第9話 場所


「なあ、フェクト?」


 アクノリッジがアートリアの村に来てから、一週間が経っていた。


 フェクトは、今日もアクノリッジが修理に没頭していた為、食べ損ねた昼食を晩ご飯として温め直している。不機嫌そうだが、彼女が本気で怒っているわけでは無いことを、この一週間共に過ごしたアクノリッジには分かっていた。


 赤毛の魔族は、温め直した料理を彼の前に置くと、向かい合うように前の席に座った。行儀悪くテーブルに肘をつくと、言葉の続きを促した。


「で、何よ?」


「あのさ……、お前プロトコルに来ねえ?」


「……はっ?」


 突然の申し出に、フェクトは間の抜けた声を返してしまった。アクノリッジの言葉の意図が分からず、瞬きを繰り返している。


 そんな彼女に構わず、アクノリッジは言葉を続けた。


「俺が帰る時、一緒にプロトコルに来ればいい。あ、プロトコルでの生活は心配しなくていいぞ? 俺んちで面倒みるし」


「なっ、何言ってんのよ、突然!! プロトコルに行って、私に何の得があるっていうのよ!」


「プロトコルには、魔法を使える人間はいない」


 彼の言葉に、フェクトは息を飲んだ。この一言が何を意味するのか、彼女には痛いほど分かっていた。

 その理由が、目の前の青年から語られる。


「お前、魔法が使えない事に対して、めちゃくちゃ劣等感を感じてんだろ? プロトコルに来たら、そんな悩みなくなるんじゃないかって思ってな」


 フェクトの心が苦しくなる。

 何故なら、彼女もその事を考えた事があったからだった。


 魔法のないプロトコルに行けば……、魔法が使えない自分でも普通に生きられるのでは無いか?


 その時は、すぐに絵空事だと打ち消したのだが。


 心を見透かされていたかのように感じ、無意識のうちにフェクトは胸元をぎゅっと掴んだ。


 自分の言葉が、フェクトに伝わっていると感じたアクノリッジは、さらに自分の思いを強く言葉に込める。


「魔法が使えない俺から見たら、お前の能力は本当にすげえと思う。だから……、魔法が使えないって事だけで自分を卑下するぐらいなら、一層のこと、プロトコルに来いよ」


 目の前の料理に手を付けず、アクノリッジは真剣な表情でフェクトに言った。


「……住んでいる場所のせいで、素晴らしい能力が存分に発揮できないなんて、ほんともったいねえよ」


「勝手な事ばっかり!! あんたに……、私の何が分かるっていうのよ!!」


 テーブルを打つ大きな音が部屋に響き渡った。フェクトだ。

 食器が動き、中のスープが零れるが、それを注意する者は誰もない。


 アクノリッジは、怒りに燃えるフェクトから視線を逸らすと、ぽつりと言葉を漏らした。


「……弟に似てるんだよ、あんた」


「弟……? あんた、弟がいるの?」


「ああ、まあ腹違いってやつだけどな」


 小さく笑いながら、フェクトの言葉に答える。彼女の怒りが少し落ちついたのを感じたアクノリッジは、弟—シンクの事を話し出した。


 シンクが父親の愛人の子であり、家に引き取られて酷い扱いをアクノリッジの母から受けていた事。

 母からの酷い扱いから、アクノリッジが弟を守っていた事。


 そしてそんな兄に対し、弟は常に負い目を感じていた事。


「弟は、自分の生まれと、それによって俺に迷惑をかけている事を、ずっと恥じていた。家に必要なのは兄である俺の力だって言って、何かと自分を卑下してた。俺から言わせれば、あいつの能力の方が何倍も優れているし、必要とされているはずなのにな……。その気持ちが、あいつの素晴らしい能力を潰していたんだ」 


「……今、その弟はどうしてるの?」


「ああ、家を出た」


「えっ?」


 予想しなかった答えに、再びフェクトは驚きの声を返した。

 彼女の反応に、小さく笑うと、アクノリッジは言葉を続けた。


「まあ、色々事情があってな。でも……、あいつ家を出て新しい場所で働いているんだが、本当に生き生きしててな。家の仕事をしていた時よりも、ものすげえ結果を出しているんだぜ?」


 弟の功績を誇るように、アクノリッジは笑った。そして笑みを消すと、今度は真剣な表情をフェクトに向けた。


「弟は、場所を変える事で、本来持っていた素晴らしい能力を花開かせたんだ。だからフェクト、お前もプロトコルに来れば、魔法が使えないなんていう劣等感から解放されて、今持ってる能力を存分に発揮できると思う」


 フェクトは何も言えなかった。


 アクノリッジに、どれだけ凄い能力があると言われても、正直それを素直に信じることは出来なかった。ずっと抱いてきたものを、そう簡単に変えることはできない。


 しかし……、


“魔法が使えない人間たちの世界に行けば……、私も素晴らしい仕事が出来るのかな……”


 そして、自分が意識してない本当の能力というものを、解放出来るのだろうか?


 不安と希望が入り交じり、フェクトの心はモヤモヤするものであふれかえった。彼女の心境を察したのか、アクノリッジの軽い調子で、話を締めくくった。


「……まあ、俺がプロトコルに帰るまでにはまだ時間があるからな。そういう手段もある、という事を知ってくれたらいいさ」


 真剣な表情を止め、出会った時と同じように綺麗な笑顔が、フェクトに向けられていた。彼女は俯き、小さく頷くと、


「……さっさと食べなさいよ。もう私は、休むから」


 そう言って、アクノリッジを残して部屋を立ち去った。

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