第3話 ルエルフの村


 どれだけの時間、泣きじゃくってしまったのだろう? 急に ずかしくなった 篤樹あつきは、泣きむ方向へ気持ちを落ち着かせ始めた。ルエルフの少女は「今はコイツに何を聞いても同じことの り返し」とでも思ったのか、篤樹が落ち着くのを待ってくれている様子だ。


「ごメんね……」


 何の 制御せいぎょもせずにのどの奥から泣きじゃくってしまったせいか、ようやく声変わりが落ち着き始めた 声帯せいたいをひどくきずつけたようだ。篤樹は のどの痛みを感じ咳込せきこみながら、なんとか 一言目ひとことめはっする。


「やっと泣き止んだの? ボクちゃん?」


 少女はウンザリ声で答えた。 馬鹿ばかにされてると分かった篤樹は 反論はんろんしたかったが、それ以上に恥ずかしくて文句は言えない。

 見た感じ自分と同じくらいか、少し下の学年にしか見えない少女の前で、 発狂はっきょうしたように泣き叫び、地面を転がり回ってしまった自分の馬鹿さ 加減かげん心底腹しんそこはらが立って来る。あんな泣き方しなきゃ良かった、と今更いまさら考えてもどうしようもない。


「ハい……スみまセんでしタぁ」


 反論もせずに素直に答えるしか無かった。


「じゃあ、もう一度聞くけど、あなたはどこから来たの?」


「……K市」


「ケーシ? どこの村?」


「村ジゃなくッて市。○県のK市」


「ハァ……何? それ……とにかくこっちを向いて!」


 少女は指先を篤樹に向けた。さっき、あのバケモノ…… くされトロルとやらを殺したように俺も殺すのか? 篤樹はまたパニックになりかかる。


「大丈夫、『アタクカギジュ』じゃないから、安心して」


 アタクカギジュ? なんだそれ?


 少女の言葉に 篤樹は困惑こんわくし首を傾げた。そんな様子も気にせず、少女は篤樹に向けた指先から「フワリ」と白い光を放つ。タンポポの 綿帽子わたぼうしのような形と大きさだ。その光はフワフワと篤樹の目の前まで飛ぶと、音も無くはじける。 あわてて目を閉じた篤樹の両頬りょうほほを、少女は両手で はさみ込んで来た。今度は逆に慌てて目を開く篤樹を、少女はジッと のぞき込む。


「○ケンケーシねぇ……知らない場所だわ。でも うそじゃないのね」


「嘘は……つかないよ、ヒック!」


 あまりにジッと見つめられ、篤樹はなんだか恥ずかしくなり目をそらしてしまった。


「こっちを見て!」


 少女は篤樹の顔を挟む両手に力を込めて向き直させ、大きな濃緑の瞳でさらに覗き込んでくる。少女の表情に、突然驚きの色が広がった。


「あっ!……あなた……『この世界』で生まれた生き物と……違う?」


「はい?」


 唐突な少女からの問い掛けに、篤樹はキョトンと声を洩らす。


 え? どうゆうこと? 「この世界で生まれた生き物」って? いや、俺はこの世界の人間だし。何言ってるんだこの子は……? この子……エルフ? ルエルフ……だっけ? さっきのはトロル? 腐れトロル? ん? 何これ?


「あなたはこの世界で生まれた人間では無いって言ってるの!」


「この世界で生まれた人間じゃ……無い?」


「そうよ!  ひとみの奥にある『光の色』が ちがうわ!」


「瞳の奥の……光の色?」


「ちょっと! 何でも聞き直すのやめてよね! 話が進まないわ!」


「あ、ゴメン……」


「さっきのカギジュ、う……んと、私が指から出した光!」


「ああ、さっきの手品みたいなやつ?」


「テジナ? まあ、とにかくそれであなたが嘘をついてるのか本当のことを言ってるのかが分かるの。んと……テジナ? で」


「ああ、ごめん。だったら手品じゃなくて 魔法まほうかな? そのカギジュっての」


「マフー?」


「マ・ホ・ウ。魔法」


「マホウね。あなたたちの世界ではマホウって呼んでるのね。あなたもマホウを使えるの?」


「え? いや……魔法は作り話だから……使える人間なんて誰もいないよ。まあ……魔法みたいな手品はあるけどね」


「何それ? よく分からない! カギジュは訓練した人間なら普通に使えるものよ。マホウとは違うものじゃないの?」


「ごめん、なんか おれもよく分かんないや……ただ、人間が普通には出来ない不思議な力を『魔法』って呼んでるからそう言っただけで、カギジュ? ってのはその……人間……俺達の世界の人間には出来ない不思議な力みたいだったから……魔法なのかなって思って……」


「ふーん」


 少女は立ち上がると


「まあ、とにかく おさのところへあなたを連れて行くわ。長なら何かあなたのことが分かるかも知れない」


 篤樹も少女につられるように立ち上がった。学生服はもうボロボロで、草や落ち葉や泥にまみれている。「卒業するまで大事に着てよね」という母親の言葉を思い出し、とりあえず急いで葉っぱや 土埃つちぼこりはらい落とす。この破れって ったら大丈夫かなぁ? などと考えつつ、 そでの汚れを落としながら「あれ?」と気がついた。

 左手の袖をまくると 前腕ぜんわんの傷がきれいに治っている。体中の痛みも全く無い。


怪我けがをしてたの?」


 少女が聞いてきた。


「あ、うん……多分、事故の時に。あと、アイツ……腐れトロル? ってのから逃げてる時にも……」


「ま、私たちの村に入るためには『傷の無い体』じゃないとダメだから当然ね。森の決まりのルー……マホウよ」


「へぇ……」


 篤樹は、いつの間にか回復した のどの痛みにも気づかないまま、とにかく少女が みちびくままに森の奥へ進んで行った。



―――・―――・―――・―――



 森の中を歩きながら、篤樹は「エシャー」と名乗るルエルフの少女からいくつかの質問を受けた。

 さっきまでの「取り調べ」のような口調ではなく、篤樹の世界でも「はじめまして」の後に 普通ふつうに出されるような質問だったので、気持ちもずいぶん楽になる。

 「家族はいるのか? 好きな食べ物は何か? 仕事は何をしているのか?」質問自体は普通だが、食べ物の話だけでも「カレーとは何か? カラアゲとはどんな料理か?」の説明も必要だったし「中学」と言っても、そもそも篤樹自身が日本の学校教育制度についてほとんど何も知らないから説明に困ってしまったが……

 

 10分ほど森の中を歩くと、少しずつ木々の 間隔かんかくも広がり、やがて森の出口に着いた。

 森の出口は少し 小高こだかい丘の上に位置している。そこから見渡すと、全体で4~5キロメートル四方に開けた「すり 鉢状ばちじょう草原そうげん」が広がっていた。

 すり鉢状の草原のほぼ中央には直径1キロメートルくらいの みずうみがあり、周りの小高い丘から3本の小川が注ぎ込んでいるのが見える。

 湖を囲むように家々が 点在てんざいし、まるでテレビで紹介されるスイスの 山岳地帯さんがくちたいに在る村を見ているようだ、と篤樹は思った。

 卓也のゲームとかだとエルフの村は「大きな木を切り抜いて作った家」が森の中に るってイメージだったけど……


「さあ、こっちよ」


 ルエルフの少女エシャーは、「すり鉢」の底に在る湖へ続く道をどんどん進んで行く。篤樹は置いていかれないように、エシャーの歩くスピードに合わせ普段より早歩きでついて行った。

 道々、エシャーと同じく 特徴とくちょうのあるとがった耳の村人たち(「ルエルフ」の村だから当然だが……)からジロジロと見られ、数人の村人が声もかけて来る。


「エシャー、そいつが 侵入者しんにゅうしゃか?」


「おい、エシャー。用の無い人間は村に入れてはならないんだぞ!」


 声をかけられる度、篤樹の 心臓しんぞうはドキドキと跳ね上がる。


「侵入者は腐れトロルだったわ。こいつは おさに用があって来た『ただの人間』だよ」


 エシャーはすっかり篤樹の保護者気分になっているのか、動揺する篤樹の手を握り、村人たちに笑顔で応じながら歩き続けた。

 

 何だか高木さんみたいだなぁ。高木さん、無事かなぁ……


 篤樹は3年2組の 高木香織たかぎかおりのことを思い出していた。

 

 男女の分け へだてなく、色々助けてくれる「 親戚しんせきのおばさん」のような頼れる同級生……誰かが先生から仕事を頼まれると、いつの間にか手伝いに加わり助けてくれる。

 時には頼まれた本人以上に責任感をもってやり げる「スーパー助っ人」として、クラスのみんなから信頼されていた。


 篤樹も香織から何度も助けてもらったことがある。

 苦手な 陸上部顧問りくじょうぶこもん、保体教師岡部の所にクラスの運動アンケートを集めて持って行かなければならなかった時もそうだった。クラスに数名の提出忘れがいたので め切りを 延長えんちょうしてもらえないか、交渉に行くことになった。

 絶対に俺が おこられる……そんな恐怖きょうふでなかなか聞きに行けない篤樹をみかね、昼休みになると香織が一緒に体育教官室に付き合ってくれたのだ。

 事情を知ってるクラスメイトからは「ご 愁傷様しゅうしょうさま」「殺されることは無いって!」と なぐさめともはげましとも思えない言葉をかけられたが、結局、岡部に事情をしどろもどろで説明する篤樹の言葉を香織が おぎない「1日遅れでの提出の 了承りょうしょう」を取り付けてくれた。


「怖がってちゃ相手の怒りを買うだけだよ。ビクビクしないで、堂々と必要な情報だけ 交換こうかんすりゃいいの。こういう時はね」


 香織の言葉を思い出す。


 怖がってちゃダメかぁ……でも「ルエルフの 村長むらおさ」なんて、やっぱり怖いなぁ……


 そんな篤樹の不安に気付く様子も無く、エシャーはまるで新しく出来た友人を家族に紹介するような、軽やかな足取りで歩き続けて行った。

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