第15話 そして『外界』へ

「私が家に着いた時には、すでにあの状態だったんだ……」


 ルロエは棒弓銃を手に辺りを 警戒けいかいしながら、倒木とうぼく腰掛こしかけているエシャーと篤樹に語りかけた。

 西の森に入って30分ほど奥に進んだ場所……森の中には小道も通っているが、あえてその「道」を けて3人は進んで来た。


「暖炉の横に置いていた『これ』を取って……」


 ルロエは軽く棒弓銃を持ち上げた。


「それから…… こわれた階段の隙間から2階によじ登った。もしかしてエーミーが2階に避難しているのではないかと思ってね……でも、妻は……母さんはいなかった……」


 エシャーは家から持ち出してきたエーミーの服を、ギュッと にぎめる。


「……東の窓から外を見たら、さっきのゴブリンを見つけてね…… あわてて身を かくしたんだ。その時にお前たちの声が聞こえた……」


 エーミーさんの服を見つけた時のやりとりか……


「ゴブリンはね……」


 ルロエが話を続ける。


「あいつらはとにかく動きが早い。普段のヨタヨタ歩きからは 想像そうぞうも出来ないほどのスピードを瞬間的に出す……だから、気付かれる前に攻撃しないとダメなんだ……」


 エシャーと篤樹に戦い方を教えているというより、自分自身に説明するような口調でルロエは語った。


「……お母さんは……木霊になっちゃったの?」


 エシャーは意を決したように父に たずねる。ルロエは、娘に目を向けることもせずに辺りを警戒しながら答えた。


「分からない……目の前で……木霊になるのを見たわけじゃないから……。村の空気も変わってしまって伝心も使えない状態だしね。エーミーの波長を……今は感じることが出来ない……」


 ルロエは くやしそうに顔を ゆがめる。エシャーは母の服に顔をうずめ、くぐもった声で尋ねた。


「……北の森に向かうの? それともこのまま西の森から出るの?」


「奴らは南の森から 侵入しんにゅうしてきた。残念だが…… 南斜面みなみしゃめんにいたみんなが逃げ切れたかどうか……とにかく、一番離れた北の森から脱出した人たちは、大丈夫だったんじゃないかな。だが……」


 ルロエはここで、ようやくエシャーと篤樹に視線を合わせた。


「今から北の森に向かうのは、かえって敵に近づくことになる。私たちはこのまま、西の森から脱出しよう」


「湖神様から……」


 エシャーが声を発した。


「湖神様から……あの時、私お願いされたの。アッキーを外界へ脱出させてあげて欲しいって……」


 篤樹はキョトンとエシャーを見つめた。


「エシャー……」


 ルロエも 唐突とうとつな娘の言葉に反応する。


「ねえ! アッキー! 湖神様とアッキーは知り合い? 何か関係があるの?」


 湖神様……小宮直子は篤樹のクラスの担任だ。いや、湖神様には姿は無いはず……臨会者の思いから、その姿を作り出すって言ってたじゃないか! だとしたら別に……姿形は小宮直子だとしても、湖神様そのものは別の存在? でも、あのやり取りは……


「分からない……」


 篤樹はそう答えるしか無かった。


「俺が出会った湖神様は、良く知っている人の姿……ほら中学校って所があるって話しただろう? その中学校で……俺らのクラスの担任をしている先生……女の先生の姿だったよ。……それに……先生じゃないと分からないような情報を……友だちの名前とかまで全部知ってた……」


「湖神様は……」


 エシャーが話を引き取る。


「私の前に現れた湖神様は……アッキーの『先生』なんだったと思う。会ったこともない大人の女の人だった……見たことも無い不思議な服を着ていた。だけど……なんとなくそう感じたの! アッキーのことを良く知っている女の人だって!」


「エシャー……」


 ルロエが口をはさむ。


「湖神様に定まった姿形は……無い。臨会者の願う姿、 おそれる姿でお会いになられる……私は……父さんには別の姿でお会いになられたよ……私の……母の姿だった。それに、私の母の声、母の記憶、母の愛情に満ちていた!」


 ルロエの声に力がこもる。


「でも……」


「湖神様は……私の母だ……」


 エシャーの反論を おさえるようにルロエは言葉をかぶせた。篤樹とエシャーは驚いた顔でルロエを見つめる。


「すまない……」


 ルロエは2人の表情に気付き、視線をそらした。


「あの時……湖神様は母の姿だった……そして、私の中に『記憶』を戻してくれたんだ。母との記憶、サーガたちとの戦い方、ガザルの存在……」


「そうだ……アッキー! アイツはどうなったの?」


 エシャーが篤樹にグイッと顔を寄せ、 たずねた。


「ガザル……? えっと……湖神様の橋の上に……置いてきた」


「は?」


 エシャーがキョトンと首をかしげる。


「えっとね……だから……湖神様の橋の上に戻って、そしたらヤツとは分離してて……で、俺だけまたこっちに戻って来たから……多分、まだアイツはアッチに残ったままなんじゃないかな、と……」


「そうか、だからか……」


 ルロエが納得したような声で答えた。


「それで、サーガたちはガザルの指示を失った……おかげであんな 統率とうそつの無い行動を取り始めたのか。ガザルの指示があれば村の誰一人逃げられなかったかも知れない……アツキくんのおかげで、みんなが逃げる すきが出来たんだ」


 え? そうなの? 篤樹はなんだかよく分からないが、とにかく、自分の行動がみんなの役に立てたのだ、という評価が うれしかった。


「そういえばエシャー、おじいさまは?」


 ルロエが尋ねたことで、3人はそれぞれの情報を改めて 交換こうかんする。


「……そうか。父は危なかい状態だったんだね。ありがとうアツキくん」


「いえ、そんな……」


「北の森に向かったみんなの様子も気になるが、とにかく私たちはこのまま進もう。みんなと合流出来る方法は、無事に外界に出てから改めて考えよう」


 ルロエはそう言うと、2人に立ち上がるよう うながした。3人は森の奥、外界への出口に向かって進み続けた。



―――・―――・―――・―――



「さて……」


 さらに三十分ほど歩いて、3人は西の森の切れ目……外界との境界となる場所まで 辿たどり着いた。


「この先は湖神様からの指示通りに進まないと、いつまでも森の中から出られない。エシャーもアツキくんも聞いたよね?」


「はい」「うん」


 2人は声を合わせて顔を見合わせた。


「後ろ向きで5歩・前向きで8歩・後ろ向きで5歩・前向きで5歩……ですね?」


「そう。5・8・5・5だ。では行こうか」


 3人は進むべき方向……森の外に広がる草原の中央を確認し、後ろ向きに並ぶ。


「まず5歩……」


 ルロエの指示で、3人同時に後ろ向きに歩を進める。


「反転して次は8歩……」


 草原の中央に向かい8歩進む。この動きに、篤樹は何かを感じ取った。


「次は後ろ向きで5歩……」


 前を向き、後ろを向き、少しずつ……これって……


「最後に前を向いて5歩」


 3人は森の中に開ける草原の中心付近に辿り着いた。


「そうか……」


 篤樹は周りを見ながらつぶやく。


「何が?」


 その声を聞き洩らさず、エシャーが尋ねる。篤樹は周りの景色を確認した。この世界に来て最初に倒れていた草原と同じに見えるが、ここではない気もする。でも……


「この世界に来た時……俺が最初に倒れてた『草原』はここかなぁ?」


「いや、恐らく違うだろう。『結びの広場』は世界中に何ヶ所か在るはずだし、エシャーが君を見つけたのは村の南の森だったから、恐らく別の広場だったのだと思うよ」


「そう……ですか……」


 よく似た景色だけど……あそこじゃないんだ……


「で? 何が『そうか』なの?」


 エシャーが篤樹の つぶやきに い付いて来た。


「いや、だから……ほら、なんで俺はあの森、ルエルフの森に入れたのかなって……」


「そうだ! そもそも、どうやって入ってきたの?」


「今、森を出る時……村と外界を渡る時に、湖神様からの指示に従った歩き方で出てきただろう? 普通とは違う……前を向いたり後ろを向いたりの進み方で……」


 篤樹は森から辿って来たルートを指差しながら説明する。


「最初、ここに……別の広場かも知れないけど、この世界に来た時、ちょうど広場の真ん中らへんに倒れてたんだ。で、向こうの森から腐れトロルが出てきた……」


 篤樹は今出てきた森の反対側の木々を指差した。


「逃げる時……何度か向きを変えて逃げたんだ。石を投げて腐れトロルの気をそらしながら……その動き、その歩数が、たまたま偶然、村の森に入るための動きと同じになったんじゃないかなって……」


「は? そんな偶然がある訳無いじゃない?」


 エシャーが あきれ顔で答える。


「……いや、そりゃ……そうだけど……」


 篤樹も、自分の仮説があまりにも「偶然性の きわみ」のように感じ、反論できなかった。


「いや……『偶然』というのは、未知なる必然に対する無知が導く評価に過ぎない。今の自分にとっては理由も分からない『偶然』でも、後の自分にとっては『必然』であったと理解出来るかも知れないものだよ」


 ルロエは篤樹の仮説に興味を示す。


「……今の自分にとっては理解出来ない出来事……『たまたま、偶然』と思える出来事であっても、それが起こったという事実の背後には、必ずなんらかの必然がある……と私は思うがねぇ」


 何らかの必然……あの事故も? こんな異世界転移のような状況も?……エーミーさんの死も、何らかの必然というのだろうか?


「お母さんが殺されたことを、お父さんはどう思ってるの! それも必然なの?」


 エシャーも同じ疑問を感じたのか、ルロエの言葉に み付いた。


「そうは言っていない!」


 ルロエは、突然の娘の言葉に おびえるように 怒鳴どなった。


「……世の中に『偶然』は無いと言ってるんだ。エーミーの事だって……ただ……分からないことを『偶然』という言葉で終わらせちゃいけないんだ。そこには何らかの意味がある……その意味を受け取らないと、それは……本当に意味のない『偶然』というもので終わらされてしまう」


「お父さんの言ってる意味、全然分かんない!」


 エシャーは手にしていたエーミーの服に顔を埋める。ルロエも自分の言葉に何の説得力も感じられなかったのか、口をつぐんで辺りを見渡した。


「……とにかく」


 周囲を確認したルロエが口を開く。


「ここにいても仕方が無い。移動しよう……」


 ルロエは、今3人が出てきた森に向かい歩き始めた。


「え! 戻るんですか?」


 その動きを見て篤樹は思わず尋ねる。ルロエは立ち止まり振り返ると、少し やわらいだ表情で答えた。


「もう、村には戻れないよ。見てごらん……」


 ルロエは進もうとする森の方角を、棒弓銃を持つ右手で指した。森の向こう側、木々の上にチラッと何かが見える。屋根?  とう? 何かの 建造物けんぞうぶつの上の部分が森の向こう側に見えていた。


「この森を抜ければ町があるようだ。まずはそこまで行って様子を見よう。私も外界は30年振り……こちらでは300年振りだから……様子も変わってるだろう。とにかく、情報を集めないと……」


 ルロエを先頭に、3人は森に向かい歩き出す。エシャーは左手に母の服を握り締め、右手で篤樹の左手を握っている。篤樹はそれが当然で、自然なことのように感じ、エシャーを引っ張るように前に進んだ。

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