第5話 相談
「ミディ、一体どうしたの? あんな場所で魔法を使って破壊行動を行うなんて……」
ジェネラルは、目の前で破壊行動に対する反省も罪悪感も感じさせずに香茶を飲んでいるミディに問いかけた。
ミディはすぐに返答せず香茶を飲み干すと、心なしか怒りを込めカップをソーサーに置いた。王女の振る舞いらしからぬ、食器が強く当たる音が響く。
その行動を見つめながら、魔王は過去を思い出しながら呟いた。
「まあ……、ミディらしいって言ったらミディらしい行動だと思うけれど……」
「ちょっと!! それどういう事!? いつも私が意味なく破壊活動を行うように見えるっていうのかしら!?」
「えっ? いや……、その……、そういうわけじゃ……」
呟きが聞かれ、ミディの怒りの矛先がこちらに向いたと感じたジェネラルは言葉を濁した。苦笑いをしながら、必死で自分の失言を誤魔化す。
ミディらしい行動と思ったのは、自分とのファーストコンタクトの際、彼女が問答無用でジェネラルの部屋を魔法で吹き飛ばした経験から来るものである。
彼女が「魔王=悪」を変えられないように、「ミディ=破壊活動」という先入観が、ジェネラルの中でもまだ拭えずにいるようだ。
まあ、ミディの自業自得だと思うのだが。
そんな気持ちは横に置き、目の前の王女が何かに対し怒っている事を感じたジェネラルは、率直に何があったのかを問うた。
「ミディ、何を怒っているの? もしかして……、知らないうちに僕が何かしたかな?」
「いいえ、ジェネは関係ないわ」
気持ちが顔に出ていたと指摘されたミディは、相手に心配を掛けまいと怒りの表情を抑えようとした。が、ジェネラルを見ていると、どうしても先ほどの青年が思い浮かび、また怒りが込み上げて来る。
「ええー……。そういうわりに、今もめっちゃ怒ってるみたいだけど……。本当に大丈夫? 何かあったの?」
怒りが解けたと思った瞬間、始めに浮かべていた表情よりもさらに険しい表情を浮かべているミディに、ジェネラルが心配そうに問いかける。
彼の言葉をきっかけに、ミディは例の青年の件を相談することにした。
「ジェネ。この城に、腰まで付きそうな長い黒髪の男性っているかしら? 見た目の歳はあなたぐらいなのだけれど」
「長い黒髪の男性? うーん……、いたかな、そんな魔族……」
「いないの? 何だか髪の毛の感じとか、ジェネに似てるって思ったのだけれど、やっぱり関係ないのね……」
「僕に似てるの? それなら記憶に残ってそうだけど……。一応、この城で働く者たちは全員把握してるつもりなんだけどね」
少し自信なさそうに、ジェネラルは彼女の問いを否定した。自分に似ているとなると、さらに記憶に残っていそうなのだが、残念ながら思い当たらないようだ。
城で働く者たちや関係者に、ミディが言った男性がいないか思い出しながらも、何故そのような事を聞くのか尋ねる。
「で、その人がどうしたの?」
「ええ……。数日前に庭園でその魔族に会ったんだけれど……、何だか気味悪くて……。それも、それ以後ずっと私が一人の時に現れて……」
「えっ? ミディ、不審者に付きまとわれているって事!?」
ジェネラルが驚きの声を上げた。そんな不審者が城内をうろうろしているなど、城の主として管理責任が問われる事案だ。
彼の言葉に、ミディは唇を噛みながら一つ頷いた。その表情は、非常に険しい。
「ええ。何故だか分からないのだけれど、周りに人がいなくなると、どこからともなくやって来て……」
「やって来て……?」
「愛しの姫君とか何とか、心を手に入れるとか、何だか色々と言って来て、もう失礼極まりないのよ」
大きなため息をつき、手のひらで額を抑えて俯くミディ。その表情には、疲れが滲み出ている。
ちなみに俯いていたミディは気づいていなかったが、謎の青年から掛けられた言葉の内容に対しジェネラルの表情が、冷々たるものへと変わった。目は座り、いつも感じられる温かさは失せ、温厚な彼の性格との乖離が滅茶苦茶怖い。
しかしミディが顔を上げた瞬間それはすぐに引っ込まれ、いつもの表情が彼女に向けられた。その瞬間的な変化も、めっちゃ怖い。
「ミディ……。それって……、知らない魔族に口説かれてるって事……だよね?」
「え? ああー……、そうなのかもしれないわね」
「いやいやいやいや!! それ以外ないじゃないか!!」
彼女の無防備すぎる発言に、ジェネラルは思いっきり突っ込んだ。100人に尋ねたら100人全員が、彼と同じ感想を抱くだろう。が、当の本人は全く何も思っていないようだ。
「もうそう言った言葉は聞き飽きているもの。私には、おはよう、と挨拶されているのと大して変わらないわ」
「そっ、そうなんだ……ね……」
乾いた笑いを上げると、ジェネラルは『ミディには着飾ったセリフは×』と、心の中のミディ情報メモに書きつけた。
とりあえず謎の男性による口説きに対して、彼女が何も感じていない、むしろ迷惑で仕方のない様子に、魔王はホッと胸を撫で下ろした。
それにしても、
「ミディがそんな目にあっているなんて……。気が付かなくてごめん」
ジェネラルはミディに対して頭を下げた。城の主として、客人に対して不快な、そして一歩間違えば危険を経験させてしまい、申し訳なく思っていたのだ。
彼の謝罪に対し、ミディは軽く首を横に振った。
「いいえ、私もこんな事であなたたちに心配を掛けたくなかったから。だから何とか自分で解決しようとしたのだけれど……、あまりにしつこくて」
「だから、魔法を使って力づくで追い払おうとしたんだね?」
「ええ、そうなの。でも……、今回も上手く逃げられてしまったわ。それも私の攻撃も簡単によけられてしまったわ。あれは……、只者じゃないわね」
先ほどの戦闘を思い出し、ミディは残念そうに呟いた。足払いが完全に入ったのに……、と口元に拳を当て考察している。
ジェネラルはそんな彼女から視線を外すと、ソファに体の全体重を預け、天井を見上げた。
この城は、城のくせに出入りが比較的自由だ。ミディが魔界にやって来る前は、全く気にしなかった事なのだが、こういうことが起こったのなら、警備を強化しなければならない。
「分かったよ、ミディ。もうこんなことがないように、結界を強化しておくよ。もし感じ慣れない不審者の気配が現れたら僕に伝わるから、すぐに駆けつけるよ」
「ありがとう、ジェネ。でもね……、ちょっと私、考えたのよ」
「………へっ?」
ミディがこういう切り出し方をする時、必ず何か良からぬ事を言い出すのは、今までの旅の経験の中で嫌と言う程分かっている。
まさかと思いながら、ジェネラルは先に彼女が考えうるであろう提案を口にした。
「もしかして……、自分を囮にしてその魔族を捕まえよう、とか言うんじゃない……よね?」
「あら、そのとおりよ。ジェネにしては、勘が冴えているじゃない」
「慣れてるからね、このやりとり……」
褒められても全く嬉しくない、とジェネラルの表情が語っている。この王女の性格を考えると、捕まえようと言い出す事は想像に難くない。
そして自分がどれだけ反対しても、彼女は自分の提案を押し通すだろうという事も分かっている。
“それにしても……”
冷めた香茶を口にしながら、ジェネラルは思う。
“恐らく転移の魔法でミディのところに来ているんだろうけど……、あれは結構高度な魔法なんだけどな……”
つまり犯人は、そこそこ力が強い魔族、という事になる。
しかし、ジェネラルが知る転移の魔法が使える魔族の中で、ミディが見たという青年の特徴を持つ者はいない。
カップをソーサーの上に音を立てずに戻すと、ジェネラルはまだ見ぬその魔族の事を想像し思った。
“まあどちらにしても、この城内で堂々とミディを口説くなんて命知らずな魔族には、ちょっとお仕置きが必要だよね”
穏やかな表情を崩さず、しかし内心はそんな私情に塗れた物騒な事を考えているジェネラルだった…。
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