第5話 『外界』への道

「『小人の咆眼ほうがん』は、その眼力だけで相手を物理的に 攻撃こうげきするだけでなく、心も 破壊はかいする小人族の特別な力なの。普通の人間ならほんの数秒間凝視するだけで死んでしまうわ……。どうしてあんなことしたの? おじいちゃん!」


 エシャーは篤樹に説明するように、そして、突然そんな危険な能力を使ったシャルロを責めるように言った。


「いや、ホントにスマなんだ……」


 シャルロはまるで、悪ふざけをし過ぎて母親に しかられる子どものようにシュンとうなだれた。その姿からは先ほどの 威圧感いあつかん憎悪ぞうお微塵みじんも感じられない。本当に 可愛かわいらしい小さなおじいさんの姿だ。


「あの、スミマセンでした。僕……何か変なことを言っちゃいましたか?」


 篤樹がおずおずと たずねる。


「いやいや、そういうわけではないよ……うん、おぬしは何も悪くは無い……」


「それで? おじいさま、何かご存知なの? アッキーを助けてあげられる?」


 エシャーはもうすっかり篤樹の味方になっている。


「助けるも助けぬも……何をどうすれば助けになるかなど……ワシにも分からんでなぁ……」


うそっ! おじいさま何か知ってらっしゃるんでしょ?」


 エシャーはシャルロの返答に納得のいかない様子で め寄った。シャルロは見るからに「困った」という表情で目を閉じ、長い あごひげを今度は右手の指にクルクル巻きつけながら頭を振っている。


「『外帰り』のおじいさまなら、何かアッキーの役に立つような話を聞いたことがあるんじゃないの? どう見ても あやしいわ! 知ってることを教えてあげてよ!」


 エシャーはさらに詰め寄った。


「そうは言ってものぉ……30年も昔のこと……外界では300年以上も昔の話じゃから今は何の役にも立たんじゃろうて……」


「え? 300年?」


 篤樹は2人の会話に って入り聞き直す。シャルロは話をそらすネタを見つけたかのようにパッと顔を かがやかせた。


「そうそう、アツキよ。何よりもまずは『ここ』の事を少し説明せんとな。まず、ここはワシの家、ルエルフ村の おさの家じゃ。一応、この村でワシが一番の長老ということになっておるんでな」


「もう! おじいさま! 話を変えようとしてる!」


 あからさまに話題を変えたシャルロにエシャーは文句をつけたが、 かまわずシャルロは語り続ける。


「ルエルフの長と言っても、ワシには小人族の血が半分流れておる。父親が小人族なんじゃよ。でも村の中に小人族はおらん。じゃあ、なんでワシが存在しておるか分かるかな?」


「え? いや……さあ?」


 篤樹はとりあえず返事をした。


「この村は『ルエルフの森』に囲まれておる。外界とは違う『 隔離かくりされた世界』となっておるのじゃ。でも、ルエルフの森の定めにより、ルエルフ族の者は、誰であろうとも一生に一度だけ外界との 往復おうふくが許されておるのじゃ」


「外界との……往復……ですか?」


「そうじゃ。とは言え、よほどの物好きしかそんな 真似まねはせんがのぉ。その物好きの1人がワシの母親だったってことじゃ」


「はぁ……。じゃ、お母さまは村の外で小人族の……お父様? ですか? その方と結婚されたってことに……」


「夫婦とはなってはおらんが、 仲睦なかむつまじくちぎりを交わしワシをはらんだと聞かされておる。まあとにかく、外の世界でワシは母の たいに宿され、母はこの村に戻ってからワシを生んだのじゃ」


「そう……なんですか……」


「それでな、ワシの中にも母ゆずりの 冒険心ぼうけんしんというか、物好きな血が流れておるようで、母から聞いて育った外界へいつか行ってみたいと 常々つねづね考えておったのじゃ。そしてついにその日が来た」


「30歳の時よね」


 エシャーが口を はさんできた。


「30歳の時に冒険に出たいって『 湖神様こしんさま』に願い出て許可をいただいたのよね? あっ! アッキーも湖神様にお うかがいを立てたら何か分かるかも!」


 エシャーは自分の言葉から最良の答えを見つけたように、パッと満面の笑顔で篤樹を見た。


「コシン……様?」


「そう! この村を守って下さっている湖の神様よ! ねぇ、おじいちゃん!」


 急に話の こしられ驚いているシャルロに、エシャーは同意を求めた。


「……まだワシ、話の途中……」


「そうよ、アッキー! 湖神様ならあなたを助けてくださるかもしれないわ! だって、なんでも知ってる神様なんですもの! ね? おじいちゃん!」


 自分の思いついた「最良の方法」にエシャーは 興奮こうふんしている様子ようすだ。シャルロはそんな孫娘の姿にため息をつく。


「ああ、明日のお伺いの時間になったら湖神様のところへ案内して差し上げようなぁ。でも、とりあえずはワシの話を続けて聞いてもらっていいかのぉ?」


「あ、はい。お願いします」


 篤樹は次々に起こる理解不能な出来事、自分の知らない言葉や情報に 混乱こんらんしていたが、とにかく、まずは知ることの出来る情報から得ていくしかないと考えた。


「うーんと……ああ、そうじゃ! とにかくこの村は湖神様の守りの中に在る世界じゃから、外界に出るには湖神様の許可を必要とする。特別な場合を除いて誰でも一生に一度限りの許可じゃ。許可を持たない者は誰も出たり入ったりは出来ないのじゃ」


 じゃあ、俺はどうして入れたんだろう? そうか……だから森の中でエシャーも「誰に森への入り方を聞いたのか?」と質問して来たのか。長もその点を特に 不審ふしんに思ってたようだし……


「……で、許可をいただくと森の出入りの方法を教わることになるが、その方法は1往復限りのもの。そして外界へ出る許可は生涯に1度しかいただけないもの……つまり、この村からルエルフ族の者が外界に出るのは、通常は生涯に1往復限りしか許されておらぬ特別な定めということじゃ。中には外界に出たまま、二度とこの村に戻って来なかった者もおるが……ワシは戻って来たというわけじゃ」


 ああ、さっきエシャーが言ってた「外帰り」って、外界と往復したことのあるルエルフ族っていう意味だったのか……


「外に出て、他の 種族しゅぞく……人間たちや獣族けものぞく、様々な動物たちと出会った。海を渡って旅した際には 妖精族ようせいぞくにも出会うことが出来た。ワシは外界で30年の時を過ごし、そこでエルフの村出身の女性……この子の祖母になる女性と出会い、結婚し、息子が生まれ、幸せな時を過ごしておったよ……」


 シャルロは目を細め「幸せな時間」を思い出すように天井を見つめる。


「え? 『エルフ族』ですか?」


 篤樹はシャルロの言葉をさえぎって聞いた。


「ん? そうじゃよ。エルフ族じゃ。ああ、エルフ族とワシら『ルエルフ族』は似たような種族なんじゃよ。違いは『 寿命じゅみょう』くらいなもんかのぉ。あちらは長生きでこちらは人間と大差ないからのぉ」


 篤樹は卓也が話していたファンタジーうんちくを思い出した。「エルフ」は寿命が数千年もある長生きな種族って設定だったこと……でもこの「ルエルフ」ってのは一体……


「だが……」


 篤樹の疑問にそれ以上答えることも無く、シャルロは天井を見上げたまま話を続けた。


「……だが、不幸な事件が起こってしまってなぁ……ルロエ……この子の父親であるワシの息子と妻は、命も あやうい大変な怪我を負ってしまったのじゃ。ルロエが18の時じゃったか……。もう2人とも助からぬ……そう絶望していた時に思い出したのじゃ。ルエルフの森の定めを」


「『 生者せいじゃのルー』ね?」


 エシャーがまた口を挟む。


「あのね、『ルー』っていうのもね『カギジュ』……マフーみたいなものなの。不思議な力のことよ。カギジュは『ルー』を使えなかった人間達が昔考え出したマフーで、『ルー』は世界が始まった時から妖精族……私達エルフの血族が使ってきたマフーなの。で、森の定めにはいくつかのルーがかかっていてね、その中の一つが『生者のルー』よ。アッキーも怪我が治ってたでしょ?」


「そう!」


 シャルロが話を引き取る。


「森には『生者のルー』がかけられておる。このルエルフの村に入ることが出来るのは『生きている者』でなければならない。傷の無い者でなければならない。だから入る資格の無い者に、入る資格を与えるため『生者のルー』が働くのじゃ。 瀕死ひんし重傷じゅうしょうだったルロエは森の力で何とか命を たもち、回復した。しかし、残念ながらシャリー……妻は森に入った時には……すでに命が終わっておったんじゃろうなぁ……ワシの腕の中で無数の光の粒となり…… 木霊こだまとなって森の中に広がっていったのじゃ」


 シャルロの目から 一筋ひとすじの涙がこぼれ落ちた。


「ルロエとワシはまず、外界に戻ろうとした。30年間過ごした世界、家族3人で過ごした家に帰ろうと。でもダメじゃった……湖神様の許可はもう無効となっていた。ワシが最初に外界へ出た時の方法を試したが……何も起こらんかった……。で、結局はこの村に戻ってきたのじゃよ。そして、村に入りビックリした……いや、分かってはいたんじゃ。最初から分かってはいたんじゃが、この村と外界の時の流れの違いを たりにしてなぁ……」


「時の流れ?」


「うむ……時の流れの違いじゃ。ワシは外界で人間たちとも出会い、友もいた。その友から言われたのじゃ。『エルフは長生きなんだろう? お前は何百歳なんだ?』とな。いやいや、ワシらルエルフ族はエルフ族と違って、みんな人間と同じように年をとるものじゃ。ワシの母も外帰りのルエルフだと言ったじゃろ? 母は15歳で外界に出た。外界で15年過ごし、30歳の時にこの村に帰って来てワシを生んだのじゃ。でもその時……母の友人たちは皆、まだ16歳か17歳にしかなっておらんかったのじゃ」


「え? どういうことですか?」


「外界はこの村の10倍ほどの速さで時が進んでおるってことじゃ。この村の1年は外界では10年、この村の100年は外界では1000年の時が流れておるということじゃな。これは『湖神様が定めたルー』なのじゃ。他のエルフ族とワシらルエルフ族の寿命の違いを調整するためのな。だからワシの友人で、この村から外界に一度も出ておらぬ者は現在60歳なんじゃが、ワシは外界で30年の時を過ごして戻って来たのでな……ここでは90歳を越える『長老』となってしまっているのじゃ」


「えっと……つまり……」


「つまりはこうじゃ。外界に出る事無く、ルエルフの村だけで60年間生きとる間に、外界では600年の時間が過ぎていることになる、ということじゃ」


「そう……ですか…」


 篤樹は頭が混乱した。もともと数学は苦手だ。比例とか反比例とか代入とか……ようやく分かったつもりになった時に、すぐに「応用」だとかいって全く違う問題に変わってしまう。「公式をあてはめれば」とか「 括弧かっこを外して 符号ふごうそろえる」とか言われても理解が追いつかない。ああ……2年前に戻れればもっとまじめにコツコツ勉強するのになぁ……なんて「後悔先に立たず」をこの間の学力テストでも経験したばかりだ……。とにかく難しく考えないでおこう。


「……つまり、ここで……たとえば1日過ごすと、外界……村の外の世界では10日経ってるということなんですね?」


「そういうことになるなぁ。いや、もちろん正確に10倍かどうかは言えんが……。大体、10倍くらいだろうというのは分かっておる」


……ということは……あ! 早くこの村を出ないと……俺は何日も何十日も行方不明になってるってことに?


「あの、とにかくすぐにでもこの村を出たいんですけど……」


 篤樹は急にまた気持ちが あせり始めた。その様子を見たエシャーが少し 苛立いらだったような声で問いかける。


「村から出る許可は明日、湖神様にお伺いを立てた時にいただけばいいでしょ? 元々、この村に人間が入ってくるなんて有り得ない出来事だし、すぐにでも外界への出て行き方を教えていただけるわよ!……多分。……でも、それよりも、ここから出てどこに行くつもりなの?」


「いや、どこにって……」


「この世界のことを何にも知らないあなたが、1人でどこに行くつもりなのって聞いてるの!」


 なんでこの子に俺が怒られなきゃいけないんだ? ……ってか、俺は早くみんなに会って、家に帰りたいだけなのに……


「その……悪いけど、俺は自分の家に帰りたいだけなんだ。こんな……わけのわからないところ……変な世界で急に迷子になって、俺だってねぇ……」


 篤樹はまた泣きたくなって来た。不安になって来た。でも、今度は感情よりも理性が上回っている。絶対に泣くもんか!


「何? また赤ちゃんみたいに泣き叫ぶつもり?」


 エシャーは少し 身構みがまえている。自分が言った一言でまた篤樹が泣き出してしまうのではないかと不安になったようだ。絶対に泣くもんか!


「泣くわけないだろ!」


 篤樹は学生服の左腕の袖で、こぼれそうになっていた涙を拭った。腕の傷は治っているが、袖の破れはそのままだ……


「ただ、ここで1日過ごしたら外界で10日の時間が経ってるって聞いたから、そんなに長い間行方不明になってしまったら家族も心配するし、大事件になっちゃうから……」


「アッキー……」


 シャルロが口を開いた。


「エシャーの言う事は正しい。状況も分からぬままで、とにかく動き出したとしても良い結果が得られるとは限らぬ。まずは明日、湖神様にお伺いを立て、それから 善後策ぜんごさくを考えようではないか。まあ、今日はここに泊まりなさい」


「ダメ!」


 エシャーがシャルロの申し出をさえぎった。


「ダメ?」


 思わぬダメ出しにシャルロが目を丸くする。


「アッキーはウチに連れてく! お父さんとお母さんに紹介するの! 私が助けた、私のお客よ!」


「ほ? まあ、そうじゃなぁ……うむ。じゃあ、そうしなさい」


 え? え? どういう展開てんかいなの? 篤樹はキョトンと2人のやり取りを見つめる。


「じゃ、行こう! アッキー」


 エシャーは篤樹の右腕を取り、椅子から立ち上がらせた。


「あの、えっと……」


「エシャーと行きなさい、アッキー。明日、またお会いしよう……ああ、でも、ちょっと待って……」


 さっさと動き出したエシャーと、引っ張られて行く篤樹に向かい、シャルロは声をかけた。


「客人よ。ようこそ我らがルエルフの村へ。歓迎しようぞ!」


 そう言うとシャルロは左右の手を自分の顔の前で合わせ、何かを つぶやくと息を吹きかけながら開いた。目に見えない「輪」のような気配が篤樹に向かって飛ばされる。その「輪」がフワリと頭から足元へと抜けていくのを篤樹は感じた。え? 何をされたんだ?


「じゃ、またね、おじいさま。行こ! アッキー!」


 エシャーは篤樹の手を取ると、玄関へ向かい歩き出す。腕を引かれながら、篤樹はふり返りシャルロに軽く頭を下げ外へと出て行った。


「さてさて……」


 1人部屋に残ったシャルロは、長い ひげもてあそぶようにさわりながら つぶやいた。


「『カガワアツキ』か……なんであのような若者に対し『小人の咆眼ほうがん』が出てしまったのか……」

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