つい左側のテーブル……エシャー、ルロエ、ビデルと向かい合う形の席に座ってしまう。エシャーはあからさまに篤樹から視線をそらした。


 あーあ……嫌われちゃったかなぁ……「探索隊」に出る前に、後でもう一度ちゃんと謝ろう……


「エルグレド、大使に説明を」


 ビデルの指示を受け、エルグレドは席に座ること無く、そのまま中通路を進み全員を見渡す位置に立つ。


「ビデル閣下とカミーラ大使におかれましては……先刻、裁判所でお伝えしました内容と重複する部分が多くあります事を、 あらかじめ御了解下さい。さて、この度、カガワアツキくんと私……それと……」


 エルグレドがカミーラに視線を向ける。


「レイラ! 自己紹介を」


 カミーラの呼びかけに、初対面のエルフ女性が立ち上がる。


「ドュエテ・ビ・レイラ・シャルドレッドです。初めまして」


 エルフ族特有の余裕ある笑みを浮かべながら、しっかりと目を見開き、1人1人に目線を合わせ挨拶をする。 すご綺麗きれいな女性だなぁ……篤樹は思わず視線をそらしてしまう。見た目だけでなく、雰囲気が高貴さに包まれている感じだ。


「ドュエテ……シャルドレッド? という事は大使の……?」


 ビデルが少し驚いたように尋ねた。


「血縁者ではあるようだな。くだらん繋がりだ」


 カミーラは特に関心も示さず、 無く答える。


「『娘』に当たるはずだ、と母からは うかがっております。定かではございませんが……」


 レイラも薄く笑みを浮かべ答えた。


 何かビミョーな言い回しの変な空気だなぁ……


 カミーラはレイラの発言にも関心を示さない。篤樹は従者2人を はさんで座っているカミーラとレイラを見比べながら「親子なら似てないなぁ……」との印象を受けた。レイラも、関心の無い話題を打ち切るように口を開く。


「エルフ族協議会の代表として、今回の探索隊とやらに同行させていただくことになりました。どうぞ、宜しく」


「このミシュラとカシュラのほうが有能なのだが、同行はイヤだというのでそいつを付けることにした」


 カミーラが事務的な補足説明として一言加える。一瞬、その場の空気に緊張が走ったのを篤樹は感じた。仮にも「娘(かも知れない者)」に対し失礼だし、これから一緒に動くことになる「チーム」に対しても失礼な物言いだと思感じる。しかし、追い打ちのようにカミーラはさらに説明を加えた。


「ミシュラもカシュラも、そもそもエルフ 純潔じゅんけつ思想なのでな。他種族との共なる行動などしたくないそうだ。自分たちの能力は、他種族のためになど一切使いたくない、という気持ちを考慮した。特に、 尊厳そんげん欠片かけらも感じられない『 未熟みじゅくな人間』などとは、これ以上関わりたくないと申すのでな。仕方なく残りの 随行者ずいこうしゃであるレイラをてさせてもらう」


 未熟な人間って……やっぱ俺のことだよなぁ。尊厳の欠片も感じられないって……


 篤樹は裁判所での自分の情け無い姿を思い出して恥ずかしくなる。


 要はミシュラさん、カシュラさんは俺に「ダメ出し」をしてカミーラさんに了解されたって事か……


「エルフ族は、誰もが素晴らしい知恵と知識と能力をお持ちですからね。心強い限りです。どうぞよろしくお願いします」


 エルグレドが、場の空気に流されない自然な口調でレイラの同行を歓迎する。


「さて……」


 場の空気をこれ以上悪くする発言が無い事を確認すると、エルグレドは話を続けた。


「まずはルロエさん……そしてアツキくんとエシャーさんからの報告に基づいて私たちが調べたところ……」


 あえて調書と言わずに報告という表現をエルグレドは選ぶ。


「3名はガザルとサーガの群れに襲われたルエルフ村を逃れるため、村の『西の森』から『外界』へ出られました。その出口が、ここタグアの町の北に位置する森だったそうです。そこで、『結びの広場』と呼ばれるその『出入口』に、私たちは調査隊を送りました。再びルエルフ村へ移動出来るかどうかを調査するためです。しかし、残念ながらその糸口さえ見つけられませんでした。これについて、ルロエさんからの見解をお願いします」


 エルグレドがルロエに目配せをする。


「はい。湖神様の許可により、村人は特別な場合を除き生涯に1往復だけ、村と外界を行き来出来るという定めがあります。通常は1人1人の『往来手順』を湖神様よりいただき、その手順に従って森を出、戻る時はその手順の逆方法で入る事になっています。その手順については本来、湖神様より許可を得た者のみが事を終えるまで『口外厳禁げんきん』とされるものなのですが……今回はあのような非常事態であったため、村人全員が同じ『往来手順』を さずけられました。……決まりでは誰にも語ってはならなかったものですが、エシャーもアツキくんも『往来手順』が『口外厳禁』である事を知らなかったもので、巡監隊の調書に全て正直に答えていたようです」


 ルロエの説明をエルグレドが受け取る。


「ええ。巡監隊に確認しましたが、彼らは決して乱暴な取調べは行っていません。おふたりからの自発的な供述です。もっとも、多少の『かまかけ』はやったと申しておりました。改めて不愉快な思いをさせてしまいましたことをお びいたします」


 え? 言っちゃダメだったんですか? 


 篤樹はルロエに目を向けた。気付いたルロエはニッコリ微笑み うなずいている。「まあいいさ」とでも言ってる表情に篤樹はホッとした。エルグレドは話を続ける。


「経緯はどうあれ、今は同じ目的に歩むチームとして、互いに協力しあっていきましょう!……さて、今回ルロエさんたち村人が授けられた往来手順は、森の所定の場所から『後ろ向きで5歩・前向きで8歩・後ろ向きで5歩・前向きで5歩』進む、というものだったそうです。ですから調査隊は報告書どおりの場所でその『逆手順』を試しましたが、何回やっても何も起こらなかったとの事です」


 そうか……やっぱり村には戻れないんだ……


「もっとも『村との関係が無い人間』が試しただけですので、それは当然の結果であったかと思います。ですからこの後、探索隊としての第一の試行策として私たちはアツキくんを連れてもう一度、北の森からの入村を試すつもりです」


 篤樹は自分の名前が出てギクッとした。


「ただ……状況や情報から考えると、これですんなり入村出来るという可能性は低いと思われます。今回『湖神様から授けられた往来手順』そのものが、村から出るためだけの緊急手順であった可能性が高い、とも考えられるからです。ですから第一の試行策はあくまでも『確認のため』のものであると御理解下さい」


 カミーラが鼻で笑う。


「上手く行けば幸運ってレベルの話か。 悠長ゆうちょうなことをやってるだけの時間はない事を忘れるなよ」


「ええ。3ヶ月以内に成功させなければならない任務だからこそ、1つ1つを手抜かり無く確かめて歩む所存です」


 エルグレドはカミーラの嫌味を 激励げきれいに聞き変えて答える。


「確認の後、もし上手くいけばそのまま入村探索に入りますが……予想通りであった場合には、そのまま北の森を抜けミシュバットの 遺跡いせきを目指します。ここにも『結びの広場』があったと考えられている場所がありますので……その後は大陸南西岸のキボク、東周りでクシャ、ミルベ、エラツと……現在『結びの広場』であろうと確認されている場所を探索して行く予定です。それと……」


 エルグレドは言葉を区切りビデルに顔を向けた。


「ルエルフの村から3人以外に『外界』へ脱出を果たしたであろう、他の村人たちについてですが……」


「まだ何も報告は上がって来ていない」


 ビデルは素っ気無く答えた。


「……分かりました。ルエルフ村の『北の森』には300名以上の村人が脱出に向かったという事ですが、それだけの人数が一度に『外界』に出たなら、それなりに大きなニュースとなって伝わってきてもおかしくないはずです。が……そちらの調査については非常時対策室が引き続いて調査に当たるという事で、私たち『探索隊』は、とにかく村に入り盾を持ち帰るという任務に集中することとなります。それぞれの探索予定地での協力要請の件は?」


「各地域の行政担当者にはすでに伝令を送り、助力を指示している」


 ビデルが答え、エルグレドは頷いた。


「まずは、ルエルフ村への入村方法が分からなければ『守りの盾』に 辿たどり着くことは出来ません。『村』との接点である『結びの広場』と思われる場所……すでに私たちが 把握はあくしている場所だけでなく、今まで見つかっていない広場を探し出し、入村方法を調べる事が第一であると考えます。よろしいでしょうか?」


 エルグレドの視線は、ビデルでもカミーラでもなくレイラに向けられている。同行メンバーとして加わる者への意志の確認ということか……レイラは父親そっくりの 仕草しぐさでフッと鼻で笑う。


「異論はございませんわ。隊長さんにお任せします。ただ、今おっしゃられたルートをグルッと回るだけでも……ふた月はかかるのではないかと?」


「そうですね。ゆっくり調査をして回る時間はないでしょう。移動ルートとしても安全なコースだけというわけにはいきません。王国の未支配地域も通らざるを得ない点は御覚悟下さい」


 エルグレドもにこやかに微笑んで応じた。

 

 この2人と一緒の旅かぁ……篤樹は変な緊張感をエルグレドとレイラの間に感じ取り、不安な気分になった。


 でも……とにかく行くしかない! 自分に何が出来るのか、どんな意味があるのかは分からないけど……進むためには立って歩み出さないといけないんだ! 座って待ってたって誰かが運んでくれるわけじゃない。自分で立って歩み出すしかないんだ!

 

 篤樹は「自分で決めた道」を、しっかり歩むことだけに思いを向けようと自分に言い聞かせ、視線を前に向ける。目の前に座っているエシャーはまだ篤樹から目をそらしたままだ。

 まずはエシャーにちゃんと謝る……それが「自分の今歩むべき道の第一歩だ」と篤樹は心に定めた。

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