第12話 自信

 アクノリッジの言葉に、魔王を含むこの場にいた全員が驚きの表情を浮かべた。中でも一番驚いているのが……、


「なっ、なっ、なっ、何いってんのよ、あんたは―――!!」


 フェクトの叫び声が響き渡った。アクノリッジに食ってかかろうとしたが、当の本人はフェクトの攻撃をひょいっとよけると、さらに言葉を続ける。


「フェクトの能力は優秀だ。是非その力を、プロトコルで役立てて欲しい。フェクトは魔法が使えねえんだから、魔法が使えねえ世界に行った方が本人にとってもいいだろ?」


 この言葉に、魔族たちからざわめきが起こった。戸惑っている様子だ。

 その場の空気に、フェクトはアクノリッジに対する言葉を飲み込んだ。と同時に、心の中に不安が立ち込める。


“そうだわ……。だって私がやってることなんて、誰でも出来る事なんだから……。私がいなくても、きっとこの村は大丈夫。皆喜んで、私を送り出すはず……”


 自分の仕事は、誰でも出来るものだ。アクノリッジがそれほど自分の能力を評価しているなら、プロトコルに行った方がいいと村の魔族たちも思うに違いない。


 自虐的に笑いながらも、フェクトの口元は苦しそうに歪んでいた。と、その時。


「ちょっと!! 勝手な事を言うんじゃないよ!! フェクトちゃんを連れて行く!? 冗談じゃないよ!! 物資管理所を任せられるのは、フェクトちゃんしかいないんだよ!!」


 怒声が、フェクトの鼓膜を震わせた。以前アクノリッジが話をした、チャンネと顔なじみの魔族の女性だ。目の前の魔族たちを押しのけ、アクノリッジの前に立つと、腰に手を当てて立ちふさがった。


「フェクトちゃんが行きたいっていうなら、そりゃ仕方ないけれど……。でもこの子の顔、見てみな! どう見ても、本人が希望している顔じゃないじゃないか!! 無理やり連れていきたいなら、あたしを倒してから行きなっ!!」


 女性は腕まくりをすると、両手を前に突き出し魔法詠唱の準備をした。女性の言葉を聞き、戸惑いを浮かべていた他の魔族たちも口々に応戦する。


「魔法が使えないからなんだっていうんだよ!! フェクトちゃんは魔法が使えなくても、十分以上にこの村に貢献してくれてる!!」


「フェクトちゃんのおかげで、たくさんの魔族たちが助かったんだよ!!」


「正直、俺たち魔法が使える魔族より、フェクトちゃんの方がずっとすげえ能力を持ってるんだぞ!! 馬鹿にすると承知しないぞ!!」


「あんないい子を無理やり連れて行くなんて、絶対に許さないわ!!」


 様々な事を口にしているが、全てがフェクトの能力を評価し、感謝している言葉だった。それらの言葉を口にしながら、フェクトを無理やり連れて行くなと、アクノリッジに詰め寄って来る。


 慌てて騒動を鎮静化しようとしたジェネラルと護衛たちだったが、アクノリッジは手でそれを制した。

 そして、隣で呆然と成り行きを見ていたフェクトに対し、少し意地悪な笑みを浮かべて問う。


「……と村人たちは、お前が魔法を使えないとか全く気にしてねえし、むしろお前の功績を称えて感謝してるみてえなんだが? これを聞いてフェクト、お前はどうしたい?」


「わっ……、わたしは……」

 

 それ以上、フェクトの唇から言葉は出なかった。ただ両手を強く握りしめ、唇を噛んで俯いている。

 次第に彼女の両肩が震え出すと、雨が降っていないのにポツポツと地面に水滴が落ち、染み込んでいく。水滴の落ちる間隔は次第に短くなり、次から次へと地面に染みを作っていった。


 フェクトは泣いていた。

 悲しいからではなく、村の魔族たちから与えられた温かい言葉が、彼女の心を満たし、涙となって溢れたのだ。

 

 今まで、魔法の使えない自分はただの役立たずだと思っていた。皆が普通に出来ることが出来ない、普通じゃないという事実が、常に彼女の心に重くのしかかっていた。


 物資管理所を任された時、魔法が使える魔族と同じように働く為に、様々な工夫をしなければならなかった。でもそれも全て、自分ができそこないだからしなければならない工夫。凄いと思う事はなかった。


 しかし、村の魔族たちの評価は違った。

 自分が魔法が使えない事など、全く気にしていなかったのだ。物資管理所の改革は、魔族たちにとって凄い事であり、感謝されている事を初めて知った。


 いや、初めて知ったのではない。今まで怖くて、知ろうとしなかっただけだ。

 全て、自分の劣等感が作り出した妄想だったというのに。


 フェクトは涙を拭くことはせず、口元に笑みを浮かべて答えた。


「わたしは……、この村にいる。もっともっと、皆が暮らしやすいように、色んなことを考えていきたいの」 


「……そうか。そう言うと思ってたぜ」


 アクノリッジは笑うと、フェクトの頭をぽんぽんっと叩いた。その手を、ぺいっと払うと、フェクトは涙を拭いて皆に言った。


「皆、ありがとう! 本当はちょっとだけ、プロトコルに行った方がいいのかって思ってたの……。でも、私、この村にいたい! 魔法が使えないけれど……、物資管理所のように、皆の役に立てる事をしていきたいの!」


 フェクトの希望に満ちた言葉に、村の魔族たちは喜びの声を上げた。彼女が村に留まる事を聞き、誰もが嬉しそうにしている。


 その様子を見ながら、何故アクノリッジが皆の前で、プロトコルに連れて行く宣言をしたのかに気づいた。恐らく、村の魔族たちのフェクトに対する評価を、彼は知っていたのだろう。


“気づかせたかったんだ。皆が、私の事をどれだけ大切に思ってくれているってことに。魔法が使えないからって苦しめてたのは……、私自身だってことに……”


 フェクトは胸元をぎゅっと握ると、愚かだった過去の自分を小さく笑った。


 自分に能力がないと、自虐的に笑っていた彼女の姿はもうない。その瞳には自信が溢れ、未来に向かう強い希望を感じさせた。

 フェクトが自分の能力に自信を取り戻したのだ。


 かつて同じように、希望に満ちた表情で家を出た弟の姿を彼女に重ねながら、アクノリッジはただ静かにフェクトを見つめていた。

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