第4話 シャルロとの出会い

  みずうみほとりに建つ、 尖塔せんとうのような赤い屋根の家の前まで、篤樹はエシャーに手を引かれ連れて来られた。


「ここが長の家よ!」


 エシャーは篤樹と つないだ手をくと、正面扉前に設置されてる3段の階段を軽やかに上り、篤樹を 手招てまねきする。


「さあ、どうぞ。怖がらなくても大丈夫だから!」


 そう言うとエシャーは玄関と思われる大きな木の扉を叩いた。多分、あれがドアだよなぁ? でもなんだか 違和感いわかんが……


「おじい様ー、お客様でーす!」


「え? おじいさま?」


「そうよ。おじいさまが今はこの村の おさなの」


 「長」の家の扉が音も無く外側に開くと、エシャーはさっさと中に姿を消す。篤樹はまるでお化け屋敷にでも足を踏み入れるような緊張を覚えつつ階段を上り、扉の内側を恐る恐る のぞいてみた。明るい外から見るせいか、家の中は真っ暗で何も見えない。 かろうじて先に中に入ったエシャーの 輪郭りんかくだけが確認出来る。


「早く入って!」


 エシャーの声に引っ張られるように長の家の中へと入ろうとした時、篤樹は扉の違和感の正体に気がついた。ドアノブが無いのだ。扉の内側にも外側にもドアノブが無い。だから外から見た時に扉が何となく「ただの板」のように感じたのか……。どうやって閉めるんだろう?


「中に入って。扉は『ルー』……えっと……マフーで閉まるから」


 マホウだけどね。篤樹は心の中でエシャーに突っ込みを入れながらも、慎重に家の中へ足を み入れた。気配を感じ り返ると、扉がゆっくりと自動で閉まる。とりあえず外に向かって押してみるがビクともしない。


「何やってるの? 早く!」


 エシャーの声が奥から聞こえた。扉が閉まり、ますます室内の やみが深くなったように感じる。篤樹は一度目を閉じた。


 落ち着け、落ち着け、殺されることは……多分無いだろうし……

 

 目を開くと、先ほどよりも暗さに目が慣れたのか、中の様子を見分けられるようになっている。5メートルほど真っ直ぐに 廊下ろうかが続いて……行き止まり? いや、 かべになってるのか。廊下の中ほどの左右に「ドアノブの無い扉」がある。 き当たりの壁で廊下はT字に分かれていた。どっちに行けば良いのかと迷う必要も無く、突き当たりを右に続く廊下の先にエシャーの顔が見えた。


「この部屋よ」


 エシャーが顔を のぞかせていた部屋の入り口から明かりが廊下に漏れている。篤樹はエシャーに手を取られ、部屋の中へ連れ込まれた。


 引き込まれるまま部屋に入った篤樹は初め、部屋の中に誰もいないのかとキョロキョロ見回した。

 石造りの壁の 縦長たてながな部屋……奥の壁にレンガ造りの 暖炉だんろがあるようだが、部屋の広さに合わせた大きな長いテーブルが置いてあるせいで、 まきをくべる開口部は見えない。暖炉が備え付けられている壁には 円形えんけい小盾こだてかざられている。

 暖炉の前、テーブルの一番奥には「サンタクロースの帽子」のような三角帽子が置いてある……。いや? 置いてあるのではなくテーブルの向こうに……


「さあさあ客人よ、こちらへお出でなさい」


 三角帽子がユラユラと れ、篤樹に声をかけて来た。エシャーは先にテーブルの向こう側、三角帽子の近くに移動している。


「おいで、アッキー! こっちよ」


 アッキー? 両親と姉妹からは今でも「アッキー」と呼ばれることがたまにあるが、家族以外から愛称で呼ばれるのは久し振りだった。小学校の低学年以来かな?……ってか、さっき会ったばかりなのに れしい子だなぁ……

 そう思いながらも篤樹は、とにかく招かれるままテーブルを回り込み、エシャーと「三角帽子」に近寄って行く。


 ああ、三角帽子はテーブルの上じゃなくて「向こう」にあったのか……。ん、と……

 

 エシャーと「三角帽子」に 視線しせんを向けながら進んでいた篤樹は、三角帽子をかぶった「ルエルフの長」が大きな椅子にチョコンと座っていたのだと理解した。

 ルエルフ村の長……それは 小柄こがらなおじいさん、というよりも「小さなおじいさん」、童話の絵本で見たことのある「小人」のような老人だった。耳は……エシャーと同じように大きくて尖っている。


「あの……おじゃまします」


「いらっしゃい、少年よ!」


 村の長シャルロはニコニコ 微笑ほほえみながら、篤樹に近くの椅子に座るよう うながす。エシャーは「いつもそうしている」という感じで暖炉の前、シャルロの椅子のそばの床の上に直接ペタンと座り込んだ。


「さて……それじゃあ、まずはあんたの話を聞こうかのぉ」


 シャルロはまるで、絵本を読んでもらう幼い子どものようにキラキラした 眼差まなざしを向けている。篤樹はとにかく、今日、自分の身に起こった出来事を一つ一つ思い出しながらポツリポツリとシャルロに話した。



―――・―――・―――・―――



「ふぅむ……」

 

 篤樹の話を聞き終わったシャルロは、自分の太ももにまで伸びた立派な白いあごひげを左右の手で交互に でながら、目を閉じ大きく声を洩らした。


「あの……だから、僕……ホントに何がなんだか分からないし……」


「腐れトロルに追いかけられて、たまたま飛び込んだのが『ルエルフの森』だった……と言うんじゃな?」


「はい! そうです。とにかく逃げなきゃって……」


「いやいや、それは分かった」


 シャルロは話しをさえぎるように手を篤樹に向けると、足元に座っているエシャーに視線を落とす。


「森の『定め』は……どこも何も変わってはおらなんだな?」


「うん! ……あ、ええ、おじいさま。『ルー』に破損は起きていません」


「そうか……。内容は理解した。 何故なぜなのかは分からんがうそをついているワケでは無さそうじゃとな……だがあの森に入って来られた理由がどうしても分からんなぁ……『カガワアツキ』か……アッキーよ、もう少し確認じゃが……」


 え? おじいさんまでアッキー呼ばわり? やめてくれよ、恥ずかしい。


「ホントにお ぬしは、その腐れトロルの他には何者にも会ってはおらなんだな? その……他の人間やこの村の者などに……」


「……はい」


「あの『結びの広場』におったのはわずかな時間で、その前はその『バス』とやらの乗り物の中におったのじゃな?」


 篤樹は答えに困ってしまった。落ちていくバスから はじき飛ばされた後、どれだけの時間気を失っていたのかは分からない。 目覚めざめてからなら……15分も経たずにあの腐れトロルと 遭遇そうぐうしたのだと思うが……篤樹はその考えをそのまま伝えた。


「そうか……バスとやらの『外』に弾かれたと……。ではその『バス』に乗っていた者たちよりを後に……『最後に落ちた』……ということで間違いないのじゃな?」


「最後に落ちたって言うか……。僕はバスの後ろの窓から飛び出しちゃってたので……結果的には『最後』に地面に落ちたんじゃないかと……」


 篤樹はどんな返事をすれば良いのか、相手がどんな返事を望んでいるのか分からず、とにかく思いつくままに答える。


「まあ、しかし……森の定めに異常が出ていないのであれば大丈夫じゃろう」


「あの、それより……」


 篤樹は たまらずシャルロにたずねた。


「それより……僕がここに……この『世界』にいる理由を教えて下さい。どうやったら家に帰れるんですか? みんなとは会えるんですか!」


 尋ねながら篤樹の声は段々と大きくなっていった。状況が分からない不安と、村の「長」という特別な「大人」に出会えた安心感から、とにかく疑問をぶつけてしまう。

 シャルロは何か言いたげに椅子の前に身を乗り出し口を開こうとしたが、思い直したようにまた背中を背もたれにつけ目を閉じ、落ち着かない様子であごひげを左右の手で交互に撫でた。


「お願いです! 何でも良いから教えて下さい!」


 食って かかるように問い続ける篤樹に向かい、シャルロは突然、目をカッと見開いた。それは先ほどまでのやさしいおじいさんの瞳ではなく、白目の部分はまるでヒマワリの花びらのように真黄色、 虹彩こうさい部分は真赤に染まり、漆黒の 瞳孔どうこうは猫の目のように縦長に開いている。篤樹は言葉を失い、ピクリとも動けなくなってしまった。

 生まれて一度も味わった事のない恐怖……さっきの腐れトロルに追いかけられた恐怖とはまた ちがう……怒りと憎しみが突き さって来るような恐怖を覚える。このまま体を……心も全てミンチのように 粉々こなごなにされてしまうのではないかという恐怖……


「おじいちゃん!?」


 異変に気づいたエシャーの叫び声でシャルロと篤樹は「ハッ!」と まばたきをした。シャルロの目は瞬時に普通の瞳に戻っている。だがその目から優しさは消え、うろたえるような 動揺どうようの色が見て取れた。


「いや……いやスマン、スマン。どうしたんじゃろうなぁ……」


 シャルロは何かを 誤魔化ごまかすように三角帽子を頭から取ると、そのまま、まるでタオルのように帽子で顔を拭った。再び帽子をかぶり直したシャルロの目は完全に元の通りの優しさに満ちている。


「うん、ホントにスマンなアッキー……。いや、アツキよ」


 シャルロは優しい声で篤樹に語りかけたが、篤樹はもう「 可愛かわいいおじいさん」の言葉としてそれを受け取れなくなっていた。今頃になって ひじひざ関節かんせつがガタガタと ふるえ出す。

 さきほどの 一瞬いっしゅん緊張きんちょうで、体中の筋肉がギュッと 萎縮いしゅくしてしまった影響だろう。


「もう! どうしたのおじいさま! アッキーが こわがってしまったじゃない!」


 エシャーは、心配そうにガタガタ震える篤樹の膝に手を置くと、シャルロを にらみ付けて苦言を呈する。


「人間に『小人の 咆眼ほうがん』を向けるなんて……大丈夫? アッキー」


 篤樹はまだ放心状態だ。エシャーは立ち上がり、篤樹に顔を近づけ自分の ひたいを篤樹の額にくっつけて来た。

 エシャーの目が せまってくる。綺麗きれいな緑色の 虹彩こうさい。その中央にある黒目・瞳孔はどこまでも続く長いトンネルのように見える。そのトンネルの奥から何かが近づいて来た。ボール? いや光の球? 篤樹は瞬きもせずその「白く輝く球」を見つめた。不意にスッとその「球」はエシャーの目から飛び出し、篤樹の目の中に飛び込んで来る。


「うわっ!」


  おどろいた篤樹は、思わず身をらせた。その反動で椅子の背もたれを押し、エシャーを きかかえ……正確には倒れないように何かに つかまろうと、とっさにエシャーをつかんだのだが……結局、バランスを くずした2人は、一緒に派手に床の上へ倒れてしまった。


「痛ッ!」「あっツ!」


 床の上に倒れた篤樹に、まるで「 頭突ずつき」をするような形でエシャーの額がぶつかった。2人は自分の頭を かかえ、床の上に転がる。


「ほ!? 大丈夫か!」


 シャルロは 椅子いすから身を乗り出し、床で転がるエシャーと篤樹に向かい心配そうに声をかけた。


ったー……」


 エシャーはペタンと床に座り、額に右の手を当てる。篤樹も左手で額、右手で後頭部を押さえながら床に座り直した。


「イッつぅ……。あ、ゴメン……」


「あ、ゴメンね。私こそ……小人の 咆眼ほうがんの影響が無いかを調べようと思ったんだけど……ビックリさせちゃったね?」


「ホッホッホッ!」


 2人が特に大怪我も無いのを確認すると、シャルロは安心したように笑った。


「もう! おじいちゃんのせいだからね!」


「いやいや、スマンかったスマンかった。で、2人とも大丈夫かの?」


「あ、はい。大丈夫です……」


 篤樹は起き上がると椅子を立て座り直す。しかし倒れる前より、シャルロから椅子を少しだけ遠ざていた。

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