第18話 不自由な釈放

 ビデルは ほお紅潮こうちょうさせ「湖神様」の魔法術に 大絶賛だいぜっさんの言葉を続けた。自分の担任がここまで められると、何だか自分も褒められている様な気持ちにもなり、篤樹も気分が良い。


是非ぜひともその『湖神様』とやらに、私もお会いしたいなぁ……ルエルフの村に行けば会えるんだろう?」


 ビデルがグッと顔を近づけて来る。


「あの……よく分かりません……昨日も話したんですけど、とにかく、その村がサーガの群れに おそわれたから僕らは逃げ出して来たわけで……湖神様も今、どこにいて、何をしているのか分かりませんし……」


「……う、ん。ま、調査隊が帰ってきたら様子は分かるか……」


 ビデルは、ちょっとつまらなそうに椅子へ座り直した。


「君たちの証言をもとにね、今、調査隊がえーと……『結びの広場』かな? 森の中の? そこに行って、ルエルフ村への入口を 捜索そうさくしている所だ」


 は? 村への入口って?


「あ、あの、でも……湖神様からの許可が無ければ、誰も村に入れないはずですし、それに、村は今頃はもう……」


「君は別に何も気にしなくて良い!」


 おもむろに、ビデルは 不機嫌ふきげんな声で篤樹の意見を さえぎる。


 いや……でも、村への入り方が……


 篤樹は調書を取られる時に「後ろ向きで5歩・前向きで8歩・後ろ向きで5歩・前向きで5歩」という「森から出る方法」については正直に話していた。しかし、その「逆」が入り方になるかどうかまでは知らない、とも言ったはずだ。 勘違かんちがいしてるのかも……


「君もあの2人も、それぞれ同じ証言をしたからね。『5・8・5・5』の話は間違いなく、本当のことを言っていると信じているよ」


「あの、だから、それは『森から出る方法』なんです。村の森に『入る方法』か、僕らは知りませんよ!」


 篤樹は誤解されたまま、後から責任を問われてはたまらないと思い、つい強い口調で自分の意見をビデルに訴えた。


「まあ、とにかくまずは何でも試してみないとね」


 ビデルはニヤリと笑う。


「ところで、その……君の首飾りなんだが……」


 一息つくと、ビデルは話を続けた。


「その『 渡橋ときょうあかし』……だったかな? それも見せてもらって良いかい?」


 え? 篤樹は胸に手を当てた。服の下に「学生ボタン」の感触がある。でも……


「あの……これも……お教えしたんですけど……『ガザル』が触ったら、なんかすごい攻撃を出したんで……ちょっと危ないかも……」


 その言葉に対し、ビデルの表情に 苛立いらだちの色が浮かぶ。


「とにかく出しなさい。一応、私の目で確かめる必要がある」


 篤樹はなんだかこの男……ビデルは「信用してはいけない大人」だと直感した。なんだろうか? 優しい目や良い笑顔もするが、時折ときおりひどく 横暴おうぼうな力も感じる。

 父さんがテレビでニュースなんかを見ながら「独り演説」していた言葉を思い出す。


『……なんだろうね、こういうのって? 子どもは「大人だから」ってだけで相手を「正しい」と 勘違かんちがいしちゃうのかなぁ…… 可哀想かわいそうに……としだけいくら重ねたって、中身がクズの人間はゴマンといるんだよ!「大人」だからって簡単に信用しちゃダメだって!』


 子ども……未成年者が被害に う事件のニュースを見聞きする度に言ってたよなぁ……


「さあ、早く出して見せて!」


 しかし、篤樹は結局渋々しぶしぶと首の ひもを引っ張り「渡橋の証し」である古びた学生服のボタンを 襟元えりもとから出した。


「外してここに置いて!」


 ビデルがテーブルの中央を指でトントンと たたいて指示をする。イヤだなぁ……しかし篤樹は あらがすべは無い。そもそも、いわゆる警察や国家権力に逆らうことは、自分の立場を悪くするのでは無いか? という恐れがある以上は従うしかなかった。先生、助けて!

 

 篤樹は首から紐ごと「渡橋の証し」を外し、ビデルが指差したテーブルの中央に置く。すぐにビデルが手を伸ばした。


 どうしよう? また、ガザルの時みたいにバンッ! とかなったら……


 ビデルも調書を読んで知っているのか、直接手で触るのを 躊躇ちゅうちょしている。一度伸ばした手を引き、テーブル上のバインダーを動かし「渡橋の証し」をツンツンと押す。

 「学ランボタン」は少し動いたが、別に何も変化は無い。ビデルは意を決したように、もう一度手を伸ばすと「渡橋の証し」を手に取った。


「……ど、どうやら、私は大丈夫なようだね……うん、大丈夫だ! いやいや、これはこれは……」


 ビデルはジッと興味深げにボタンを見つめる。

 篤樹はどうなる事かと冷や冷やしていた。ビデルは動かない。一言も発することなくただジッと「まばたき」もせずにボタンを見つめている。

 まるで、 何かの魔法・・・・・にでもかけられたかのように、ビデルの目から興奮の色が消えた。


「あ、あの……」


 明らかに異常な様子に篤樹は堪らず声をかける。その声に反応し、ビデルはハッと「まばたき」をした。その拍子に、手からボタンが机上に落ちる。


「あ、ああ、すまん、すまん。うん……普通の飾りだね。もう良いよ……しまいなさい」


 ビデルはテーブルに落とした「渡橋の証し」を再び手に取ることもせず、全く興味の無いガラクタを見るような目でそれを見下ろし、篤樹に返す素振りをみせた。

 篤樹は黙って「渡橋の印」を引き取り、紐を首にかけると「ボタン」を襟元から服の下に差し入れる。どうしたんだろう? 急に興味を無くしたみたいだけど……これも先生の魔法?


 大きく息を吐きながらビデルは自分の顔を両手で押さえ、顔を くような動作をした。


「いかん、いかん、午後のこの時間はどうも眠気が来る。昨夜も寝不足でねぇ……」


 そうですか、と篤樹は小声で相槌あいづちを打ったが、特に寝不足の話を続けたかったワケでも無いらしいビデルはおもむろに指を鳴らした。


「いま『壁』を解いたから、この後はなるべく私に合わせた会話をして欲しい。特に『元の世界』についてはあまり詳しくは話さないように。いいね?」


「……はい」


「それにしても、どうも『音消し』はまだまだ改良の余地があるなぁ。真空の壁で周りを囲むから、どうしても息が詰まる。君は大丈夫だったかい?」


  酸欠さんけつになるって事か? そんなに息苦しさは感じなかったけどなぁ。まあ、いいや。


 ガチャッ!


 篤樹がビデルに返答する間も無く、扉が開くと取調べ官が顔を のぞかせる。


「あの……何か不都合でも……」


「何でもない! こっちの話だ。あ、それより、ルエルフの2人はどうなってる?」


 取調べ官は「確認してきます」と言い残し立ち去っていった。ビデルは篤樹に向き直った。


「……ったく。『召集組』か……」


「召集組?」


 ビデルの呟きに思わず篤樹は聞き返す。


「ああ。今回の件で 大規模召集だいきぼしょうしゅうをかけたからね。普段と違う働きで勝手がよく分からないんだろう。普通は声をかけられるまで扉を開けたりはしないはずなんだが……」


 今回の事件?


「あの……僕たちの件って、そんなに大事件になってるんですか?」


「ん?」


 ビデルは篤樹の言葉の意味が一瞬理解出来なかった様子でキョトンとした。しかしすぐに「ああ!」と理解した表情になった。


「いやいや、君たちの『不許可侵入』の件では無いよ……うん。数ヶ月ほど前から突然サーガ共の動きが活発になって、ついに『 大群行だいぐんこう』が発生したんだ。この三百年ほどおとなしかった奴らが、急に各地に群れで 出没しゅつぼつし、村や町をおそって来た。普通、奴らは群れで動く事は無い。人間が多く住んでいる村や町に近づく事も まれなんだが……歴史的には過去にも『群れ化』する事は分かっていた。だから、いつ、そのような事が起こっても対応出来るよう、私たちの国では非常時のための対策を取って来たんだよ。その対策の一つが『非常時召集』だ。もっとも、今回のような大規模な『群れ化』が起こるとは想定外だったがね……」


 群れ化したサーガ……ルエルフの村もそれで襲われたのか……


「巡監隊も国や町の給金で やとっているからね。普段からそんなに人数を置くことは出来ない。だから非常時即応として巡監隊に一般人を召集するんだよ。もちろん、みんな毎年訓練を受けてはいるはずなんだが、それぞれの地域で訓練の質も違うからねぇ。特にここ『タグア』は 穀倉地帯こくそうちたいで農民が多いから、組織力はあっても規律や対応力がちょっとなぁ……」


 巡監隊って警察みたいな仕事だと思ってたけど、軍隊みたいな感じなのかなぁ? 篤樹は社会の授業で学んだ『 徴兵制度ちょうへいせいど』を思い出した。それとも親戚のおじさんがやってる消防団員みたいなカンジかなぁ?


「あの……ビデル……さん。質問してもいいですか?」


「ん? 何だね?」


 ビデルは一瞬不快な表情を見せたが「ま、良いか」とでも思ったのか、篤樹でも分かる作り笑顔で答えた。この人……やっぱり気を付けよう……


「さっきの話なんですが……」


「どの話?」


「いや『真空の壁』とか魔法とか……」


「ああ、魔法術の事を聞きたいのかい?」


「はい……あのぉ、それって誰でも……僕でも使えるんですか?」


 ビデルはまるで、小さな子どもが「将来の夢はヒーローになること!」と言った時に大人が見せるような表情で答えた。


「ん? 君がかい? う~ん、使えると良いねぇ。多分、大丈夫だよ! しっかり勉強すれば!」


「勉強……ですか?」


 篤樹はその返答に、ちょっとウンザリした気分になる。勉強は嫌いではないが好きでもない。ただ決められた「生活の一部」だからやってるだけだ。勉強せずに知識だけ、点数だけ得られれば楽なのにといつも試験準備期間には思っている。

 そもそも、社会人になっても使うような知識や学力だけ有れば十分なのだから、因数分解だの連立方程式だの化学式だのなんか、やる意味が無いと思っていた。特に、外国に住む気も無いから英語なんかも要らないと思う。

 そんな文句を言う度に親からは「社会人になって使うか使わないかは知らないけど、定期テストのためには必要なんだから文句言わずにやりなさい!」と怒られたものだ。


「勉強って……どんな勉強ですか? 魔法学校とかがあるんですか?」


 ビデルは、今度は明らかに篤樹を小馬鹿にしたような眼つきで答える。


「魔法院の法術学校はね、一般人の入学は認められない特別な学校だよ。君はまず入学資格が無いだろうね。だから独学で身に付けるって感じだろう。まあ、身の回りの生活魔法くらいなら、いつかは覚えられるんじゃないかなぁ?」


 ビデルは「興味無し!」の空気を存分に ただよわせると、バインダーの調書に視線を戻してめくりはじめた。篤樹は話しかけるのをやめる。この人、やっぱり嫌いだ……


 扉が開き、取調べを担当した巡監隊員と、もう1人の隊員が部屋に入ってきた。


「君ねぇ! さっきから気になったんだが、ここでは扉を開ける前にノックをするくらいの『 礼儀れいぎ』を教えてもらわなかったのかね!」


「あ、す、スミマセン! つい……」


「『つい』じゃないよ! 全く……で?」


「は? ああ、はい! あのルエルフの親子の件ですが……」


 取調べ官が篤樹をチラッと見る。


「何かあったんですか!」


 篤樹は取調べ官の表情から嫌な予感がした。


「ちょっと、 よろしいですか……」


 取調べ官は篤樹に聞かれたくないのか、ビデルに室外へ出てもらえるように声をかける。しかしビデルは調書に目を向けたまま素っ気無く答えた。


「構わんからここで言いたまえ。ルエルフ族の2人がどうかしたのかね?」


「はぁ……その……」


 取調べ官は篤樹に申し訳なさそうな目を向ける。


「昨夜遅くに……裁判所へ移送になったと……」


「え!」「何?」


 篤樹とビデルは同時に声を上げた。そのままビデルが怒鳴るように尋ねる。


「『不許可侵入』で裁判なんて聞いた事ないぞ! 誰の決定だ? 取り消して私のところへ2人を連れて来い!」


「それが……そのぉ……軍部からの決定ということで……」


「軍部!?」


「え、何? どうなったんですか?」


 篤樹は 単純たんじゅんに「2人とすぐには会えない」という空気を さっして混乱し、ビデルはどうやら「 慣例かんれいと違う対応」に混乱しているようだ。


「……とにかくだ!」


 ビデルが椅子から立ち上がる。


「先に申し送っていたように、彼らは私の管理下に置くつもりだ! この少年もこのまま一緒に連れて行く。2人の所へ案内しろ!」


「いや、ですから、昨夜遅くに移送済みだと……」


「馬鹿な! 移送の前になぜ私に一言も無いんだ? 軍部の誰だ! まったく、話にならん! すぐに裁判所まで私たちを送りたまえ!……ったく! ここでも軍部の馬鹿どもは……」


 ビデルは完全に理性を失い、ヒステリックに叫んだ。巡監隊員が急いで部屋を飛び出す。ビデルは荒々しく席を立ち篤樹に声をかける。


「さあ、君もついて来たまえ!」


「あ、あの! 閣下! その者は……」


 取調べを担当していた巡監隊員が、篤樹の処遇しょぐうを案じるように声をかける。


釈放しゃくほうだ!  厳重げんじゅう注意は済んだだろ! 手続きをしておきなさい。彼は私が連れて行く」


 「釈放」という言葉は嬉しかったが、この人について行かないとならないのか……篤樹の心に喜びと不安が入り混じる。信用出来ない……ちょっと、いや! かなり苦手なタイプの大人だ……けど従うしかない。

 それに、この人について行かないとエシャーとルロエさんには会えないんだから……


 振り返りもせずに部屋から出るビデルの後に続き、篤樹は取調室を後にした。

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