第9話 時間
「彼が元の姿に戻ったのは……、私の事があったから……だと思います」
ジェネラルが元の姿に戻った理由―—エルザ王国を救う為に大きな力を使う必要があった為、そして今は、ミディを連れ戻す為にやって来るであろう人間たちを迎え撃つためだとミディは思っていた。
それらが理由であるなら、孤独と言う根本的な問題は解決してない。
「しかし、どの時代の魔王も同じ孤独を抱えてきたはず。彼らはどのようにその気持ちと向かってきたのでしょう」
答えを求めるように、ミディは真っすぐスタイラスを見据えた。その視線を受け止め、黒髪の元王妃は自らの胸に手を当てた。
「我ら魔王妃の存在じゃ」
「えっ?」
意外な返答に、ミディから疑問を抱く短い言葉が漏れた。スタイラスは自分の前髪を持ち上げると、額をあらわにした。
そこには瞳の色と同じ、金色の宝石が埋め込まれていた。
色は違うが、形には見覚えがある。まるで……、
「そう、アディズの瞳の対となる物。魔王によって与えられる魔力の結晶じゃ」
スタイラスは、髪を抑えていない反対の手で宝石を突いた。しかしそういわれてもミディの目には、ただの宝石にしか見えなかった。
ジェネラルが持つアディズの瞳は、見ただけで強大な力を感じることが出来たからだ。
「もう力はない。今は只の宝石じゃて」
ミディの考えを感じ取ったのだろう。スタイラスが小さく笑うと、額に掛かる髪の毛を戻した。前髪を手櫛で整えながら、宝石が何であるかの説明が付け加えられる。
「魔王妃は、魔王よりこの宝石が与えられ、長き寿命を得ることが出来るのじゃよ。そして長い時を、魔王と共に過ごすこととなる」
魔王妃の存在によって、魔王の孤独は埋められる。アディズの瞳の継承者が産まれ、その力を譲り渡すその時まで。
ただ魔族たちと違い、継承者を王妃が身に宿すのには、非常に時間が掛かる事なのだと言う。スタイラスも、アディズの瞳を持つ継承者——つまりジェネラルの父親なのだが、を宿し生み出すまでに、長い時間が必要だったと語った。
「力が継承後、魔王妃はどうなるのですか?」
「魔王の時が動き始めた瞬間、魔王妃の時も動き出す。どちらが先に亡くなるかは、お互いの持つ本来の寿命によるがのう」
「……ではあなたは、何故生きていらっしゃるのですか? それも、まだそのような若々しい姿で」
失礼な質問だと思いつつも、ミディは思い浮かぶ疑問を解決せずにはいられなかった。
スタイラスも、この質問が来ることは予想していたのだろう。特に不快感を示すこともなく、解を口にする。
「妾は魔族ではなくドラゴン族じゃからのう。ドラゴン族の寿命は魔族と違って長うてな。魔王妃としての寿命は失ったが本来の寿命が長うて、今もこうして生きながらえているというわけじゃ」
「ドラゴン……族!?」
「知らぬのか? ドラゴン族は魔族の型を取ることで、魔族と結ばれ子を成すことが出来る。ユニ嬢もドラゴン族じゃぞ?」
「ええええええ――――!?」
王女の驚きに、スタイラスが肩を震わせて笑った。
ドラゴン族は、儀式を受ける事で魔族の姿をとることが出来る。
しかしあくまで魔族と言う
幸運にもスタイラスは女性の姿だったが、ユニが成人しているのにかかわらず少女の姿をしていたのは、そう言った理由があった。
500年近い超寿命と、姿が変わらないという点で考えると、ドラゴン族は魔王と近い境遇だと言える。その為、ドラゴン族が寿命の短い魔族に嫁ぐのは珍しい事なのだ。
スタイラスは笑いを止めると、話を戻した。
「だがジェネ坊は、自分と同じように周りの時間から取り残される孤独を、相手に課したくないと思っておるようでの」
スタイラスはため息をつくと、身体を椅子に預けた。
「……あの子は、優しすぎる……、いや臆病なんじゃよ」
金色の瞳が伏せられる。
しかしミディの強い声が、彼女の瞳を開かせた。
「そんな事ありません!!」
ミディは思わず立ち上がった。両手をテーブルの上に置き、身を乗り出した状態で自分の想いを伝える。
「ジェネは……、命の危険を冒してまでして、私の国を救ってくれました! そして私を……、守ると言ってくれました!! 臆病ではありません……、絶対に!」
「……そう…か」
スタイラスは、ミディの強い言葉に視線を再びカップの中に移すと、少し嬉しそうに唇の端を上げた。そして一つの問いを投げかけた。
「まあこれは、ジェネ坊の事ではないんじゃが……。もし…、もしお主の好く者が、魔王と同じように寿命が長く、お主にも同じ寿命が与えられるとしたら……、お主はその者と結ばれる覚悟はあるか?」
「えっ?」
「親や兄弟、友人がお主を残しどんどん亡くなっていく。そしてこれから生まれ、出会うであろう者たちも、お主を残して死んでいく。周りは絶えず変化しておるのに、己は何も変わらない。50年も経てば、あらゆるものが新しく入れ替えられ、お主が過ごした時間は風化してゆくじゃろう。それでも……」
スタイラスの金色の瞳が、ミディを真っすぐ捕える。
「添い遂げられるか? その者と」
ミディは俯いた。ゆっくり椅子に座り直すと、スカートの布をぎゅっと握った。
スタイラスは、ジェネラルの事ではない、と言ったが、彼女の脳裏には魔王の姿しか思い浮かばない。何故、ここに彼の姿が思い浮かぶのだろう、と不思議に思いつつも、ミディはその姿を消すことはしなかった。
「……分かりません」
答えはもちろん出ない。彼女の正直な回答に、少し残念そうにスタイラスが答える。
「分からない……か……」
「はい。私は、長く生きた孤独というものを知りません。だから……、今ここで安易にお答え出来る問題ではないと思います。ですが…」
ミディは顔を上げた。
分からないと言いつつも、自然とあふれ出す想いが、彼女に正直な気持ちを紡ぎださせた。
「たくさん話を聞くと思います。知りたいのです、その孤独な気持ちを。相手の気持ちを聞いて、私の気持ちもたくさん話して……、それをお互い受け入れることが出来たなら……、きっと共に長い時間も乗り越えられる。そう思うのです」
ミディの回答にスタイラスの表情が和らいだ。
それを認めると、王女はふと人差し指を顎に当て、少し視線を上に向けた。
「でももし誰かさんのような考えをし、相手に自分のような孤独を味合わせたくないと考えている人であるなら……、多分怒ります。一人で勝手に想像して、決めつけないでって。ちゃんと私の気持ちも聞きなさいよって」
「ふふっ」
ミディの言葉に、スタイラスの唇から笑いが漏れた。それは次第に大きくなっていく。何かを思い出したのだろう。
「確かに……、確かにそうじゃ。妾の夫も、よく勝手に想像して決めつけては自滅しておったわ。間違いなく血じゃな」
「だから今のは仮の話ですよ!? ジェネ自身の事を思って言ったわけじゃ……」
「うむうむ、皆まで言わんで良いぞ、ミディローズ嬢」
滅茶苦茶良い笑顔を返され、ミディは何も言えなくなった。これ以上何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
大きなため息をつき、焼き菓子を口に放り込もうとしたとき、ふと彼女の手が止まった。
手に持った焼き菓子をじっと見つめる。
そして、まだいい笑顔を浮かべているスタイラスに、一つ頼みごとをした。
「あの……、スタイラス様。一つ、お願いがあるのですが……」
「お願いとな? 妾が出来る事なら、遠慮せずに言うが良い」
子を見る様な穏やかな表情を浮かべ、スタイラスはミディのお願いごとを歓迎する。その様子に、ミディの緊張も少し和らいだ。軽く頭を下げ、礼を述べる。
「このお菓子の作り方を、教えて頂けないでしょうか?」
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