第17話 大臣ビデル・バナルからの取調べ
篤樹も自分が今いる場所や状況を確認するため、取調官にいくつか質問をした。ここが「
小学生の時、近所の倉庫に勝手に入って遊んでいた時、管理人に見つかって
あの時は「不法侵入罪で警察に突き出すぞ!」と怒鳴られて、みんなで泣いて
昼食後、取調べ官は篤樹1人を部屋に残し出て行った。ほどなく、部屋のドアが開かれる。
「こちらです」
取調官が1人の男を連れて部屋に入って来た。ターバンこそ巻いてはいないが、アラビアンナイトに出て来そうなダボダボとした服装だ。見慣れない服装だが、恐らくこの世界の人間が着る服としては「上等な格好」なのだろうと感じる。篤樹の父親より若く見えるが、顔立ちが日本人ではなく「西洋人っぽい」ので判断が出来ない。
「やあ、初めまして」
その人物は
「えっと……カガワ……アツキくんだね?」
男は、手に持つバインダーにはさまれた調書の紙をめくりながら篤樹に語りかける。
「あ、はい。そうです……」
「私は王宮の非常時対策室の室長ビデル・バナルだ。よろしく!」
そう言うと右手を差し出して来た。篤樹は
「ん? 何だい? これは!」
ビデルは篤樹が椅子に縛り付けられている事に気付くと、取調官に声をかけた。
「おい、君!」
「え? あ……何か……」
「彼の
「あ、はい!……ですが、規則ですし……」
「何十年前の規則だ! この建物も
「は、はい! すぐに……」
取調べ官は急いで篤樹の手足のロープを解いた。元々、昨日よりも
「すまなかったねぇ。どうも地方の巡監隊は
「あ、いえ、大丈夫です。とても優しくしてもらってましたし……」
篤樹は、昨日今日と担当していた取調べ官の立場が悪くなると申し訳ないという気持ちで、ついそう答えてしまう。取調べ官は驚いたように篤樹を見、それから口元を
「優しく?」
ビデルはそんな取調べ官の表情を見逃さなかった。見られた! と思った取調べ官が
「そうか、そうか。それは良かった。いや、確かに昔は犯罪者の取調べでは魔法を使われないよう、両手の自由を束縛する決まりがあったんだよ。でも20年ほど前に新しい
ビデルはバインダーをテーブルの上に置き、両手を組んでテーブルに肘をつく。
「ここは王都から少し離れている町だから、昔の習慣が残っていたのだろう。何にせよ、すまなかったね」
「あ、いえ。そんな……」
「さて!」
ビデルは話を切り上げ、本題に入る空気を作った。
「君には……もちろん一緒に捕らえられた別の2人もだが、特に君には色々と聞かなければならない事があってねぇ……」
別の2人って、エシャーとルロエさんのことだよなぁ? でも俺だけ「特に」ってことは、まだ取調べが続くってことなんだろうなぁ……篤樹はウンザリした。
「大体の
ビデルは取調べ官に顔を向ける。
「今朝は他に新しい情報は何かあったかね?」
「いえ、特には……昨日の
「そうか……ちょっと席を外してもらっていいかね?」
ビデルは取り調べ官に向かい、外に出るように
扉が閉まるとビデルはすぐに立ち上がり、扉に向かって両手を広げた。そして、そのまま部屋全体をグルリと見渡すように手を動かす。途端に、周囲の「音」が急に聞こえなくなった。
「さ、これで私たちの声は外に
え? この人、今、何かをした? 建物の中は魔法が使えないはずじゃ……
「おっと! 驚かせたようだね。今のは近代魔法のひとつでね、空気中に真空の『壁』を作り出し、四方を囲むことで音の伝達を
真空で音を遮る……理科で習った! 防音窓の二重構造とか、宇宙空間は真空だから音が伝わらないとか……。なんでこの人そんな事を……
「えっと……はい。何となく分かりますけど……」
篤樹は
「アツキくん……」
ビデルは篤樹の
「私はね、今は『王宮非常時対策室室長』を
大臣……って、やっぱりこの人、偉い人なんだ!
「だからね、封魔法コーティングを発明したのも私たちの機関なんだ。ということで、その反対魔法も当然私は知っている。で……」
ビデルの顔から笑みが消えた。真剣な表情だ。篤樹にも
「今回の件、この町の巡監たちは単なる不許可侵入として
ビデルは椅子を引き、篤樹の正面に座り直した。
「……この世界には『
チガセ? なんだそれ? 篤樹はビデルが何を言いたいのか見当もつかない。とにかく、一言一言を聞き逃さないように集中して耳を
「古代の神話や、各地の昔話に登場する『チガセ』という人物はね、共通して君のような『少年や少女』の姿なんだよ。神話研究者の中には『時代を超えて
ビデルは夢を見るような
「そんな子どもの頃からの
ビデルは
「ちょっと前に!」
ビデルは篤樹に前に身を出すように命じる。仕方ない。篤樹は恐る恐るテーブルの上に身を乗り出す。
眼科医が目の中の異物を調べるように、ビデルは篤樹の顔を両手で挟み、左右の親指と人差し指で篤樹のまぶたをグイッ!と開いて
「う~ん、やっぱり分からないなぁ……」
数十秒ほど「眼球検査」をすると、ビデルは篤樹から手を離し椅子に座り直した。篤樹は目をこすりながら尋ねる。
「えっと……何なんですか?」
「いやね、この調書……ルエルフの少女の証言には『この世界の人間とは違う光が見えたので、彼の言っていることが嘘ではないと思った』って書いてあったんで、そんな『光』が見えるのかなと思ってね。これはやはりルエルフ独自の魔法かぁ……」
篤樹は、森の中でエシャーから目を覗かれた時の事を思い出す。
「あの、エシャーは……一緒に捕まえられた女の子とお父さんは無事ですか? いつになったら会えますか?」
調書に何やら書き込んでいるビデルに尋ねる。
「ん? ああ、すぐに会わせて上げるよ。大丈夫! 心配しなさんな」
ビデルは何かを書き終えると、顔を上げニッコリ微笑んだ。
「ところで、君は誰に『
「え? え? 何が……ですか?」
「『通訳魔法』だよ。これまでの会話を見てると君には『通訳魔法』がかけられているようなんだが?」
「いえ……よく分かりませんが……」
ビデルは
「さっきからねぇ、いくつかの『言葉』が『
「『単語が変換』……ですか?」
「そう。あ、それじゃあ『魔法』って言ってみてくれ」
「え?『魔法』ですか?」
「やっぱりね。じゃあ、今度は私の唇をよく見て……いいかい?」
篤樹は言われるままにビデルの口に注目した。
「ま・ほ・う」
篤樹の耳には、ビデルが
「唇の……動きが違います……ね」
篤樹はビデルの唇が「ま・ほ・う」とは動いていないことに気がついた。唇の動きだけなら「あ・い・う」に見える。ア・イ・ウ……カ・ギ・ジュ! エシャーから教えてもらったこの世界の「魔法」のことか?
「じゃあこれはどうかな? サ・ル、イ・ヌ、お・し・ろ、く・る・ま、あ・め」
あ! お城と車は唇の動きが違う! 何で? 篤樹はまるで、外国映画の「吹き替え」のような唇の動きと音のズレに気付き、目を見開いた。
「あっ!」
そういえば、バタバタしていたから気にならなかったけど、ルエルフの村でサーガから逃げる時、色んな魔法を見たはずだ。でも「カギジュ」って言葉も「ルー」って言葉も聞かなかった……あの時、シャルロの心臓マッサージをした後、シェイさんも「魔法」って言ってた気が……
「何か心当たりがあったかい?」
ビデルが期待するような目で篤樹を見る。そうだ……そうだ! 先生だ!
「あ、はい! ……多分、あの時に……」
「いつ? 誰からかけられた魔法だい?」
篤樹は一瞬「先生」と呼ぶか「湖神様」と呼ぶか悩む。
「説明したと思いますけど、ルエルフ村の『湖神様』にお会いした時です。『
ビデルは調書をめくった。
「湖神様? 湖神様……湖神様……あ、ここか!……ふ……む……なるほど。ん? コミヤナオコ……先生? ……ほう……これは……興味深い……」
篤樹はなぜかドキドキした。まるでテストの
「……ということは……ここで、ということだね……」
ビデルは恐らく、篤樹が「言語適用の魔法」を小宮直子からかけてもらった事を調書に書き加えているのだろう。調書にペンのようなもの走らせる。
「湖神様……ね。きっとすごい
独り言のようにビデルは語り続けた。
「君の……君にかけられている『言語適用の魔法』だが、これってすごいものなんだよ! 普通は……まあ、普通でも『通訳魔法』ってのはすごいものなんだよ。上級の魔導師の中でもほんの一部の者しか
ビデルは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます