第17話 大臣ビデル・バナルからの取調べ

  らえられてから3日目の午後―――篤樹は昨日と同じ部屋で、朝から取調べを受けていた。取調官も同じ人だったので、最初からスムーズに調書取りは進められる。もちろん「信じられんなぁ……」「別の世界かぁ。作り話なら大した空想力だけど、後から嘘だとバレたら罪が重くなるぞ。大丈夫かい?」などと、途中途中で口を はさまれながらではあったが、初めの頃の様な威圧感は無くなっていた。


 篤樹も自分が今いる場所や状況を確認するため、取調官にいくつか質問をした。ここが「 巡監隊詰所じゅんかんたいつめしょ」と呼ばれる建物で、警察っぽいと篤樹が感じた人たちは「巡監隊」という、やはり警察のような仕事をしている人々らしいことを知る。加えて、今回、自分たち3人が捕まっている理由も「 不許可侵入罪ふきょかしんにゅうざい及び未遂罪みずいざい」ということも分かった。


 小学生の時、近所の倉庫に勝手に入って遊んでいた時、管理人に見つかって しかられたことを思い出す。

 あの時は「不法侵入罪で警察に突き出すぞ!」と怒鳴られて、みんなで泣いて あやまって許してもらえたが、今回はもちろんダメだろうなぁ……


 昼食後、取調べ官は篤樹1人を部屋に残し出て行った。ほどなく、部屋のドアが開かれる。


「こちらです」


 取調官が1人の男を連れて部屋に入って来た。ターバンこそ巻いてはいないが、アラビアンナイトに出て来そうなダボダボとした服装だ。見慣れない服装だが、恐らくこの世界の人間が着る服としては「上等な格好」なのだろうと感じる。篤樹の父親より若く見えるが、顔立ちが日本人ではなく「西洋人っぽい」ので判断が出来ない。


「やあ、初めまして」


 その人物は 極自然ごくしぜんな笑顔で声をかけ、篤樹と向き合う形で置いてあった椅子に腰を下ろした。


「えっと……カガワ……アツキくんだね?」


 男は、手に持つバインダーにはさまれた調書の紙をめくりながら篤樹に語りかける。


「あ、はい。そうです……」


「私は王宮の非常時対策室の室長ビデル・バナルだ。よろしく!」


 そう言うと右手を差し出して来た。篤樹は 握手あくしゅこたえようと、 咄嗟とっさに右手を出そうとした。だが、両腕を椅子の 肘掛ひじかけしばられているため、困ったようにビデルに視線を向ける。


「ん? 何だい? これは!」


 ビデルは篤樹が椅子に縛り付けられている事に気付くと、取調官に声をかけた。


「おい、君!」


「え? あ……何か……」


「彼の 束縛そくばくをすぐに解きなさい! なんで縛り付ける必要があるんだね!」


「あ、はい!……ですが、規則ですし……」


「何十年前の規則だ! この建物も 改修かいしゅうは終わってるんだろう? 縛る必要は無いはずだが?」


「は、はい! すぐに……」


 取調べ官は急いで篤樹の手足のロープを解いた。元々、昨日よりも ゆるめに縛っていてくれていたのでそれほど痛みは無かったが、それでも、自由に手足を動かせるというのはありがたい。


「すまなかったねぇ。どうも地方の巡監隊は 融通ゆうずうかなくて」


「あ、いえ、大丈夫です。とても優しくしてもらってましたし……」


 篤樹は、昨日今日と担当していた取調べ官の立場が悪くなると申し訳ないという気持ちで、ついそう答えてしまう。取調べ官は驚いたように篤樹を見、それから口元を ゆるめて微笑ほほえんだ。


「優しく?」


 ビデルはそんな取調べ官の表情を見逃さなかった。見られた! と思った取調べ官が あわてて無表情になる。ビデルは楽しそうに笑い声を上げた。


「そうか、そうか。それは良かった。いや、確かに昔は犯罪者の取調べでは魔法を使われないよう、両手の自由を束縛する決まりがあったんだよ。でも20年ほど前に新しい 封魔法ふうまほうが発明されてね。巡監隊詰所は全て封魔法コーティングの改修をしたんだ。だから手足を束縛する必要など無くなったんだがね……」


 ビデルはバインダーをテーブルの上に置き、両手を組んでテーブルに肘をつく。


「ここは王都から少し離れている町だから、昔の習慣が残っていたのだろう。何にせよ、すまなかったね」


「あ、いえ。そんな……」


「さて!」


 ビデルは話を切り上げ、本題に入る空気を作った。


「君には……もちろん一緒に捕らえられた別の2人もだが、特に君には色々と聞かなければならない事があってねぇ……」


 別の2人って、エシャーとルロエさんのことだよなぁ? でも俺だけ「特に」ってことは、まだ取調べが続くってことなんだろうなぁ……篤樹はウンザリした。


「大体の 概要がいようは、この調書で理解したよ」


 ビデルは取調べ官に顔を向ける。


「今朝は他に新しい情報は何かあったかね?」


「いえ、特には……昨日の 聴取内容ちょうしゅないようとほぼ同じです」


「そうか……ちょっと席を外してもらっていいかね?」


 ビデルは取り調べ官に向かい、外に出るように うながした。取調べ官は不審ふしんに思いつつも部屋を後にする。

 扉が閉まるとビデルはすぐに立ち上がり、扉に向かって両手を広げた。そして、そのまま部屋全体をグルリと見渡すように手を動かす。途端に、周囲の「音」が急に聞こえなくなった。


「さ、これで私たちの声は外に れない。安心して話をしようか」


 え? この人、今、何かをした? 建物の中は魔法が使えないはずじゃ……


「おっと! 驚かせたようだね。今のは近代魔法のひとつでね、空気中に真空の『壁』を作り出し、四方を囲むことで音の伝達を さえぎるる空間を作り出すじゅつなんだよ。 君なら・・・理解出来るね?」


 真空で音を遮る……理科で習った! 防音窓の二重構造とか、宇宙空間は真空だから音が伝わらないとか……。なんでこの人そんな事を……


「えっと……はい。何となく分かりますけど……」


 篤樹は 曖昧あいまいに答える。正直、どう答えるべきか分からなかった。


「アツキくん……」


 ビデルは篤樹の 動揺どうようを感じたのか、ゆっくりと教え さとすような口調で語りかける。


「私はね、今は『王宮非常時対策室室長』を 兼務けんむしているが、元々はこの国の 文化法暦省ぶんかほうれきしょうという機関の大臣なのだよ。文化法暦省というのはね、教育や文化、この国・この世界の歴史、そしてこの世界の魔法史を研究し、 統括とうかつする部門なんだ」


 大臣……って、やっぱりこの人、偉い人なんだ!


「だからね、封魔法コーティングを発明したのも私たちの機関なんだ。ということで、その反対魔法も当然私は知っている。で……」


 ビデルの顔から笑みが消えた。真剣な表情だ。篤樹にも 緊張きんちょうが走る。


「今回の件、この町の巡監たちは単なる不許可侵入として あつかっていたんだが……君の証言や、共犯の2名がルエルフの父子という特殊とくしゅな組み合わせということで、昨日、私の元に報告が上がって来たんだ。ちょうどこの町に来ていたんでね。それで、調書を読んで驚いてね……すぐに駆けつけたんだよ」


 ビデルは椅子を引き、篤樹の正面に座り直した。


「……この世界には『 チガセ・・・』と呼ばれる勇者の伝説がいくつもある。古くは7000年以上も昔の神話の中にも……この国の300年ほど前の伝説の中にも、チガセと思われる『勇者』が登場するんだ」


 チガセ? なんだそれ? 篤樹はビデルが何を言いたいのか見当もつかない。とにかく、一言一言を聞き逃さないように集中して耳を かたむけた。


「古代の神話や、各地の昔話に登場する『チガセ』という人物はね、共通して君のような『少年や少女』の姿なんだよ。神話研究者の中には『時代を超えて 同じチガセ・・・・・がこの世界に 降臨こうりんし、伝説を残した』と考える者もいる。だが、私は『チガセ』とは、それぞれが 別々の人物・・・・・であったと考えてきた。まあ、多くの人々はそんな神話や伝説自体が作り話だと信じているがね……私は子どもの頃から歴史や伝説が好きでね、自分なりに色々と考えてたんだ。もし本当に『チガセ』なんて勇者がいるのなら、一体それはどんな人物なのだろうか? 一度でいいからお会いしてみたい、とね」


 ビデルは夢を見るような 眼差まなざしで、天井からぶら下っている鉄網ランプに目を向ける。


「そんな子どもの頃からの 好奇心こうきしんから、私は考古学や歴史を学んでね、気がつくと王室の研究者となり、数年前に文化法暦省の責任ある立場に 抜擢ばってきされ、大臣としての任命を受けた。 趣味しゅみこうじてしょくたって感じだね……さて、ちょっと目を見せてくれ」


 ビデルは 唐突とうとつにそう言うと、テーブルの上に身を乗り出し篤樹の目をジッと見つめた。思わず篤樹は身を引く。


「ちょっと前に!」


 ビデルは篤樹に前に身を出すように命じる。仕方ない。篤樹は恐る恐るテーブルの上に身を乗り出す。

 眼科医が目の中の異物を調べるように、ビデルは篤樹の顔を両手で挟み、左右の親指と人差し指で篤樹のまぶたをグイッ!と開いて のぞき込んで来る。


「う~ん、やっぱり分からないなぁ……」


 数十秒ほど「眼球検査」をすると、ビデルは篤樹から手を離し椅子に座り直した。篤樹は目をこすりながら尋ねる。


「えっと……何なんですか?」


「いやね、この調書……ルエルフの少女の証言には『この世界の人間とは違う光が見えたので、彼の言っていることが嘘ではないと思った』って書いてあったんで、そんな『光』が見えるのかなと思ってね。これはやはりルエルフ独自の魔法かぁ……」


 篤樹は、森の中でエシャーから目を覗かれた時の事を思い出す。


「あの、エシャーは……一緒に捕まえられた女の子とお父さんは無事ですか? いつになったら会えますか?」


 調書に何やら書き込んでいるビデルに尋ねる。


「ん? ああ、すぐに会わせて上げるよ。大丈夫! 心配しなさんな」


 ビデルは何かを書き終えると、顔を上げニッコリ微笑んだ。


「ところで、君は誰に『 通訳魔法つうやくまほう』をかけてもらったんだい?」


「え? え? 何が……ですか?」


「『通訳魔法』だよ。これまでの会話を見てると君には『通訳魔法』がかけられているようなんだが?」


「いえ……よく分かりませんが……」


 ビデルは うたがうような目で篤樹を見る。


「さっきからねぇ、いくつかの『言葉』が『 変換へんかん』されてるんだよ。気付かないかい?」


「『単語が変換』……ですか?」


「そう。あ、それじゃあ『魔法』って言ってみてくれ」


「え?『魔法』ですか?」


「やっぱりね。じゃあ、今度は私の唇をよく見て……いいかい?」


 篤樹は言われるままにビデルの口に注目した。


「ま・ほ・う」


 篤樹の耳には、ビデルが 魔法まほうと言っているようにハッキリ聞こえる。しかし……


「唇の……動きが違います……ね」


 篤樹はビデルの唇が「ま・ほ・う」とは動いていないことに気がついた。唇の動きだけなら「あ・い・う」に見える。ア・イ・ウ……カ・ギ・ジュ! エシャーから教えてもらったこの世界の「魔法」のことか?


「じゃあこれはどうかな? サ・ル、イ・ヌ、お・し・ろ、く・る・ま、あ・め」


 あ! お城と車は唇の動きが違う! 何で? 篤樹はまるで、外国映画の「吹き替え」のような唇の動きと音のズレに気付き、目を見開いた。


「あっ!」


 そういえば、バタバタしていたから気にならなかったけど、ルエルフの村でサーガから逃げる時、色んな魔法を見たはずだ。でも「カギジュ」って言葉も「ルー」って言葉も聞かなかった……あの時、シャルロの心臓マッサージをした後、シェイさんも「魔法」って言ってた気が……


「何か心当たりがあったかい?」


 ビデルが期待するような目で篤樹を見る。そうだ……そうだ! 先生だ!


「あ、はい! ……多分、あの時に……」


「いつ? 誰からかけられた魔法だい?」


 篤樹は一瞬「先生」と呼ぶか「湖神様」と呼ぶか悩む。


「説明したと思いますけど、ルエルフ村の『湖神様』にお会いした時です。『 言語適用げんごてきようの魔法』っていうのをかけてもらいました。多分それが『通訳魔法』のことじゃないかと……」


 ビデルは調書をめくった。


「湖神様? 湖神様……湖神様……あ、ここか!……ふ……む……なるほど。ん? コミヤナオコ……先生? ……ほう……これは……興味深い……」


 篤樹はなぜかドキドキした。まるでテストの 採点さいてんをされているような気分だ。


「……ということは……ここで、ということだね……」


 ビデルは恐らく、篤樹が「言語適用の魔法」を小宮直子からかけてもらった事を調書に書き加えているのだろう。調書にペンのようなもの走らせる。


「湖神様……ね。きっとすごい 法力ほうりきをもっている方なんだろうねぇ。それに、ルエルフの証言から見ても、人間の寿命どころかエルフの寿命さえ何倍も超えて存在しているようだ……まさに『神様』だね……すごいなぁ……」


 独り言のようにビデルは語り続けた。


「君の……君にかけられている『言語適用の魔法』だが、これってすごいものなんだよ! 普通は……まあ、普通でも『通訳魔法』ってのはすごいものなんだよ。上級の魔導師の中でもほんの一部の者しか あつかえない、特殊とくしゅな魔法だ。それも、術をかける魔導師自身にしか かないものがほとんどで、他人にかけられる魔法使いなんか今まで2人も会ったことが無い。しかも、長くて数時間程度しかその効果は続かないものだ。それでもすごく 貴重きちょうめずらしい魔法なのに……ところが君の……君にかけられている『言語適用の魔法』ときたら、すでに2日以上も効果が消えていない……いや、この封魔法コーティングされた建物に入っても全く効果が消えていない! 恐らく、もっともっと長い時間、効果が消えないんじゃないかと私は感じている。いや、ホントにすごい魔法だ!」


 ビデルは 恍惚こうこつの表情で篤樹を見つめ、熱く語り続けた。

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